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レース・イベント

●文:西村 章 ●写真:VR46/MotoGP.com/Yamaha/Ducati/Honda/Husqvarna Motorcycles


 2023年第13戦、ブッダインターナショナルサーキットで初開催されたインドGPは、終わってみれば大成功のイベントになった。数ヶ月前段階では本当に開催できるのかと不安な声が囁かれ、レースが近づけばコースの安全性に疑問符も投げかけられたものの、じっさいにライダーたちが現地に入ってコースを目の当たりにしてみると、当初の不安材料はおしなべて杞憂であったことが判明。

 豪雨に見舞われた場合のセッション進行やコースマーシャルの時宜に応じた臨機応変な対応などに多少の課題が見えたのも事実だが、それらもおそらく来年のイベントでは改善されているだろう。KTMのピットガレージにサルが出没するという、おそらく他のサーキットではあり得ない出来事もありながら、土曜のスプリントと日曜の決勝レースはともに充実したイベントになった。観客動員数は、金曜1万7776、土曜3万5381、日曜5万8605で、3日間の総計は11万1762人。初開催としては成功の部類に入るといいっていい。

 ただ、さすがインドだけあって現地の暑さと湿度は非常に厳しく、土曜スプリントと日曜の決勝はともに周回数を当初の12周と24周から減算して、それぞれ11周と21周で争われることになった。

 土曜のスプリントはホルヘ・マルティン(Prima Pramac Racing/Ducati)が勝利して、フランチェスコ・バニャイア(Ducati Lenovo Team)が2位。マルク・マルケス(Repsol Honda Team)が久々の表彰台で3位、という結果。日曜の決勝レースはマルコ・ベツェッキ(Mooney VR46 Racing Team/Ducati)が独走優勝、マルティンが2位、ファビオ・クアルタラロ(Monster Energy Yamaha MotoGP)が3位。これらのリザルトを見ると、相変わらず他を圧するドゥカティ勢の抽んでた戦闘力もさることながら、とんでもない苦戦が続いていたホンダとヤマハが健闘した様子も伺えるが、このあたりの事情については後述するとして、まずは決勝レースで2位に8.6秒差をつけて圧倒的な独走優勝を見せたベズことベツェッキから。

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※以下、写真をクリックすると大きく、または違う写真を見ることができます。

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 御存知のとおり、ベツェッキはドゥカティ陣営のなかでも昨年スペックのGP22を使用しており、バニャイアやマルティンのような最新仕様のマシンではない。ホールショット/ライドハイトデバイスも、彼ら2名と比較すると古いものを使用しているため、スタートでは若干出遅れることになる。それでもこれだけの大差をつけて勝利できたのは、「あらゆるコーナーで誰よりも深いブレーキングをできたから」だという。

 じっさいに、土曜のスプリントではスタート直後の1コーナーでチームメイトのルカ・マリーニに接触されてほぼ最後尾まで大きく順位を落としたものの、そこから猛追を見せて最後は5位でフィニッシュしている。

「昨日のことがあったので、今日はその分も絶対に取り返してやろうと思っていた。ホルヘとペコはスタートが有利なので(出足で)前に出られるだろうと思っていた。落ち着いてふたりの後ろで機を窺い、チャンスを見て前に出た。ペースを掴んでからはタイヤをマネージして走った。バイクは素晴らしい仕上がりだったし、とてもうれしい」

 今回の決勝レースでは、2番手争いをしていたバニャイアが転倒ノーポイントで終わったため、ベツェッキは44点差まで迫ることになった。

「ペコとホルヘ、ブラッド(・ビンダー:Red Bull KTM Factory Racing)は素晴らしく力のあるライダーたちだから、彼らと自分が(互角以上に)戦えるとはあまり思わない。シーズンはまだ先が長いし。とはいえ、点数が近づいたことは間違いないけれども」

 2位のマルティンは、レース終盤は脱水症状にかなり苦しんでいたようで、クールダウンラップを終えるとパルクフェルメではなくピットボックスへ直行してチームスタッフに水を求めた。そこで水分を大量に補給してから歩いてパルクフェルメへ移動したものの、そこでも座り込んでしまい、医療スタッフのケアを受けて通例のテレビ用インタビューをパス。表彰式には登壇したものの、その後のトップスリー記者会見でも体調が戻らずに欠席することになった。

 会見参加を見送ったため、チームの広報担当者から後に届いた本人コメントは以下のとおり。

「本当に100%の力を出し尽くした。 残り8周で脱水症状に陥って、 いいペースを維持できたとはいえ、レースを最後まで完走するのは本当に厳しかった。最終ラップでは脱水症状のためにラインがはらんで大きなミスをして、ファビオに抜かれてしまった。抜き返すことがことができて2位を獲得できたので、本当にうれしい。

 チームにとってもとてもよい結果になったし、チャンピオンシップポイントでもかなりの挽回をできた。この勢いで今後もがんばりたい。勝利を目指してこの週末に臨み、全セッションで高い力を発揮して、(チャンピオンシップの)差を縮めることができた」

#89
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 上記のコメントにもあるとおり、最終ラップの4コーナーでオーバーランした際はおそらく意識が朦朧としていたのだろう。それでも即座にポジションを奪い返して2位を掴み取るのだから、この強靱な精神力は本当に敬服する。世界の頂点を戦うアスリートたちの常人離れしたすごみを感じるのは、まさにこういう瞬間だ。

 ただし、他の選手たちは脱水症状に陥ることなく体力をマネージしてうまく走りきっているのも、一方の事実ではある。今後のフライアウェイシリーズでは、インドネシア(マンダリカ)、タイ(ブリラム)、マレーシア(セパン)と熱帯地域での酷暑のレースが続く。そこをどう乗りきるかが、ひょっとしたらマルティンとチームの課題になるのかもしれない。

 3位のクアルタラロは、第3戦アメリカズGP以来の決勝レース表彰台。

「本当に厳しいレースだった。レース中はずっと、マルコはかなり前方に離れていて、ペコとホルヘとの差が1~1.5秒くらいあった。最終ラップでは(マルティンと接戦になった際に)、自分たちの弱点がさらによくわかった。この部分を来年に向けて改善していきたい。そこが良くならないと、ペースを維持できたとしても、真っ正面から戦うことができない」

 それでもフライアウェイの緒戦を表彰台で飾れたのだから、今後の遠征シリーズに勢いをつけることができた、と話す。

「これからは連戦が続く。その最初でいい結果を獲得できたのは、自分自身以上にチームに弾みがつく。フランコ(・モルビデッリ)側のクルーも含めて、全員にとって重要なリザルトになった。ずっと一緒に過ごしてきた皆と喜びあいたいし、ともに最高の結果を目指していきたい」

#20
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 一方、上でも軽く言及したとおり、決勝レース序盤から表彰台圏内を走行していたバニャイアは14周目に転倒しリタイア。土曜のスプリント後には、リアにチャタが発生して苦労したと明かしていたが、その課題は決勝になって改善方向に向かったものの、完璧なフィーリングには至らなかったようだ。土曜のスプリントで独走したマルティンと決勝レース中盤までは競ることができたものの、完璧に仕上がっていない状態が転倒の誘因にもなったようだ。

 とはいえ、翌週の日本GPに向けて「チームがきっとソリューションを見つけてくれるだろう」とも話す。

「ブレーキングの強さという武器を、きっと取り戻すことができると思う。(ポイント差が迫っているライバルたちを相手に戦うことは)もちろん簡単ではないし、ホルヘには勢いがある。でも、今日の彼は優勝したベツェッキの8秒背後だった。昨日と今日はベツェッキが速さを発揮したけれども、彼が強いのは織り込み済みのこと。チームは完璧に僕を支えてくれているので問題は解決できるし、最後まで諦めることなく戦っていく」

 この転倒ノーポイントにより、バニャイアとマルティンの点差はここ数戦で一気に縮まって13になった。シーズンはフライアウェイの後半戦に入ったとはいっても、まだ7戦14レースも残している。1戦あたりの最高獲得ポイントが37(12+25)であることを考えると、今シーズンのチャンピオン争いは、ある意味でほぼ振り出しに戻ったといってもいいだろう。

#1
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 ところで、冒頭にも記したとおり今回のインドGPでは、シーズン序盤から厳しい戦いが続いていた日本メーカー勢が初日の走り出しから健闘を見せた。金曜のプラクティスではRepsol Honda Teamのマルケスとジョアン・ミルが揃って予選Q2へのダイレクト進出を達成。土曜午前の予選を終えて、ミルは2列目5番グリッド、マルケスは同じく2列目の6番グリッドを獲得した(日曜の決勝レースは、本来4番グリッドのルカ・マリニーニが負傷欠場したため、各グリッドはひとつづつ繰り上げになった)。土曜のスプリントではマルケスが3位に入り、日曜の決勝レースはミルが5位でゴールを果たした。

 この結果を眺めると、苦戦の続いたホンダが何らかの方向性を見いだしたように見えなくもない。だが、じっさいのところはマシンパフォーマンスに打開策を見つけたというよりも、初開催地のサーキットで熟練したライダーたちが優れた順応性を発揮したことが要因のひとつになったようだ。マルケスとミルはともに、金曜の走行後にこの点を指摘していたが、皆が順応してくる決勝レースでも好結果を残せたことについて、ミルは「そこがちょっとナゾ(笑)」と冗談めかして話す精神的余裕も垣間見せた。じっさいのところは、サンマリノGP翌日のテストで走り込んだことが、自信を取り戻す契機のひとつになったのだとか。

「しっかりと走り込んでユーズドタイヤでもいいタイムで走ることができて、自信が戻ってきた。今回は誰にとっても初めてのコースなので、適応力を発揮して金曜は速く走れると思っていたけれども、土曜の予選もとても良かった。今朝のウォームアップでもいいペースで走ることができた。決勝レースでは、予想していたくらいの位置で争うことになった。もう少しいいリザルトを得られるかとも期待していたけれども、現状ではまずまずの結果になった」

#36
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 一方、土曜スプリントで3位に入ったマルケスは、決勝レース序盤もトップグループにくらいついたものの、6周目1コーナーで転倒。即座にレースへ復帰したものの、16番手まで大きく順位を落とした。すでにトップからは大きく離れていたため、ここからのポジション回復は難しいかと思いきや、マルティンたちと互角のタイムを連発して追い上げてゆき、最後は9位でチェッカーフラッグ。週末を通してホンダファクトリーの両選手が揃って健闘できた理由は、コースレイアウトによるところも大きかった、とマルケスはレース後に述べている。

「オースティンと似たストップアンドゴーのコースだから、引き起こしてから加速することが多く、自分たちの弱点の、寝たままで加速していくことがない。モンメロのようなコースだとウィーク中ずっと苦しむことになるけれども、ここのようにストップアンドゴーで1速から立ち上がっていくコーナーだと、戦闘力の高いバイクとかなり互角に戦える」

 また、今回のウィークに、ミシュランは硬い構造のリアタイヤを供給している。通常ならこの硬いケーシングにホンダ勢は苦戦することが多いようだが、今回はそれを乗りきって好リザルトを獲得。次のもてぎも典型的なストップアンドゴーのコースレイアウトで、しかもタイヤアロケーションは標準構造が供給される。これらの要素が相俟って、「なかなか面白いことになるかも」とマルケスは期待を覗かせる。だが、

「特にリアの標準構造のケーシングは自分のライディングスタイルに利することが多いけれども、他のライダーたちもきっと速くなるだろうし」

 と留保も示しており、けっして楽観視はしていないようだ。そしてさらに、こうも話す。

「今週はベツェッキ、バニャイア、マルティン、マリーニのほうが速かった。この4名を除けば自分は5番手だったので、 この週末は大きなリスクを賭けて勝負した。だから昨日のスプリントでもずっとリスクを賭けて走ったけれども、なぜか転倒はしなかったので表彰台を獲得できた。

 今日の決勝レースでも、序盤の10周が勝負だと思った。最初の10周でリスクを背負ってドゥカティ勢に着いていくことができれば、タイヤが落ちてくる後半に自分はうまく走れるから、残りの10周もついていくことができるだろうと思った。だから最初からリスクを賭けて走ったけれども、1コーナーで少し(ラインが)ワイドになってしまった。でも、最後までレースを走りきることができたし、シルバーストーンでも話したとおり、周回を重ねて最後までレースを走ることが目標なので、そこは達成できた。3位のクアルタラロと同じようなペースで走りきることもできたので、良かったと思う」

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 また、今のバイクに決して気持ちよく乗っているわけではない、とも述べた。

「まだ気持ちよくは走れていない。速さを発揮できたし、どう乗ればいいかもわかるけれども、快適な領域では走っていない。乗りやすいわけではないし、自然な本能に従って走っているわけでもない。そこはまだ取り組んでいる最中だし、気持ちよく乗れるようになれば速く走れると言うつもりもないけども、自分にとって自然な乗り方ではないだけに、かなり集中を要する」

 すでに各所のレポートにもあるとおり、先のミザノテストでホンダ陣営は2024年仕様のプロト車体を試したようだが、ミルとテストライダーのステファン・ブラドルはこのプロトから好感触を受けたと話す一方で、マルケスと中上貴晶(LCR Honad IDEMITSU)は「現行型との違いをあまり感じない」と、さほど積極的な評価をしていない。ミルは次の日本GPでこの2024プロトを使用したい考えのようだが、マルケスは現行型を維持する方向だという。

「ミザノテストでもあまりいい手応えではなかったし、(シーズン残りを)テストに使ってもあまり意味はないと思う」

 ……と、このように、インドGP後のマルケスのコメントを振り返り、全ライダーと各バイク(ファクトリー間、および最新スペックvsサテライト仕様)のパフォーマンスを比較検討してみると、ここに来てふたたび大きな注目を集めているマルケスの2024年の落ち着き先は、必然的にひとつの方向性を示しているようにも見える。

 日本で話し合いを持つとも言われているホンダとの話し合いがどのように決着し、その結論がいつ発表されるのかは外部の者には知るよしもないけれども、どのような落着をしたとしても「なるほどねえ」という落とし所に収まることになるのでしょう。

 というわけで、今週末はいよいよ第14戦日本GP。MotoGPクラスが最大の注目を集めるのはもちろんとして、Moto3クラスはランキングのトップ2、ダニエル・オルガド(Red Bull KTM Tech3)とハウメ・マシア(Leopard Racing)が同ポイントで並び、そこから1点差で佐々木歩夢(Liqui Moly Husqvarna Intact GP)が追う、という非常に緊迫した展開になっている。こちらもお見逃しなく。

#71
#71

 あ、最後にひとつ。

 今回のインドGPでも、土曜午後のスプリントで1コーナーの多重クラッシュが発生し、負傷者が出た。やはりこれは、スポーティングもしくはテクニカルレギュレーション等で、何らかの抑制的な対策を施す検討をしてみてもいいのではないですかね。これについては、機会があれば改めてまた詳細な議論をしてみたいところですが。

 というわけで、ひとまず今回は以上。今週末の日本GPが3クラスとも素晴らしいレースになりますように。では。

(●文:西村 章●写真:VR46/MotoGP.com/Yamaha/Ducati/Honda/Husqvarna Motorcycles)


#MotoGPでメシを喰う
【西村 章】
web Sportivaやmotorsport.com日本版、さらにはSLICK、motomatters.comなど海外誌にもMotoGP関連記事を寄稿する他、書籍やDVD字幕などの訳も手掛けるジャーナリスト。「第17回 小学館ノンフィクション大賞優秀賞」「2011年ミズノスポーツライター賞」優秀賞受賞。書き下ろしノンフィクション「再起せよースズキMotoGPの一七五二日」と「MotoGP 最速ライダーの肖像」、そして最新刊のインタビュー集、レーサーズ ノンフィクション 第3巻「MotoGPでメシを喰う」は絶賛発売中!


[MotoGPはいらんかね? 2023 第12戦 サンマリノGP|第13戦 インドGP|第14戦日本GP]

[MotoGPはいらんかね目次へ]

2023/09/25掲載