まるで各社が申し合わせたように次々とマニュアルトランスミッションのオートマ機構が登場している2024年。ヤマハ版はY-AMTの名称で、スポーツバイクMT-09に搭載してのデビュー。発表プレゼンではFUN/CONFIDENCE/COMFORTの並びの中で、いつでも「FUN」が最初に、前面に押し出されてアピールされていた。
■試乗・文:ノア セレン ■撮影:松川 忍 ■協力:YAMAHA ■ウエア協力:アライヘルメット、アルパインスターズ
申し合わせていないとなると、時が熟したのか
こうも時期がかぶるのか……ホンダのEクラッチ、BMWのASA、KTMのAMT、そしてこのヤマハのY-AMT。ホンダEクラッチ発表試乗会の場でも、今回のヤマハでも「申し合わせていませんよ」とのことだったが、一方でホンダDCTの欧州での売れ行きがこういったオートマ化を後押ししているのは事実のようだ。既に14年もの歴史を持つホンダDCT、当初はなかなか浸透しなかったようだが、今では他社にとっても「無視できないレベル」で売れているらしい。
世の中のライダーがオートマスポーツというものを違和感なく受け入れられるようになったということか。各社とも蓄積してきた技術を一気に実現してきた2024年である。
ヤマハが推すのは「スポーツ」
ギア付のオートマモデルは、なかなかアピールが難しいように思う。オートマであることで燃費など環境性能が向上する。スムーズな変速で負荷が少ない。クラッチ操作から解放されてラクである。クラッチ操作から解放されるからよりスポーツに没頭できる……などなど、そのアピールが多岐にわたるからこそ「オートマの魅力はコレ!」という明確なメッセージが発信しにくいと感じている。
そんな中でヤマハは「スポーツ」にフォーカスしたからこそ、初搭載車はトレーサーではなくこのMT-09だったわけだ。ヤマハとしてはTMAXというオートマスポーツを持っているし、FJR1300ASにてクラッチレスのスポーツバイクも手掛けてきた。オートマでスポーツをすることに対する情熱が他社以上に高いとも言えるだろう。
簡単に仕様を説明しておこう。Y-AMTはクラッチレバー及びシフトペダルは無し。よってオートマ限定免許で乗ることも可能。ギアチェンジは左手の親指と人差し指で操作するシーソー式スイッチで行い、またその他にオートマモードを二つ用意しており、オートマモードにしておけば変速も自動で行ってくれるというもの。特にオートマモードでは「ラク」であることは事実だろうが、しかしヤマハとして推したいのはあくまで「スポーツ」。継ぎ目のないスムーズで確実なシフトチェンジを実現すべくシフトロッドの中に蓄力するためのバネを仕込んだり、高負荷コーナリング時でもしっかりと車体をホールドし、指先で自在にシフトチェンジできるよう、敢えてシフトペダルをオプション設定すらしないなどそのコンセプトは明確だ。(詳しい仕組みについては→https://global.yamaha-motor.com/jp/news/2024/0726/y-amt.html)
なお「Y-AMT」は「ヤマハ・オートメイテッド・マニュアル・トランスミッション」の略。このネーミングも英字の並びに「MT」を入れることで、クラッチ操作は省略したもののあくまでマニュアルトランスミッションを持つスポーツバイクである、ということをアピールしているのだ。
まずはサーキット試乗にて、オートマの「D」モードで走り出す
試乗日はまだ発売前ということもあり、またヤマハがスポーツを推しているということもあって、試乗はサーキットと小さな低速スペースのみ。ストリートでの使い勝手は追って報告したい。まずはサーキット、及びスポーツの観点からファーストレポートをお届けする。
Y-AMT仕様のMT-09はスタンダードのMT-09とまるで見分けがつかなかったのがまずは印象的だ。エンジン左右が張り出しているとかそういったこともないし、外装も(少なくとも現時点では)スタンダード版と変わらない。ペダルやクラッチレバーがないことを確認して初めてY-AMT仕様であることがわかる。またがってもスタンダード版と全く同じ。最初は変速もバイク任せとなる「D」で、先導付きでゆっくりと周回する。
クラッチの繋がり感に唐突さはなく、またアクセルを大きめに開ければフロントが持ち上がってくるぐらいの元気な加速も可能。渋滞路などの極低速での断続的な繋がり/切れ感は実際に体験してみないとわからないが、少なくとも現時点では他社のオートマと比較してもスムーズな印象だ。速度が上がっていけば自動的に変速。「D」モードはおとなしいモードであり、この他に「D+」という元気なモードもあるのだが、「D」モードでもシフトアップのタイミングは遅めで元気に加速する印象だ。また速度がのって6速に入っていても、アクセルを戻すと割と早めにシフトダウンする印象があり、常に「開ければちゃんと加速する」体制を維持しようとしているように感じた。これもスポーツのアピールなのだろう。
対する「D+」モードはこの性格がさらに強まった印象だが、そこまでの変化は感じられなかった。ところがしばらく「D+」で走った後に「D」に戻ったらとても平和に感じられた。短い試乗時間でも筆者の乗り方、あるいは走らせたいと思っているマインドを学習してくれて、「D」モードが優しくなったのだろう。ただそれでもツーリングをするならば「D」「D+」の他にさらにノンビリで燃費向上も見込める「D-」があっても良いかな、ということも考えた。
この「D」モードは基本的には「楽をして乗る」ためのモードではあるが、これでペースも上げてみる。アクセル開度が大きくなればそれに応えようと適切なギアを選んでくれるのも気持ちが良い。ただ本当にペースが上がってくると、こういったオートマ機構のバイクに共通することではあるが、ブレーキを掛けようとしたその瞬間にシフトアップされてしまうかもしれない……という怖さがあるため、ツッコミはそこそこに、「D」モード中であってもハンドシフトでシフトダウンした方が安心感は高かった。幸い各「D」モード使用中でも左手でのマニュアルシフトは可能なため、特に峠道など無理のないペースでは各「D」モードと必要に応じてのハンドシフトの組み合わせが気持ちの良い走りを提供してくれそうだった。
マニュアルシフトは四輪的??
さて、ここからが本領発揮だろう。マニュアルモードである。ヤマハが掲げる「人機官能」「ライディングへの没入」を実現するY-AMTである。
しかし特にサーキットにおいては、走り始めてしまえばこれまでのクイックシフターでもクラッチ操作は不要であり、Y-AMTも「優秀なクイックシフターの一種」と捉えることもできる。これまでのクイックシフターとの違いは、低回転域でも常に確実なシフトアップが可能であること(一般的にクイックシフターは低回転時やアクセルパーシャル時の変速が苦手)、また変速時にわずかな半クラッチを自動で当ててくれているため特にシフトダウンが非常にスムーズであることだ。
これに加え左足によるペダル操作がなくなっているのが特徴。これまで「オートマ化により、よりスポーツライディングに集中できる」といった類の謳い文句はあまり信じてこなかったが、今回はこの恩恵が確かに感じられたのは後述する。
左手によるシフト操作に慣れるのに少々時間はかかったが、それでもあまり違和感なくY-AMTに順応できたためペースはどんどんあがり、ほどなくしてしっかりとサーキット走行ペースを楽しむことができた。人差し指でシーソー式シフトレバーを手前に引き込むだけで0.1秒以内にシフトアップしてくれるのはクイックシフターと同様。また逆に親指を押し込めばシフトダウンも瞬時かつ確実だ。試乗コースであった袖ヶ浦フォレストレースウェイのホームストレートでは5速まで入るが、パイロンで規制された1コーナーの進入では2速まで3回のシフトダウンがあり、ニーグリップで車体を押さえつけながらフルブレーキしつつ、親指をタンタンッ、ターン! と3回押すだけで確実なシフトダウンが完了。
3つもギアを落とすのはここだけなのだが、これを繰り返すうちに「何だか四輪的かな?」と思い始めていた。左足でのシフトダウン操作はしなくていいため、ニーグリップで車体をしっかりと抑え込める様はバケットシートに座っているかのようなガッシリとした安定感がある。そしてシフトダウンもパドルシフトで操作しあとはマシンに任せる、といった感覚が四輪的。なるほどこれが「オートマ化により、よりライディングに集中できる」ということか? これは確かに新しいベクトルのスポーツが生まれているのかもしれない。
とはいえ、通常のマニュアル車の操作も苦ではないし、最終的にはマニュアル車の方が速く走れるんじゃないか?? などと意地悪なことを考えていたのだが、開発の方の話では「テストではY-AMT装着車の方がタイムが速いです。ビギナーの方だとその差は大きくかなりのタイムアップをしますし、上級者だとその伸び幅は少ないですが、やはり確実にタイムアップします」とのこと。その言葉尻には確かに「えっへん!」という自信が見えたのが面白かった。
これまでも数々のオートマ車が存在してきたが、「マニュアル版よりも確実にタイムが削れます」と胸を張ったバイクはこれが初めてではないだろうか。
今後の展開
Y-AMTはホンダのEクラッチ同様にシンプルな作りで比較的容易に後付け可能なのが大きな魅力。既にMT-09には搭載できているのだから、XSRやXSR-GP、トレーサーなどの兄弟車への展開は特に容易だろうし、MT-07系への合わせ込みもできればヤマハ大排気量車の大半に装着できることになる。
クラッチレスと聞くとどうしても「楽できるでしょう」となってしまい、次はトレーサーにつくのが自然かな、と思いがちだが、いや、Y-AMTは「タイムが削れるオートマ機構」なのである。FUN/CONFIDENCE/COMFORTの並びで、常に第一とされているのは「FUN」。ここは敢えて、MT-09SPにつけて欲しい、などと考えてしまった。
各社から次々と登場するオートマ機構だが、ヤマハはスポーツというアプローチでココに切り込み、確かな個性を発揮していると感じられた。そのファーストコンタクトは好印象であり、改めて公道試乗するのも楽しみである。
(試乗・文:ノア セレン、撮影:松川 忍)
■エンジン種類:水冷4ストローク直列3気筒DOHC4バルブ ■総排気量(ボア×ストローク):888cm3(78.0×62.0mm)■最出力:88kW(120PS)/10,000rpm ■最大トルク:93N-m(9.5kgf-m)/7,000 rpm ■全長×全幅×全高:2,090×820×1,145mm ■軸間距離:1,430mm ■シート髙:825mm ■車両重量:196kg ■燃料タンク容量:14L ■変速機形式:常時噛合式6段リターン ■タイヤサイズ前・後:120/70ZR 17M/C・180/55ZR 17M/C ■ブレーキ(前・後):油圧式ダブルディスク・油圧式シングルディスク ■車体色:ブルー、マットダークグレー ■メーカー希望小売価格(消費税込み):1,364,000円
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