80㎞の移動とのんびりしたムードに終わった4日目。そしてベラロスブリッジのキャンプサイトでは、7時から5日目のスタートが始まった。2チームごとに走り出し、5分の間隔を空けて次なるグループが走り出す。チームジャパンは7時35分にスタートを切った。この日、行動を共にしたのはチームブラジル。ヘルメットのヘッドセットからは彼らの陽気な会話が聞こえてくる。時々気を遣って英語も織り交ぜてくれるが、綺麗な景色の場所に来るとポルトガル語であれこれ話が弾む。
イタリア、フランス、ノースアフリカ等々8日間、異なるチームとパートナーを組んだが、賑やかさではブラジルチームがダントツ。言葉は分からないが、それを想像しながら走るのは楽しかった。
この日、380㎞の移動があり、例によってその半分はダートだという。そしていつものように走り出してまもなくダートに入った。道はそれまでの直線的かつ撫で肩の路面形状から、日本の林道に近いイメージになった。景色が開けた山岳路だ。岩盤質の土地なのか、硬いギャップときつい上りが多く、雨で流れた溝にゴロゴロと大きい岩が転がっている。ラインを選ばないとF850GSが跳ね上がる。
5分のインターバルを取っていたが、前走グループの誰かがそんな路面でバイクがスタックしたりすると、そのリスタートを助ける。助けた誰かもまた発進でコテンと転んだりすると、また時間がかかり、この日、後半グループになったジャパン+ブラジル組はダート路の所々で待機する場面が何度かあった。
停まって待機すると前であえぎながら走るエンジン音と、どことなくガラガラゴロゴロ岩を蹴るような音が届く。グループツアーだけに、前走者がペースを落としたり、岩を弾いて自分のラインにそれが転がってきたり、で少しでもアクセルを緩めるとフラッとしてバランスを崩し、開けると後輪が滑ったりする。
自分のペースでガンガン走れたら難しくないが、ペースとして上りではこれ以上閉じられない。だからこそ待機して自分のペースで行きやすいようにしっかり車間距離を取り、トラクションが掛かる場所を選んで走る必要があった。
走ったり停まったりの繰り返しが続く難所区間が終わり、下りになったが、タイトターンが多い道や、急な下りが長い距離続く場面もあり、この日は序盤から汗をかいた。だから昼近くまで4時間ぐらい走ってもまだ100㎞しか進んでいない。昨日、ダートを走らなかった分、しっかり楽しませてもらった印象だ。
この日のスペシャルステージ1は、ダート路がピークに達した尾根に出てしばらく走った場所にあった。高圧線の鉄塔がそびえ立つ麓にあるシングルトラックを使ったゲームだ。
「コースの途中にマーシャルがエアチケットを持って立っている。そこに書かれているフライトナンバー、ボーディングタイム、シートナンバーを記憶して、ゴールのマーシャルに伝えること。ゲームは3名リレーで走ってもらう。最初のライダーがゴールに着いたら、二人目がスタート、3人目も同様だ。一人で全部覚えてもいいし、3人で分担してエアチケットを読んでもいい。3人目がゴールするまでの時間、読んだ情報が正しいかでポイントになる。途中、転倒をしたらペナルティとなる……」
という説明を受ける。ここまでの流れだと、転倒でペナルティを取るゲームは、容易に転倒しやすい場所がある、あるいはタイムレースだけに焦ると失敗しやすい、のどちらかだ。
このステージでチームジャパンは、フライトナンバー、ボーディングタイム、シートナンバーを分けて記憶し走ることにした。他のチームが走るのを見ると、一人の走行時間は30秒ほど。ゴール手前にある逆バンクの下り右ターンでフロントが滑り、転倒しているライダーも少なくない。その手前、アウト側にバンクがあり、気持ち良く曲がるのに、その先が逆バンクが待っているというほどよい意地悪さなのだ。
A3ほどのサイズに拡大コピーした航空券(大会スポンサーのエミレーツのロゴ入り)をもったマーシャルはスタートから20秒目ぐらいの場所に立っていた。ライダー達は右カーブを攻め上がり、その途中でピットボードのようにチケットを提示される。上りの途中だから、じっくり見ようとして停まると、再発進が難しい。その中で自分が覚えるべき項目を探し、読みつつ走る。チームジャパンは、寺尾、上田の両選手はスムーズに通過、君島はそのチケット提示をされる上りでフロントが流れ転倒。しかしスパッとリカバーリーして乗り切った。
前半のダートを終えたあとは順調に距離を稼げる展開だった。その日、到着したのは南島西海岸にあたるブナカイキにあるキャンプ地だった。海沿いにあるこの場所は、雨林帯で普段は雨が多いという。今日は天気でラッキーだ、とニュージーランド人のマーシャルが教えてくれた。海沿いのキャンプ地近くまで岩盤質の山が迫り、そこまでは椰子のような植生の木々が続いている。子供の頃図鑑で見た、恐竜が描かれた絵のようだ。
キャンプ地到着後に行われるスペシャルステージ2へはライディングブーツで臨め、という。海岸線からスタートをしてキャンプ地まで30mほど走ることから始まるものだった。
「今日のステージ2の説明をします。ここで行うのはRab(大会にアウトドア用品を提供するRabというブランド。ラブと読む)チャレンジ。みんなが愛用しているテントとシュラフを使ったもので、チーム3名のリレー方式で行います。2チーム同時スタート。
スタート地点はここ。そして小径を行くと僕たちのキャンプ地に出る。そこにテントがふた張り設営してある。その手前にF850GSが置いてあるから、その外側を回ってテントにアプローチするように。ふた張りあるテントのどちらを選んでもかまわない。テントはフライシートのファスナーが閉じた状態になっている。その内側にストレージバッグに入ったシュラフがある。それを出し、テントの中に入り、シュラフに入り、首元までファスナーを閉める、それをマーシャルに確認してもらい、OKをもらうこと。そうしたらシュラフを出て再びストーレイジバッグにシュラフをしまい、スタート地点まで戻り、次のメンバーがスタートする。
戻る時、テントのファスナー、フライのファスナーは閉めなくてもよい。ただし、最後のメンバーは、テント、フライシートのファスナーを完璧に閉じること。そして、シュラフのストーレイジバッグにある二つのバックルも閉じてから戻ること」
そんな説明だった。多くのチームがそうであるように、足で走るだけだ。いち早くテントに入るため、ブーツのバックルを緩めたり、一つだけ留めておいたりして走り出す作戦を取る。選手達は誰も本気だが、見ていると、大人の障害物競走という感じでユーモラスだ。唯一難しかったのは、長かったゲームの説明を覚えているか、だった。マーシャルにOKをもらう前にシュラフから出てしまう、バイクを回らずテントに一直線に走る、最後にテントをのファスナーを閉めたが、シュラフをストーレイジバッグに押し込め、きちんとドローコードを絞り、ストラップにあるバックルを留めなかった等々、細かく事後採点をマーシャルはしている。大人の障害物競走はなかなか難しいのだ。
夕食の後たき火を熾した浜辺でその日のリザルト発表。陽は落ちたがまだ空は明るさが残っている。良い時間だ。今日もこうして一日が終わった。参ったのは、このキャンプサイトにサンドフライと呼ばれるブヨがいて、足首や腕をさされ、かゆいのなんの……。
波の音が聞こえるキャンプサイトの朝は早い。例によって真っ暗な内にごそごそと動き出す。そしてニュージーランドの朝は夏でも寒い。午前5時、薄いダウンを羽織っていないと凍えそうだ。湿度があるから底冷え感はないものの、朝食を採るスペースは屋根だけある吹きさらし。手がかじかんだ。
7時40分。6日目の日本チームは、フランスチームとコンビを組んでスタート。今日はイベント中最長となる440㎞を走る。すっかり体に馴染んだF850GSで海岸線を右に見ながら走ること30分。この日唯一のスペシャルステージの会場に到着する。
そこはレンタルATV用だろうか。コンパクトなオフロードコースだった。パーキングにずらりとF850GSが並ぶ姿は壮観。ああ、インターナショナルGSトロフィーのただ中にいるんだ、と感慨深い瞬間だ。この日、スタート時間が後半だったチームジャパンはしばし会場で待機となった。
もちろん、その間、ナニをしているのか、どんなゲームなのか、その戦術はどうなのか、という情報収集を欠かさない。とは言っても、スタート地点から走る姿を見るだけで、コース中には入れないので、細かな部分までは解らない。
そんな中、チームノースアフリカのライダーが遠くで転倒するのが見えた。チームメンバーが助けに行く。そこはスタックポイントのようだ。だいぶたってレスキューされたライダーとGSは泥だらけ。そんな罠がしかけてあるのか……。
そうきたか! スペシャルステージのゲーム内容を説明するマーシャルの話を聞きながらそう思った。
「チームから2名のライダーを選び設定されたコースを走る。この2名のタイム差をできるだけ少なくすること。ただし、ここでは時計、スマートフォン、その他電子機器など一切のデバイスを使ってのタイム計測はできない。もちろん、ヘッドセットもだ。ライダー本人が数える、もしくは残り1名のライダーが同一タイムになるように数えることができる。ここをスタートしてここに戻る間、コース上には2本のパイロンでゲートが設けられている。その間を走ると一周できる」
タイムトライアルだけど、二人が同じタイムで走ること。走りながらライダーがタイムカウントするのは事実上無理だろう。ならば2名のライダーを選出し、残る1名が時間を数える方式だ。ここではヘルメットに装着したセナのヘッドセットも使えないから、タイムの伝達方法は、事実上、声しかない……。
いくつかのチームがやっていのはライダーとタイム計測係がジョギングのように伴走して数を数えるよう時間を計測。そのタイムに合わせて2人目が走る、というもの。だから、バイクは人が走る速度程度で走る。
チームジャパンは、F850GSでコースを走る役目を寺尾、上田が受け持ち、トレールランで鍛えた君島が伴走とタイムカウントを受け持った。コースはダートコースにある草地。ギャップを使いながら、途中、30mくらいある水路のようになった場所を走るルートだ。ノースアフリカがはまった場所はパイロンのゲートから外れた場所で、オンコース上は問題がなかった。
スタート位置に着くと、マーシャルはためらいもなくスリー、トゥ、ワン、ゴー! と、2秒足らずの早口でスタートを告げる。1人目のライダーがスタート地点に戻ると、2人目がタイムキーパーと一切コミュニケーションをとる余裕すらないタイミングでスタートさせられる。
ライダーは君島と歩調を合わせるのも良いし、先にゴール手前まで戻ってリズムを刻んで走る君島を待っても良い。君島の後ろからバイクで走り、速度計でペースに変化がないか確認しつつフォローするのも手だろう。手持ちで使えるものは何でも使うしかないぐらい使える物が制限されていたゲームだ。
マーシャルが押したストップウォッチの数字をこっそりのぞき込むのと10秒~15秒程度の差があったようだ。他のチームがどれだけかは解らないが、2チームあるインターナショナル女性チームのどちらかが2数秒差をたたき出した、と情報が広がった。
同じペースで2周を自らの足で走った君島は「最後、少し早かったかな、大丈夫かな……」とドラマチックなのか、モヤモヤするのか、そのどちらも抱えながら会場を後にすることになった。
この日、GSトロフィーが移動したルートは、ニュージーランド南島の中でも指折りのドライブルートだった。曇天だったこともあり時折雨が落ちる場面もあった。風で雲が流れた瞬間は、青空が広がるめまぐるしい天気。いずれにしても、アスファルト移動もダート移動も印象深い風景だった。高原地帯でしかも、天気が悪かったせいか、気温が低く、グリップヒーターのスイッチを入れ、それに勇気づけられたライダーは多かった。湿度を含む冷たい空気は車載の温度計が信じられないほど冷たく感じる瞬間があった。まるで半開きになった冷凍庫のトビラから漏れ出す冷気を浴びたように、冷たい空気の層を通過する瞬間があるのだ。
ダートの移動距離は短かったが、川渡りあり、高度の高くツイスティなルートもあり、走ることへの刺激は強かった。ランチスポットに着いたのが午後3時過ぎ。空腹だ。ドライブインのような場所でランチパックを支給され摂ることに。ここから残りまだ150㎞以上ある。
先導するマーシャルがランチ後にグループを集めた。この先、2つのルートがあり、早くキャンプ地に着けるアスファルトのルート、もう1つはハードなオフロードが待っているルート。日暮れまでの時間を考えるとオフロードルートは時間がギリギリだ、とも。
迷わず僕たちのグループはダートルートへ。渓谷沿いにあるプライベートエリアで、牧場の中だ。といっても、谷に沿って山にへばりつくような道を走り、その奥へと進み、折り返して戻るようなルートだ。その景観は戻る時に全てが見えるような仕掛けで、山に垂れ込めた雲、通ってきた谷川沿いの道を遠望するそれはだれもが感動したにちがいない。
山肌にそって造られた道は、片側が切り立った崖になっている場面もあった。そしてそのルートの後半、最後に川渡りも待っていて、なるほど、日暮れだと厳しい感じだ。
キャンプ地に着く頃、少し天気も回復。最長となったこの日、19時にデカポ湖の湖畔に到着しテントを立てた。ニュージーランド観光でもお馴染みの場所だ。夕暮れに到着し、いつものように素早くテントを立て、シャワーを浴び、夕食、その後いつもの成績発表へと続く。この日のスペシャルステージ、チームジャパンは22チーム中11位の成績だった。そのほか、以前にSNSにアップしてどのチームがどれだけ「いいね!」を獲得するか、というフォトコンテストで、チームジャパン応援団の組織力もあり2位となった。
その成績発表の冒頭、インターナショナルGSトロフィーの運営サイドから発言があった。
「聞いてくれ。今日、一般道でBMWの連中にアブナイ追い越しをされた、と通報があった。今、多くの人がドライブレコーダーを付けている。映像で記録されているんだ。そのことを忘れずにゆとりのある運転をして欲しい。もし明日もこのような通報があり、映像を見てそれが我々の誰かだとしたら、イエローカードを出す。ポイントも減点する」
GSトロフィーのライダーは、いわばBMWのアンバサダー集団だ。グループツアーだけに先行車を追いかけたい気持ちはよく分かる。バイクでは巧くやったつもりでも、クルマ(特に夏休み中の2月はドライブ旅行の人も多い)で旅を楽しむ人に危ない、と思われる場面もあったのだろう。周りへの配慮も忘れないでほしい、という注意だった。
毎夜、成績発表のあとプレスルーム(という名のテントの時もある)でデイリーのリポートを2通作り、それを送信してテントに戻る。毎夜11時を過ぎる。夜の帳に包まれ静かな湖畔のテントサイトにウサギが数羽。逃げるでもなく草を食べたりこちらを見たり。夜空でも空気が澄んでいるのが解るほど、星が綺麗だ。明日から残すは日程は後半の二日だけとなる。
(パート5に続く)
[パート3 |パート4|パート5は近日公開予定です。しばらくおまちください]