エンジンがステキ……!
テスト車を受け取る時、スズキの担当者に尋ねてみた。2機種あるSV650 ABSシリーズにおけるこのSV650X ABSの人気度が気になっていたから。だって、2台並んだら自分なら間違いなくXを選ぶと思ったからだ。
「台数的に見ると売れているのはSV650 ABSの方です。比率でいえば8割以上ですかね……」
つまり、SV650X ABSはあまり売れ線ではない、ということだ。ちょっと驚いた。小さいメーターバイザー、セパレートハンドル、タックロールのブラウン表皮のシートといった全体に目を引くパーツが装着されているだけではない。フロントのマスターシリンダーやブラックサテンで仕上げたステップ、ペダル周り、マフラーのヒートシールドなどもX専用にチョイスされたパーツ、カラーで仕立てている。グラススパークルブラックという塗色と絶妙な色調のフレームの組合せもそうだ(同じ組合せがSV650にもあるが、ダーク系のパーツ使いで引き締まって見えるのは650Xの方だと思う)。
確かにセパハンを使ったライディングポジションはアップライトではない。しかし、レプリカ系にみる高く後退したステップ位置ではないので、上半身を腕のみで支えるような印象はない(これは身長、バイク経験などで印象は異なる場合があると思う)。パイプハンドルのSV650と比較すると前傾度合いが強いのは間違いないのだが。
あえてツッコめば、セパハン車の泣き所、ハンドル切れ角が少なめなところは確かに感じた。最小回転半径でみたらSV650 ABSが3m、SV650X ABSのそれは3.3mと大きくなる。これは軽トラ随一の最小回転半径を誇るスズキのキャリイとも30㎝(3.6m)しか変わらない。Uターンをする時、一気にバイクをペタンと寝かせたら意外に小回りは効く。しかしそれを忘れ油断していると「あれれ! 回れない」ということになる。
これはガレージ内などバイクを押しての取り回しでも同様で、小回り性能だけは大味な印象だ。
とは言え、走り出してみるとカフェカスタム的なムードを楽しさの決め手としてセパハンは重要な機能を果たしている。低速時の小回り、Uターン、取り回し以外、ネガはなかったしその性質を熟知すれば不便もないだろう。
むしろ、扱いやすいフレンドリーさはどうだ。その源泉となるのがエンジン特性だ。新しい環境規制に適合してトップエンドパワーこそ76馬力から72馬力へと低下したが、トルク特性はマイルドに力強さを引き出せる。つまり、ガツガツではなく滑らかさがあり、アクセル開度に素直に力を取り出せるのだ。特に3000rpmも回さずに走る裏路地を走るような場面では実用的な特性が嬉しい。
発進時、クラッチミートをする瞬間、アイドリング回転を自動的に上昇させるアシスト機能も前モデルより自然な感じになった。クラッチを握り1速に入れクラッチを放し始めた段階でモワンとアイドリング回転が上がるのは同じだが、その上げ幅が必要にして充分範囲でミニマムになった。他のバイクでもユーロ4基準とユーロ5基準でこの機能がマイルドになったりなくなったモデルもあるので、排出ガステストで少しでもガスの成分をセーブしよう、というところなのだろうか。とにかく、不安なくスタートできることはありがたい。
大通りに出て加速する。トルク感とVツインエンジンらしい鼓動感。それでいてガツガツこない滑らかさ。チェンジペダルのシフトストロークもパキっと短いワケではないが、クランクマスとシフト、クラッチのタイミングと絶妙に合っているのが伝わってくる。このエンジンは1999年の登場からヨーロッパで大人気となったいわば名機。それを磨き続けて20年以上だから最新が最良と言えるのだろう。
がっつり、ワインディングのファンバイクだ!
1時間ほど走ると、シートフォームのストローク感の少なさが気になってきた。シッティング位置による個人差もあると思うが、僕の身長だと着座位置のフォームが薄く感じてお尻が痛くなった。しかし、これも外観スタイルを補強する大事なパーツ。お尻痛いけど、厚手の座布団になっては本末転倒。座る位置を変えたり工夫を凝らせば乗り切れる! ハズ。
しかし、これがワインディングの走りを楽しむとすっかり形勢は逆転することに。
気持ち良いカーブとアップダウンが続く道。SV650X ABSでツーリングを楽しんでいて気持ちがたかまってくる。昂ぶり、ではなくたかまり。こんな場面でスポーツ度合いの強いバイクほど「開放感」がペースの上昇につながってくる。SV650X ABSはワインディングを流しているだけでその楽しさを満喫できた。ハンドリングは素直。立ち上がり加速は4速か5速と高めのギアでもトルク感を享受できるから満足感あり。ブレーキは前後を軽く当てる程度。ライディングポジションも気分を上げてくれるアイテムだ。とにかくリズムを掴んで走り続けられる。
少しペースを上げてみるとスポーツバイクらしい一面を見つけるのに時間は掛からなかった。伸びのある加速感、尖ってはいないがエンジンはトップエンドまで直線的かつ解りやすいトルク特性がいい。5000rpmあたりから回すと伸びやかさの先に力強さがみなぎってくる。これが楽しい。ハンドリングはさらに一体感が増す。この表現が難しいのだが、シャープすぎないほどよい手応えがいい。
ロードスマート3というスポーツツーリングタイヤが生み出すバランスの良い旋回性と安心感を堪能できる。シート、ステップ、そしてXのセパハンが生むポジションがここにきて見事に調和した。
細身で安定感ある車体に身を預け走る時、このSV650X ABSがただのキャラ物ではないことが解る。ブレーキもこうした場面では制動力を生み出すプロセスにマッチングが注意深く取られていることが解った。しっかりと制動力を、タッチやフロントフォークの受け止め方、タイヤの接地感、グリップ感など、ライダーに必要な情報と状況を見事に作りやすい設定だからだ。減速からの車体をスムーズにリーンさせ始める時の動き等々、このバイクに乗るライダーの動きと感性をしっかりとコネクトしてくれている。
つまり、楽しい時間、走ることで贅沢な気分をしっかりと味わえたということ。これが一番大切な瞬間だと思った。
SV650X ABSは20年以上煮つめてきたVツインエンジン、トラスフレームが醸すレイアウトと外観。このパッケージは良い意味で2022年の今日、オールドスクールさをにじませ始めている。唯一無二となった国産Vツインロードスポーツ。内燃機関、ICE(インターナル・コンバッション・エンジン=内燃エンジン)を新車でたしなむ時間的猶予が少なくなってきた今、経験しておきたい一台かも。そう思ったテストだった。
(試乗・文:松井 勉)
■エンジン種類:水冷4ストローク90度V2気筒DOHC4バルブ ■排気量:645cm3■ボア×ストローク:81.0×62.6mm ■圧縮比:11.2 ■最高出力:53kW(72PS)/8,500rpm ■最大トルク:63N・m(6.4kgf-m)/6,800rpm ■全長×全幅×全高:2,140×730[760]×1,090mm ■ホイールベース:1,450mm ■シート高:790[785]mm ■車両重量:199kg ■燃料タンク容量:14リットル ■変速機形式:常時噛合式6段リターン■タイヤ(前・後):120/70ZR17MC・160/60ZR17MC ■ブレーキ(前・後):油圧ダブルディスク(ABS)・油圧式シングルディスク(ABS) ■懸架方式(前・後):テレスコピック式・スイングアーム式 ■車体色:グラススパークルブラック[グラススパークルブラック、グラススパークルブラック×ブリリアントホワイト、マットブラックメタリックNo.2] ■メーカー希望小売価格(消費税10%込み):847,000円[803,000円] ※[ ]はSV650 ABS
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