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●取材協力:本田技研工業 松江市 松江市観光振興公社

1964年、2ストロークが全盛だった中、あえて4ストロークエンジンのGB30で船外機ビジネスに参入したホンダ。環境性能が重視される今日では当たり前かもしれないが、経済最優先だった当時としては、常識外れともいえる本田宗一郎氏の哲学があった。GB30から60年、ホンダは松江市とともに次世代に向けた新たなる挑戦に踏み出した。

BE4
ホンダマリン事業部 福田蔵磨部長と松江市の講武副市長。ホンダは初の小型船舶向け電動推進機プロトタイプ(長いので以下「BE4」と勝手に命名。もちろん正式な型式ではなく、あくまで本誌が付けた仮称だが、Electricで4kWなのでホンダの命名法からすると意外と理に適っているかも?)を開発。8月から松江市で実証実験を開始した。

 島根県松江市の堀川遊覧船(約3.7kmを50分で遊覧 大人1500円)は、400年前の江戸時代の地図と見比べても、お堀の位置などほぼ変わっていないという松江城を囲むお堀(約3.7km)を約50分かけて巡る遊覧船。1997年から運航しており、春は桜並木、冬はこたつ船などを四季を楽しめ、低い橋の下をくぐるときは電動により屋根が下がるアトラクション的な楽しみもあることなど、2023年6月までの累計乗船者数は734万8千人に及び、2023年旅行新聞社が主催する第6回「プロが選ぶ水上観光船30選」第8位に入る人気の観光スポット。

 松江市は2023年4月脱炭素先行地域(環境省が選定した2050年に向けて、電力消費に伴うCO2排出実質ゼロや温室効果ガス排出削減を実施するモデル地域)に、5月にはSDGs未来都市(内閣府が選定するSDGs達成に取り組む30の都市)に選定されており、脱炭素化に取り組んでいるのだが、それ以前から堀川遊覧船の電動化による「カーボンニュートラル観光」を模索していた。そんなとき目にとまったのは2021年にホンダが発表した小型電動推進機コンセプトモデル。発表時にはコンセプトモデルの名が示すように、「2050年にホンダの関わるすべての製品と企業活動を通じてカーボンニュートラルを目指す」という目標に向けた、ホンダ船外機の最初の一歩ともいうべきもので、具体的な仕様は定まっていなかった。
 しかし、堀川遊覧船の運行主体である公益財団法人松江市観光振興公社からホンダがアプローチを受けたことにより、双方の思いが合致。日本最大級の船外機メーカーであるトーハツ(バイク乗りなら聞いたことがあるであろう、かつてバイクも生産していたあの東京発動機)との共同(トーハツはスクリューやシャフト部分などを担当)で、ホンダとしては初の小型船舶向け電動推進機プロトタイプを開発して、今年8月から堀川遊覧船での実証実験を開始するに至ったわけだ。
 現在堀川遊覧船で使用している船外機はガソリンのホンダBF9.9。これをすべてBE4に置き換えると、年間47トンの二酸化炭素の削減効果があり、さらに低振動、低騒音化、加速性、制動性、旋回性の向上に操作やメンテナンスの簡素化なども達成できるという、まさにいいことずくめ。今後は営業運航も含め、「レースは走る実験室」ならぬ「堀川に浮かぶ実験船」となり、実用化や商品化に向けて実証実験を重ねていく。実証実験期間は未定。一般の営業乗船はまだ実施していないが、こちらも検討しているそうだ。山陰方面は風光明媚で美味いものも多数、走りやすい道もあるツーリングスポットの穴場。お出かけの際の祭は堀川遊覧船でのんびり風にあたりつつ、現在は2隻あるBE4を探してみるのも一興かと。

 かつて船外機といえば、部品点数が少なくパワーを低コストで出しやすい2ストロークが主流で、排出ガスはスクリューの中央部から海中へ放出するのが当たり前であり、2ストロークは必然的に未燃焼のオイルが混じっていた。本田宗一郎氏は「水上を走るもの、水を汚すべからず」の信念で、クリーンな4ストロークエンジンを搭載したホンダ初の船外機GB30を開発し、1964年に発売を開始。以降4ストロークエンジン一筋で歩み、当時世界一厳しいと言われたボーデン湖規制(1993年)やCABF(カリフォルニア州大気資源局)2008年規制などを、早々とクリアする高い環境性能をリードし続けた。そしてホンダマリン60周年という大きな節目に、電動化へと大きく舵を切ったわけであるが、その根本にある「水上を走るもの、水を汚すべからず」の信念は大きな波でも揺らぐことはないだろう。

GB30
BE4
1964年、4ストロークエンジンのGB30(左)により船外機へ参入したホンダ。同一排気量なら2ストロークに比べ、コストや出力、重量では不利になるが、環境性能はもちろん、低振動、低騒音、低燃費など将来を見越したエンジンであった。GB30は4馬力の汎用エンジンG30にシャフトとスクリューを取り付けたような構造で、工具不要でエンジンを取り外すことが可能。電動のBE4と並べてみると、60年の進化がよくわかる。

電動推進機のコンセプトモデル
電動推進機のコンセプトモデル
2021年11月、ホンダの船外機世界生産累計200万台達成時に発表されたのが、電動推進機のコンセプトモデル。Honda Mobil Power Pack eの使用を前提としていたが、接続方法や出力などは未発表だった。ゴムボートに搭載された写真も発表されたのだが、素人目には「こんな積み方でバッテリーの防水は大丈夫か?」と思ったりもしたが、、そのあたりも実証実験にあたってもちろん解決済み。

BE4
堀川遊覧船は10〜12人乗りの小型船42隻(運行開始当初は15隻からスタートというから、いかに人気があるかが解る)にホンダの船外機BF9.9(4ストローク水冷2気筒SOHC2バルブ 222cc  9.9PS/5500rpm)を搭載。現在国内で販売されているホンダの船外機は船舶免許不要な2馬力のBF2からV6エンジン250馬力のBF250まで24機種をラインアップ。BFの型式はたいへんわかりやすく、Boat用のFour StrokeだからBFで、数字は馬力を示す。
BE4
BE4(手前)はBF9.9(奥)に比べて全高が約100mm低くなり、後方視界が良好になったこともメリットのひとつ。シャフトやスクリューなどはトーハツが開発したパーツを使用することで、コストの低減や開発のスピードアップを図っている。かつてのようになんでもかんでも自社開発という時代は終わり、時短やコスト低減は環境負荷の削減にも繋がっている。

ジャイロe
BE4
BE4が使用するモーターは三輪バイクのジャイロe:に搭載されているものと同じものだが、二輪車では急激なブレーキで安定性を損なう恐れがあるため装備されていない回生機能を追加。船外機への搭載で、もちろん防水性は万全に考慮されている。

Honda Mobil Power Pack e
Honda Mobil Power Pack e
二輪車用としてはベンリイe:などですでに実用化されている脱着式可搬バッテリーのHonda Mobil Power Pack eを横置きとして2つ直列で配置。1分以内での交換を想定して開発しているが、実際は20秒程度で交換可能とのこと。実証実験により取り扱いのしやすさなども検証されるだろう。堀川遊覧船は1日で最大8周するが、3セットあれば運航可能だそう。

BE4
BE4
スロットルの操作はバイクのようにひねるタイプでBF9.9と同様だが、リバースはBF9.9は別レバーを操作してニュートラルに戻してからだが、BE4Pならば手元のボタンでワンタッチ。BF9.9にはない液晶メーターにはスピード、出力、バッテリー残量を表示。赤いロープは非常停止スイッチにつながっていて、万一船頭さんが転落した時などはエンジンが自動停止するためのもの。法令で義務化されている。

BE4
BE4
BF9.9に比べてBE4Pは、振動が60パーセント、騒音は5db減少しているという。振動の60パーセントはともかく、わずか5dbと思うかもしれないが、静かな水辺を進む堀川遊覧船に乗って乗り比べてみると、BF9.9も想像していたよりもかなり静かで、細かい振動が感じられる程度ではあったが、大袈裟ではなく-5dbの効果は絶大。操船する船頭さんもBF9.9ではマイクを使って案内をしなければならないのだが、BE4Pでは不要。エンジンの振動をもろに受ける船頭さんへの効果はさらに大きいし、操作性も良好だそう。

高橋能大さん
BE4の4Kwを馬力換算すれば5.4馬力となり、現在使用中の9.9馬力よりアンダーパワーに感じるが、開発責任者の高橋能大さんの説明によると電動モーターは低回転時から最大トルクを発生できるため加速性能が高く、5km/hまでの加速は9.9馬力のガソリンエンジンと同等の3.6秒。また、船外機はスクリューを逆回転してブレーキ力とするのだが、回生機能(モーターを逆回転させることにより発電することでブレーキ力とする機能)を備えたモーターは、ガソリンエンジンよりも素早く強力な逆回転が可能なため制動距離も同等となる。さらに最小回転半径は、BF9.9の1.8mに対しBE4Pは船外機自体が小さく設計できるため1.1mとかなり小回りが効くようになったそうだ。
BE4
マリン事業部の商品責任者であるエグゼクティブチーフエンジニアの伊藤慶太さん。マリン事業ならではの販売方法や特殊性などたいへん興味深いお話をうかがったのだが、今回の実証実験とは関係ないので、残念ながら割愛。世の中まだまだ知らないことばかりと思い知らせました。

[Hondaパワープロダクツ事業のサイトへ]

2023/07/31掲載