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レース・イベント

■文:佐藤洋美 ■写真:赤松 孝

終わってみればTeam HRC with Japan Postの完璧とも思える勝利だった。高橋 巧、ヨハン・ザルコ、名越哲平の3人のライダーがそれぞれの役割を果たし、それぞれの持ち味を充分に発揮した。DUCATI Team KAGAYAMA、YART YAMAHA、Yoshimura SERT Motulとの戦いは観る者の目を釘付けにし、心を揺さぶったことだろう。レース後に高橋の語った「簡単に勝ったなんて言う人がいたら、やってみろと言いたい。過酷さは、鈴鹿8耐を走ったライダーすべて同じだ」という言葉に、鈴鹿8耐の重みと達成感を観た。

高橋 巧、ヨハン・ザルコ、名越哲平──「8耐」に賭けるそれぞれの想い

 過去2年HRCの鈴鹿8耐勝利を飾った高橋 巧、長島哲太のコンビは最強だった。そこにワールドスーパーバイク選手権のライダーが加わり完璧なコンビネーションで勝利をもぎ取って来た。
 だが、今季は長島哲太がダンロップタイヤの開発ライダーとなり「全日本でヤマハファクトリーの中須賀克行(ブリヂストン)を破る」という壮大なプロジェクトに参加することを宣言して新たな挑戦を開始した。
 鈴鹿8耐参戦のTeam HRC with Japan Postは、ブリヂストンタイヤを装着することから長島の参戦は望めなくなった。さらにWSBKのレーススケジュールが重なりCBR1000RR-R FIREBLADE SP乗りのスペシャリストを招集することが出来ない。
 全日本ライダーの名越哲平、荒川晃大が候補に挙がった。名越はJSB1000ライダーとして市販キット車ではあるがCBR1000RR-Rを駆っている。一方、荒川はST1000参戦2年目、JSB車両は乗ったことがなかった。名越も荒川もファクトリーマシンでのレースは初めてだ。不安がなかったと言えばウソになる。才能豊かなライダーでもテスト時間が限られているため乗りこなすことは難しい。それでも、鈴鹿8耐はやって来る。6月上旬に行われた事前テスト1回目はこの3人が走った。

#HRC 8H
※以下画像をクリックすると違った写真が見られます。

 長島は高橋が海外参戦している間、HRC開発ライダーとして8耐マシンを仕上げて来た。高橋はそのマシンに慣れ、ポテンシャルを引き出すことに専念した。だが今季は新型となったマシンと向き合い8耐マシンの開発ライダーとして準備をこなした。当然のようにチームの中心人物としての責務を背負うことになる。
 高橋は、こう語っている。
「過去2年はタイム出しもセットアップも、一歩引いていた部分があったが、今年は名越、荒川のファクトリーマシン未経験のふたりに慣れてもらうしかなかった。名越は全日本でもブリヂストンを履いているが、荒川はダンロップで、その特性への理解を短期間でこなさなければならない」
 そこにMotoGPカザフスタンGPの開催が延期されたことで、MotoGPライダー参加が可能になる。「鈴鹿8耐を走ってみたい」と言っていたヨハン・ザルコが急遽、参戦することになった。だが、ザルコにも十分なテスト時間があったわけではない。鈴鹿も未経験であり、鈴鹿8耐も当然、初めての挑戦になる。

#HRC 8H

 高橋、名越、ザルコが正式ラインナップになり、6月下旬の2回目のテストからザルコが参加する。ザルコは鈴鹿サーキットに到着するとすぐにコースを歩いた。その姿を見た高橋は「ザルコが真摯に取り組んでくれることを感じた」と安堵した。
 高橋は自分の走行を犠牲にして名越とザルコの走り込みに充てている。自分がコースに出る時は、名越やザルコにレクチャーするためだ。前に出て、後ろに下がり、ふたりのサポートに徹した。これまでにない高橋の行動に、HRCスタッフも驚いていた。だが、そこまでしなければ、勝利を掴むのが難しいと感じていたからだ。

#HRC 8H
#HRC 8H

 DUCATI Team KAGAYAMAがDUCATI PANIGALE V4Rで鈴鹿8耐参戦を決め、事前テスト2回目の最終日には2分5秒162でトップ、2番手にはYART YAMAHA(YAMAHA YZF-R1)が2分5秒655。HRCは2分6秒096。Yoshimura SERT Motul(SUZUKI GSX-R1000)は2分6秒385とする。
 ドゥカティの速さ、昨年の世界耐久選手権(EWC)チャンピオンを獲得したヤートの3人の安定した速さは目を引くものがあった。ヨシムラの熱量、同じHonda勢のサテライトチームも脅威となった。
 HRC松原輝明監督は「例年に比べても強豪が揃い、みんな強くて速い、気が抜けない」と語っていた。

 ザルコは「MotoGPは熱い国でも開催されているから暑さは問題ない」と語っていたが、テストを実際に走り、耐久の厳しさを感じ、MotoGPの合間にも鈴鹿8耐の暑さ対策のトレーニングをして鈴鹿に戻った。MotoGPライダーだからといって自己主張することはない。
「高橋は鈴鹿8耐で何度も勝っているだろう。鈴鹿8耐を一番知っているライダーだから彼から学んでいる。しっかり役割を果たしたい」
 ザルコは、高橋を信頼し頼った。
 それは名越も同様だ。
「セッティングはすべて高橋選手に任せています。自分はひたすら走りこむ時間をもらい、最初は27周することがたいへんでしたが、テストを終えるころには、それが普通になりました」
 チームも高橋を核とする姿勢を固めていった。即席チームであり、鈴鹿8耐勝利のために集まった面々ではあるが、高橋を中心にチームワークが形成されて行った。最終テストではHRCはトップタイムを記録する。

#HRC 8H

 それでも、HRCの3人は、決してトップタイムにこだわる走りはせずに、高橋が仕上げたマシンで、確実なアベレージタイムを刻んでいた。
「一発タイムを狙うような尖がったマシンにはしていない。みんなが乗りやすいマシンにしたい、まだ、完璧とは言えないが、そこを目指して進めている」
 と調整を続ける高橋だった。
「ここまで、1度もタイムアタックしていないので、計時予選が楽しみ」
 と名越は語った。高橋は名越のポテンシャルを信じ長島が昨年記録した2分4秒に迫るタイムを期待した。

#HRC 8H
#HRC 8H

 事前テストから、レースウィーク、すべてにおいて赤旗が多く出たこと。タイヤ本数制限があり、自由にタイムアタックできない状況は、他チームも同じだが、やっとアタックできる計時予選で、名越はコースに出るタイミングを計るが2分5秒台に留まる。チームの上位2名のタイムで順位がつけられ、上位10チームがトップ10トライアル出場となる。HRCは3番手タイムとなり進出を決めた。
 トップ10トライアル参加ライダーはチームに委ねられた。名越は参加を願ったが高橋とザルコが走ることになった。
 松原監督は「最終的なマシン確認を高橋にしてもらいたかった」と任命する。多くのライダーはニュータイヤを装着してアタックするが、高橋はレースタイヤでの走行だった。それでも、鈴鹿サーキットでの全日本ロードレース選手権鈴鹿のコースレコード(2分3秒592)保持者であり、大会6勝を狙う高橋の登場にファンは色めき立った。
「ここまであんまり走っていなかったから、ちょっと不安だったがマシンの確認が出来て良かった」
 高橋は2分5秒621を記録しこの時点で首位に立った。

 計時予選で2分5秒台にタイムアップして、その走りに注目が集まったAstemo Honda Dream SI Racingの野左根航汰は転倒。最終走者となったヤートのカレル・ハニカは「4秒台を狙った」と大クラッシュ、マシンが6~7回転してクラッシュパットを飛び越えた。
 最終的に、ポールポジションはヤート、2番手にはドゥカティがつける。ザルコが2分5秒531を記録して最終グリッドは3番手となる。

#HRC 8H

「もっと暑くなれば、自分たちの強さが発揮される」

 決勝日、朝の天気予報では「最高気温は37度、危険な暑さが予想されるので、屋外には出ないように、過激な運動はおやめください」とキャスターが語っていた。
 レースウィーク一番となる急激な暑さがサーキットを包み、コースの照り返しと直射日光を浴び危険な暑さを体現しながらスタートを待った。

「もっと暑くなれと思っていた。辛くなればなるほど、自分たちの強さが発揮される」
 高橋はそう思っていた。
 この言葉から、鈴鹿8耐勝利へのどれだけの思いと準備と自信が想像された。

#HRC 8H

 スタート時は48度の路面温度が経過と共に50度を超えピーク時には60度を超えた。例年に比べても酷暑となり夕闇が迫っても路面温度は大きくは下がらなかった。
 スタートからヤートとドゥカティの激しいトップ争いが続くが、高橋が狙いすましたように10周目に動いた。トップに出るとコース上に転倒者が出て、一瞬セーフティカーのサインが点るが、オフィシャルの迅速な対応でマシンが回収され、黄旗へと変わる。
 この間に水野 涼(ドゥカティ)が前に出る。高橋は冷静に状況判断し水野の先行を許す。黄旗が解除されると再び高橋が前に出て後続との差をつけ始める。高橋が2番手につけたビハインドをザルコと名越は守った。ヤートヤマハが猛攻を見せるが、ヤートヤマハがタイムをあげれば、それに合わせてペースアップする。さらにジリジリと、その差を広げて行った。
 ザルコから高橋への最後のピットインでHRCにペナルティが課せられる。給油中に作業をしてはいけないというルールに違反した。メカニックがシートとスタンドに触れてしまったのだ。スタッフがコントロールタワーに向かうとピットスルーのペナルティを告げられるが、その時間をマイナスとすることで折り合いをつける。40秒ペナルティとなった理由がそれだった。
 この時点で、トップ高橋と2番手を走るヤートのビハインドは51秒と開いており、40秒マイナスされたとしても首位の座は変わらない。

#HRC 8H
#HRC 8H

 高橋はピットボードに2番手とのビハインドが表示されていたのが、急に短縮されたことで戸惑う。最初は間違って違うチームのサインを見たのかと思ったと言うが、ここまで走行しているチームを考えると、自分に向けたものだと理解する。
「だとしても、最後までしっかり走ることしかできない」
 高橋はチェッカーを目指した。最終ラップに黄色い腕章がコース上に落ちていて、それに乗ってしまい転倒しそうになったと言うが、それを回避して観客席がHondaカラーの赤に染まるペンライトが振られる光の海に吸い込まれるようにチェッカーを受けた。

 高橋はこの勝利で鈴鹿6勝目を挙げ、HRC先輩ライダーである宇川 徹の5勝を抜き8耐最多優勝単独1位となった。HRCは3連覇を飾り、Hondaとしては30勝という記録を達成した。
 さらに、220周という新記録まで作った。2002年にVTR1000SPWを駆った加藤大治郎/コーリン・エドワーズが、通常7回行うピットストップを6回で済ませる前人未踏の作戦を敢行し、219周の最多周回数記録を樹立し長らく更新されていなかったのだ。

 近年では珍しくセーフティーカーが入らない大会だったこともあるが、HRCのピットワークは、耐久を戦い慣れたEWCチームに比べても速くライダーを助けた。新記録樹立は、高橋とHRCが緻密に練り上げた戦いの証だったように思う。

#HRC 8H
#HRC 8H

 高橋に6つの勝利の中で1番印象に残る戦いは? と聞いた。
「マシンを開発しチームメイトを鼓舞し、まとめ、自身の力を見せつけた今年だ」という答えを期待したが……。
「勝てたレースはどれも同じ」
 高橋らしいそっけない答えが返って来た。

#HRC 8H
#HRC 8H

 表彰台ではザルコが久しぶりに宙返りを見せ喜びを表した。
 会見では「最高のチームメイトのおかげで勝てた」と高橋と名越を讃えた。名越は「これまでで一番の最高の景色」と笑顔を見せた。名越は「高橋選手のすごさを実感した戦い。そこに追いつけるように努力する」とも語った。

 誰よりも多くの周回数をこなした高橋の強靭な体力が印象に残ったが「記者会見では脱水症状で声が出しづらかった。ザルコは寒さで首にタオルを巻いてベストを着こんでいた。クーラーの温度を上げてと頼んだけど下げてと伝わったようで、寒くてたまらなかった。簡単に勝ったなんて言う人がいたら、やってみろと言いたい。過酷さは、鈴鹿8耐を走ったライダーすべて同じだ」と語った。
 そして、高橋はこう言葉を結んだ。
「ホンダが望んでくれるのなら、また、記録を伸ばしていきたい」
「望むなら」という言葉に込められた意味は深い。

 日本では、鈴鹿8耐にしか存在しないHRCワークスチーム、勝てるマシン、ライダー、チームを抱えながら、全日本JSB1000クラスでは、サテライトチームに所属し、市販キット車で苦戦を続けている。モータースポーツを牽引するHRCが望むものは何なのかと問いかけているように聞こえた。

■あとがき

 全日本ロードレースのパドックで高橋 巧と8耐の雑談をしている時に「鈴鹿8耐で6勝が出来て最多勝になったら、もうレースを辞めようかな」と言った。「そんあぁ~」と思った。「そんな悲しいことを言わないでよ」と……。

 海外参戦から帰国した高橋は2022年、Hondaからのオーダーはテストライダーだった。そのテストをこなすために自力でサテライトチームを探してレースを続けている。昨年はST1000クラスだった。今季はJSB1000クラスとなるが市販キット車で、ライバルであるヤマハファクトリーの中須賀克行、今季からドゥカティワークスマシンでの参戦を決めた後輩ライダーの水野 涼の後塵を浴び続けている。

 鈴鹿8耐では、過去2年勝利をもぎ取り実力を示している。2017年、JSB1000では中須賀を破りタイトルを獲得、2018~2019年とランキング2位と中須賀を追いこんだ高橋の力を疑う者はいない。2020年はスーパーバイク世界選手権、2021~22年とブリティッシュスーパーバイク選手権に参戦、主だった結果は残っていないが、トレーニングに明け暮れ過酷なレースに挑んで蓄えた力は増している。それを発揮するのは鈴鹿8耐だけだ。

 鈴鹿8耐の表彰台で引退宣言の代わりに飛び出した「Hondaが望むなら」の言葉は「もっと、力を示したい、Hondaと共に強いHondaを示す戦いをさせてくれ」と叫んでいるように聞こえた。

 喜びに沸き上がる歓喜の表彰台だからこそ言えたのではないかと感じた。過酷な戦いを勝ち抜き、完璧な仕事をこなした高橋には、喜びよりもずっしりと重たい責任感を感じた。

 Hondaが自分をどんなふうに評価してくれるのか、必要としてくれるのか、その答えを聞いた時、やっと、高橋は心からの笑顔を見せてくれるのではないかと思う。

 Honda3連覇、30勝目、220周の新記録、これ以上ない強さを示したHondaの勝利を、喜びだけの原稿に出来なかったのは、高橋の思いを知ってしまったからだ。

(文:佐藤洋美、写真:赤松 孝)

#HRC 8H


[『3連覇を目差す──HRC・石川 譲氏、本田太一氏インタビュー』へ]

2024/07/31掲載