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レース・イベント

■文・写真:中村浩史 ■写真提供:SUZUKI ■協力:SUZUKI

MotoGPへの参戦を取り止める、と発表してから2年。
スズキの「新しい形のレース活動」として
カーボンニュートラルチャレンジが走り出した。
キーワードはサステナブル、つまり持続可能なこと。
持続可能な未来のレースのために
スズキの新しいレースも、サステナブルな活動でありますように──。

驚くほどの短期間で動き出したCNチャレンジ

 サステナブルアイテムを使用して鈴鹿8時間耐久レースに参戦する! というスズキCNチャレンジ(=カーボン・ニュートラル チャレンジ)をWebミスター・バイクで報じたのはコチラ。このニュース記事をアップしたのが2024年の3月27日。ここから、スズキCNチャレンジは大きく動き出していたようです。

「23年の鈴鹿8耐決勝日に、今後のスズキとレース活動とのかかわりをFIM(注:世界耐久を統括する世界モーターサイクリズム連盟)の方々とスズキが話しているうちに議題が上がったのが、カーボンニュートラルやサステナビリティへの取り組み。その一環で、スズキがサステナブル燃料で耐久に参戦できないか、ということでした」と言うのは、スズキCNチャレンジのプロジェクトを率いた佐原伸一さん。
 佐原さんは、スズキがレース撤退を宣言するまでの、MotoGP活動のチームディレクター。スズキのレースグループが解散してからは電動パワートレインの部署に異動していましたが、同時進行でレースグループの残務処理を続けていて、その処理が終わるころに、このプロジェクトが持ち上がったのだそうです。

#SUZUKI_CNC-8H
インタビューに答えていただいた、左からクルーチーフを務めた二輪事業本部/二輪車両技術部 プラットフォーム設計課の今野岳さん、このCNチャレンジのプロジェクトリーダーを務めた二輪事業本部/二輪パワートレイン技術部 技術企画課の佐原伸一さん、テクニカルマネージャーを務めた二輪事業本部/二輪車両技術部 プラットフォーム設計課の田村耕二さん。

 一度解散してしまったレースグループ。新たにCNチャレンジの活動をするならば、まずは活動を動かすメンバーが必要でした。
「まずはチームの軸となるメンバーが必要です。だから『この人がいなきゃだめだな』ってメンバー10人ほどに声をかけるところから始めました。そのコアメンバーは旧レースグループのメンバーで、僕が何かを言わなくても動いてくれる人。ヒトもモノもないゼロからのスタートでしたから、これをこうするならばこの準備をする、あれをああしたいならばあそこに協力を依頼する、という今までは当たり前だったことを知っているメンバーじゃなきゃ進みませんから」(佐原さん)

 その時は、すでにバラバラの部署にいた、新しいプロジェクトに必要な旧レースグループのメンバーたち。もちろん、そのメンバーに声をかけると、そのメンバーの現在の仕事に穴を空けることになるし、誰かが代わりに動かなければなりませんから、送り出してくれるには、上司や同僚の理解が必要。けれど、そこで佐原さんは、会社の「熱」を感じたのだそう。
「各部署の課長、部長がすごく理解してくれて、このプロジェクトをサポートしてくれているのがわかりました。それから、他のチームメンバーを社内公募したんです」(佐原さん)

 時系列で言うと、これが23年末や24年初めの頃。まだ一部のメンバーしか知らない新しいプロジェクトが形になって、3月のモーターサイクルショーでスズキのCNチャレンジを発表。スタッフ募集の社内公募も、このタイミングで公表したようです。
 この声かけにそれぞれの上司の了解を取ったうえで応募してくれたのは、なんと約100人。実際にはそれ以上の社員が興味を示してくれていたのだそう。 二輪の部署以外からの応募も多く、ここから限られた人数に絞らなければならないという、辛い作業もしなければならなかったそうです。

「最初に決めたレース業務経験者10人くらいのほかに、社内公募で15人くらいをチームメンバーとして選ばせてもらいました。彼らはこれまでレース業務の経験がなかったメンバーでしたが、テストからレース終了まで、ミスなく動いてくれました」というのは、レースグループに所属していた田村耕二さん。現在は二輪車両技術部に所属していて、市販モデルのブレーキ設計を担当しています。

「レースはマシンを触る人だけじゃ回りませんからね。テストからレースウィークに入る中で、スケジュール管理や部品手配も必要だし、ピットの中にいろんな仕事がある。サーキット外だって、スタッフの管理、移動や宿泊の手配もしなきゃならないし、ここにスタッフが必要なんです。今までレース業務に関わったことがないメンバーを選んだのですが、すぐに段取りを理解して自分の仕事を進めてくれましたね。各セクションのリーダーのおかげで、すぐにスムーズに回り始めました」(田村さん)

 この「今までレース業務の経験がなかったメンバー」についても、きっとレース経験者だけでチームを作ればスタートがもっとスムーズになると思うのですが、スズキはここで、社員の人材育成も重視していたということですね。

#SUZUKI_CNC-8H
決勝レースを終えたままの姿のGSX-R1000R・CNチャレンジ号。ヨシムラGSX-Rとの外観上の違いは、フロントカウルに装着されたウィングレット。賞典外のエクスペリメンタルクラスだから装着できたパーツで「GSX-Rの未来の姿、ってこういうのがあってもいいじゃない?」(佐原さん)という提案なのだそう。

サステナブル燃料で問題なくエンジンが回るのか

「スズキ社内にはマシン本体をゼロから用意する時間もありませんでしたから、ベースマシンはヨシムラジャパンさんからお借りすることにしました。まずはベンチテストで、サステナブル燃料とオイルで問題なく走るのか、トラブルは出ないのか、というところからのテストでしたね」(佐原さん)

 いよいよベンチ上で回り始めたエンジン。驚いたことに、サステナブル燃料&オイルを使用しても、エンジン内部パーツの変更は、特に必要なかったそうです。もちろん、これはエンジンが「普通に回る」という意味で、ここからパフォーマンスを出し、耐久性を高め、好燃費も目指していかなければならないのがレース、そして鈴鹿8耐です。

「出力の数字自体は、従来の仕様と大きな差はなかったですね。でも、それを8時間使うのが未知のエリア。8耐には、もちろんパワーも必要ですが、それを安定して長時間出せなきゃいけないし、長時間使うことでトラブルが起こってはいけないし、1タンクで1時間くらいを走る燃費も必要になります」というのは、チームのクルーチーフを務めた今野岳さん。今野さんもまた、かつてはレースグループに所属していて、現在は市販モデルの車体設計を手掛けているエンジニアです。鈴鹿8耐でクルーチーフを務めるのは15年以上ぶりだったといいます。
「いろんなサステナブルアイテムを使うので、実際にサーキットを走る前に、まずレーシングマシンとして問題ないレベルで走ることができるようにテスト計画を立てるところから準備が始まりましたね」(今野さん)

 もちろん、従来「そのまま」で行けるわけではありません。サステナブル燃料とオイルで特性が違うし、いちばんいいところを出す使い方、セッティングも専用のもの。
 そういえば、全日本ロードレースにサステナブル燃料の使用が義務付けられた時、やはりインジェクションのセッティングや、ガソリンのエンジンオイルへの希釈が大きな問題になったことがありました。スズキのCNチャレンジで使用したガソリン&オイルは全日本ロードのものとは別のものでしたが、そのままスンナリ行くわけがないのは同じことです。

#SUZUKI_CNC-8H
チームのエースとしてレースを引っ張った、ヨシムラSERT MOTULの正ライダー、エティエンヌ・マッソン。

 4月末にマシンが届いてから、5月の連休明けにはスズキの竜洋テストコースで実走テストもスタート。これが5月11日、ライダーはスズキのテスト契約ライダーである津田拓也です。
「(津田)拓也は淡々とフィーリングをコメントしてくれました。この時点ではまだ、いい悪いじゃない、フィーリングをチェックしてもらいましたね。この時は、サステナブルアイテムのうち、ブレーキにやや違和感があったと評価しました」(佐原さん)
 いろんな問題が出る、出すのがテストです。それを重ねて、実戦で使える仕様に持って行く中で、特にこの時のブレーキに関しては、次のテストに、すぐ対策品が持ち込まれたのだそう。
「最初のテストが5月11日で、次が6月1日。この20日間ですぐに問題が解決できた。それはサンスターさんがすごいな、と思いました。このテストで、新しいアイテムの使い方、いいところを使うにはどうしたらいいか、僕らも新しい勉強ができた時期でしたね」(今野さん)

 2度の竜洋テストを終えると、いよいよマシンが鈴鹿に持ち込まれます。公式事前テストでは、ヨシムラのライダーである渥美心がライディング。佐原さんは、この渥美のコメントに注目していました。
「渥美君は現在のヨシムラのテストライダーだし、最新のヨシムラマシンを知り尽くしている。だから比較対象として、うちのマシンの状態がわかるな、と。渥美君は走り出してすぐ2分09秒台に入れ、その後2分07秒台までペースを上げ、まぁここまでは行けるんだ、って目安を教えてくれました」(佐原さん)
 走り始めてすぐの2分09秒台は、なかなかの及第点。注目の渥美の最初のコメントは「普通です」というものだったそうです。普通って?
「いや、うちにとっては最高の褒め言葉でしたよ。渥美君は『もっといろいろあると思ったのに、あんまり普通に走るんで、普通すぎて何も言うことがないです。拍子抜けしました』って笑ってました」(佐原さん)
 ここで、CNチャレンジの覚悟も決まったのでしょう。佐原さんはレース内容について「ダサいレースをしない」という思いを強くしたと言います。ダサいレースって?
「ガソリン、オイル、タイヤという、レースに重要な項目でサステナブルアイテムを使うからとか、完走を目指すからといって、性能や結果を求めないなんてダサいでしょ、ということです。ゆっくり走れば問題が出ないことは分かっている、でもそれじゃチャレンジの意味はないよね。スピードに、速さにこだわるのはいつものレースと同じです。もちろん完走するのは重要、レースが終わってから、マシンがどういう状況に変化したのか、というところまでがCNチャレンジですからね」(佐原さん)
 鈴鹿サーキットでの事前テストでは、スズキCNチャレンジは総合11番手。タイムは2分07秒557、これはトップタイムだったドゥカティチームカガヤマの2秒395遅れ。順調なのか、まだまだなのか。それでも鈴鹿8耐はすぐにやって来ます。

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ライダー3人は、左から濱原颯道、エティエンヌ・マッソン、生形秀之。

来年への課題がみつかるという収穫

 スズキがCNチャレンジを発表してから4カ月足らず。いよいよ鈴鹿8耐が始まります。
「短いですよね、考えられない(笑)。なにか起こらないか、マシンは最後まで走ってくれるのか、ずっと心配し続けた4カ月でした」(今野さん)
 それでもスズキのCNチャレンジは、傍から見ていて問題なく進んでいるように見えました。ヨシムラとピットをシェアし、ヨシムラとスズキワークスチームが同居しているような風景。カラーリングこそ違えど、そっくりな2台のGSX-R1000R。けれどそこにあるのは、世界耐久チャンピオンを狙うヨシムラGSX-R1000Rと、まったく未知の仕様であるスズキCNチャレンジ号なのです。

 ウィーク初日の5回のフリー走行では8番手/13番手/17番手/11番手/6番手。公式予選日朝の最後のフリー走行では7番手に食い込み、いよいよ公式予選。
 予選では生形秀之が1回目23番手/2回目25番手、濱原颯道が1回目18番手/2回目18番手、そしてヨシムラSERT MOTULの正ライダーで、この鈴鹿8耐ではスズキCNチャレンジのエースに起用したエティエンヌ・マッソンが1回目10番手/2回目5番手。
 マッソンの最高順位5番手という結果は、一日でいちばん路面温度が低い夕方の時間帯に、エースであるマッソンが走るというチーム戦略が当たった形で、スズキCNチャレンジは予選総合16番手という結果でした。スズキワークスチームの結果としてみれば物足りない、ほんの4カ月前に走り出したCNチャレンジという未知の戦いだと考えれば上出来です。

「思いのほかスムーズにセッションが進んだので、ついつい『ひょっとしたらTOP10に入れるかも』と期待してしまったんですが、そんなうまくはいきませんね。ライダーがアタックのタイミングを逃してしまったり、区間タイムをうまく繋げられなかったりで16番手でしたが、手ごたえはありました。もちろん、走るごとにどこかトラブルはないか、状態は悪くなっていないか、ずっと心配ではありました」(佐原さん)

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スタート30分ごろの写真。#0マッソンは16番手グリッドからぐいぐい順位を上げた。

 そして迎えた決勝レースでは、16番手スタートのマッソンが、最初の1時間で25周を回って6番手までポジションアップ。その順位よりも、1タンクで25周を回ったのに驚いた関係者は少なくなったようです。
 1タンク=ガソリン24Lで鈴鹿サーキットを25周すれば、燃費は約6km/L強。鈴鹿8耐での上位入賞への必須条件であると言える7回ピット=8スティントで8時間を走り切るためには、最低でも6km/L以上の燃費が必要だと言われています。
 CNチャレンジ号は8回ピットで9スティント、それぞれの周回は25/26/26/26/24/24/24/18/23周、計216周で8位フィニッシュを果たしました。レース中はほとんど25周をめどに走行し、8スティント目の18周は、最後の走行にガソリン補給が不要なように、調整のためのショートピットだったようです。走行はマッソンと濱原のふたりで回し、生形の決勝レース出走はありませんでした。
「レースは、ほぼ予想通りうまくいきました。びっくりするくらいトラブルがなく、ノーミス。終盤、マッソンの体格に合わせたライディングポジションでずっと走ってくれていた濱原に腰痛が出てしまって、燃費計算とペースを考えて18周でライダー交代。生形は決勝で走りませんでしたが、マッソンと濱原のふたりに何かあったらいつでも、というバックアップに徹してもらいました。生形の存在が、ライダー2人にすごい安心感を与えたと思います」(佐原さん)

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ライダーだけでなく、チームスタッフもミスなくレースを進めた。写真はフリー走行中で、ライダーは決勝で出番のなかった生形。
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1ピットをヨシムラとスズキでシェア。ウィークに入って常に両チームは交流があって、ヨシムラがレース経験のないCNチャレンジチームをケアしているようにも見えた。

 216周といえば、昨年の優勝チームと同じ周回数。セーフティカーや上位陣の大きなトラブルがなかった今大会、優勝チームから4周差をつけられての8位でしたが、チームは一番の目標である、ノントラブルで完走、という結果を残しました。決して何かをセーブしての8位ではない、精一杯走っての8位。けれど、スズキCNチャレンジはこれで終わるわけではありません。
「レースが終わって『8位かぁ、まずまずだな』って思いましたね。でもひと晩たつと『8位か、ぁ、物足りないなぁ』って。もちろん、走り切ったからこその感想なんですが、大事なことは全力で走り切って、課題を見つけることだと思います」(今野さん)

 スズキCNチャレンジの狙いは、レースといういちばん過酷な実走テストを通じて、実験と研究を進め、開発を進めること。その技術は、遠くない未来に市販車に生かされるものです。
 そして佐原さんは、重要なキーワードを口に出します。
「やっぱり、来年の課題ができたのが収穫でした。次はこうしたい、あれはやりきれなかったな、っていう連続なのがレース。まずはしっかりとした体制を作って、サステナブルアイテムも増やしていくこと。スズキは『いま』のレースよりも一歩先を行くレース活動をしたい」

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実戦は久しぶりとなった濱原颯道。タイム出しはもちろん、的確なマシン分析が濱原の武器だ。

 

 このCNチャレンジで、スズキがレース界に与えた影響は大きいと思います。MotoGPもワールドスーパーバイクも、そしてEWCも避けては通れないカーボンニュートラルを視野に入れたレースに、ひとつの基準を実戦で示したからです。
 世界のレース界がカーボンニュートラルの施策を打つうえで、ひとつの結果を残したことは大きい。それが、スズキCNチャレンジの究極の狙いであるような気がします。
 明言したわけではありませんが、スズキが2025年も鈴鹿8耐に帰って来てくれる気がします。それどころか、もっと過酷なフィールドという意味では、ル・マンやボルドール24時間耐久すら考えているかもしれません。

 サステナブルとは「持続可能な」という意味です。その意味では、スズキのレース活動も、サステナブルでなければなりませんからね。
(文・写真:中村浩史)

#SUZUKI_CNC-8H
決勝レースでは出走のなかった生形秀之。実戦は久しぶりだったが、マッソンと濱原をバックアップ。出番があればいつでも、と控えていた。

[『まさかの発表! スズキが2024鈴鹿8耐参戦!』へ]





2024/08/30掲載