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エンタメ

バイクと出会って半世紀。子供の頃、バイクのカタログ集めに夢中になった山形の少年は、学校を卒業すると念願だったホンダに入社。1994年からは二輪広報を担当し、2020年定年退職するまで四半世紀、一貫して広報活動に従事した。バイクブームのあの時代からの裏も表も知り尽くした高山さんの視点でふりかえる、バイク温故知新の四方山話。それが「バイク・承前啓後」。

●第2回「ダックスホンダ、コロナ・マークⅡに載る -ダックスホンダと四輪車の話-」

 ユニークなスタイルのレジャーバイク「ダックスホンダ」は、1969年8月に発売されました。50ccのST50と70ccのST70があり、それぞれにアップマフラーのエクスポートタイプが用意されていました。当時のリリースを見ますと、四輪車ユーザーにもアピールしている点が、新鮮に映ります。
【当時のリリースから抜粋】
●誰でも楽しく手軽にそして安全に乗れる小粋な車で、どんな車をお持ちでも、このクルマならほしくなる便利な車です。
●簡単に着脱できるフロント部分、折りたたみ式のハンドルとステップ、横にしても洩れない ガソリンタンクなど独自の機構で、乗用車のトランクにも入るコンパクトサイズ。玄関先などの狭い場所への格納も容易です。





 ダックスホンダは、元々アメリカ市場に向けて開発されたモデルでした。本田技研工業の社史を紐解くと当時の背景が記されています。
 1967年に発売したモンキーZ50Mは、アメリカでも好調な販売をつづけていました。子どもたちだけでなく、四輪への積載性のよさや、大人にも楽しめるバイクとして、キャンピングやアウトドアレジャーの友としても活躍していました。
 しかしながら、キャンプを楽しむお母さんたちに、もう少し楽に乗れるサイズのバイクが必要なので開発を検討してほしい。という要望がアメリカホンダから日本の研究所に寄せられました。日本人スタッフは、早速アメリカに出張してキャンプ事情を調査することになります。モンキーに比べてより楽に乗れるようにホイールベースは長く、そしてバイクに興味のない人たちに向けて親しみやすくユニークなスタイリングも必要な条件でした。
 このような背景で誕生したダックスホンダですが、アメリカに比べて日本ではキャンピングカーやピックアップトラックにバイクを積み込んでレジャーに出かけるのはごく少数の人たちに限られていました。そこで日本向けには、フロント部を取り外しコンパクトにして四輪のリアトランク部に収納できるアイデアを盛り込んだのでした。
 では、実際のカタログではどのように紹介されたのでしょうか。
 最初に制作されたと思われるダックスホンダのカタログでは、自社の四輪ではなくトヨタ コロナ・マークⅡが使用されています。当時のホンダには、同年5月下旬以降に発売されたセダンタイプのHONDA 1300がありました。 しかしながら、カタログ制作スケジュールとHONDA 1300の準備がかみ合わなかったものと推測されます。または、トランクに積み込むための検証が、マークⅡは済んでいたけれど、HONDA 1300では完了していなかった。ということも考えられます。飛躍した考えでは、発売されたばかりのHONDA 1300を使うよりも、圧倒的な販売量を誇るトヨタの商品を使うことで、広く普及を狙った。という戦略的な背景も捨てがたい。今となっては詳しい背景は分かりませんが、様々な事情があったことは事実です。そして、HONDA 1300は本田宗一郎が空冷エンジンにこだわった重要な製品ですから、トヨタの四輪が掲載されたカタログは、社内で波紋を呼んだものと思います。

 その後に制作されたと思われるカタログでは、HONDA 1300が登場しています。これが、二輪、四輪を手掛けているホンダならではの姿なのでしょう。そしてホンダのあまりにも早すぎる遊びの提案と、消費者のニーズがかみ合わなかったこともあり、その後のダックスホンダにはフロント部が取り外しできる機構はなくなりました。

※個人所有のカタログにつき、汚れなどがありますがご容赦ください。

1969年制作のカタログ
1969年制作のカタログ
1969年制作のカタログ。このカタログでは、コロナ・マークⅡが使われています。

1969年制作のカタログ
1969年制作のカタログ
このカタログでは、HONDA 1300が使われています。

1969年制作のチラシ
1969年制作のチラシから。HONDA 1300が新登場。独自技術を駆使した空冷エンジンを搭載したスーパーセダンでした。好調なセールスを続ける軽自動車のN360は、現在のNシリーズへと継承されています。

 一方、モンキーのカタログを見ますと、1969年7月に発売されたZ50Aでは、HONDA 1300が使用されています。この当時は、ヘルメット着用義務がありませんでしたので、自由奔放なイメージが伝わってきます。

モンキーのカタログ
モンキーのカタログ
1969年、モンキーのカタログ。

 1971年のモンキーZ50Zのカタログでは、N360が使われています。実際に積載しようとすると、かなり苦労したのではないかと思います。モンキーのフロント部分が脱着できるのは、このZ50Zが最後になりました。

モンキーのカタログ
モンキーのカタログ
モンキーとモータースポーツをコラボしたカタログは大好きな1枚です。

 これ以降は、四輪にバイクが積まれるシーンは姿を消します。
 10年後の1981年に登場したCITYには、専用に開発されたモトコンポというユニークなバイクが誕生。ホンダならではのレジャーを提唱していきます。
 時代が変わっても、二輪車と四輪車を上手く使い分けて、より楽しくより豊かな生活を満喫したいものです。


高山正之

高山正之(たかやま まさゆき)
1955年 山形県庄内地方の片田舎に生まれ、1974年に本田技研工業に入社。狭山工場で四輪車組立に従事した後、本社のモーターレクリエーション推進本部ではトライアルの普及活動などに携わる。
1994年から2020年の退職まで二輪車の広報活動に従事。中でもスーパーカブやモータースポーツの歴史をPRする業務は25年間に及ぶ。二輪業界でお世話になった人は数知れず。現在は趣味の高山農園で汗を流し、文筆活動もいそしむ。晴耕雨読の日々。愛車はホーネット250とスーパーカブ110、リードというもちろんホンダ党。トライアルにも造詣が深い。


[第1回|第2回|第3回]





                      

2021/02/02掲載