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レース・イベント

■文・写真:楠堂亜希

「あの時、涼のケツを叩いて、お前行けよって言えばよかったのかなぁ」
 鈴鹿8耐が終わり、しばらく経った暑い筑波で、加賀山の口から再びこの言葉がこぼれた。

 記録的な猛暑が続く三重県鈴鹿サーキット、加賀山就臣監督が率いるDUCATI team KAGAYAMAの挑戦もいよいよ8耐決勝ウィークに突入した。DUCATI team KAGAYAMAは発足時に鈴鹿8時間耐久ロードレースへの参戦を表明、ドゥカティパニガーレV4Rファクトリーを耐久仕様に仕上げ、ライダーは水野 涼、ハフィス・シャーリン、ジョシュ・ウォータースの3名。ドゥカティコルセから責任者のパオロ・チャバッティも来日した。

 8耐の事前のテストでもトップタイムをマーク。ドゥカティは燃費が悪いのでは? エンジンはもつのか? と、色々な声が聞かれたが、決勝ウィークの計測でも、水野、ハフィスがクラストップタイムをたたき出すなど、耐久仕様のドゥカティパニガーレV4Rの仕上がりは良く、注目の的であった。
 だがなにもかも手探りのドゥカティでの耐久1年目なのだ。

#Honda_CB1300SB SP
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※写真をクリックすると、別カットを見ることが出来ます。

 土曜日のピット作業でリアタイヤ交換に問題が発生。オリジナルのパーツに不具合が出てしまい、決勝での最悪の事態を考え、時間はかかるが確実な方向にシフトする。
「リアタイヤのパーツを、一度手で回してから締め上げるという、元の仕様に戻したんだ。それにクイックチャージも変更して遅くなった。そこで問題が出ていなかったらもしかしたら決勝でスタックさせて大損していた可能性もある。アレが使えていればピット作業が14〜15秒でいけたのだけどね」と、加賀山。

 そして、トップ10トライアルの直前だった。アタック用のマシンのエンジンをかけたところ、通常ではない煙があがる。これまで感じたことのない症状だった。そのためスペアマシンに切り替えてのアタックとなったが、トップのYARTヤマハにコンマ1秒差で2,05.248と2番手タイムを記録。 
「アイツの好きなほうのバイクでタイムアタックさせたかったのだけど、水野には申し訳ない。で、タイヤは新品だし一緒だ! これで行ってこい! と喝を入れた。あいつ不満と不安だらけだったと思うよ。でも、知らないバイクであのタイムをよく出せた」
 実戦でしか経験できないトラブルやその対策のため、決勝前夜はマシンをすべてバラしエンジンを載せ替えた。深夜までメンテナンスを行い、チームスタッフはほとんど眠れない夜を過ごした。

#Honda_CB1300SB SP
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 明けて日曜日、決勝。
 ルマン式スタートで2番手グリッドから勢いよくバイクに駆け寄った水野だったが、すぐにエンジンが始動せず集団に飲まれてしまう。
 10番手に順位を落とすも猛烈な追い上げによりトップ集団に追いつき、5ラップ目のバックストレートエンドでHRCを抜き、シケインでチャンピオンチームのYARTをパスしてトップに立つ。水野はここでレース中のベストラップ2,07.282を記録。
「出られるところでアピールしたかった」という水野。YART、HRCにも火がつき、2分7秒台でのバトル。そしてトップHRCにつづく2番手でピットイン、ハフィスにライダー交代する。金曜に判明したトラブル回避のため、リアタイヤの交換に時間を要するのに加え、スターターがスムーズに作動せずに手痛いタイムロスをしてしまう。これに対しての対策は次のスティントからは解消されている。
 スプリントではチャンピオンマシンであるパニガーレV4Rファクトリーにとって、なにもかもが初めての耐久レース。8耐で表彰台実績のあるTeam KAGAYAMAによって、実戦のデータが積み上げられていく。カガヤマにとってもドゥカティでのレースは初で、チャレンジャーの立場である。そしてドゥカティコルセの責任者パオロ・チャバッティに、実際に何が起こっているのかを見てもらい、本社に持ち帰ってもらうことこそが、来年の8耐に向けて大きな意味を持つのだ。

#Honda_CB1300SB SP

 ハフィスが27ラップを終えて3番手のポジションでピットイン。なんとライダー交代したのはジョシュではなく水野だった。すぐ後ろのポジションには強豪ヨシムラが控えており、ここは後方とのアドバンテージを保っておきたい。水野にとっては暑い時間帯の走行が続いたが、その分休息を得られたハフィスに後半を託すことになる。
 水野からジョシュにつなぎ、ハフィスが2回目の走行を終え、水野3回目の走行。タイヤ交換には常に時間を要したため、1回のピット作業全体に影響を及ぼしたが、コース上でのタイムではドゥカティパニガーレV4Rのパフォーマンスをしっかりとアピールしていた。

 加賀山は、ラストスティントでハフィスから水野に交代することも考えていた。だがこの猛暑の中でスタートライダーを務め、トップ争いを繰り広げ、3スティントを終えた水野は疲労困憊し全身が攣ってしまい、気力より身体が拒んでいた。スプリント主体に作られたファクトリーマシンは想像以上に体を酷使するのだ。加賀山の決断で、暑さに強いハフィスにラストの1.5スティント、1時間20分を託すことになった。

#Honda_CB1300SB SP
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 実は、当初の加賀山の計画はもうひとつ斜め上をいっていて、水野に1-3-5走者を任せるつもりで「始まって5時間で勝負」と考えていたそうだ。
「成績残したいのだったら、自ら大変なことをしないといけないだろう。でも、難しいね。この猛暑のコンディションでは無理させられないと思った。それが8耐といえば8耐なんだけど、ホントはね、最後は涼が良かったんだけどね……」

 水野は「ラストを自分が交代したところで、結果は変わらなかっただろう」と言う。
 夕闇が迫るなか、ハフィスが1スティント分の走行を終えてピットイン。タイヤ交換はせず給油のみを行って短時間でピットを後にしていく。そして真後ろにはヨシムラの渥美 心が、ハフィスとの距離を詰めていた。鈴鹿が得意な渥美はチームベストを更新してラップしていて、連続走行することになったハフィスに比べ、タイヤのライフも身体的にも彼に分があったと言わざるを得ない。加賀山自身が昨年まで看板を背負って戦ってきたヨシムラとのラストマッチは何の因果だろうか。
 4位に後退したハフィスは脱水と疲労のなか懸命に連続走行を重ねる。後半はタイムを落としたが、4位のポジションをキープしてチェッカーを受けた。戻ってきたハフィスは一人で歩けないほどに精魂尽き果てていた。
 ピットでは初の挑戦を完走で終えられた安堵と拍手が広がったが、加賀山の目には悔し涙が浮かび、それを気遣うチャバッティの姿があった。

#Honda_CB1300SB SP
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 チャバッティは、レースがスタートする前から5位以内を目標に置いていて、「強豪だらけのなか、表彰台圏内にいられたら素晴らしいことだ」とコメントしている。そして初のペッコや他の多くのGPライダーが出たがっているから、この挑戦の経験を持ち帰り、来年に向けて体制を整えることが一番の責務と受け止めていた。

「周りには勝ちます、っていうけど、本音を言うとフィフティ・フィフティだ」
 レース前にそう言っていた加賀山の涙は止まらなかった。
「この3か月間100パーセント全力でやってきたけど、力が足りなかったっていうのかな。さぼったつもりは一切無いけど。出来ていたパーツも、時間と予算があればもっといいものが作れた。本当に、悔しい気持ちしかない」
 加賀山は、積み上げてきたものを本番で機能させられなかった悔しさに溢れていた。

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 水野はあの時のことを赤裸々に「ショックだった」と言った。
「同レースで戦うのだから、耐久が初めてとか、時間がかかることを言い訳にしたくない。自分が頑張って削ったタイムが1回のピット作業でナシになってしまうのは、悔しい」
 水野はライダーとして自分ができることを出し切り全力で戦った。そして自分がチームを引っ張っていけなかったことに対しての苛立ちを感じつつ、チームを気遣う言葉を選んでいた。
「ジョシュ、ハフィスと組むことができて最高のチームワークだったし、最後を走ってくれたハフィスにはお疲れ様と言いたい。1年目とは言えど、優勝狙って頑張りました。テストから調子が良かっただけに自分たちの期待値も高かったけど、現実は甘くなくトラブルが起きている中で、決勝が始まってみるとトップを走れたりして期待も膨らんで。惜しかったけど、表彰台に上がれるような仕上がりではなかったと結果的に思う。自分はそれでも表彰台に上がりたかったですけど……上がりたかったけど、上がれるアベレージを持っていなかった」
 そして、絞り出すように言った。
「自分ひとりのレースなら、スプリントレースなら気持ちも片付くけど、難しいです。」

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 スプリント仕様のファクトリーマシンを耐久仕様に仕立て上げ、初の鈴鹿8耐参戦で大きなトラブルなく、大会ベストラップ(2,07.282)までをも記録し、219ラップでチェッカーを受け4位入賞の成績を残した。なにより、鈴鹿8耐において話題を席巻した。十分すぎる結果ではないだろうか。
「チームスタッフも睡眠時間を削って仕事してくれて、ライダーも限界まで頑張ってくれて、とても感謝している。4位になれたこと、走り切れた事には胸を張りたい。来年は今年以上の成績を残さないといけないし、来年こそは勝ちを狙いにいく。実戦レースで気づいたことがたくさんあった。ピットワーク、ライディング。事前テストも行ったけど、決勝で気づくことがほんとにたくさんあった。それを対策して来年に挑みたい。その時はファクトリーレベルでモノづくりをしたい。レースに100点なんてないから……勝ち以外の100点はないんだ」
 全力でやったことに悔し涙も流したが、決勝が明けた月曜の加賀山はいつもと変わらず忙しそうにあれやこれと指示をして動き回っていた。4位という結果が、逆に加賀山を奮起させているようにも見えた。
(文・写真:楠堂亜希)

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『DUCATI team KAGAYAMAインサイドストーリーVol. 1』

『DUCATI team KAGAYAMAインサイドストーリーVol. 2』





2024/09/13掲載