プレミアムツアラーとして進んだ道
ホンダのレースに関連した歴史の中でも大きな役割を果たし、市販車でも数々の名車を生み出してきたV型4気筒は、ご存知のように大変コストがかかるエンジン形式であるし、市販車市場においてはニッチな存在。それでもホンダはそれを作り続けており、大きなマーケットがあるとも思えない中で着実に進化を続けていることが驚きだ。
現行車は’98年にRC45系エンジンをベースに781ccへとストロークアップしたモデルの系譜。02年にはシャープなヘッドライトとアップマフラー、Vテックの搭載などで話題を集め、14年には基本的に今の形へとモデルチェンジすると同時にトラコン(ホンダの言うセレクタブルトルクコントロール)システムを搭載。アルミのシートレールやダウンマフラーを採用し、またアドベンチャー版であるVFR800Xもラインナップした。
このような歴史の中で、見た目も価格もプレミアムになっていくのは当然のことなのだが、だからこそ、乗った時のプレミアム感がすぐに感じられず、むしろスムーズに馴染まなかったことが不思議だった。「そんなはずはない」、と思い直し、一般的な短距離試走ではなく、一般道、高速道路を組み合わせたたっぷりツーリングに出かけその魅力を探った。
高速道路でツアラー度を探る
高速道路を走り、ツーリング先でよく出くわすワインディングを堪能し、田舎の県道を繋いで距離を伸ばす試乗ルートをとる。
最初の高速道路を走り込んでいくうちに気づくのは、パワーの出かたがとてもやさしいということ。800ccということもあって昨今の大排気量・大パワー車に比べると特別速いという感じはない上、Vテックにより2バルブに指定されている回転領域においては800ccとしても、むしろマイルドという印象。最初はパワー欲しさにシフトダウンを繰り返し、高回転域を積極的に使ってキビキビと走らせていたが、時間が経つうちにそんなにしゃかりきに飛ばさなくても2バルブ領域でノンビリ行けばいいか、などと思い直した。どんなバイクでもとにかく限界域を絞り出してやろう、と挑むのはジャーナリストの悪癖だろう。
高速道路におけるプロテクションは昨今のアドベンチャーバイクに慣れた身からすると少し心許ないといった感じだ。高回転域を積極的に使って飛ばしているうちは自然と前傾姿勢をとるためカウルが活きるし、低めのハンドルもむしろフィット感があり高速域でも一体感があるが、ペースが落ちて姿勢を起こして乗っていると「もう少し楽をしたい」という気持ちが出てきてしまう。幸いVFRはシート高を2段階で調整でき、またオプションのスペーサーによりハンドルを上げることもできるため、VFRの緻密なエンジンをのんびりと楽しみながら長距離を駆けたいならこういった機能を活かした方が良いだろう。また、こう言ってしまったら元も子もないが、VFR800Xの方は基本的に同じ特性を持つバイクでグッと楽ができるアドベンチャースタイルである。あちらも試乗経験があるが非常に魅力的なバイクであり、長距離を走ることが多いのならぜひ選択肢に加えていただきたいと思う。
手強いわけではないが、イージーでもない
ワインディングに持ち込むと、意外にも「あれ? なんだか、仲良くなれないなぁ……」というのが第一印象だった。現行車の、しかも広報車のように整備状態もバッチリのバイクで乗りにくいということはほとんどないし、中でもホンダのバイクは「さすが!」となることが多い中、VFRは乗った途端にスッと馴染む、という感じではなく、最初はすこし首をひねった。
というのも、どうにも硬いのだ。それはサスペンションなのかそれとも車体そのものの硬さなのかは断言できないが、全体的に硬質さが感じられてしまい最初に入った速度域の低い峠道ではハネるような場面が見られた。中央線にはキャッツアイがあり、道の端の方には落ち葉やコケが生えており、時折マンホールも現れるような、いわゆる「よくある峠道」である。
ここでのVFRはその硬さを含めてちょっと気を使う、というのが正直な感想だった。ブレーキング時、倒し込み時、いずれもしっかりとニーグリップして狙ったラインにピタリと乗せていくような正確さが求められた。股の間でバイクを遊ばせておいて、気軽にコーナーに放り込み、その先の状況に合わせてなんとでも修正が効く、といった、モタード車のような特性とは対照的で、しっかりと集中力をもって走らせていくイメージ。緩慢にアプローチして、考えずに突っ込んでいくと跳ねたりバタバタしたり、いとも簡単にラインを外してしまったりする。流行りの〇〇ちゃんじゃないが、「ボーッと乗ってんじゃねーよ!」とVFRに怒られているかのようだったのだ。
こうなってくると、ライダーとしては「どうしてもVFRに褒めてもらいたい!」という気持ちが湧き始め、なんとか乗りこなし方を模索するものだ。そして意外にも、そのチャレンジは走るステージが変わった途端にいとも簡単に終わってしまった。
もちろん、走っているうちに「慣れる」という部分はある。しかし慣れではカバーしきれないバイクそのものの特性というものもある。VFRが途端に歩み寄ってくれたのは、路面が変わった時だった。それまでの荒れた、細かな峠道から、路面が良くスピード域の上がった峠道へと場面が変わったとたん、素晴らしい一体感を見せ始めたのだ。それはもう、「今までのは何だったのか??」というほどに。
どうやらVFRは怪しい路面にオッカナビックリ乗るより、しっかりと4バルブの回転領域で、グリップの良い路面をガッチリと掴み、長く寝かしているようなコーナーが大得意のようなのだ。ハングオンしている時間が長く、ステップをカリカリカリ~と引きずるような、そんなコーナー。こういう所では無類の一体感があり、さっきまでゴツゴツした印象だったサスペンションもしっかりと路面を掴んでオンザレール感を提供してくれるようになったのだ。全く不思議なものであり「なんだよVFR、最高じゃないかヨ!」と走る場所が変わっただけで印象がまるで変わったことに、今度はいい意味で驚かされたのだった。
嬉しくなりこの極上ワインディングを満喫していると、つい最近試乗したばかりのかつてのスーパーバイクベース車、RC45との共通点すら見え隠れした気がした。直列4気筒とは違う、フラットにフケていくエンジン特性、スリムな車体がピターっと寝ている感覚、VFRの血筋を感じながら、まばゆいインターセプターカラーを走らせているのは、このバイクのコンセプト通りなかなかプレミアムな体験になっていったのだ。
ちなみにサスペンションは前後ともにアジャスト機能が付いているため、細かな峠道でもっと安心感を追求して足周りを柔らかい方向に振る、ということもできるだろう。VFRは使い方に合わせたセットアップにきっと応えてくれるはずだ。
難しい立ち位置をしっかりと守る
ツアラーというカテゴリーそのものが消滅しつつある。それはアドベンチャーの台頭によるものだろう。アドベンチャーという快適で速いツーリングモデルが市民権を得たがゆえ、かつてのビッグネイキッドも(ホンダは唯一頑張っているが)カテゴリーがほぼ消滅、さらにアドベンチャーが各種電子制御技術の発展のおかげもあって公道における高いスポーツ性も持ったことにより、ツアラーも瀕死といえるだろう。楽して速くて快適で……というツアラーに求められる要素を全部アドベンチャーに持っていかれてしまったと言っても過言ではない。事実このVFRにだってアドベンチャーのXがあるのだから、世の流れは確実にソッチである。
しかしクリップオンハンドルを握りしめ、路面をにらみながらピシーッとコーナリングを楽しむこの感覚は、代え難いものでもある。それはアドベンチャーでは得られないものだし、フレンドリーなV4エンジンの感覚といい、スーパースポーツ系ともまた違った一体感は孤高のものに感じる。その一点だけでもVFRを推したくなるほど、最近忘れられそうになっている「バイクを操る楽しさ」のようなものを見せられた想いだ。
「使える」各種装備
先述したように、本当に長距離を走りたいならXが良いだろう。ただこのFもツアラーとして、もしくはそもそもホンダのFコンセプト車として、ある程度の実用性を備えている。まずしっかりとしたシート面積がありがたい。ライダー側は薄めに見えてクッションがしっかりしており尻が痛くなることはなかったし、タンデム側も広いため荷物の積載も容易だった。立派なタンデムグリップも近年のスポーツモデルが廃してしまった便利な装備。センタースタンドの標準装備も大歓迎だ。最近は「ツーリングといっても基本的には日帰りでしょう?」とばかりに荷物の積載など全く考慮してくれないモデルが増えた中、こういった基本的な便利さをしっかりと備えるのもVFRの魅力だろう。
こんな人に乗ってもらいたい
本当のことを言うと、「ちょっと買ってみようか」という類のバイクではないと思う。やはりV4エンジンという形式やメカニズムにしっかりと興味があり、その歴史が好きだとか、もしくは他とは違う、高級感のあるモデルが欲しいだとか、インターセプターという言葉を聞くと悶えるとか、そういった一部エンスージアストに向けたモデルと言えよう。
世の中にはもっと「ボーッと乗れる」ような楽で速いバイクがたくさんあるし、兄弟車のVFR800Xだってその一つだ。しかしやはりバイクは「スポーツ」でなければいけない、バイクとしっかりと向き合って、対話しながら乗りこなしていきたいというコアなライダーにとっては、VFR800Fは無二のマシンになるだろう。ツアラーというポジションではあるものの、VFRの歴史を感じさせてくれる鋭い切れ味を内包する最新のホンダV4、ぜひ堪能していただきたい。
(試乗・文:ノア セレン)
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