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レース・イベント

 MotoGPに参戦する各日本メーカー技術陣トップに、前年度の振り返りと新シーズンの展望を訊ねるこのシリーズ、掉尾を飾るのはホンダ陣営だ。ご登場いただくのは、(株)ホンダ・レーシング取締役運営室長で、レース現場でも陣頭指揮にあたっているお馴染み桒田哲宏氏と、2021年型RC213Vの開発責任者・程毓梁(チェン・ユーリャン)氏。

 今回の取材は、新型コロナウイルス感染症のオミクロン株が全国で猛威を振るう現状を考慮して、オンライン形式で行われた。まず、桒田・程両氏による45分間の総括を経た後に15分程度の個別取材で質疑応答を交わす、という流れになった。というわけなので、まずは総括の概要を紹介することからスタートすることにいたしましょう。
●インタビュー・文:西村 章 ●取材協力:本田技研工業https://www.honda.co.jp/motor/

佐原伸一氏
ホンダ・レーシングのお二人
今回、お話を伺った(株)ホンダ・レーシングのお二人、取締役 レース運営室長の桒田哲宏(クワタ テツヒロ)氏、2021年型RC213V 開発責任者の開発室 程 毓梁(チェン・ユーリャン)氏。
※以下、写真をクリックすると大きく、または違う写真を見ることができます。

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 桒田氏と程氏の2021年レビューと2022年に向けた抱負は概ね以下のとおり。

●桒田氏
・2021年は厳しいシーズンだった。2020年も厳しかったので飛躍のシーズンにしたかったが、新型コロナウイルス感染症の影響もあってなかなか思いどおりには行かなかった。それでも〈開発陣、ライダー、チーム〉が一丸となり、不撓不屈の精神で戦った。

・シーズン前半は、2月のセパンテストがキャンセルになり、開幕戦カタールの直前テストだけになった。2020年の反省からマシンアップデートの評価をするつもりだったが、事前テストがレースに近くなってしまったため、評価が難しかった。他陣営と比較して出遅れてしまい、開発競争力の遅れは明らかだった。

・シーズン後半は、2022年のコンセプトを入れたマシンをオーストリアから使用し始めた。タイヤ性能を使い切ることを大きなコンセプトにして、マシンも力を発揮しはじめた。この後半戦に上り調子になってきたのは今後に向けてポジティブで、2022年へ良い踏み出しをできたと考えている。

●程氏
・2021年のマシンは2020年の延長線だが、より扱いやすい完成車を目指した。安定性、旋回性、開けやすさ等々いろんな部分を見直した。(レギュレーション上、2021年はエンジンを変更できなかったので)吸排気系や制御、車体の骨格、空力などを見直した。タイヤのポテンシャルをいかに引き出すか、動力性能をいかに車高調整デバイス等で向上させるか、等の課題に取り組んだ。

・2021年はライバル陣営に対して苦戦していたのは事実だが、後半戦にアップデートしたことで戦闘力の向上を確認できた。

・また、車高調整デバイスも重要な部品として開発を進めた。デバイスは車体のウィリー限界を上げるためのアイテムで、2020年から使用しているが2021年はさらに扱いやすさに注力した。

●2022年に向けた取り組みについて
・2022年は21年後半に具現化した扱いやすさにさらに取り組んでいく。目指すのはシーズン最初から勝てること。(程氏)

・21年に先行投入して結果を得ることができた性能をさらに向上させ、伸ばして行く。自分たちの殻を破って高い場所を目指していきたい。ここ2年は三冠達成を逃しているので、2022年こそ三冠を奪取できるように戦い抜く。(桒田氏)

 この総括と抱負を前提として、以下では、さらに踏み込んだ質疑応答について紹介するとにいたしましょう。

#93
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―先ほど話題にもなっていた車高調整デバイスは、ここ2年の大きな技術的トピックのひとつですが、これが導入されることでレース戦略やセットアップへの影響はあったのでしょうか? あったとすれば、それはどの程度ですか。

桒田「なくはないです。レースは抜きつ抜かれつ、とはいうものの、抜く場所は当然ながら限られてきます。立ち上がりで一気に抜ければいちばんいいんですが、今の各メーカーのレベルを考えるとそれもなかなか容易なことではない。となると、ブレーキングで抜いていくことになると思うんですね。そのときに、加速からブレーキングの間でどれだけギャップを詰められるか、あるいは横に並べるか。それがブレーキングで抜けるかどうかの大きなポイントになってきます。

つまり、加速で置いて行かれると、どんなにブレーキングが強かろうがコーナリングが強かろうが抜くに抜けない、ということが起きてしまう。その状況下で、車高調整デバイスができたことによって立ち上がりの重要性やアドバンテージをライバル陣営に持たれているとさらに勝てない。だから、そのアドバンテージを逆に我々が持つ、あるいはきちっとライバルと同等にする、ということが重要になってきているのだと思います。そこが、マシン開発やレース現場のセッティングでも検討すべきポイントになっていますね」

―それは、デバイスが入る前と後ではセットアップの考え方が変わってきている、ということですか?

桒田「セットアップの考え方は、変わってきていますね。加速領域の中で効率よく加速していくためには、たとえばバイクが暴れていると加速の効率が良くないので、コーナリングから出口で車体が暴れないような、たとえ暴れたとしても収束が早い、そんなマシン作りやセッティングが必要になっています。だから、デバイスがないときよりも、デバイスがある現在のほうが(立ち上がり領域の)重要度やプライオリティが上がってきている傾向はあると思います」

―それがつまり、先ほどの総括で言及していた「自分たちの殻を破る」ということと関連しているのですか?

桒田「以前は、ブレーキングからエントリーが我々の強味だった時代がありました。それを活かすために加速がしっかりしていれば抜いていけるよね、という考え方だったのですが、その考え方は一緒でも実現するための手法が今は大きく変わってきています。だから、勝つためには我々もいろんな変化に対応していくことが必要だし、それはライダーにとっても同じだと思います。レースの中でどうやって速くマシンを走らせるかという戦略的なことも含めて、いろんなことが変わってきている気がします」

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―ホンダのデバイスは、すでに完成された機構なのですか。あるいは、軽量化なども含めて、今後もブラッシュアップしていく必要があるのでしょうか?

程「まだまだ発展途上ですよ。ウェイト、と今おっしゃいましたが、それ以外にも、このデバイスのポテンシャルを我々はまだ完全には引き出せていません。引き出せる余地はまだまだあります。つまり、特性や限界性も含めて、動力性能の向上に貢献できる余地はたくさんあると考えているので、今年もさらに磨きをかけていきます

桒田「このデバイスを本格的にレースの中で使うようになり、どう使っていくべきかということが去年あたりからはっきりと見えてきたのも事実です。さっきも言ったように、ここで後塵を拝すると、相手を抜けないし勝てないレースになってしまいます。だから、どう使っていくかということにしっかりと焦点を当てながら、しかも何か新しい、それこそアドバンテージになることを探していく、ということを今年もやり続けなければならないアイテムですね」

―デバイスが入ることで、バイクのバランスそのものも変わってくるでしょうね。

程「そうですね。それこそ、このデバイスを考慮した作り込みが必要になってきます。それは車格であったり全体的な作り込みであったり、もっと具体的に言えば、たとえば空力はこのデバイスを考慮した開発をしなければなりません。それはソフト、ハードの両面に言えることですね」

―まったく別の話題についても尋ねさせてください。DORNAが昨年11月末に、2024年から40パーセント以上、2027年からは100パーセントの合成燃料を使用する、とアナウンスしました。これは、動力性能や燃費などを含めてどの程度エンジン開発に影響するのでしょうか?

桒田「細かいレギュレーションがまだ決まっていないので、正直なところまだなんともいえない部分はあるのですが、出力を下げない、ということは達成しなければならないと考えています。これは燃料サプライヤーさんと一緒に研究していかなければならないし、エンジン本体もそれに合わせた開発を進めていかなければならないでしょう。あくまで個人的な印象ですが、全体的には出力が下がることはないのではないか、とは思います」

―人工燃料になることは、エンジン開発にも影響しますか?

桒田「多かれ少なかれ、出てくると思います。その影響をできるだけ少なくしたいという意志は持っていますが、(開発を)やってみたら結果的に出てくる可能性はあるかもしれませんね。(人工燃料の比率が)40パーセントならそれほど大きな変化はないかもしれませんが、100パーセントになると、出てくる可能性はありますね」

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―自動車産業は世界的にカーボンニュートラルという大きな課題に直面し、四輪車ではEVやFCV、水素エンジンなどの活発な研究開発が進んでいます。では二輪界、そしてプロトタイプマシンコンペティションのMotoGPは、今後どうなっていくと思いますか。また、どういう方向へ進むのが今後のあるべき将来像だと思いますか?

桒田「将来的に、レースがEVに変わらないという保証はどこにもないでしょうね。ただ、我々は先進国だけを見て製品を提供しているわけではありません。電気のインフラが揃っていない地域で今の内燃機関を使わなければならない場所は、まだ世界じゅうにいっぱいあるように思います。ただし、排出するCO2は削減していかなければならない。だから、将来的にはEVという方向性はあるのかもしれませんが、内燃機関が残っていく中で燃費を良くし、環境に優しいガソリンを使えるようにしていく努力も必要です。

そのようなエンジンを作っていくという意味で、レースの世界で先陣を切って、そこで開発した技術内容やノウハウを量産にフィードバックしていくことは充分に考えられると思います。個人的な意見になってしまいますが、すぐさまEVに行かずに内燃機関のレースを継続する意義は、このような技術開発を含めてあるのだと思っています」

―では、今後レシプロエンジンを使ったレース競技はどれくらい続くと思いますか?

桒田「難しい質問ですね(苦笑)。内燃機関のエンジンが今後何年残るのかはわかりませんが、しばらくの間、たとえば5年程度のスパンでなくなるようなものではないと思います」

程「少なくとも8年は残ると思います。すごく個人的な印象ですけれども」

―8年、という根拠は?

程「(スポーティング)レギュレーションのサイクルもありますし、ホンダとしても、2030年ビジョンを考えると、まだそこまでは実質上レシプロエンジンのレースを続けることになると思っています」

桒田「いずれにせよ、EVと内燃機関の双方が存在する期間が必ずあって、その割合が徐々に変わっていくんだろうと思います。その間は内燃機関を使っていても地球に優しいエンジンやガソリンを現実化する技術が必要になります。その技術革新にモータースポーツが寄与して繋がっていくことになるのだろう、と思います。だから、5年と短めに言いましたが、発展途上国の事情などを考えるともっと先まで続くだろう、というのがいまの私の印象です」

―ホンダは昨年いっぱいでF1活動を終了し、四輪モータースポーツ機能をHRCが統括していくことになりました。F1で培った環境技術などの各種リソースをMotoGPに活用していく予定はありますか?

桒田「今回、二輪と四輪が一体になるのは、もちろん、そこを強化していく目的もあります。四輪と二輪モータースポーツお互いの技術移転は今までにもなかったわけではありませんが、今後はもっと強くしていかなければならないし、リソースが増えると何か新しいことをやるときにもやりやすくなります。彼らが持っているノウハウのなかで、我々が将来的に使えるモノはたくさんあると思うので、上手く協調しながら進めていきます」

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【西村 章】
web Sportivaやmotorsport.com日本版、さらにはSLICK、motomatters.comなど海外誌にもMotoGP関連記事を寄稿する他、書籍やDVD字幕などの訳も手掛けるジャーナリスト。「第17回 小学館ノンフィクション大賞優秀賞」「2011年ミズノスポーツライター賞」優秀賞受賞。書き下ろしノンフィクション「再起せよースズキMotoGPの一七五二日」と最新刊「MotoGP 最速ライダーの肖像」は絶賛発売中!

[行った年来た年MotoGP SUZUKI篇へ]

2022/01/28掲載