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エンタメ

バイクと出会って半世紀。子供の頃、バイクのカタログ集めに夢中になった山形の少年は、学校を卒業すると念願だったホンダに入社。1994年からは二輪広報を担当し、2020年定年退職するまで四半世紀、一貫して広報活動に従事した。バイクブームのあの時代からの裏も表も知り尽くした高山さんの視点でふりかえる、バイク温故知新の四方山話。それが「バイク・承前啓後(しょうぜんけいご)」。

第9回 元気がもらえるお気に入りの場所 -Honda コレクションホール 二輪車編-

Honda コレクションホールは、沢山の思い出と憧れ、そして苦い経験などが入り混じった不思議な空間です。何時訪ねても時間が緩やかに流れている感じがします。
人それぞれ思いを馳せるバイクは違うと思いますが、ここからは私のお気に入りの二輪車達をご紹介いたします。
年代や排気量、カテゴリーはバラバラですが、Honda コレクションホールの「勝手にツアー」を始めさせていただきます。

まずは、一番時間をかけて眺める「CBゾーン」です。
1960年代後期から1970年代前期のCBシリーズ7台を一つの島に飾っています。

CB

1969年のドリーム CB750FOURの左手には、1971年のベンリイ CB50が独特な存在感を放っています。CBシリーズの末弟ですが、直立型の4ストロークエンジンやツートーンのロングタンクなど、うっとりするプロポーションです。最高出力などの性能面でも、他社の2ストローク勢に真正面から対抗していました。

1970年 ドリーム CB350エクスポート
1970年 ドリーム CB350エクスポート。

山形の先輩が所有していた同型モデル。中学生当時、タンデムでツーリングに連れて行ってくれました。後席で歯切れのよいエキゾーストサウンドを聞きながら、カーブでは左に、右に体を傾けてバイクと一体になる感動を味わえました。バーチカルエンジンやツートーンのタンク、メガホンマフラーなど堂々とした雰囲気があります。

1970年 ベンリィ CB90
1970年 ベンリイ CB90。

当時から、多くのバイクの中でエキゾーストパイプの曲線が一番美しいと思っています。CB90発売当時の私は、兄のお下がりのスズキ ハスラー90に乗っていました。加速では優っていたのですが、エキパイの美しさだけは敵わないと思いました。

CB50、CB90、CB125、CB350
CB50、CB90、CB125、CB350。

CB50、CB90、CB125、CB350と並びます。1970年代を代表するツートーンのスポーティーな燃料タンクが一望できます。このアングルは魂を揺さぶります。

1974年 CB400FOUR
1974年 CB400FOUR。

誰もがうなったという流麗なエキゾーストパイプ。CB90の次に美しいエキパイだと思っています。

Honda コレクションホール
1955年 ドリームSA(250cc)
1955年 ドリームSA(250cc)。

ホンダ初のOHCエンジン搭載車です。今話題を独占している「GB350」のバーチカルエンジンのルーツとも言えるエンジンです。実際に見ると無骨さはあるものの逞しさを感じる体躯です。

1955年 ベンリィ JC56(4ストローク)   ヤマハ YA-1(2ストローク)
1955年 ベンリイ JC56(4ストローク) 、ヤマハ YA-1(2ストローク)。

ともに125ccのライバル車が並んでいます。YA-1は、ヤマハ初の量産二輪車です。JC56に比べて最高出力は低いのですが、軽量かつハンドリングの良さなどで、富士登山レースなどで活躍しました。Honda コレクションホールには、ライバル車を並べて当時の様子を浮き彫りにする工夫があちこちに見られます。

1976年 バイアルスTL50  1978年 XL250S
1976年 バイアルスTL50、1978年 XL250S。

TL50は、トライアルの普及活動で、先輩から指導され丸太越えなどを練習しました。50ccの非力なエンジンですから、トライアル初心者にはフロントアップは難しい技でした。よくぞ50ccのトライアルバイクを開発したものだと思います。
XL250Sは、「23インチのワークブーツ」という言葉も生み出された林道ツーリングブームを牽引したバイクです。フロントに23インチの大径タイヤを履いていましたが、足着き性の良い車体も相まってオフロードファンを拡大しました。

1980年 CB250RS   1983年 GB250クラブマン
1980年 CB250RS、1983年 GB250クラブマン。

マイバイクが並んでいるコーナーです。RSは真っ赤なカラーリングを購入。どこまでも走り続けられる相棒でした。クラブマンは、この機種の後継モデルでシングルマフラーを購入。空冷単気筒スポーツが好きでした。日本のあちこちを旅した記憶がよみがえります。

1981年のトレッキング兄弟
1981年のトレッキング兄弟
1981年のトレッキング兄弟、イーハトーブとシルクロード。

私にとっては仕事のコーナー。1981年に中国のシルクロードをこの2台で走破して、PR映像の制作や、広告宣伝用の写真撮影などに携わりました。その後も縁があり、シルクロードバイクツアーに2回同行する機会に恵まれました。バックのポスターは、シルクロードの砂漠地帯を走るシルクロードのものです。
シルクロードのキャッチコピー「どこまで追えるか夢」は、今でもいい響きです。右は、当時のシルクロードのカタログの一部です。

1954年 R125(サンパウロ国際レース出場車 125cc)
1954年 R125(サンパウロ国際レース出場車 125cc) 、1953年 MVアグスタ 125スポルトコンペツィオーネ。

R125は、ホンダのモータースポーツの原点に当たるマシンと言えます。実用車ベンリィE型のエンジンを流用し急いで制作したレースマシンです。
対して、イタリアのMVアグスタは、同年代とは思えない完成された感のある生粋のレースマシンです。これでは勝負になりません。
このレースの経験から、世界一過酷と言われたマン島TTレース出場宣言につながります。ここからよく進化したものだと思います。

GPレーサ

このGPレーサーのゾーンは、ホンダ多気筒戦略を間近に見られる垂涎もの。1966年トリオで、手前から50cc2気筒のRC116、125cc5気筒のRC149、250cc6気筒のRC166。
この年は、WGPの全5クラスでメーカーチャンピオン獲得という偉業を達成しました。

RC149

RC149は、5気筒5本マフラーです。左右に2本ずつと、右側のリアサス取り付け部付近に、引き上げられた5本目の排気口が確認できます。
ここツインリンクもでぎで、ルイジ・タベリ氏のライディングで蘇ったホンダサウンドが今でも記憶に刷り込まれています。単純な計算では、250cc10気筒マシンも夢ではないですね。

1982年 NR500(2X)
1982年 NR500(2X) 。

木山賢悟選手によって、鈴鹿200キロレースで優勝したマシンです。常識破りの長円ピストン8バルブという独創のメカニズムです。当時は、2ストロークも4ストロークも同じ排気量で闘っていましたので、挑戦の塊のようなエンジンを開発しました。
私は幸運にも、鈴鹿の2&4レースでNR500がレースで闘っている姿を見ています。2ストとも4ストとも違うNRの咆哮は鮮烈でした。いつかはこのNR500の咆哮を聞いてみたいですね。どこまで追えるか夢。

トライアル

ツインリンクもてぎと言えば、トライアル世界戦の会場です。
2004年 藤波貴久選手が世界チャンピオンを獲得した「COTA 315R」と1982年 山本昌也選手が全日本チャンピオンを獲得したRS250Tなど、名車が見られます。
トライアル世界戦の日本GPは、2年連続で中止となってしまいましたが、来年こそは藤波選手をここツインリンクで応援したいものです。

1972年 RC335C(RC250M)
1972年 吉村太一氏
1972年 RC335C(RC250M) 。

吉村太一氏のライディングにより日本GPで優勝を獲得した2ストロークのモトクロスマシン。これは復元された車両で、2014年に吉村太一氏にデモンストレーション走行をしていただき、一般の人たちに紹介しました。その走行PRに関わることができた思い入れのあるマシンです。
右は、2014年モトクロス全日本選手権関東大会(オフロードヴィレッジ)の昼休みに、デモンストレーション走行中の吉村太一氏。ウエアも当時を再現してくださいました。

1959年 RC142
谷口氏
1959年 RC142。

初出場のマン島TTレースに於いて、谷口尚己氏によって6位入賞を果たした125ccのロードレースマシン。こちらも、復元車両です。2009年に谷口尚己氏のライディングで見事に蘇りました。このPRにも携わることができたことは、幸運であったと思います。バックパネルも相まって「挑戦者」のコーナーと呼ぶにふさわしいと思いました。
右は、2009年に報道関係者にいち早く披露したときの1カット。谷口氏は、50年前と変わらぬ体形を維持されていました。まさに奇跡の瞬間でありました。

Honda コレクションホール

Honda コレクションホールは、訪れるたびに新しい発見があります。同じ車両でも見るときの心理状態とか、乗ってきたバイクによっても左右されるようです。
古いものしかありませんが、私にとっては「承前啓後」の空間になっています。次に訪れるときは、ファミリーバイクコーナーにあるユニークな面々をじっくり見たいと思います。なかなかHondaコレクションホールに行くことができない方は、ぜひホームページで楽しんでください。
                           
※レポートは2021年5月30日時点のものです。展示内容は変更になる可能性がありますので、お気に入りの製品を見に行くときには、事前に確認することをお勧めします。
  


高山正之
高山正之(たかやま まさゆき)
1955年山形県庄内地方生まれ。1974年本田技研工業入社。狭山工場で四輪車組立に従事した後、本社のモーターレクリエーション推進本部ではトライアルの普及活動などに携わる。1994年から2020年の退職まで二輪車広報活動に従事。中でもスーパーカブやモータースポーツの歴史をPRする業務は25年間に及ぶ。二輪業界でお世話になった人は数知れず。現在は趣味の高山農園で汗を流し、文筆活動もいそしむ晴耕雨読の日々。愛車はホーネット250とスーパーカブ110、リードのホンダ党。


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2021/06/29掲載