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レース・イベント

■インタビュー・文:パオロ・イアニエリ  ■翻訳:西村 章 ■写真:Ducati
 何よりも彼自身がまず、ドゥカティファンである。ボローニャの中心から数キロ離れたボルゴ・パニガーレのこの企業を率いるクラウディオ・ドメニカリは、満足そうな表情で昨シーズンを振り返った。なにしろ2021年は、ドゥカティにとって最高の一年だった。ライダーズタイトルこそヤマハのファビオ・クアルタラロに奪われたが、それ以外はすべて手中に収めたのだ。コンストラクターズタイトル、チームタイトル、そして、インディペンデントチーム部門でもドゥカティ陣営のPramac Racingが制した。最終戦バレンシアGPのドゥカティ表彰台独占は、彼らの勢いをまさに象徴する出来事だったのだ。

「最高の形でシーズンを締めくくれました。後悔はひとつもありません。それに、終わったことを悔やんでみてもしようがないですからね」

ドゥカティ・ホールディングスのCEOはそう言って話を切り出した。

*   *   *   *   *

「我々のような企業にとって、最も重要な目標は市販モデルに使用できる技術を開発することです。その意味では、パニガーレは我々の製品の中で最もレースバイクに近いモデルといえます。これを一台、ホルヘ・マルティン選手に贈呈したときには、驚いた人も少なからずいたようですね。我々は、自分たちのバイクが最高のスポーツバイクであると自負していますし、さらに改良を進めています。MotoGPの世界では、参戦するすべての企業がチャンピオンシップの勝利を目指しています。ライダーズチャンピオンシップは最も名誉のあるタイトルですが、2021年はファビオ・クアルタラロ選手が王座に就きました。シーズンを通じて誰よりも高い水準の走りと安定性を披露していたので、当然の結果と言えるでしょう。タイトルを決めた後のレース以外では、ミスもほとんどありませんでした。
クラウディオ・ドメニカリ
クラウディオ・ドメニカリ(ドゥカティ・ホールディングスCEO)
※以下、写真をクリックすると大きく、または違う写真を見ることができます。

 メーカーの立場から言えば、最終戦の予選で我々はフロントローを独占し、決勝レースでも表彰台を独占しました。これはドゥカティとして初めての快挙でした。その後に行われたヘレステストでも2022年に向けた様々なマテリアルを試しましたが、ここでもトップタイムを記録することができました。テストはあくまで参考程度にしかならない、という見方もありますが、未来を示唆する物差しでもあります。現状での実力の尺度となっているのと同様に、ヘレスの結果は将来に向けた力強い尺度であるといえます。ペコ(・バニャイア)は惜しいチャンスを逃したこともあったし、ミスもありました。タイヤ選択を誤ったこともありました。にもかかわらず、2021年のペコは非常に素晴らしいシーズンを過ごし、大活躍してくれました。ジジ・ダッリーニャと私は、いつも年末にそのシーズンを振り返るミーティングを持つのですが、2021年が最高のシーズンだったというのは我々の一致した見解です」

クラウディオ・ドメニカリ
クラウディオ・ドメニカリ

―バレンティーノ・ロッシ氏が引退した今、イタリアの二輪界はドゥカティとドゥカティライダーたちの双肩にかかっているといえます。なかでも、バニャイア選手とバスティアニーニ選手への期待は大きいでしょう。ドメニカリさんご自身は、自分の両肩にかかる期待の重さを感じていますか?

「そうですね。バレンティーノは才能と強靱な意志、そして数々の記録やリザルト、魅力的な人柄を備えた唯一無二の存在です。驚くべき長期間の現役活動も特筆すべきですね。一方で、我々のブランドは10年前よりも大きく進歩を遂げています。スポーツ面でもさることながら、技術力においてまさにイタリアの代名詞的存在だと自負しています。F1におけるフェラーリのような存在に近い、と言わせていただいてもいいでしょうか」

―ロッシ氏がドゥカティで過ごした2年間は、双方にとってあまり実りの多いものではなかったようですが、もっといい成績を残せていたはずだと思いますか?

「今のドゥカティは、彼が在籍していた時代とは違います。したがって、『現在のバイクならばもっと良好な成績を残せていただろう』というものが私の回答になるでしょうか」

―ロッシ氏はドゥカティのテストをする可能性がありますか? あるいは彼は今後もヤマハと親密な関係が続くのでしょうか?

「それはジジが対応することです。我々は、なにひとつ後悔をしていません。あの時代は、まだお互いにとって機が熟していなかったということなのでしょう。当時のバイクはストーナー氏の期待に沿うような格好で出来上がっていきました。ストーナー氏が乗れば非常に高い性能を発揮しましたが、もっとバランスの取れた挙動を求める選手たちには扱いづらかったようです」

―バニャイア選手は強いキャラクターですね。意志も強靱です。

「ペコは非常に良い形でシーズンを終えました。後半戦では最も強かった選手でしたね。MotoGPのトップクラスになるまで少々の時間がかかりましたが、アラゴンGP以降はスイッチが入ったように完璧なレース運びでした。アラゴン以前のレースでも、いつ優勝してもおかしくなかったのですが、様々な事情から勝つことはできませんでした。とても穏やかで優しい若者ですが、ピットに入ると一気に集中力を高めます。彼の目を見ると、まるで別人のようですよ」

クラウディオ・ドメニカリ

―ジャック・ミラー選手がこんなことを言っていましたよ、「ドゥカティが発明すると、よそが皆マネするんだ」って。

「ジジはドゥカティのレースを、じつに優雅で、しかもいかにも我々らしいやり方で展開してくれています。我々がレースをするのは技術開発のためです。MotoGPでも量産車でも、最初にウィングを採用したのは我々です。ライディングとデザインの美しさの両面で心から愉しめるものを提供するために、我々は技術開発面で常にフロントランナーでありたい、と考えています。それを実現するためには、レースが最高の実験室です。2022年に向けて、我々は非常に優美で面白いモノの準備を既に進めていますよ。我々にほんの少しの度胸があります。そして、その気になれば、ほんの少しの技術もあるのです。ドゥカティコルセのアプローチは非常に科学的で、誇るべきものだと考えています。パフォーマンスとデザインの両立は、我々が最も関心を持っているところです。それを追究することによって、知識や専門的能力、ノウハウなどを蓄積していけるのですから。

 今日では、ライダーたちも我々の新技術に対して非常に前向きに取り組んでくれています。新技術を導入したときには、順応に時間を要するため、速さを発揮できないことがままあります。だからといってそこで新しいものを捨ててしまうと、使いこなす前に良いモノを捨ててしまうことになります。かつての我々は、偏った考え方の選手たちもいたために苦戦を強いられました。しかし、必要なのは強い意志と挑戦を厭わぬ精神なのです。現在、我々のライダーたちは技術者を信頼し、技術者たちもライダーたちの声に耳を傾けることで、まるで魔法か錬金術のような効果を発揮しています。ピットに戻ってくるなりヘルメットを壁に投げつけるような時代は、もはや終わったのです」

―量産車では、デザートXを発表しましたね。たとえばダカールラリーの二輪部門が現在の450ccという排気量ではなくなった場合に、参戦してみようという意図はありますか?

「オフロードの競技にも、機会があれば是非参戦をしてみたいですね。レースに対応できるだけの性能は備えているので、もしも可能ならばこのデザートXで挑戦してみたいところです。ドゥカティにとってレースは芯のようなものです。デザートXはオフロードマシンとして設計開発を進めてきたモデルですが、オンロードでも存分に楽しんで走れるバイクに仕上がっています。サルディーニャでのテストには、私も参加したんですよ。マネージャーたちやテストライダーたちと月に一回行うテストで、ライバルメーカーの類似マシンとも比較しました。私はオフロードのエキスパートではありませんが、デザートXはとても愉しく乗ることができましたよ」

クラウディオ・ドメニカリ
クラウディオ・ドメニカリ

―ご自分のことを風変わりなCEOだと思いますか? 自分でバイクを乗りまわす二輪企業の社長はそう多くないと思うのですが。

「ラッキーなCEOだと思いますよ。自分の大好きなことを仕事にできているのですから。私がドゥカティに勤めだしてから30年になります。大学を卒業してすぐに本社に就職しました。当時は3名しか技術者がいなかったのですが、今では300名以上を数えます。何年か前、両親の家のガレージに子供の頃から保管してあった昔のバイクを引っ張り出して乗ってみたことがありました。昔の私は、このバイクを家でいじっていたんですよ。でも、今では製作する側に回り、社員の皆と一緒に未来を作って行く立場になっているんです」

―MotoEのバイクにはいつ乗るのですか?

「ミケーレ・ピロのシェイクダウンテストは残念ながら逃してしまいした。次こそ私が乗りますよ」

―ほとんど未知の世界へ足を踏み出すのは大変なのでは?

「まず最初に我々は、海兵隊のような小さなグループを作りました。完全に独立していて、予算や各種の裁量も思いのまま、という組織で、今では社内で最も憧れの部署になっています。皆の期待を一身に背負って未来を実現する仕事ですからね。エネルギーを注ぎ込むには最高の場所ですよ。このグループの責任者は、レース経験も豊富な人物で、ミザノでの初走行時にはミケーレが『まるでMotoGPバイクに乗っているようだ』と言っていた、と話してくれました。まさにデスモセディチのスロットル感覚をコピーしたようだ、ってね。ソフトウェア制御とハードウェア面で上手くコントロールしていけば、ちょっとした魔法のようなことも可能かもしれませんよ」

クラウディオ・ドメニカリ
クラウディオ・ドメニカリ

―審美的な観点ではどうですか、満足していますか?

ええ。でも、2004年に我々が優美なMotoGPバイクを発表したときは、走りはいまひとつでした。レーシングバイクは、速さを発揮するからこそ美しいんです。このバイクもあらゆる細部に至るまで、あくまで高性能を追究して設計されたバイクです。エアロダイナミクスは、流体力学シミュレーションの綿密な研究をもとに生み出されたもので、技術的にも高性能のパフォーマンスを達成するために、多くのコンポーネントから構成されています。MotoGPで培ったソフトウェア開発技術と車輌工学、そして、バッテリーやインバーターなどのまったく新しい部品を上手く組み合わせてゆきながら、実用的な知見へまとめあげていると思います。現在、精力的に取り組んでいるのは、コンポーネントの冷却です。内燃機関のエンジン以上に、電動車の全域にわたって冷却が非常に重要な観点になることは今や明らかですから」

―アウディは電動車でダカールにデビューを果たしました。グループ内での協業体制はどの程度進んでいるのですか?

「かなりの部分で進んでいます。ドイツのザルツギッターにはフォルクスワーゲンのバッテリー研究センターがあります。アウディも地元に研究施設を所有しています。私たちはそこで働く人々と精力的に意見交換を行っています。また、ポルシェは電気自動車のタイカンに加え、新たにそのレース仕様で冷却性能でもはるかに優れるミッションRを発表しましたが、近いうちに彼らとも話し合いを持つつもりです。我々のような企業が、グループ内のこれら卓越した技術にアクセスできることは、非常に大きなアドバンテージになります」

クラウディオ・ドメニカリ


【パオロ・イアニエリ(Paolo Ianieri)】
国際アイスホッケー連盟(IIHF)やイタリア公共放送局RAI勤務を経て、2000年から同国の日刊スポーツ新聞La Gazzetta dello Sportのモータースポーツ担当記者。MotoGPをはじめ、ダカールラリーやF1にも造詣が深い。


[第24弾ファビオ・クアルタラロに訊くへ]





2022/01/17掲載