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レース・イベント

 全日本ロードレース選手権最終戦が鈴鹿サーキットで行われた。注目はJSB1000のタイトル争い。世界チャンピオンになった坂田和人が「長いシーズン、どんなに緊張感を持って戦ったとしても、トラブルや転倒なんてアクシデントが、一回くらいある。チャンピオンになるためには、それを想定して戦わなければならない」と言っていた言葉を思い出した。坂田は世界で2度王座についているが、速さも強さも示しながら、タイトルに届かなかったシーズンも多く、その言葉は、重みを持って印象に残り、チャンピオンになるということの凄みも感じた。
■取材・文:佐藤洋美 ■写真・赤松 孝

 全日本ロード最終戦はボーナスポイントの3ポイント(P)が加わり、優勝すると28P、2レース開催のため両レースを勝てば56P獲得する。可能性があるのは4人、ランキングトップのTeam HRC高橋巧が222ポイント(P)、11P差のYAMAHA FACTORY RACING TEAM中須賀克行、3位に野左根航汰(YAMAHA FACTORY RACING TEAM )で23P差、4位に水野涼(MuSASHi RT HARC-PRO.Honda)45P差だった。だが現実的には、戦いは高橋と中須賀に絞られていた。
 高橋は中須賀が優勝したとしても、両レースで3位に入れば、1P差でタイトルを得る。
 中須賀は勝利だけを考えていた。そうしなければ、チャンピオンになる可能性がないからだ。

 事前にテストを行っていたのはホンダだけで、他チームは木曜日からの走行となった。鈴鹿8時間耐久で勝つことが出来なかったホンダは、全日本タイトルだけは死守したかった。その意気込みが、単独テストを敢行させたのだ。ヤマハはテストコースでマシンを仕上げて乗り込んだ。
 だが、JSB1000第2戦である鈴鹿2&4で2分3秒台という驚異のタイムを叩き出している高橋は、木曜日の走行では2分5秒台にとどまり、顔色は冴えなかった。中須賀はテストコースで鈴鹿を想定した走行をして乗り込むが、2輪専用シケインで転倒している。それでも金曜日には二人とも、2分4秒台にタイムアップ、ほぼ互角の仕上がりに見えた。
 

最終戦が始まる。チャンピオンに一番近い場所にいた高橋 巧と、“チャンピオンになる重み”を知っている中須賀克行。

 
 土曜日の予選1回目、高橋が2分3秒592と自らのレコードを更新し他を圧倒する。
「ここまでタイムが詰まるとは思わなかった」と高橋本人も驚きのスーパーラップで、セットを変えたことが功を奏した。中須賀も自己ベストを詰めるが4秒台に留まる。予選2回目も高橋がトップとなり、両レースのポールポジションを獲得。
 中須賀は共に2番手で「予選は予選。決勝では決して楽なレースはさせない」と誓うことになる。
 高橋は「ダブルウィンをして、優勝を最多の6回としてチャンピオンになりたい」と語り、圧倒的な高橋優位のムードの中で、タイトルは固いと誰もが思っていた。

 しかし14周で行われたレース1、野左根が好スタートでホールショットを奪い、オーバースピード気味の野佐根の横に高橋、インに中須賀が入り、高橋は中須賀を避けるためにマシンを起こすと野左根に接触、野左根はグリーンに飛び出し、高橋もコースアウトしてしまう。中須賀は首位に立ちレースをリード。高橋はコース復帰するが、デグナー進入でもコースアウトし転倒してしまう。
 中須賀は「巧(高橋)には、大きなプレッシャーがかかっていたのかな。普段の巧では考えられない」と高橋の転倒を驚きを持って振り返った。
 

レース1、予想もしなかった高橋の転倒──。中須賀がトップに立ち、レースをリードする。

 
 高橋はすぐに再スタートするも最後尾からとなった。
「あー、これで、俺の今シーズンは終わったと思った。だけど、パニックしている頭でポイント計算をして、このままリタイヤ出来ない。何度も、追い上げている最中に、自分は無駄なことをしているのかも知れないという考えがよぎったが、それでも、諦めるわけにはいかなかった」
 高橋は傷ついたマシンで猛然と追い上る。

 中須賀は「追う立場から、追われる立場へ変わり、緊張が走り、ペースが乱れた。巧のペースを考えるとアクシデントがなければ逃げられていたと思う」と今季6勝目のチェッカーを受けた。高橋は脅威の追い上げて最後尾から16位まで回復し8Pを得るが、ランキングトップは中須賀で、9P差で追う立場へと変わった。
 高橋は「残されているのは圧倒的速さを見せること」とレース2に挑み、その言葉通りに1ラップ毎に2番手以下に約1秒もの差を築き、終盤はペースを落ち着かせるが、中須賀に14秒986もの大差をつけ、今季5勝目を挙げた。中須賀は最終ラップに野左根を交わし2位となり、大逆転で自身9度目の王座に就いた。
 

高橋の、最後の意地を見せる走り。来年は、スーパーバイク世界選手権への挑戦が決まっている。

 
「巧とバトルをして盛り上げたかったが、序盤ペースが上がらず厳しいレースだった。何度取ってもチャンピオン争いは緊張する。巧という強力なライバルがいたからこそ、自分は進化してきたと思う」と中須賀は緊張の一戦を振り返り、巧への賛辞を口にした。

 一方、高橋は無念さを滲ませた。
「チャンピオンになる壁は大きいと感じています。大きくリードしていたのに、タイトルを取れるチャンスをつぶしてしまい、悔しさしかない」

 中須賀は、鈴鹿2&4の1レース目、強力さを増した高橋を逃がすまいと転倒、ノーポイントになっている。そこから、タイトルを獲得するまで、自分を鼓舞し、スタッフがマシンを見直しポテンシャルを底上げして、中須賀を支えた。高橋は、中盤にマシントラブルからケガをしてしまい、本来の走りが出来ない戦いが続いた。だが、それをカバーする鈴鹿の速さを示すも、レーシングアクシデントに足元を救われた。
 冷静な高橋が、コースアウトから転倒してしまったのは「何としてもチャンピオンとなって、スーパーバイク世界選手権へ」との願いがあったからかもしれない。何度もチャンピオンとなっている中須賀も、「チャンピオンになるという重みを知っているからこそ、緊張するのだ」と吐露している。ワンシーズンを戦い、その末に掴むタイトル争いの緊張感は、想像を超えるものなのだろう。
 

中須賀が9度目のチャンピオンとなった。ライバルであった高橋のいない来シーズンは、成長著しい若手二人、野左根航汰と水野涼との争いになるのか?

 
 この日「いつもは緊張しないのに、地に足がついていないくらいの緊張感を味わっている」と語っていた名越哲平がJ-GP2で初のチャンピオンとなった。
 ST600では小山知良が、自身19年ぶりのチャンピオンを遂に獲得した。
「何度日の目を見なかったチャンピオンTシャツがあるか、なんどランキング2位となったか、自分はチャンピオンに縁がない。それでも記憶に残るライダーになろう、チャンピオンのことは考えないで挑んだ」
そういう思いでのシーズンで、小山はチャンピオンとなった。
 J-GP3は、前戦のオートポリスで長谷川聖が獲得を決めていた。それぞれのドラマを刻み2019年は幕を閉じた。
 

ST600では、実に19年振りのチャンピオンとなった小山知良。歓びを爆発させる。

 

J-GP2では名越哲平が、J-GP3では長谷川聖がそれぞれチャンピオンとなった。

 
 高橋巧のスーパーバイク世界選手権(SBK)参戦が発表されたのは、最終戦を終えてから数日後だった。大方の予想は、SBK復帰を果たしたホンダワークスチームからの参戦だったが、実際はサテライトチームからの参戦に、多くのファンは落胆することになった。
 しかし高橋は「全日本に強敵は中須賀さんだけだが、あっちにはたくさんの強敵がいる。そこで学びたい」と体制に対しての不満を口にすることはなかった。JSB1000に参戦開始2009年から、いや、レースを始めた頃からの“世界”の夢を、やっと掴んだ高橋には希望しかない。

 中須賀はこう語った。
「今のチームのまま世界に出してくれるなら、自分も世界を戦いたい。でも、巧も俺もいなくなったら、全日本はつまらないものになるでしょう。自分は、10回目のチャンピオンを目指し、今以上の速さを求めて、全日本を引っ張って行く。若手には、俺を超えて世界へ飛び出してほしい」
 

連続制覇はまだ続くのか? 全日本に君臨する中須賀克行。“世界への夢”を叶えた高橋 巧。

 
 世界で鍛えられ速さを増した高橋と、全日本王者として進化を続ける中須賀の対決が叶うのは、来年の鈴鹿8時間耐久になるのだろうか? 高橋がSBK参戦を決め、日本でもSBK開催への熱望が高まっている。全日本から世界への夢を掴むことが出来ることを証明した高橋のおかげで、全日本にも希望の火が灯ることになった。JSB1000を戦う若手ライダーたちは、前人未踏の9度もの王座に輝き巨人となった中須賀という壁を超える時、その願いが叶う。
 
(文・佐藤洋美)
 
PS.絶好調だった高橋選手の思わぬアクシデント、そして逆転チャンピオンとなった中須賀選手、お互いを尊敬し、認めているからこそ、お互いの心中を思い、微妙な空気が流れることになったタイトル決定戦でしたが、大逆転した中須賀選手の常に攻める姿勢が引き寄せた結果。高橋選手は誰もが認める速さを示し世界への夢を掴みました。最後は、落ち着くところに落ち着いたといった安堵の思いが広がりました。それにしても、ふたりのレベルの高さは、予選タイム、レースのアベレージと最強で、過去の全日本を振り返っても高いレベルにあると感じます。そこに追いついている野左根選手と水野選手の力も、相当に高いレベルにあります。ブラックマークつけて、鋭いブレーキング、コーナーリングの妙は、レース通が唸りまくりのすごさなのですよ。だから、やっぱり、オフはさみしい季節です。
 

 


| 『相棒、再び。井筒仁康と柳川 明の挑戦』のページはこちら |

| 『令和元年の巧。高橋巧の快進撃』のページはこちら |

| 『越えるべき壁。野左根航汰の苦悩』のページはこちら |

| 『チャンピオンになって、来年はSBKへと、と言いたい!「巧の、世界」』のページはこちら |

2019/11/27掲載