ロッシとヴィニャーレスがそれぞれ苦戦していた内容はというと、ロッシが立ち上がり方向の課題を訴えていたのに対し、ヴィニャーレスは進入時での苦労を大きな問題として指摘することが多かったのだという。
2019年に2勝を挙げたヴィニャーレスの一年を振り返ると、開幕戦のカタールGPでポールポジションを獲得したものの結果は7位。第3戦アメリカズGPは11位で第5戦フランスGPは予選11番手、とシーズン前半は非常に不安定で浮き沈みの激しいレースが続いた。しかし、第8戦オランダGPで優勝した後は成績がかなり落ち着くようになり、サマーブレイク以降は多くのレースでフロントローと表彰台を安定して獲得するようになっていった。
「シーズン前半は、マーヴェリックがアッセンで勝つまでは肝を冷やしていた、というのが正直なところです」
と鷲見氏は正直に告白する。
「我々も当然、エンジンパワーの向上を目指していますが、2019年はホンダがドゥカティに並ぶスピードを発揮し、KTMも速くなってきました。相対的に見るとヤマハのトップスピードの遅れがこれまでにないほど大きくなり、ライダーに厳しい思いをさせてしまうほどの差になっていたので、まずいな、と痛感しました。今のレギュレーションでは、開幕してしまうとエンジンの仕様は変えられないので、パワー向上を簡単に手に入れることはできません。したがって、車体と制御でコツコツとセットアップの改善をひたすら進め、トップスピードの差がネガティブな要素にならないコースではしっかり戦って勝とう、という取り組みを続けてきました。
第7戦のカタルーニャGPはマーヴェリックとバレンティーノはレース序盤に転倒に巻き込まれてしまい、結果こそ残せなかったのですが、じつはあの転倒の瞬間までふたりともいいフィーリングで走ることができていたんです。そのセッティングがベースになって、アッセン(第8戦)でのマーヴェリックの優勝につながりました。後半戦で、マーヴェリックはかなりうまく噛みあうようになり、チャンピオンを獲得したマルケス選手を追いかけるくらいの位置で走れるようになってきました」
このヴィニャーレスの復調は、マシン面の改善もさることながら、精神面での力強さを取り戻せたことも大きな要因になっていたようだ。
「あれだけのスピードを持っているライダーでも、『何かが違うぞ』となったときには、自信を持って走れなくなり、バイク本来の性能を存分に発揮できないまま、さらにその不安定さに左右される、という悪循環に陥ってしまいます。そうならないように、プラクティスの運営方法もチームと相談しました。ライダーがしっかりと落ち着いて走れるようなチームやマシンの環境作りと、ライダー自身も精神集中をコントロールする取り組み。その両側からのアプローチがうまく噛みあって、マーヴェリック本来のポテンシャルを発揮できるような安定した成績に繋がっていったのだと思います」
「最高速が足りない今年のエンジンで戦っていくなかで、コーナーを速く走るためにがんばると、その分だけどうしてもタイヤがダメになってしまう、という循環に陥ってしまい、どうすればタイヤを傷めずに走れるか、ということにほぼ一年を費やしてしまいました。少し良くなりかけた時期もあったのですが、結果的には、まだそこから抜け出せていません」
この原因は、マシンがライダーの要求に対して応えることができてないためだと鷲見氏は考えている。
「彼が劣ってきているとは私はまったく思っていないし、40歳の今も、ライディングの改造に取り組むくらい非常に高いモチベーションで臨んでいます。今まで三本指で握っていたブレーキを二本に変えてみたり、同じヤマハでも自分より速いライダーがいれば、データを見ながら新しい乗り方に適合しようとしてみたり、自分を向上させようとするモチベーションは非常に高いものがあります。もちろん、フィジカル面では昔と同じではないかもしれませんが、決勝レースになるとプラクティスにはないパフォーマンスを引き出せるライダーです。我々のバイクが彼の要求に応えられていない、というのが現状なので、タイヤ消耗をうまく抑えられるような何かをハード側で見つけるために、全力で取り組んでいるところです」
冒頭で紹介したとおり、今年のヤマハはエンジンに注力したため、車体に関しては大きく手を加えて作り込んだものを次々に投入するようなことはしなかったのだという。ただ、そのなかでも大きな注目を集めたのはカーボン製スイングアームの投入だ。シーズン中盤に試して以降、ロッシは他のパーツ類も含めて積極的に使用していたのに対し、ヴィニャーレスのほうが比較的慎重だった傾向がある。その理由は、上記の説明にもあるとおり、ロッシはリアタイヤの耐久性改善が急務であったのに対し、ヴィニャーレスは大きな変化を入れて混乱を招く結果になるよりも、安定した環境で着実に自信と実績を積み上げていくことを優先していたためだろう。
カーボンスイングアームの開発と車体の改善状況については、以下のように説明する。
「10年以上前にフルカーボンのリアアームを作ったことがあったのですが、性能面でアルミ合金になかなか勝てなかったので、様子を見ている間にライバル陣営がモノにしていった、という状況でした。私たちも、メリットを探りながら研究を続けてきたのですが、まだ他社に追いついていないのが現状です。車体全体の改良に関しては、大きな変更こそ施していないものの、スピニングやスライドを改善し、トラクションが向上する取り組みはコツコツと続けていて、ホンダから移籍してきたフランコ・モルビデッリのコメントにもその部分の違いはあらわれていたので、地味なところから小さく積み上げていく努力を続けています」
「最高速があれば、ライダーもいろいろな戦い方をできます。ライバル陣営にしてみれば、ヤマハと一騎打ちになったら抜ける、勝てる、と考えていたのだと思います。今年のポールポジションを獲ったライダーを見てみると、19戦で3人だけなんですよ。10回がマルケス選手で、残りの9回をヤマハのマーヴェリックとファビオで分けあっていました。ということは、一周走ってこいといえばヤマハのバイクはけっして遅くないんですよ。だけど、レースの結果はそこまで届かない。なぜかというと、レースの展開になると戦略のオプションが少なくて、ライダーが戦うツールとしてはまだ強みが足りていないからです。
2020年はマルケス選手からチャンピオンを取り返したい、という思いで皆ががんばっています。そのためには、レースの中で強さを取り戻さなければならない。そして、それを達成するのはエンジンが非常に大きな要素になる、と考えています。
ただし、ほかの何かを失ってもピークパワーを上げればよいというわけではなく、コーナリング性能との良いバランスを取りながらエンジン全体のパフォーマンスを上げていくことが重要です。簡単なテーマではありませんが、レースで強く走れるバイクに仕上げ、2020年シーズンに臨みます」
「レース後半にタイヤの消耗が激しくなってしまうのが彼の課題ですが、フランコには少し似た傾向はあるものの、ファビオとマーヴェリックはもともとその部分に関してあまり大きな問題にはなっていません。おそらくそれは、走り方の違いが大きな要素になっているのではないか、と推測しています。コーナリングの作り方がいまの若いライダーたちと違っていて、リアタイヤのセンシティブな部分に依存するために、そこを改善するためのセッティングを見直す作業を続けました。シーズン中盤には少し成績が上昇するきざしもあったのですが、我々の力が及ばず充分な改善には至らなかった、というのが現状です」
もうひとつ、タイヤの持たせかたも答えをまだ見いだせずに苦労をしているところで、マーヴェリックやファビオと同じように走ろうとしてもスピンがとまらない。その原因探しがいまだに道半ば、という状況です」
web Sportivaやmotorsport.com日本版、さらにはMotosprintなど海外誌にもMotoGP関連記事を寄稿する他、書籍やDVD字幕などの訳も手掛けるジャーナリスト。「第17回 小学館ノンフィクション大賞優秀賞」「2011年ミズノスポーツライター賞」受賞。
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