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レース・イベント



●文:西村 章 ●写真:MotoGP.com/Pramac Racing/Yamaha/KTM/Ducati/Gresini Racing

 レースを観戦していた多くの人は、チェッカーフラッグの瞬間に深い満足感で思わず喝采を贈りたくなったのではないだろうか。第4戦スペインGPの決勝は、最高レベルのトップ争いがもたらす魅力とがぎゅうぎゅうに詰まった、濃密で緊迫感あふれる素晴らしいレースだった。

 なんといっても、戦いの舞台はあのヘレスである。シーズンの各会場はそれぞれに独特の雰囲気と昂揚感を持っているけれども、なかでもヘレスは最高の盛り上がりを見せるのは皆様もよくご存じのとおり。今年の観客動員数は公式発表で29万6741人。新記録、とも言われているが、内訳を見てみるとプレ・ウィークエンド(木曜および金曜)が 8万0074人、土曜が7万1989人、日曜が14万4678人。プレウィークエンド、としているのがちょっとな、と思わないでもないが、その2日間で8万人を集客しているのだからぐうの音も出ない。日曜単独の動員数だけでも、昨年の日本GP3日間(金曜~日曜:7万6125人)の約2倍である。

 グランプリの歴史を遡れば、現在のような週末スケジュールが定まるはるか以前に(統計的な信頼性はともかくとして)ザクセンリンクでは40万人を動員したとも言われているし、アッセンのレースがTTウィークと呼称されていた頃もとんでもない人数の人々が観戦に押し寄せていたそうなので、今回の入場者数をもって「新記録達成!」と言ってしまっていいのかどうかは検討の余地もあるけれども、それにしたって決勝レースに14万人の観客数というのはやはりヘレスならではの集客力である。

 その14万人、28万の瞳(といってしまうと壺井栄というよりはむしろヒロミゴーっぽい趣もありますが)が見届けた決勝レースで優勝を遂げたペコ・バニャイア(Ducati Lenovo Team)と2位のマルク・マルケス(Gresini Racing MotoGP/Ducati)、3位に入ったマルコ・ベツェッキ(Pertamina Enduro VR46 Racing Team/Ducati)は、この観客の熱狂についてそれぞれ以下のように述べている。

#第3戦 アメリカズGP
※以下、写真をクリックすると大きく、または違う写真を見ることができます。

「ヘレスは本当にスゴい。会場全体がそうだけれども、なかでも9コーナーと10コーナー(註:コース後半の右右と続くセクションで、観客が岩のりのように山肌にびっしりと貼り付いている区間)は息を呑むほど圧巻。レース前のサイティングラップでも、木の上に登っている人たちがいた。ああいう光景はなかなか他では見られるものじゃない。ムジェロも広くて観戦場所が多く、あれはあれですごいけれども、ここは9コーナーと10コーナーの盛り上がりが大きなモチベーションになる。本当に圧巻だし、だからこそヘレスでレースをするのが愉しい。全カレンダーで最も素晴らしい会場のひとつだと思う。ここでバトルをするのはいつも最高に気持ちが盛り上がる」(バニャイア)

「自分はスペイン人だけれども、それだからここが好きということではない。皆がここを大好きなんだ。午前6時半でも、9コーナーと10コーナーはすでに満杯になっている。友だちに『レースを満喫したいならどのGPに行けばいい?』と聞かれることがあるけど、いつも『ヘレスしかない』と即答する。『いや、ヨーロッパのどこかで……?』『ヘレス一択』という具合にね。最高の会場だし、街も会場も特別な雰囲気がある。スペインGPをとても誇りに思うし、ファンという観点では、自分にとってここがシーズン最高のレース」(マルケス)

「本当に魅力的な会場だ。この2年ほどで観客動員が戻ってきたこともうれしい。ここは常に多くの人々で溢れている。いつも満員になる会場のひとつが、ここ。スペインはモータースポーツの盛り上がりがものすごくて、いつもシーズン屈指のレースになるのは、コースが素晴らしいから。本当に素晴らしいコースで、雰囲気も最高。自分はスペイン人ではないけれども、スペインのレースは本当に愉しい。盛り上がりという点でいえば、トップスリーに入ることはまちがいない」(ベツェッキ)

#89
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 そんなふうに熱狂的な観客が会場を埋め尽くす最高の雰囲気で争われた今回の週末はというと、土曜午前がウェットセッションになり、この難しいコンディションでポールポジションを獲得したのはM・マルケス。前日金曜の囲み取材でも既に「マシンへの順応は完了。FP1でも走り出しからいきなり速いタイムで走れた」と述べており、それを結果であらわした恰好だ。2番グリッドはベツェッキ、3番手はランキングをリードするホルヘ・マルティン(Prima Pramac Racing)。

 午後のスプリントは、ドライコンディションながら視認しづらいウェットバッチが残る状況で、多くの選手が転倒。そんななか、一等賞でゴールしたのはマルティン、2位には北島マヤことペドロ・アコスタ(Red Bull GASGAS Tech3)。そして、3番手でゴールしたのはファビオ・クアルタラロ(Monster Energy Yamaha MotoGP)。この3人がレース後の表彰式でメダル授与の登壇を行ったのだが、タイヤ内圧規定の違反でクアルタラロがタイム加算のペナルティを受けたため、4番手でゴールしていたKTMのテストライダーで今回の週末にワイルドカード参戦したダニ・ペドロサ(Red Bull KTM Factory Racing)が繰り上がって3位という正式結果になった

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 ペドロサは昨年の当地でワイルドカード参戦した際にもスプリント6位、決勝7位と目覚ましい成績を残したが、表彰台に登壇するのは現役時代の2017年バレンシアGPで優勝を飾って以来。つい先ごろのような気もするが、数えてみればもはや7年前。なんとまあ。このときに生まれた子どもがすでに小学校に入学するくらいの時間が経っているわけだ。光陰矢のごとし。それにしても、現役引退後の彼がKTM陣営のテストライダーとして大きな貢献を果たしていることを思うと、なぜ彼を陣営にとどめておけなかったのかとホンダ陣営はいまさらながら臍を噛む思いでありましょう。まあ、彼が陣営を去ったことには、当然ながらそれなりの事情もあったのでしょうけれども。

 で、明けて日曜午後2時にスタートした全25周の決勝レースは、冒頭に記したとおりの順位。序盤は、前日のスプリントで優勝したマルティンがバニャイアを抑えてトップを走行し、速さに加えて強さやしたたかさも身につけてきたのだなあと思っていると11周目の6コーナーで転倒。ことほど左様にレースは何が起こるかわからない。

 これでバニャイアが単独トップに立ち、1秒ほど離れてベツェッキとマルケス、という順序になったわけだが、14周目にマルケスがベツェッキを抜いて2番手に浮上したあたりから、緊迫感が増しはじめた。

 ここから先の展開は、龍虎相搏つというか項羽と劉邦というかあるいはサンダ対ガイラというか、とにかくもうじつに圧巻の戦いでありましたね(とレースを観戦していた皆様とエールを分かち合いたい)。

#hyousyoudai

 マルケスは最速タイムを連発しながら、バニャイアにぐいぐい肉薄。ついに21周目にはピタリと背後につけ、やや強引なオーバーテイクで前へ。金曜に述べていた「順応期間は完了」という言葉をまさに証明する、全盛期そのもののバトルあんちゃんぶりである。この戦いを見て、2021年アラゴンの優勝争いを想起した人も多いだろう。たしかにあの戦いも熾烈で緊迫感に充ちたものだった。だが、当時のバニャイアはオーバーテイクされるとそのままずるずると追い下がりかねない危うさもまだどこかに残していた(その線の細さを払拭したのが、あのアラゴンのバトルだった、ということになるのでしょうが)。チャンピオンへの道をひたすら懸命に進んでいた当時と比べても、現在のバニャイアは2年連続王者の自信と技術に裏打ちされた風格というか貫禄というか、そんな揺るぎなさも漂わせながら、即座に反応してマルケスから前を奪い返す。これにはうなり声が出ましたよね。

 さらにはラスト3周となった23周目、レース中のファステストラップを更新する1分37秒449で、マルケスを引き離しにかかるところなどはまさしく、王者のプライドと意地の賜物というべきでありましょう。次の24周目は1分37秒768、最終ラップも1分37秒791。ちなみにバニャイアがラスト3周に記録したタイムは、このレース全25周で彼が記録したベスト3のラップタイムとなっている。マルケスとの苛烈なバトルを経て、最後になおそれだけのタイムを連発できる力を発揮して振り切ってしまう走りの凄味は、まさに王者の貫禄。

 一方のマルケスも、最終ラップにレース中の自己ベストとなる1分37秒637を記録しているのだが、バニャイアが最速をたたき出した23周目はじつは彼も僅差の1分37秒660というラップタイムだった。まさに異次元の戦いというべきか。いや、じつにスゴいレースを見せてもらいました。眼福眼福。

 レースを終えたバニャイアは、マルケスとの真っ向勝負を以下のように振り返っている。

「とてもいいバトルだった。スマートな戦いで、ああいう形で接触すると、イン側(を狙っていた)ほうがコントロールを失って(旋回方向と)反対側へ進んでしまう。マルクはスマートにバイクを少し引き起こしたし、自分もスマートにリーンアングルを維持できた。そうしていなければ、おそらく昨日(の転倒)と同じような結果になっていたと思う。今回はすべてが完璧で、マルクは2回目も狙ってきたけれども、こっちも彼を押さえきって最後の数周で引き離しにかかった」

#12
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 マルケスも、ドゥカティ初の表彰台であることに加え、優勝争いのバトルをできたという事実におおいに満足できたレースだったようだ。

「すごく愉しかった。週末を通じてとても愉しめた。自分が最速ライダーのひとりだったので、それがなによりうれしい。唯一の失敗があるとすれば、レース序盤5周で慎重に行きすぎたこと。でも、人間だからそういうこともある」

「このバイクでは、自分のライディングスタイルの強みがちょっと弱くなる部分があるように思う。でも、自分の弱みを強く引き上げてくれる部分もある。だから、月曜の事後テストは、レースの週末にできないことに取り組めるのでとても重要。バイクのバランスについてはまだ確認して理解しなければならないことがあるし、力を最大限に発揮するための手段もある。チームとドゥカティからのサポートはなにより心強い」

 マルケスのバイクは23年仕様なので、月曜の事後テストで新しいパーツ類が支給されることはないにしても、マシンの素性の良さとライダーの能力の双方が高い水準でマッチングしつつある現在、今後のレースでも今回のような、あるいは今回以上の高い戦闘力を発揮するであろうことは容易に想像できる。

 さて、今回の決勝レースをマルティンがノーポイントで終え、バニャイアが優勝したことにより、マルティン首位は動かないものの、ランキング2番手に浮上したバニャイアとのポイント差は17になっている。とはいっても、シーズンはある意味このヘレスから本格スタートしたようなもので、ここから先はまだ17戦もある。チャンピオン争いの行方など予見のしようもないし、二転三転どころか七転八起九混十迷くらいしそうである。というわけで、次戦はフランスGP、ロワール地方のル・マン、ブガッティサーキットであります。では、ごきげんよう。
(文:西村 章 ●写真:MotoGP.com/Pramac Racing/Yamaha/KTM/Ducati/Gresini Racing)

#hyousyoudai


#MotoGPでメシを喰う
【西村 章】
web Sportivaやmotorsport.com日本版、さらにはSLICK、motomatters.comなど海外誌にもMotoGP関連記事を寄稿する他、書籍やDVD字幕などの訳も手掛けるジャーナリスト。「第17回 小学館ノンフィクション大賞優秀賞」「2011年ミズノスポーツライター賞」優秀賞受賞。書き下ろしノンフィクション「再起せよースズキMotoGPの一七五二日」と「MotoGP 最速ライダーの肖像」、レーサーズ ノンフィクション第3巻となるインタビュー集「MotoGPでメシを喰う」、そして最新刊「スポーツウォッシング なぜ<勇気と感動>は利用されるのか」(集英社)は絶賛発売中!


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2024/04/29掲載