インディアン・モーターサイクルが、自社水冷エンジン/Powerplusをアップデート。そのエンジンをPowerplusファミリーの2025年モデルに搭載すると発表した。また空冷エンジン/Thanderstroke116を搭載していた「Chieftain」と「Roadmaster」のエンジンとフレームをPowerplusプラットフォームに変更。Powerplusファミリーのさらなる強化を図った。その意図はどこにあるのか、そして新しいプラットフォームを得た「Chieftain」と「Roadmaster」はどのように進化したのだろうか。ここでは、その詳細をお伝えする。
■試乗・文:河野正士 ■写真:インディアン・モーターサイクル https://www.indianmotorcycle.co.jp ■協力:ポラリスジャパン ■ウエア協力:クシタニ、アルパインスターズ
2019年にインディアン・モーターサイクル(以下インディアン)がラインナップしたバガー・モデル「Challenger(チャレンジャー)」と、トップケースなどより豪華な装備を持つツーリング・モデル「Pursuit(パースート)」に搭載されたPowerplus108(パワープラス)エンジン。排気量108キュービックインチ/1768ccの挟角60度V型2気筒水冷OHC4バルブエンジンだ。空冷の、ロングストロークの、古典的なバルブ駆動方式のエンジンでしか生まれないという、ある種のファンタジーによって、その乗り味やパフォーマンスやイメージが構築されたヘビー級アメリカンクルーザーの世界において、水冷で、ショートストロークのPowerplus108は驚きをもって市場に解き放たれた。しかもそのエンジンを搭載する車体には、ボッシュ製6軸IMUが搭載され、そこから得たデータを元にトラクションコントロールやABSを連携して作動させるSmart Learn Technologyを搭載。クルーザーにライダー支援機能を持ち込んだ。
当時、そのエンジンにもテクノロジーにも、市場は懐疑的であったが、バイク全体を取り巻く環境やテクノロジーは二次曲線的なスピードで変化・進化し、あらゆるカテゴリーのライダーたちの間に、瞬く間に浸透していたのはご存じの通りだ。ヘビー級クルーザーの世界も例外ではなかった。クルマの世界では、すでに効率を重視した高性能エンジンや電子制御デバイスを搭載したアメリカン・マッスルカーが広く受け入れられていて、それはエンジンや乗り物に求めるパフォーマンスや環境性能において、メーカーやユーザーの指向が、ファンタジーからリアリティへと変化した証拠である。その市場の変化を敏感に感じ取り、先進的なテクノロジーをもってヘビー級アメリカンクルーザーの走りのパフォーマンスと、快適性や安全性を高め、ブランドバリューを高めていくのがインディアンの戦略だ。
今回、新たに発表されたPowerplus112エンジンも、その戦略的要素の一部だ。開発の現場はバガーと呼ばれる、大型フロントカウルとサイドケースが付いたヘビー級クルーザーモデルで争われるアメリカのロードレース選手権King of the Baggers(キング・オブ・ザ・バガーズ)。結果的にはボアを2mm拡大することで排気量拡大に落ち着き、それ以外のクランクやコンロッド、カムシャフトと言ったエンジンの主要パーツはPowerplus108エンジンから変更されていない。しかしその結論に至るまではありとあらゆる可能性を試し開発を行ったという。
クルーザー用エンジンの開発が、レースの最前線で行われたのも興味深い。このことについてインディアンの副社長であるアーロン・ジャックスは、Powerplus112の発表会でこう語った。
「レースとそこでの勝利は、我々インディアンのDNAであり、これからもそうあり続けます。インディアンは2011年にポラリス傘下となり、2014年から現体制で市販車を市場投入してきました。そのとき、フラットトラックレース専用マシンScout FTR750を開発し、2016年の最終戦にAFT(アメリカン・フラットトラック選手権)に初参戦。そして翌2017年から昨年2024年まで、AFTの最高峰クラスにおいて8年連続でシリーズタイトルを獲得しました。その活躍は、当時あらたに活動をスタートさせたインディアン・ブランドにとってじつに重要で、世界中のバイク市場に対して強い影響力を持っていました。残念ながらAFTでの活動は昨シーズンをもって休止しましたが、そのAFTでの活動とクロスオーバーするように始まったKing of the Baggersにおいては、今後も活動にチカラを注いでいきます。過去5シーズン中3シーズンでタイトルを獲得し、そこでの活動がChallengerの先進性を市場に広め、ここで発表したPowerplus112エンジンへと発展しました。ヘビー級アメリカンクルーザー市場を牽引するユーザーたちは、依然としてパフォーマンス指向であり、Powerplus112とそれを搭載する新しいPowerplusファミリーはそのユーザーたちを満足させられると信じています」
アーロン・ジャックスが言う“Powerplusファミリー”の進化とは、ChieftainとRoadmasterのプラットフォームを変更し、「Chieftain Powerplus」「Roadmaster Powerplus」としてPowerplusファミリーに引き入れたことだ。バガー・カテゴリーのChieftainとツーリング・カテゴリーのRoadmasterはプラットフォームを共有。他のインディアン・モデル同様、若々しいカスタムスタイルのバガー・カテゴリーと、トップケースやハイスクリーンなど、よりツーリングに適したスタイルと装備のツーリング・カテゴリーに分類されている。この2モデルはそれぞれ、挟角49度V型2気筒空冷OHV3カム2バルブのThanderstroke116(サンダーストローク)エンジンを、Powerplusファミリーとは異なるアルミフレームに搭載している。インディアンの車体デザインの責任者であるオラ・ステネガルドによると、Thanderstroke116エンジンを搭載したChieftainとRoadmasterは、今でも多くのライダーから支持されている。彼らは、フロントフォークにマウントしたフェアリングを持つアメリカンクルーザー・モデルが持つ、クラシックな外観を求めているという。
では、なぜプラットフォームを変更し、「Chieftain Powerplus」と「Roadmaster Powerplus」へと進化させる必要があったのだろうか。その理由について、オラ・ステネガルドは次のように話してくれた。
「ヘビー級アメリカン・クルーザーの市場が、依然としてパフォーマンスを求めていることはアーロン・ジャックスが話したとおり。そこで我々は、パフォーマンスを向上させるとともに、Powerplusファミリーのラインナップを広げ、より幅広い趣向のライダーにアプローチしようと考えた。そのときChieftainやRoadmasterのように、フォークマウント・フェアリングのクラシカルなスタイルと高いパフォーマンスを融合させようと考えたのです」
「フォークマウント・フェアリングの車両はクラシカルなスタイルを構築できるほか、Challengerが採用するような、フレームにフロントカウルを装着するシャーシマウント・フェアリングの車両よりも、ずっとコンパクトに車体をデザインすることができる。もちろんカウルが小さく、軽量化も実現できることから、Challengerとは異なるハンドリングを造ることもできるんです。だからこそChieftain PowerplusやRoadmaster Powerplusをくわえて、Powerplusをさらにパワフルなファミリーにしたかった。そしてデザインに取りかかったとき、ChallengerとChieftainを徹底的に観察しました。デザインにおいてもパフォーマンスにおいても、その先進性と普遍性を融合することが、Chieftain PowerplusにRoadmaster Powerplusに不可欠だと考えたからです」
新たに「Chieftain Powerplus」に「Roadmaster Powerplus」を加えた2025年モデルのPowerplusファミリーの各モデルには、排気量を112キュービックインチ/1834ccに拡大したPowerplus112エンジンを搭載している。そのエンジンをフレームメンバーとして使用する、バックボーンフレームを中心に複数のアルミキャスティングパーツで構成させるフレームレイアウトは前モデルから継承。ボッシュ製6軸IMUをベースにしたSmart Learn Technologyも引き継いでいる。
排気量を拡大したことのメリットについて、車両設計の責任者であるベン・リンダマンは、あらゆる速度域またはエンジン回転域からでも、ライダーがイメージする通りの加速感が得られるから、と解説した。また水冷化によってエンジンの熱管理が容易になったこと、そしてOHC化によって吸排気の効率が高められることによって、イメージする出力およびトルク特性を造り上げることができたと言う。目指したのは伸びやかで力強い高回転域と、フラットなトルク特性の両立。事実Powerplus112は、最高出力を126hpにまで高めているし、3800回転で最大トルクを発生するまで緩やかに出力トルクが盛り上がり、その後は5000回転後半までその分厚いトルクが継続する。
加えてリアにボッシュ製ミリ波レーダーを採用。左右後方の死角に車両が入ったことをライダーに警告する「ブラインドスポット・ワーニング」、後方車両の接近をライダーに知らせる「テールゲート・ワーニング」、衝突の可能性が検出されるとリアケース・ライトで後方接近車両に警告する「リア・コリジョン・ワーニング」などライダー支援機能も追加した。そのことについてベン・リンダマンはこう語った。
「私たちがこのテクノロジーで重視したのは、より安全なライディング体験を提供することでした。それらはすでに多くのバイクに搭載されている新しい電子デバイスたちを採用すること。しかしそれらの機能をただ搭載するのではなく、ライダーの操作の邪魔にならないように絶妙なバランスでシステムを構築したり、機能のON/OFF操作を容易にしたりして、ライダーの好みに柔軟に対応できるようにしました。我々は、パフォーマンスはもちろん、このテクノロジーの領域においても、このカテゴリーのリーダーでありたいと考えています。したがって今後も、新しい技術を研究し、インディアンらしい方法で搭載することを考えています」
その新しい「Chieftain Powerplus」を全開で走らせるのは、じつに痛快であった。全開にできたのは、わずかだったけど……いや、それほどパワフルで、条件が整わないとおいそれと全開になんてできないほどパワフルなのだ。
6速2500回転で100km/h。低回転であることはもちろんだが、挟角60度V型2気筒エンジンの60度クランクはバランサーを持たずとも振動が少なく、その領域でじつに快適である。新しくデザインされたフロントカウルはコンパクトに設計されているが防風範囲も広く風の巻き込みも少ない。電動スクリーンを最高位まで上げると防風効果は高まり、より高い速度域での快適性も向上する。唯一気になったのは、身長170cmの自分ではスクリーンを最高位にすると、その最上部と目線が重なってしまうことくらいだろうか。
そこからエンジン回転を上げていくと4000回転付近から、ターボが掛かったように回転上昇が早まり、それとともにエンジンのビート感と速度が一気に高まる。5500回転を越えると、別のエンジンかってくらいのパワー感とビート感になる。Powerplus112エンジンは3つの走行モードをもっていて、「スタンダード」モードであればこの領域を何度となく楽しめるが、スロットルレスポンスが鋭くトルク感も増す「スポーツ」モードでは、いろいろと条件が整わなければ試すことができないほどだった。
Powerplusファミリー最軽量といえども車重360kgの「Chieftain Powerplus」が、暴力的とも言える加速をするのだ。もの凄い大きな固まりが、もの凄い勢いで加速していることを実感しながらのライディングは、スポーツモデルやネイキッド、アドベンチャーモデルとはまったく異なる体験だ。
そこからの減速やコーナーへのアプローチは、質量の大きさを考慮して早めの準備が必要だが、それさえ守れば「Chieftain Powerplus」は気持ち良くコーナーを流す、いやかなり良いペースでスポーツすることができる。これは高いフレーム剛性によるところであることはもちろんだが、マスの集中化や低重心化など、緻密な車体造りが効いているのだと感じる。
フロントフォークに装着した大型カウルは、電動スクリーンや大型スピーカー&大型タッチスクリーンを装備しているため大幅な軽量化は叶わなかったとデザイナーのオラ・ステネガルドは話していたが、可能な限り車体に近づけて配置することはもちろん、角度や装着方法を徹底的に吟味したという。とはいえ、その大きさと重さが取り回しやハンドリングにどの程度影響を及ぼしているか、試乗前は想像がつかなかった。
しかし走り始めてすぐに、その不安は解消された。サイドスタンドから車体を起こすとき、試乗会の発着所であるホテル駐車場から右に左にハンドルを切りバランスを取りながら極低速で走行したとき、予想より車体もハンドル操作も軽く、ライダーの入力に対する車体の反応も軽い。重いバイクにありがちな、車体の動きに対する揺り返しのような、遅れてやって来る重さもない。
大きなスクリーンやステップ前のカウル、さらには大型のトップケースを追加している「Roadmaster Powerplus」を同様に走らせると、車体の中心より遠くに重量物があることから、遠心力によってそれらがハンドリングに影響を及ぼすこともあるが、これはモデルの性格上しようがないだろう。しかし「Roadmaster Powerplus」もPowerplusプラットフォームを採用しているので、「Chieftain Powerplus」と同様のパフォーマンスを持っている。
クラシカルなフォークマウント・フェアリングと、先進的なPowerplusプラットフォームを得た「Chieftain Powerplus」と「Roadmaster Powerplus」。ヘビー級アメリカンクルーザーの世界に、ネオクラシック的な要素を持ち込んだこの2台の市場での動向に、今後も注目したい。(試乗・文:河野正士、写真:インディアン・モーターサイクル)
■エンジン種類:POWERPLUS 112/俠角60度V型2気筒水冷4ストロークOHC4バルブ ■総排気量:112cubic Inch(1,834㏄) ■ボア×ストローク:110.0mm×96.5mm ■圧縮比:11.4 ■最高出力:126hp ■最大トルク:181.4Nm/3,800rpm ■燃料供給方式:クローズドループ燃料噴射/52mm デュアル・ボア ■全長:2,503mm【2,578mm】 ■軸間距離:1,668mm ■最低地上高:137mm ■シート高:678mm【672mm】 ■キャスター角:25度 ■トレール:150mm ■リーンアングル:31度 ■車両重量(燃料非搭載時):366㎏【407㎏】 ■燃料タンク容量:22.7 L■フレーム:アルミキャスティング ■サスペンション(前・後);43mm倒立タイプ/130mmトラベル・FOX製モノショック(リンク式)/油圧式プリロード調整付&114mmトラベル ■変速機形式:6段リターン ■ブレーキシステム:ABS付コンバインド・ブレーキシステム ■ブレーキ形式(前・後):ブレンボ製ラジアルマウント4ポットキャリパー+320mmデュアルフローティングディスク×ツインピストンキャリパー・270mmシングルフローティングディスク ■タイヤサイズ(前・後):メッツラー製Cruisetec 130/60 B19 66H・Mメッツラー製Cruisetec 180/65 R16 80H ■メーカー希望小売価格(消費税込み):¥4,530,000〜【¥5,230,000〜】※【】内はRoadmaster Powerplus