と、投げかけておいてあっさり答えを言うと、自分が生まれる前に時代を駆け抜けたメグロ。そしてその技術を引き受け、北米への足がかりとしてビッグバイクが欲しかったカワサキ。その両者のレガシーとも言えるバーチカルシリンダーの2気筒エンジンを搭載した現在のWシリーズ。それはメグロの技術者がBSAに触発されたように、当時のバイクが持つ美しさ、オートバイらしさを復刻させたカワサキの技術者達の目線こそ近いものがあると想像できる。同時に選択肢が多くなった今、Wのようなライフスタイル商材と、60年代に頂点モデルとして君臨した当時ではモデルの意義にも違いがあるはず。
どこかそんな歴史絵巻を見られるのか、と思いつつW800 STREETを吟味しようと思ったものの、すでにW800 CAFEとともに昨今のレトロモダンなカルチャーを背景にしたスタイルこそ、本来愛でる部分だろう。そこで、そうした部分と走りの気持ち良さがどれだけあるのか、に絞ってお伝えします。
溢れてくる良いモノ感、充実。
W800 STREETは現状販売されるW800シリーズ3台の中の1バリエーションだ。もっともメグロ→カワサキと移り、650RSあたりにたどり着いたレガシーを色濃く残すW800(117万7000円 税込み)。これはオーソドックス。黒シリンダーとアルミ地の美しいコントラストを持つエンジン。ボディーは明るいキャンディーカラー。シリーズで唯一、前輪に19インチを採用する。他のモデルは18インチだ。
そしてW800 CAFE(121万円 税込み)は、ビキニカウル、スワローハンドル的パイプハンドルと一人乗り風シートによりなるほどカフェレーサーに変身している。もう、このスタイルがもっとも今時でもある。
そしてW800 STREET(108万9000円 税込み)、CAFE同様ブラック仕上げのエンジンとクロームの厚みさえ感じる綺麗な排気系のコントラスト、CAFE同様立体エンブレム、タンクパッドなど加飾をあえて省いたタンク、シルバーアルマイトのスポークリム、アップライトな、というよりプルバック出来そうなほどリラックスしたポジションが取れるワイドなアップハンドル、そしてシリーズ中最も低いシート高を組み合わせる。
価格が低く設定されているのは、グリップヒーターやETC2.0等装備の簡素化も図られているため。試乗した真冬はグリップヒーターが欲しい!と切なる思いもあるが、STREETを選ぶ人なら「買ったらまずグリップは交換だな!」と思うはず。ならばここはレスオプションこそ正解なのだ。
W800 STREETがスゴイなぁ、と思うのは、装備面を減らしても全体から漂う高品質感から良いモノ感が漂っていること。ここにこそメグロ→カワサキのレガシーがしっかり息づいていると思う。
走っても質感高し!
STREETのシートは純正オプションのローシートと同じもの。スタンダードのW800やCAFEよりも20mm座面が低い770mmのシート高になる。シートの前方に跨がると、その高さより幅を狭めたことで足がスッと下に降ろせる感じで足着き感が良い。そこからやや後ろに座面を取ればしっかりとしたサポート感もある。
20mm低いシートとの関係もあり、ライディングポジションに着くとハンドルグリップ位置が見た目よりも高く感じる。アップライトでリラックスしたポジションだ。体格によってはハンドル幅が広く感じるかもしれないが、前後に移動しやすいシート形状でもあり好みの位置を探しやすいのでは、と思う。
ステップ位置も自然。シート、グリップの配置に体を預けたら足はここだよね、という位置にある。ブレーキ、シフトレバーの踏面も同じように自然とソールを通じて位置が把握しやすいもの。サイドカバーなどあえて鉄パーツを使うW800系。車重は221㎏で激重ではないが、車体中心に重さが集まった最新のバイクよりも全体に重さ感があるところも昔のバイク風だ。逆にこの風味はホメどころでありWの特徴だ。
昔の記憶にある古いカワサキ車のようなスイッチ類もムード満点。パッシングとホーンが一体型になっているのは当時「考えてるなぁ!」と思った記憶がある。とにかく全体でレトロモダンを表現しているのが嬉しい。
エンジンの左ビュー
バーチカルレイアウトのシリンダー。その見栄えを確立していた要素の一つにあったのがメグロ時代にカタチ造られたOHVレイアウトだ。OHC4バルブのレイアウトとなった新生Wのエンジン。当然、普通に造ればそのカムチェーンスプロケットやカムチェーンが通るトンネルを設ける必要がある。それがあると、エンジンの横顔はイメージが変わってしまう。エンジンをタンクに例えたら、フランジ付かシームレスタンクのようなものだろうか。だからメグロ、メグロカワサキ時代のエンジンのデザインにこだわりカムチェーンではなくベベルギアを採用した、と聴いた記憶がある。そのエンジンビューを色濃く残すのが、シリンダー左側からの眺めで、つまりW系エンジンの映えポイントはベベルタワー側ではなく、エンジン左側から見たビュー、とも言えるのだ。
360度クランク。ボア×ストロークが77mm×83mmというロングストロークレイアウト、あとはフィーリングを求めた慣性マス、エンジンの特性はWのハイライトの一つ。始動後のファーストアイドルが収まってからは重厚感のある回り方と排気音で期待感を高めてくれる。それにしてもエキゾーストポート直下に触媒を持たせるレイアウトが当たり前になった今、コンベンショナルに見えるエキパイで環境規制をクリアするのは大変だろう。空冷エンジンとしての生き残りも簡単ではないハズ。見た目も環境性能も美で満たすWらしい姿だ。
こう見えてアシストスリッパークラッチも装備するW。クラッチの手応え感までチューニングしたのか、軽すぎないレバーの手応えだ。ローにシフトしてゆったりとクラッチを繋ぐと、まずエンストできないんじゃないか、というぐらい豊富な低回転トルクでごろんと車体が押し出される。それを見越してアクセルを捻る。ヘルメット越しで聴くとやや吸音されるが、ムリムリムリムリ、と360度クランクの滑らかさの中にあえて排気音でアクセントを付けたような音を奏でる。
たまたま別の機会に国道を走っていた時、W3オーナーとしばしランデブーするコトがあった。4速のワイドレシオと抜けのよさそうなオリジナルとおぼしきマフラーによって両脇の建物に当たったその排気音がホールで聴いた音楽のように共鳴する。オーナーも3速までブリブリブリ!という音を楽しみながら加速をする。10分に満たない時間だったが、聴いているこちらまで幸福な気分になった。その記憶が蘇る。
STREETの音はまったくその性質を受け継いでいた。発進はアイドリング、クラッチが指から離れたら右手を多めに捻る。3000rpmあたりでシフトアップ。ドロップした回転など気にせず2速で捻る。これを3速、4速、5速と続け、排気音と加速の快感が同期する。
走れば満たされるWの世界。
ハンドリングも車体の重量感と加速の音、加速度、の調和を見せるような重厚さを持っている。重いのではない。存在感があるのだ。今やフロントに100、リアに130という幅のタイヤは細身だ。しかも前後18インチ。大径から来る回転が生む慣性マスにより安定感も良い。それでも、しっかりしたフレームによりワイドなハンドルに無駄な入力をしないようにさえすればフロントタイヤのリーンからのレスポンスは素早く、意のままに向きを変えてくれる。
この寝かす、曲がる、加速するというコーナリング中の短期間に起こすバイクの動きをじっくりと堪能する走りが楽しい。
個人的にはこのハンドルバーでフロント19インチの走りも一度味わってみたい。18インチの前輪のレスポンスとハンドルバーのベンドの関係か、一瞬手首などから力を抜く瞬間とフロント周りが倒れるように向きを変える瞬間が被ってしまうことがある。神経を研ぎ澄ませ流すと面白いように「走る」のだが、景色を眺めながら走る時、このわずかなオーバーラップが気になったのも事実。まあ、体格、乗り方で印象はだいぶ変わってくるので、個人差レベルかもしれないが。
サスペンションの設定は妙だ。乗り心地がよく、それでいてふわついた感じがない。リアの突き上げの少なさが荒れた路面でもドタドタとラインを膨らませるようなことが無い。同時にフロント周りにもグニャッとした印象は皆無。ちょうど良い剛性バランスだ。たしかに前後のブレーキをグッとかけてコーナーめがけて突進するような乗り方をするとW本来のうま味が出てこない気がする。ブレーキそのものの性能はしっかりしているしよく効く。ただ、スポーツバイクのような走り方よりも流すような中にWの真髄があるように思えた。
だから田舎道を流す時、STREETの気持ち良さはマックスになる。5速、50km/hから60km/hあたり。アクセルを開けたら後輪が蹴る感じがあり、でもアクセルを戻してもエンブレが効き過ぎることがない領域。振動も少なく滑らか。このキャラクターは高速道路を80km/hで流しても変わらない。100km/hでも同等だったが、楽しいのはやっぱり田舎道の適度に直線とカーブが混ざり合った道をただただ進む感じの時に訪れる幸せな時間を楽しむのがいい。
Wが大好き、という理由は健在。
もう10年ほど前、海外にレトロモダンなバイクの取材に行って、海外メーカーのエンジニアから「W650、これが最高だね。自分も持っているんだ。」と小声で教えてもらったことがある。カタチをレトロモダンにすることも大切だが、カワサキはWのためにエンジンを新造した。日本でビッグバイクの世界を開いたメグロのK1のボア×ストロークは、66mm×72.6mm。排気量を増したカワサキWシリーズは74mm×72.6mmと、ボアアップによりロングストローク型からショートストローク型へと変化した。
360度クランクでこの味を出す。そのためにはストロークが不可欠だったのだろう。新WシリーズはW650のそれが72mm×83mm。W800は78mm×83mmといずれもロングストロークを維持。W400のみが72mm×49mmとショートストロークだが、これはエンジン外観を維持しつつ排気量を400にしたからだろう。現行型が過去イチでWらしさが潤沢だと思う。音、加速、そして乗り味がしっかりと一致している。
つまり、バイクの風味にはエンジンが不可欠。スタイル、エンジン、そして乗り味が三位一体となったバイクは貴重だ。だからこそ世界でWが好きだ、という定着した評価があるのだろう。1日付き合ってみて改めてそのことがよく解った。
(試乗・文:松井 勉)
■エンジン種類:空冷4ストローク並列2気筒SOHC 4バルブ ■型式:8BL-EJ800E ■総排気量:773cm3 ■ボア× ストローク:77.0× 83.0mm ■圧縮比:8.4 ■最高出力:38 kW(52 PS)/6,500rpm ■最大トルク:62N・m(6.3 kgf・m)/4,800 rpm ■全長×全幅× 全高:2,135 × 925 × 1,120[2,190 × 790 × 1,075]< 2,135 × 825 × 1,135>mm ■軸距離:1,465mm ■シート高:770[790]<790>mm ■車両重量:221[226]<113>kg ■燃料タンク容量:15L ■変速機:5段リターン■タイヤ(前・後):100/90- 18M/C 56H[90/90- 19M/C 57H]< 100/90- 18M/C 56H >・130/18M/C 66H ■ブレーキ(前・後):油圧式シングルディスク(ABS)・油圧式シングルディスク(ABS) ■懸架方式(前・後):テレスコピック式・スイングアーム式 ■車体色:エボニー×メタリックマットグラフェンスチールグレー[キャンディファイアレッド×メタリックディアブロブラック] <メタリックディアブロブラック×メタリックフラットスパークブラック> ■メーカー希望小売価格(消費税込み):1,089,000円[1,177,000円]<1,210,000円>
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