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2022年のホンダ陣営は、辛く厳しい戦いを強いられたシーズンになった。Repsol Honda Team(マルク・マルケス、ポル・エスパルガロ)とLCR Honda IDEMITSU(中上貴晶)、LCR Honda Castrol(アレックス・マルケス)の2チーム4ライダー体制で、表彰台獲得はエスパルガロの開幕戦3位、M・マルケスの第18戦2位、の2回のみ。また、コンストラクターズランキングは6メーカー中最下位、チームランキングでは全12チーム中9位と10位、という非常に厳しい結果になった。王座から陥落した2020年以降のここ数年で最も厳しかったであろうこの試練は、いったいどこに原因があったのか。そして、2023年の捲土重来に向けて彼らはどのような立て直しを図っているのか。HRCレース運営室長の桒田哲宏氏と2022年RC213V開発責任者山口洋正氏に、じっくりと話を訊いた。
●インタビュー・文:西村 章 ●取材協力:本田技研工業 https://www.honda.co.jp/motor/

―昨年の今ごろ、2021年を振り返ったシーズンプレビューの際に桒田さんは「三冠奪取」を2022年の目標として掲げていたと思います。2022年が終わってみると、陣営全体での表彰台獲得は2回、とかつてないほど厳しいシーズン結果になりました。ここまで苦戦を強いられた原因はどこにあったんですか?


桒田:2021年シーズンは新型コロナウイルス感染症が世界中に蔓延した影響でエンジンのアップデートがなく、その前年(2020年)と同じ仕様でした。2022年は2年ぶりのアップデートだったので、エンジンを含めてバイク全体の性能をしっかりと上げていくにあたり、新たなコンセプトでマシンづくりを進めていきました。開幕前のウィンターテストから開幕戦の時期までは、自分たちが狙っていた性能を引き出せていると思っていたのですが、やがてヨーロッパを転戦しはじめる時期になると、自分たちでは良くなったと思っていた長所をじつは安定して発揮できない、ということが明らかになってきました。

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今回、お話を伺った株式会社ホンダ・レーシングのお二人、(右より)取締役 レース運営室長の桒田哲宏氏、開発室 RC213V 22YM開発責任者の山口洋正氏。
※以下、写真をクリックすると大きく、または違う写真を見ることができます。

2022年に勝てなかったのはいろんな要素が影響しているのですが、我々のマシンの長所をしっかり発揮できず、その原因を自分たちで充分に把握しきれなかった、ということがひとつの大きな理由です。たとえば、新しいアイテムを投入すること等で性能改善を狙ってきたわけですが、結果的に言えば、「様々なことがらに早く対応したい」という自分たちの思いが強すぎるあまり、アイテム類の評価や解析も含めて迷路に迷いこみ、悩んでしまった感がありました。マルクの欠場がホンダ陣営全体の成績にある程度の影響があったのは確かに事実ですが、彼がレースから離れていても他のライダーたちできっちりと高い結果を出していく、ということを本来の目標として、我々はレースに取り組んできました。それを達成できなかったのは、2022年のバイクが新しいコンセプトだったにもかかわらず、2021年までのノウハウを下敷きにしてしまったためにうまくマッチしなかったからで、2022年型マシンの性能を存分に出しきることができずにあのような結果になってしまった、というのが偽らざる実情です。

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―マシンの性能はあったのにそれを引き出せなかったのか、あるいは絶対的な何かが足りなかったのか、それともシーズンを戦っていく中で相対的に競争相手のほうが上だったということなのか、どうなんでしょう。

桒田:それらすべてを含めたものが「ポテンシャル」なんだと思います。そういう意味で言えば成績が明らかな答えなので、トータルのポテンシャルが我々には足りなかった、ということです。ただ、マシンにはいいところと悪いところがあって、悪いところを改善するように取り組んできたのですが、いいところも維持できなかったのは悔しいながらも事実です。過去を例に挙げると、2019年頃までの我々は、ブレーキングや旋回性が大きな強みでした。この長所はどのサーキットに行ってもあまり変わらず、性能をうまく使えていたんですが、2022年はリアグリップを上げていくことを狙いのひとつにしてマシン作りを進め、ライダーがよりラクに操縦できるバイクに仕上げていくこと目標にしていました。このリアグリップ向上は、いいコースとダメなコースのギャップが大きく、その安定しないところを最後まで解決できませんでした。ポテンシャルを存分に使いきるマシンにできなかったことも大きな問題だし、それを扱う側がちゃんと扱いきれなかったことも大きな問題でした。

―扱う側、というのは……?

桒田:現場でマシンをセットアップしていく側です。現場はセットアップだけが仕事ではなくて、開発側ともリンクしながら作業を進めています。そこで少し迷走状態になってしまい、「あるサーキットではいいけれども別のサーキットに行くとダメ」といったことが起きていて、その原因をうまく突き止められませんでした。その軌道修正を図っていたのですが、ハードウェアも含めて充分に対応できませんでした。ただ、我々のバイクが話にならないぐらい遅かったのかというと、本当にそうであれば多分、フロントローも獲得できず表彰台に登壇することもなかったでしょう。そこでパフォーマンスを発揮できたのはライダーたちのがんばりによる結果なのですが、彼らの能力を発揮しやすいマシンになっていなかったことは、事実だったと思います。

―それは、レースのマネージメントやウィークのアプローチ等に起因する問題ですか。

桒田:そういったところも含めて、です。我々のマシンの、たとえばスイートスポットが狭いのであれば、それをしっかり把握できていなかった。だからこんな結果になっているわけで、スイートスポットはすごく狭かった印象がありますね。

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―2022年のバイクのバランスは、開発責任者の山口さんからご覧になってどうだったんですか。

山口:今までの正常進化に対して、近年はレース環境的に(車高調整や空力デバイスなどの)デバイス競争的な面もあるので、それをキャッチアップしながらマシン全体のバランスをまとめていく作業をしてきました。限界に挑戦し続けながらパフォーマンスを発揮していかなければならないので、そうやってアプローチしてきたんですが、レースウィークによってパフォーマンスが予想以上に変わってしまうと、その時点では原因を究明しきれないんです。ただ、パフォーマンスに大きな違いがあるという事実を見て、その結果、こういうところが影響してるのだろうという〈気づき〉はあったんですが、高いレベルへマシンを持っていこうと努力したときに、先ほどからキーワードになっている「安定的な性能の維持」をマシンからのアプローチとして充分にやりきれなかった、という思いはありました。

―今、〈気づき〉という言葉がありましたが、「この方向じゃなさそうだな」「こうしたほうが良いのかな」と思ったときに、データを解析して即座に次のセッションやレースに活かす、という形にはなっていなかった、ということですか?

桒田:それができていればセッションごとにきっと成績は良くなってきますし、多分、レースごとに成績も向上していったのでしょう。だから、やはりツボのようなものを摑みきれていなかったのは間違いないと思います。いろんなアイテムを評価していくにあたっても、評価のしかたやその評価結果の刈り取りかたも含めて、我々に課題があるのではないのか、ということが、2022年シーズンが進むにつれてわかってきました。

バイクのコンセプトを変える前は、それまでの経験やノウハウ等で対応できた領域も多かったと思うのですが、そこをガラッと大きく変えたことにより、過去のノウハウをベースに開発やセッティングを進めてしまったことで、どの方向に行けばよいのかがちょっとわからなくなってしまいました。「過去の経験からいくとこうだね」「データでそういう兆候が見えていますね」ということに基づいて実際にやってみると、狙っていた結果がまったく出てこない。そして、その課題を解決するソリューションを見いだせなかった。そうなってしまったのは、やはり、このバイクの「キモ」を我々が捉えきれていなかったからだと思います。

本来であれば、強いところを活かしつつ弱い部分を改善していくのですが、強いところが良かったり悪かったりしている状態で弱い部分を上げようとすると、当然、強いところにも影響は出てきます。たとえば、スイートスポットがすごく狭くて、いい時とそうではない時のギャップが大きい場合、リアのグリップが良くなって旋回性も良くするように変えたら今度はリアグリップが下がってしまったら、その場では強みの部分が減ってしまったようにも見えます。しかし、元々のスイートスポットが狭かったのであれば、ただそこに入ってなかっただけではないのか、という可能性も、もしかしたらあったのかもしれないんです。

我々の焦りもあって一事が万事そういうことになってしまい、地に足をつけてしっかりとバイクをまとめ、開発アイテムと方向性を決めていくことができなかった、ということが2022年の大きな反省です。

―〈スイートスポット〉という表現がありましたが、軌道修正や方向性を探る作業をもっとスピードアップしていくことが今後は求められる、ということですか?

桒田:自分たちがやっていることを活かすためにも、そこはもっとできるようにならなければいけない、と考えています。各競争相手との差が狭くなってきているのは事実だと思うんですよ。ごく小さな違いが大きな結果の差を生む、今はそういう状況です。だとすると、小さなところも含めて把握してしっかりと自分たちの手の内に入れていくためには、今まで話してきた解析や評価、そしてその受け取りかたも、我々のメンタリティやアプローチを変えて進めないと、この先の技術競争では戦っていけなくなるでしょう。それをしっかり進めていかなければならない。ここが我々には足りていないということは2022年に大きく学んだので、2023年とそれ以降のHRCのためにも改善を進めなければならない事項のひとつだと考えています。

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―アプローチを変える、ということについて言えば、2022年のミザノテストではKalex製スイングアームを試し、実戦でもさっそくマルク・マルケス選手に支給しました。スイングアームのような大物パーツをアウトソースするような形で使用するのは、ホンダには珍しいことではないかと思って見ていたのですが。

山口:そんなことはないと思いますよ。一緒に協議しながら作ってもらった部品を使うことで、先ほど述べたような、我々には見えていなかった〈気づき〉がきっとあると思うんですね。実際に〈気づき〉はありましたよ。そしてそこから学ぶことで我々が作るモノのレベルを上げてゆく、というようなアプローチは、おそらくどのメーカーさんにもあることだと思います。スイングアームという大きなパーツなので、ちょっと目立ったのかもしれません。

桒田:簡単に言えば、ホンダは当然、自分でも様々なモノを作っているのですが、当然ながらサプライヤーさんも存在しています。新しいものを作っていくときには、たとえばパーツ製作のリードタイムは開発の大きなキーポイントになるので、我々も一緒に仕事をしてくれる新しいサプライヤーさんを常に開拓していかなければならないのですよ。だから、それが技術的なアウトソーシングに見えているのかもしれませんね。我々としても、いろんなサプライヤーさんとお付き合いしていくと新たなノウハウや知見を得ることができます。たとえば、今年からのマフラーはアクラポビッチさんですが、彼らといっしょに仕事をしていく中で、やはりたくさんの〈気づき〉があります。サプライヤーさんと一緒に開発作業をすることはメリットだと我々は考えているので、別にさほど珍しい話ではないし、どのカテゴリーでもやっていることではありますよ。

―いずれにせよ、Kalex製スイングアームは今年も継続していく方向なんですか?

桒田:方向、というと?

―Kalexがスイングアームを作って、ホンダがそれを使っていく。

桒田:そのやり方を昨年築き上げたので、簡単に捨てる必要はないと思っています。ひとつのオプションとして存在していくでしょうし、それ以外のものが出てくる可能性ももちろんいっぱいあります。

―それ以外、というのは今までどおりの自社製スイングアーム、ということ?

桒田:自社といっても、たとえば我々が使ってきたカーボンスイングアームは、別にホンダの中だけで作っているわけではないんですよ。あの製作には専門的な知見が必要で、そういう意味で言えばホンダとサプライヤーさんのノウハウで良いものを作り上げていく、という方法を取っています。だから、我々にしてみればそれとKalexの件はあまり変わらないんですよ、感覚的に。他にもサプライヤーさんたちと協力してやっていることはたくさんあって、そういったところはたまたま名前が(表面的に)出ていないだけかもしれません。

―大きな注目といえば、スズキから河内健さんがテクニカルマネージャーでHRCに参加したことは世界的な話題になりました。HRCの技術トップのポジションに、ライバル企業でテクニカルマネージャーだった人物が就任するのは非常に珍しい例ではないかと思います。ホンダが外部からテクニカルマネージャーをリクルートしたことは、過去にもなかったのではないですか?

桒田:テクニカルマネージャー、というポジションがずっとあったわけでもないですからね。このポジションは、国分(信一:HRC開発室室長)さんが就いたおそらく2011年頃からではないかと思います。現場で技術をまとめる責任者と日本で開発技術をまとめる責任者で、それぞれ分担して技術を見ましょう、ということで進めています。去年までテクニカルマネージャーだった横山(健男)は、LPL(Large Project Leader:開発総責任者)ではなく、現場の技術責任者として仕事をしてきました。横山も長い間(現場技術責任者として)現場で仕事をしてもらっていました。そのため「その経験を活かし、将来のHRCを担う人材を育て、HRCの体力を上げてもらいたい」と思いそのタイミングを常に探していました。そんな中でこのような選択肢が出てきて、「現場側技術責任者として任せられる人に、そのポジションに就いてもらった」ということです。(外部からテクニカルマネージャーを招くのは)珍しいといえば珍しいのかもしれませんが、これは「現場とHRC本体の組織体制を将来も見据え、勝つためにはどうするべきか」と我々が考えたうえでの結論で、そのタイミングが今回だった、というわけです。

―それにしても、どうして河内さんだったんですか?

桒田:それは、いま私がお答えする必要があるのかな、という気もするんですけど(笑)。お互いに話をして、目標がきちんとマッチしたからだと思います。

―スズキからやってきた河内さんにはホンダのやり方になじんでもらうことになるのですか。あるいは、スズキのいいところやノウハウをホンダが取り入れて、吸収していくんでしょうか?

桒田:新たな技術者に来てもらうということは、我々にとって新たな考え方や新しいアプローチ、新しい風、そういったものを取り入れるという目的も当然あります。それはヨーロッパのエンジニアを獲得する場合でも同じですよね。私自身のことを振り返ってみても、四輪のレースから二輪のレースにやってきた人間なので、全く別のところからHRCに参加したという点ではある意味で同じです。外からの風や新しいノウハウは、ホンダとHRCの進歩につながるいい刺激になるので、そういうものは必要ですよ。今の時代は外を見なければいけないし、自分たちを進歩させていくためには、新たな知見を取り入れるのはすごく重要なことなので、河内さんに「これがホンダのやりかたなので従ってください」などと言うつもりはまったくありません。

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―話題が変わりますが、ここ10年のMotoGPの技術トレンドは、ドゥカティが何か新しいことをはじめて他の皆がそれに追随する、という流れに見えます。フロントまわりのウィングレットがエアロパーツに変化し、ホールショットデバイスやリアの車高調整機構、シートカウルの羽根等々、皆がドゥカティに追随するばかりで、なぜ新しい技術がホンダをはじめとする日本のメーカーからは出てこないのでしょうか。かつては挟角75.5°の独創的なV5エンジンを作りだし、あるいは誰よりも先んじてシームレスギアに先鞭をつけたホンダから、近年はライバル陣営を凌駕する技術が出てこない様子は、見ていて歯がゆく感じます。

桒田:我々だって歯がゆいですよ。外から見えてハッキリとわかるものをやっているのかと問われると、たしかにやっていない様に見えるかもしれません。では、我々がまったく何もやっていないのかといえば、けっしてそうではありません。小さなことも含めて、新たな技術には常に挑戦しています。ただ、性能に大きな影響があるところでドゥカティに先を越されているのは、残念ながら事実だとも思っています。

我々としては、新しい技術や発見をするためにレースをしているという側面もあります。その点で、今は追いかける立場でなかなか新しいことに手をつける余裕を持てず、どうしても後手後手に回ってしまう現状なので、本当に悔しい思いをしています。この流れはやはり変えていかなければならないし、我々自身が本当に「これが必要だ!」と考えるものに早く着手して、レースでもそれを使えるようにしたい、というのが本音です。レースで早くから使うことができれば、その分がアドバンテージになるわけですから。そういうところへ踏み込んで、後追い状態の現状を変えていくことも、我々がやらなければならない大きな課題です。

そのためには、まずは高い戦闘力を確保すること。それが新しい技術を生む土壌になると思うんですよ。常に優勝争いをしていればチャンピオンも近づくし、そうなれば気持ちの余裕も含めて技術者はいろんな選択肢を考えることができる。しかし、今のように追いかけている状態だと、まず追いつくことが最優先になってしまう。ですから、この現状をあるべき状態までしっかりと戻して、そのうえで様々なものを取り込みながら新しい技術に取り組んでいける環境にすることが重要だと思います。

―では、時間も迫ってきたので、4名のライダーとともに巻き返しを図るための2023年シーズンに向けた展望を聞かせてください。

山口:2022年は劇的に変えたことで、自分たちがわかってなかったことを学べた年でした。その学びを受けてしっかりとしたアプローチを行い、勝てるバイクに作り上げて4名のライダーたちがトップグループで戦っていけるシーズンにする、それが今年の目標だと考えています。そこに向けて、HRC一丸となって戦っていきます。

桒田:2023年はライダーラインアップのうち、ふたりが変わりました。2022年のラインアップもそれぞれがスピードと強さを備え、良い成績を出せるライダーたちだったのですが、それを高いリザルトに結びつけることができませんでした。今年のラインアップも、実績とスピードを兼ね備えたライダーたちです。山口からも話があったとおり、今の我々はどん底です。でも、そんなどん底状態だからこそできることもあるはずです。2023年に飛躍するだけではなく、これから3年、5年、そしてその先もずっと自分たちがチャンピオンシップを争っていくために、その過程のひとつとしてこれからの一年間をしっかりと戦っていきます。チャンピオン獲得と三冠奪取、という目標は今年も変わりません。それを4人のライダーたちとともに成し遂げるべく、2022年の反省と学びという機会を活用し、これからのシーズンをしっかりと戦ってゆきます。

(インタビュー・文:西村 章、取材協力:本田技研工業)

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【西村 章】
web Sportivaやmotorsport.com日本版、さらにはSLICK、motomatters.comなど海外誌にもMotoGP関連記事を寄稿する他、書籍やDVD字幕などの訳も手掛けるジャーナリスト。「第17回 小学館ノンフィクション大賞優秀賞」「2011年ミズノスポーツライター賞」優秀賞受賞。書き下ろしノンフィクション「再起せよースズキMotoGPの一七五二日」と最新刊「MotoGP 最速ライダーの肖像」は絶賛発売中!

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2023/02/01掲載