2021年シーズンのスタートに備え、各陣営各チームが次々とローンチイベントを実施している。例年なら、チームやメインスポンサーが本拠を置く欧州、あるいはMotoGP人気の高い東南アジア等でお披露目をするのが通例だが、今年は世界的な新型コロナウイルス感染症の蔓延が収まらない状況下であるために、いずれもオンラインでのイベント開催である。日本人ライダー中上貴晶を擁するLCR Honda IDEMITSUの場合も、2月20日にFacebookライブの形式で世界同時発表会を実施した。
この発表会後に、中上とZoom上にて一対一の質疑応答を行うことができた。最高峰クラス4年目のシーズンを目前に控え、飛躍と活躍の期待が集まる中上に訊ねた一問一答は以下のとおり。では、さっそくまいりましょう。
―2021年は過去3年のシーズンと違い、最新スペックのRC213Vで走り出すことになります。過去3年以上に、気合いが入っているのではありませんか?
「もちろん、かなり気合いが入っていますね。すごく楽しみです。新型コロナウイルスの影響は今年もまだ続いているので、(シーズンが)どうなっていくのかわからない面もあるのですが、去年は4ヶ月半という短いスパンのなかでレースをして、そのなかで大きく成長したと感じることができたシーズンでした。今年は、さらにそれ以上のプラスアルファを引き出していかなければならないのはもちろんだし、去年の悪かった点を改善していければ、今年の目標であるチャンピオンシップ争いも現実的になってくると思います。
何勝したいとか、いつまでに表彰台に立ちたい、というような細かな目標はとくに自分の中では設定をしていません。チャンピオンシップを争う、ということは優勝も含めて表彰台を何度も獲得しないと不可能で、必然的にそういう目標もくっついてきます。だから、そこはもちろん大前提で、最高峰クラス4年目のシーズンに最新スペックのバイクでレースをできるということはとてもポジティブなので、カタールテストから戦闘力を上げて、常に上位をキープしたパフォーマンスを見せていくつもりです」
―ファクトリースペック、ということは、反面では言い訳がきかない環境になる、ということでもありますね。
「たしかに去年までは1年落ちのバイクでレースをしていたので、観ている方々も『成績が悪くても1年落ちだから……』と感じることがあった、というようなことは、たしかに耳にしたことはあります。でも、自分では『1年落ちだからしようがない』と思ったことは一度もありません。皆と同じスペックのバイクだから、そう思う人がいなくなるのは、たしかに言い訳ができなくなる環境ではあるのですが、むしろそれはプロフェッショナルとして逆に力が湧いてくることだし、真っ向勝負でいいシーズンを送りたい、という今はただその気持ちだけなので、不安要素やネガティブな部分はなにひとつないですね」
―ここまで3年間のMotoGPライダーとしてのキャリアを振り返ると、昇格時に自分が思い描いていた予想と比べて、どうでしたか?
「全然違いましたね。1年目の2018年は厳しいシーズンで、トップテンにも届かないレースが続きました。1年目から何回もトップテンに入りたいと思っていたのに、実際はポイントを獲るのが精一杯で、そういう意味では大きな誤算でした。2年目は、アッセンでの転倒に巻き込まれてケガをしてしまいました。トップテンは何回かあったけれども、もう少し上位でいいレースをしたい、と思ったシーズンでした。その状態から昨年はぐっと成績も上がりましたが、数字上では表彰台を獲得していないので、自分が望んでいたような3年間の流れだったとはいえません。ただ、それは既に終わったことだし、いつも全力で臨んでいたのも事実です。そして、その積み重ねの結果として、今年は最新スペックで戦えることになったので非常に楽しみだし、これまで3年間、1年落ちのマシンでレースをしていた悔しい気持ちをぶつけていいシーズンにしたいですね。プレッシャーもかかってくると思いますが、『チャンピオン争いをしたい』と思えるシーズンの開始でもあるので、そのぶん、いろんなことを試していくつもりです」
―20代最後の年でもありますしね。
「そうですね(笑)。20代の最後のシーズンをうまくまとめて、さらに次の年に繋げていきたいですね。そのためにも、いろんなことを積み重ねて経験していきたいです」
―今季のメーカー戦力分布やライダーの力関係などは、どう見ていますか?
「そうですね……。そこはホントに難しくて、今のMotoGPはタイム差がホントに少ない状況で、100分の1秒差でグリッドや順位がガラッと変わるくらいの接近戦です。昨年は、何年もチャンピオンを獲ってきたマルク(・マルケス / Repsol Honda Team)がケガをしてしまった、ということもあるけれども、あれだけ優勝者が変わって表彰台の顔ぶれも大きく変わったのを見てもわかるとおり、飛び抜けたライダーがいないシーズンでした。マルクが復帰してくればもちろん、彼を筆頭に勢力関係は大きく変わってくるでしょうが、マルクがいないとなれば昨年同様に高いレベルで皆が競うことになると思います。
ひとりだけをピックアップするのは難しいけど、ジョアン・ミル(Team SUZUKI ECSTAR)はコンスタントにポイントを重ねてチャンピオンを獲ったので、あえて挙げるならジョアンだと思います。でも、彼も爆発的な速さがあるわけではないので、そのあたりがまだよくわからない。あとは、(ファビオ・)クアルタラロ(Monster Energy Yamaha MotoGP)がサテライトチームからファクトリーに移って、さらにどれくらい才能を発揮するのか、ということも気になりますね。そのなかで、僕もファクトリーバイクになったことで、皆が警戒心を抱いて『タカは危ないぞ』と思うようなパフォーマンスを常に発揮していきたいですね。開幕直後からチャンピオン候補として名前が挙がるくらいの戦闘力を、早い時期から出していかなければならない、と思っています」
―ヨーロピアンライダーの場合、ライディングコーチやメンタルトレーナーなど、アドバイザー的役割のスタッフについてもらうケースが少なくないようですが、中上選手の場合はそのような担当者をつける予定はあるのですか?
「たしかに、ヨーロピアンライダーはパーソナルなコーチをつける選手が多いですね。でも、僕の場合は正直なところ、ライディングコーチやメンタルトレーナーの必要性を感じたことはないんですよ。フィジカルトレーニングのトレーナーはもちろんいますけれども、ライディングやメンタル面については、人に頼るというよりも、むしろ自分自身でいろいろなトライをしています。苦手項目などがある場合には、トレーナーと相談をしてフィジカルトレーニングの項目に変化を加えてみたりしています。そういうやりかたのほうが、自分には合っているのかな、と思うんですよ。だから、今のところはライディングコーチやメンタルトレーナーを雇う考えはないですね」
―今年は新型コロナウイルス感染症の影響で、2月のセパンテストがキャンセルになりました。そのかわり、カタールテストが2日間プラスになり、計5日のカタールテスト(3/06~07、3/10~12)のあと、3月末から同地で2週連続開催の開幕2連戦と、これはこれで非常に緊密なスケジュールです。この2連戦でどういう成績を収めるかが、シーズン全体の勢いを左右するという観点からも重要になりそうですね。
「例年なら、セパンでまずテストをやって、次にカタールに行ってテストをやって、と、コンディションもレイアウトもまったく異なるふたつのコースでテストをすることがバイクを仕上げていくうえですごく効果的なんですが、世界がこういう状況なので、カタール5日間のテストになりました。カタールはレイアウト的にはすごくいいんですが、砂が多くてすべりやすいコンディションで、しかも唯一の夜間走行なので、バイクを作り上げるうえで適しているのかどうか、ということを考えると、正直なところ少しクエスチョンもあるのは事実です。とはいえ、テストはその2日と3日の計5日間しかないので、その時間でしっかりと仕上げていかなければなりません。
具体的なテストメニューはまだ話をしていないので詳細は知りませんが、HONDAもいろんなパーツを準備してくれているようです。もしもマルクがテストに間に合わないのであれば、HONDAでいちばん経験のあるライダーは僕になるので、ライダーからのフィードバックとしてHRCは僕のコメントも重要視してくださっているようです。バイクを作り上げていく重要な役割を負うことになるし、そういったなかで、いままでとはまったく違う、新しいバイクを仕上げていく、という仕事も増えてくるのは楽しみです。ファクトリーバイクに乗る、とはそういうことなのだと思うし、いろんなパーツを試してバイクがどう変わっていくのか感じるのは、ライダーの経験としてもいいことだと思うので、ポジティブに捉えています」
―いつまでに表彰台を獲得したいという目標は定めていない、という話でしたが、何らかの具体的なターゲットなどはあるのですか?
「さっきもいったように、チャンピオン争いはしなければならないと思っています。そのためにも、シーズンをスタートするカタール2連戦は大事なレースなので、5日間のテストでバイクをしっかり作り上げて、開幕2連戦で優勝争いをしたいですよね。その2連戦で土台作りをしてしっかりと成績を出し、その先のヨーロッパに舞台が移るとまた状況がガラッと変わると思うけど、そこでも安定してすべてのレースでトップ争いをしていきたい。何位、と具体的な数字を挙げるのは難しいのですが、自分の中では、カタールでは最低でも表彰台、と考えています」
―昨年のチャンピオンを獲得したジョアン・ミル選手がまさに好例だと思うのですが、毎戦安定してハイレベルで戦うことが、シーズン終盤のチャンピオン争いに生き残る最善の道ですね。
「そうですね。これまで3年間の経験では、去年は様々なことにトライして状況が良くなってきましたが、それでも大事なところでミスをする、ということが何度もありました。その去年の経験を今年は最大限に活かして、結果として残していかないといけない。だから、ミスが許されないシーズンになった、ということは自覚しています。いろんな経験をしてきた成果として、〈押すところは押す、引くところは引く〉ということも念頭に置きながら、細かなミスも犯さないように常に神経を研ぎ澄ませて戦っていきたい。自分自身のライディングに対する自信には揺るぎないものがあるので、そこは自信を持って力を発揮していくつもりです」
―この冬の間には、きっとたくさんのインタビューを受けたと思います。また、SNSなどで接するファンの方々の反応を見ていても、中上選手に対する期待が高まっていることは実感しているのではありませんか?
「昨年に成績が上がってきたことと比例して、日本のファンの方々と同様に日本以外のファンの方たちからのメッセージも増えて、自分に対する見方が変わってきたことは感じました。今までと違って、優勝やトップ争いに絡むようになってくると、『ガンバレ』という漠然とした声援から『初表彰台を見たい』『初優勝を見たい』という明確な目標のある応援が増えてきて、早く日の丸を揚げてほしい、と多くの方々が言ってくださるようになりました。そこは自分としても変わったことを実感しているので、皆さんの期待に対してしっかりと結果で応えることで喜んでもらいたいし、多くの人々に元気を与えることができる存在になりたいとも思っています」
―最高峰クラスで表彰台に上がった最後の日本人は、中須賀克行選手の2位(2012年バレンシアGP)です。フル参戦選手では、2006年アッセンの中野真矢氏が獲得した2位が最後。優勝は2004年日本GPの玉田誠さん以来、誰も経験していません。
「そうですね。昨年から、そういった具体的な比較をしてもらえるようになったので、とても充実感があります。それらの記録を自分自身が更新していくチャンスでもあるので、そこは目指すべき目標として楽しみにしています。さらにいえば、岡田忠之さんの日本人最多勝利数4勝というすごい記録にも、少しでも近づけるようにがんばります」
【西村 章】
web Sportivaやmotorsport.com日本版、さらにはSLICK、motomatters.comなど海外誌にもMotoGP関連記事を寄稿する他、書籍やDVD字幕などの訳も手掛けるジャーナリスト。「第17回 小学館ノンフィクション大賞優秀賞」「2011年ミズノスポーツライター賞」受賞。書き下ろしノンフィクション「再起せよースズキMotoGPの一七五二日」は絶賛発売中。