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 2019年のヤマハ陣営は、ファクトリーチームMonster Energy Yamaha MotoGPのマーヴェリック・ヴィニャーレスがシーズン前半の第8戦オランダGPと後半戦第18戦マレーシアGPで優勝して年間総合3位で終えた。一方、チームメイトのバレンティーノ・ロッシは2戦で2位を獲得して総合7位。また、新設サテライトチームのPetronas Yamaha SRTでは、ルーキーのファビオ・クアルタラロが6戦でポールポジション、表彰台7回という大活躍を見せてランキング5位。ホンダから移籍してきたチームメイトのフランコ・モルビデッリも7戦でトップシックスに入る走りを見せて、総合10位で締めくくった。

この一年をヤマハはいったいどんなふうに戦ってきたのか、そして来たるべき2020年シーズンに向けた課題はいったい何なのか。レース現場で選手たちの声をとりまとめてマシン開発の陣頭指揮を執るヤマハ発動機MS統括部のモトGPグループ グループリーダー 鷲見崇宏氏に、たっぷりと話を伺ってきた。一問一答のQ&Aに進む前に、まずはシーズン全体の振り返りについて鷲見氏から総合的な解説をしていただいた。では、どうぞ。
●インタビュー・文:西村 章 ●取材協力:ヤマハ発動機 https://www.yamaha-motor.co.jp/mc/
行った年来た年MotoGP ヤマハ篇 ジャーナリスト 西村 章が聞いた 技術者たちの2019年回顧と2020年への抱負

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「2019年のマシン開発に関しては、2017年と18年が非常に苦しいシーズンになっていたので、開発陣とチーム、ライダーが『いま、我々に一番足りないところは何だ』ということを見つめ直して取り組んできました。ヤマハの強み、と一般的に評価をしていただくコーナリングに関しても、17年と18年は充分にその長所を発揮できていませんでした。私たちのバイクにはドゥカティと並ぶトップスピードがあるわけではないので、コーナーの前後100mで誰にも負けないバイクを作ろう、ということが目標でした。コーナー前後で戦うなら車体の作業かと思うかもしれませんが、じつは車体に大きな手を加えるのではなく、コーナーで戦えるエンジンにするために一所懸命作り込んできた、というのが真相です」

鷲見崇宏氏
今回、お話を伺ったヤマハ発動機 MS統括部 MS開発部 モトGPグループ グループリーダーの鷲見崇宏氏。
 この、最高速の足りない部分をコーナリングで補う、という戦いかたはつまり、トップスピード近くへいち早く到達するための加速性の実現であり、それはつまり旋回からのなめらかな脱出、すなわち高い旋回速度の実現、そしてそれを可能にするためのスムーズな減速、というように、コーナーの各部分を構成する要素がそれぞれ密接に関係している。

ロッシとヴィニャーレスがそれぞれ苦戦していた内容はというと、ロッシが立ち上がり方向の課題を訴えていたのに対し、ヴィニャーレスは進入時での苦労を大きな問題として指摘することが多かったのだという。

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「どちらかというとバレンティーノは加速側で苦労をして、マーヴェリックは減速側で苦労をする、というコメントだったのですが、減速がよくなったマーヴェリックのセッティングをバレンティーノに入れてみると、それはそれでいい、ということになっていたので、気になるポイントはそれぞれ違うけども、そこに対する手当ては結局、両方の選手にとっていいものになりました。気づきかたは違うけれども、やることは同じことになってくるので、最終的にはふたりのバイクには大きな違いがほとんどない、という結果になりました」

 2019年に2勝を挙げたヴィニャーレスの一年を振り返ると、開幕戦のカタールGPでポールポジションを獲得したものの結果は7位。第3戦アメリカズGPは11位で第5戦フランスGPは予選11番手、とシーズン前半は非常に不安定で浮き沈みの激しいレースが続いた。しかし、第8戦オランダGPで優勝した後は成績がかなり落ち着くようになり、サマーブレイク以降は多くのレースでフロントローと表彰台を安定して獲得するようになっていった。

「シーズン前半は、マーヴェリックがアッセンで勝つまでは肝を冷やしていた、というのが正直なところです」
 と鷲見氏は正直に告白する。

「我々も当然、エンジンパワーの向上を目指していますが、2019年はホンダがドゥカティに並ぶスピードを発揮し、KTMも速くなってきました。相対的に見るとヤマハのトップスピードの遅れがこれまでにないほど大きくなり、ライダーに厳しい思いをさせてしまうほどの差になっていたので、まずいな、と痛感しました。今のレギュレーションでは、開幕してしまうとエンジンの仕様は変えられないので、パワー向上を簡単に手に入れることはできません。したがって、車体と制御でコツコツとセットアップの改善をひたすら進め、トップスピードの差がネガティブな要素にならないコースではしっかり戦って勝とう、という取り組みを続けてきました。

 第7戦のカタルーニャGPはマーヴェリックとバレンティーノはレース序盤に転倒に巻き込まれてしまい、結果こそ残せなかったのですが、じつはあの転倒の瞬間までふたりともいいフィーリングで走ることができていたんです。そのセッティングがベースになって、アッセン(第8戦)でのマーヴェリックの優勝につながりました。後半戦で、マーヴェリックはかなりうまく噛みあうようになり、チャンピオンを獲得したマルケス選手を追いかけるくらいの位置で走れるようになってきました」

 このヴィニャーレスの復調は、マシン面の改善もさることながら、精神面での力強さを取り戻せたことも大きな要因になっていたようだ。

「あれだけのスピードを持っているライダーでも、『何かが違うぞ』となったときには、自信を持って走れなくなり、バイク本来の性能を存分に発揮できないまま、さらにその不安定さに左右される、という悪循環に陥ってしまいます。そうならないように、プラクティスの運営方法もチームと相談しました。ライダーがしっかりと落ち着いて走れるようなチームやマシンの環境作りと、ライダー自身も精神集中をコントロールする取り組み。その両側からのアプローチがうまく噛みあって、マーヴェリック本来のポテンシャルを発揮できるような安定した成績に繋がっていったのだと思います」

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 一方のロッシは、第2戦アルゼンチンで2位、続くアメリカズGPでも2位、と好調なスタートを切ったものの、以後は苦戦が続き、表彰台にも届かないままシーズンを終えることになってしまった。

「最高速が足りない今年のエンジンで戦っていくなかで、コーナーを速く走るためにがんばると、その分だけどうしてもタイヤがダメになってしまう、という循環に陥ってしまい、どうすればタイヤを傷めずに走れるか、ということにほぼ一年を費やしてしまいました。少し良くなりかけた時期もあったのですが、結果的には、まだそこから抜け出せていません」

 この原因は、マシンがライダーの要求に対して応えることができてないためだと鷲見氏は考えている。

「彼が劣ってきているとは私はまったく思っていないし、40歳の今も、ライディングの改造に取り組むくらい非常に高いモチベーションで臨んでいます。今まで三本指で握っていたブレーキを二本に変えてみたり、同じヤマハでも自分より速いライダーがいれば、データを見ながら新しい乗り方に適合しようとしてみたり、自分を向上させようとするモチベーションは非常に高いものがあります。もちろん、フィジカル面では昔と同じではないかもしれませんが、決勝レースになるとプラクティスにはないパフォーマンスを引き出せるライダーです。我々のバイクが彼の要求に応えられていない、というのが現状なので、タイヤ消耗をうまく抑えられるような何かをハード側で見つけるために、全力で取り組んでいるところです」

 冒頭で紹介したとおり、今年のヤマハはエンジンに注力したため、車体に関しては大きく手を加えて作り込んだものを次々に投入するようなことはしなかったのだという。ただ、そのなかでも大きな注目を集めたのはカーボン製スイングアームの投入だ。シーズン中盤に試して以降、ロッシは他のパーツ類も含めて積極的に使用していたのに対し、ヴィニャーレスのほうが比較的慎重だった傾向がある。その理由は、上記の説明にもあるとおり、ロッシはリアタイヤの耐久性改善が急務であったのに対し、ヴィニャーレスは大きな変化を入れて混乱を招く結果になるよりも、安定した環境で着実に自信と実績を積み上げていくことを優先していたためだろう。

 カーボンスイングアームの開発と車体の改善状況については、以下のように説明する。

「10年以上前にフルカーボンのリアアームを作ったことがあったのですが、性能面でアルミ合金になかなか勝てなかったので、様子を見ている間にライバル陣営がモノにしていった、という状況でした。私たちも、メリットを探りながら研究を続けてきたのですが、まだ他社に追いついていないのが現状です。車体全体の改良に関しては、大きな変更こそ施していないものの、スピニングやスライドを改善し、トラクションが向上する取り組みはコツコツと続けていて、ホンダから移籍してきたフランコ・モルビデッリのコメントにもその部分の違いはあらわれていたので、地味なところから小さく積み上げていく努力を続けています」

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 2019年のリザルトを見れば、ヤマハの優勝回数は2戦のみだが、ポールポジションは19戦中の約半分で獲得している。つまり、〈速さ〉は備えているものの、それが〈強さ〉に繋がらなかった、ということになるだろうか。

「最高速があれば、ライダーもいろいろな戦い方をできます。ライバル陣営にしてみれば、ヤマハと一騎打ちになったら抜ける、勝てる、と考えていたのだと思います。今年のポールポジションを獲ったライダーを見てみると、19戦で3人だけなんですよ。10回がマルケス選手で、残りの9回をヤマハのマーヴェリックとファビオで分けあっていました。ということは、一周走ってこいといえばヤマハのバイクはけっして遅くないんですよ。だけど、レースの結果はそこまで届かない。なぜかというと、レースの展開になると戦略のオプションが少なくて、ライダーが戦うツールとしてはまだ強みが足りていないからです。

 2020年はマルケス選手からチャンピオンを取り返したい、という思いで皆ががんばっています。そのためには、レースの中で強さを取り戻さなければならない。そして、それを達成するのはエンジンが非常に大きな要素になる、と考えています。

 ただし、ほかの何かを失ってもピークパワーを上げればよいというわけではなく、コーナリング性能との良いバランスを取りながらエンジン全体のパフォーマンスを上げていくことが重要です。簡単なテーマではありませんが、レースで強く走れるバイクに仕上げ、2020年シーズンに臨みます」

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 さて、以下は補完的な一問一答である。まずは、2019年もリアタイヤの消耗に悩み続けたロッシが抱える課題について。

「レース後半にタイヤの消耗が激しくなってしまうのが彼の課題ですが、フランコには少し似た傾向はあるものの、ファビオとマーヴェリックはもともとその部分に関してあまり大きな問題にはなっていません。おそらくそれは、走り方の違いが大きな要素になっているのではないか、と推測しています。コーナリングの作り方がいまの若いライダーたちと違っていて、リアタイヤのセンシティブな部分に依存するために、そこを改善するためのセッティングを見直す作業を続けました。シーズン中盤には少し成績が上昇するきざしもあったのですが、我々の力が及ばず充分な改善には至らなかった、というのが現状です」

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―たしか10年ほど前のロッシ選手は、「ブレーキングさえよくしてくれれば、あとは自分が全部なんとかする」というコメントをしていたように思います。今の彼は、その当時よりもバイクのいい部分を引き出して走ろうという傾向に変わってきた、ということでしょうか?

「そこにはふたつの理由があるのではないかと思います。ひとつは、今のブレーキング自体はそんなに悪くないとバレンティーノは言ってくれているのですが、それでもなぜ差があるのかというと、ブレーキングで大きく先行して入れば勝てるものの、今の勝負力ではブレーキングで並んでインを差し、加速で抜いていく勝負をできない。そこが足りていないのが、2019年のバイクの大きな反省点です。

もうひとつ、タイヤの持たせかたも答えをまだ見いだせずに苦労をしているところで、マーヴェリックやファビオと同じように走ろうとしてもスピンがとまらない。その原因探しがいまだに道半ば、という状況です」

―ブレーキングに関しては、クアルタラロ選手はブレーキが非常に強く、コーナー進入でもマルケス選手と互角の勝負をするシーンが何度も見受けられました。彼の乗り方は、ヤマハのなかでもやや特殊なのですか?

「たしかに、ヤマハであの走りはちょっと独特かもしれません。ただ、ブレーキングのパターンは本当に人それぞれなんです。ファビオの場合はブレーキングの中盤がすごく強く、そこが見た目にも派手な部分なのでどうしても目立つのですが、じつはその後がすごく繊細で、ブレーキをかけたままの状態で倒していくところがすごく細やかで、そこが武器になっているのではないかと思います。あれを毎周やるのは辛い、とファビオも言っていましたけれども(笑)」

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―先ほどの話では、ヤマハは速いバイクではあるものの、強いバイクにしていくことが今後の課題、ということでした。クアルタラロ選手はルーキーイヤーだったにもかかわらずあそこまでの強さを発揮できたのは、彼の勝負強さも大きな要因だったのでしょうか?

「大胆で強く、かつ繊細さも併せ持っているブレーキングが、彼の強さになっているのでしょうね」

―2019年は、ヴィニャーレス選手とロッシ選手の仕様は最終的にどれくらい異なっていたのですか?

「我々としては、そんなに変わっていないという認識です。新しい排気管やカーボンリアアームを投入したときなどに、バレンティーノは積極的に使っていったけれども、マーヴェリックはそうでもなかったという違いはありましたが、ベースは大きく変わっていない、という認識です」

―では、2019年の仕様でべつの諸元が入っていたわけではない、ということですか?

「そうですね」

―セットアップの違い程度の差、ということですね。

「そのセットアップの差も、今年は例年よりもライダーごとの違いは少なかったですよ」

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―2020年の仕様はほぼ決まりましたか?

「大きな路線はほぼ決まったので、あとはもう少し足りないところを二月のセパンでテストして、開幕の仕様を決めていく、という状態ですね」

―2020年以降、テストは減っていく傾向です。開発を進める側として、この傾向は辛いですか?

「もちろん、辛いですよ。テストが減ると、開幕に向けて選手とチームにバイクを渡して送り出す我々側の自信に影響する可能性があるのですが、だからといって無難すぎる判断はしたくないので、減ってゆくテストの機会をどう補うのかについては、頭を悩ませているところです」

―どう補うんですか?

「テストチームでヨーロッパのレースサーキットを 走る機会を増やし、解析作業でも事前にしっかりと見積もる、等の対応で補っていく予定です。テストが減ると、むしろ我々の負荷は上がりますね」

―今後はテストが減る反面、レースはさらに増える傾向のようなので、さらに厳しくなりますね。

「我々開発サイドとしては、すべてが辛い方向に行きますよ(苦笑)」

―将来的にウィーク中のセッション数を減らすという案もあるようですが……?

「ライダーが自信を持ってレースに臨める状態を作るのが我々の仕事なので、そこは現場スタッフの負担が増えないような工夫がさらに必要になってくるでしょうね」

―2020年はチャンピオンを取り返す、という話でしたが、最後にその自信を聞かせてください。

「自信ですか。もちろん、ありますよ」

行った年来た年MotoGP ヤマハ篇 ジャーナリスト 西村 章が聞いた 技術者たちの2019年回顧と2020年への抱負


【西村 章】
web Sportivaやmotorsport.com日本版、さらにはMotosprintなど海外誌にもMotoGP関連記事を寄稿する他、書籍やDVD字幕などの訳も手掛けるジャーナリスト。「第17回 小学館ノンフィクション大賞優秀賞」「2011年ミズノスポーツライター賞」受賞。

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2020/01/24掲載