真夏の祭典「2023 FIM世界耐久選手権 ”コカ·コーラ”鈴鹿8時間耐久ロードレース 第44回大会 」(鈴鹿8耐)がやって来る。昨年、新型コロナウィルスの影響で休止していた鈴鹿8耐が3年ぶりに開催された。だが、感染対策を行いながら制約の中での開催だった。今年は、そういった意味では、本来の鈴鹿8耐が帰って来るとファンの期待も大きい。
鈴鹿8耐に向けて6月と7月の上旬に2回の公開テストが行われた。この7月のテストで、注目を集めていたのが、昨年の優勝チーム#33「Team HRC」(Honda CBR1000RR-R FIREBLADE SP/BS)だ。近年の8耐は、3人体制で挑むが、全日本ST1000の高橋 巧、スーパーバイク世界選手権(WSBK)のチャビ・ビエルゲ、イケル・レクオーナに加え、HRC開発ライダーの長島哲太が参加した。
長島は4月の鈴鹿テストのケガをしており、全治6ケ月と診断され、鈴鹿8耐参戦は絶望的だと思われていたが「今年参戦出来るレースは鈴鹿8耐だけだと思うから、絶対に間に合わせたい」と言っていた。だが、ケガをした左足に負担をかけてはいけないため、トレーニングすることが難しかった。松葉杖を離せず安静が必要だった。その時を経て約2ケ月ぶりにマシンに跨った。
長島は「乗り出してすぐに5秒か6秒台を出して、ロングランもこなして、アッピールする」と語っていた。それが出来なければ8耐参戦が難しいことを知っていたからだ。だが、それは、簡単ではない。見守る者も、緊張の面持ちで長島を送り出した。
だが、皆の心配を吹き飛ばすように、すぐにリーダーボードのトップに長島の名が示され、2分6秒077を記録する。このタイムは2日間行われたテストのベストタイムとなった。ロングランもこなし、鈴鹿8耐ライダーとして準備が整っていることを示した。
「後はHRCが、どう判断するか、今は、待つことしかできない」
HRCには、MotoGPでケガをしたアッレクス・リンスの代役としてレクオーナの名が上がっており、長島が走れるのであれば、レクオーナをMotoGPに連れて行きたい思惑があった。HRC関係者は「ここまで、長島がアッピールしているのに、NOとは言えないでしょう」と語っていたが、長島を起用するかには、検証が必要と、テスト後は即答を避けていた。
レクオーナが代役を務めるニュースが流れ、長島が8耐参戦濃厚とみられていたが、やっと、長島の起用が発表された。チーム名も「Team HRC with 日本郵便」となったことと同時に、正式に長島の名が入り、高橋巧、ビエルゲの3人が参戦することが決まった。
今年は、カワサキワークスの参戦がなく、ホンダの優勝が固いと見られている。カワサキがいた昨年でさえ、圧倒的な勝利だったのだから、今年も間違えなく優勝候補の筆頭だ。昨年は長島、高橋、レクオーナのラインアップで、ホンダにとっては、8年ぶり28度目の8耐勝利を決めた。今年、高橋が勝てば、最多優勝記録を持つ宇川徹の5勝に並ぶ。高橋は「記録を気にしてプレッシャーになっても仕方がないので、いつものように勝つことだけを考えたい」と言う。長島はケガを乗り越えての参戦で連覇を狙う。昨年はリザーブライダーとして鈴鹿8耐にいたビエルゲは初の本戦に挑む。
Team HRC with Japan 以外のチームにとって「打倒ホンダ」が合言葉だが、現実的には2位狙い、表彰台獲得を目指す戦いとなりそうだ。市販キット車を駆るHonda勢(Honda CBR1000RR-R FIREBLADE)では、鈴鹿8耐優勝の実績のあるハルク・プロが母体の#73「SDG Honda Racing」は、全日本JSB1000の名越哲平、スペインスーパーバイク選手権の浦本修充、アジアロードレース選手権ASB1000の埜口遥希のコンビで上位を狙う。
鈴鹿8耐レジェンドの伊藤真一が監督を務める#17「Astemo Honda Dream SI Racing」は、全日本JSB1000の作本輝介、水野涼、ST1000V2チャンピオンの渡辺一馬で挑む。#104「TOHO Racing」は全日本JSB1000の清成 龍一、ST1000の國峰啄磨、榎戸育寛で挑む。鈴鹿8耐4勝の清成も勝てば、最多優勝記録に並ぶ。
SUZUKI GSX-R1000Rを駆るスズキ勢は、#76「AutoRace Ube Racing Team」が、スズキのMotoGP開発ライダーだった津田拓也、WSBKのハフィス・シャーリン、ブリティッシュスーパーバイク選手権のダン・リンフットのラインアップだ。昨年結成されたばかりの新チームで鈴鹿8耐は初挑戦だが、津田を中心に実力者を揃えた。津田は「表彰台を狙う」と語った。#95「S-PULSE DREAM RACING-ITEC」は渥美心、ジョシュ・ウォータース、マーセル・シュロッターで戦う。生形秀之が率いるチームだが、生形が開幕前のテストでケガを負い、参戦出来なくなったが、テストには元気な姿を見せチームを支える。
Kawasaki ZX-10R を駆るのは#3「KRP SANYOUKOUGYO&MATSUBA RS-ITOH」だ。同メーカー、同チームでの参戦では最多の27回目の挑戦となる。エースライダーは全日本JSB1000に参戦する52歳の柳川明、ST1000の中村竜也、中村修一郎と組んで「トップ10、シングルフィニッシュを目指す」と語る。
EWCフル参戦チームにとっては、鈴鹿8耐はシリーズ戦の1戦であり、ポイント争いも熾烈だ。年々EWCのレベルは上がり、鈴鹿8耐でトップ争いを繰り広げる可能性が大きくなっている。耐久スペシャリストのタフな走りにも期待が集まっている。
現在ランキングトップは、#7「YART YAMAHA OFFICIAL TEAM EWC」(YAMAHA YZF-R1)だ。ニッコロ・カネパ、マーヴィン・フリッツ、カレル・ハニカのラインアップで参戦、開幕戦ルマン24時間耐久2位、第2戦スパ・フランコシャン24時間耐久で14年ぶりの優勝を飾りランキングトップに躍り出た。
1ポイント差のランキング2位につけるのが、CBR1000RR-R FIREBLADEを駆る #1「F.C.C. TSR Honda France」(ジョシュ・フック、マイク・ディメリオ、アラン・テシェ)だ。昨年のチャンピオンチームのTSRは開幕戦優勝、2戦目2位でタイトルを争っている。EWCのポイント計算は、予選のPP獲得でもつき、24時間の経過順位でもポイント差が加算されるため、YARTと同じ順位でもポイント差が生まれているが、僅か1ポイント差なので、鈴鹿8耐の結果如何では逆転の可能性が高い。TSRにとって鈴鹿サーキットはホームコースであり、ファンに雄姿を見せるチャンスでもある。藤井正和監督は「シリーズ戦を考えた戦いにならざる得ないが、鈴鹿は特別の場所だ。全力を尽くす」と語る。
SUZUKI GSX-R1000Rを駆るのはヨシムラだ。鈴鹿8耐と言えば忘れてはならないのがヨシムラの存在だ。第一回大会からの参戦チームとして根強いファンが多い。ヨシムラはフランスの名門チームSERTとコラボして#12「Yoshimura SERT Motul」(グレッグ・ブラック、シルヴァン・ギュントーリ、エティエンヌ・マッソン)を結成、EWCフル参戦を開始して、デビューシーズンである2021年にルマン、ボルドールの2大24時間耐久を制してタイトルを獲得した。今季はトラブルや転倒とアンラッキーが重なり、現在ランキング4位。加藤陽平チームデイレクターは「鈴鹿で巻き返したい」と上位進出を狙う。
そして、今季大きな話題となったのはKawasaki Ninja ZX-10RR #11「Team Kawasaki Webike Trickstar」(ランディ・ド・プニエ、渡辺一樹、グレゴリー・ルブラン)の誕生だ。フランスカワサキチームを率いて来た名物監督のジル・スタフラ―が引退を表明、その後を鶴田竜二監督が引き継ぎ戦い始めた。2013年にオールジャパンのチームを率いてルマン24時間耐久に初参戦し、その後、フル参戦も果たすが、継続とはならず、EWCチームをサポートして来た鶴田監督が、本格的に世界チャンピオンを目標に動き出したのだ。現在ランキング6位だが、徐々に調子を上げている。
鶴田監督は「難しさと同時にやりがい、重圧といろいろな思いがありますが、多くの支援で成り立ったチームなので、声援に応えられるように全力で戦う」と誓っている。
EWCでタイトル争いを繰り広げる力のあるトップチーム日本人監督が3人も就任していることでも、日本のファンにとっては注目度が高まる。今では世界チャンピオンを巡る戦いも、鈴鹿8耐の見どころでもある。
鈴鹿8耐にはEWC:フォーミュラ EWCクラスと、より市販車に近いマシンで走るNST:National STOCK(ナショナルストック)クラス がある。EWCの戦いも熾烈だが、NSTの戦いも年々レベルが上がり注目を集めている。
これまでのように4メーカーのワークスチームがロードレース世界選手権やWSBKなどからトップライダーを呼び寄せ、バチバチとトップ争いを繰り広げた時代とは異なるが、見どころは増えているように思う。いつの時代も、この最大のバイクイベントで、己の力を示し、チャンスを掴もうと牙を剥くライダーたちの激しいバトルは健在だ。そして、魔物が住むと言われる戦いでは、何か起きるかわからない。大逆転のドラマが起きる可能性も否定できない。 また、暑い熱い真夏の祭典「鈴鹿8時間耐久」がやって来る。
(取材・文:佐藤洋美、写真:赤松 孝)