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レース・イベント

●文:西村 章 ●写真:MotoGP.com

 やはりマルク・マルケス(Repsol Honda Team)は強い。2013年のMotoGPデビューイヤーに初開催となったCOTA(サーキット・オブ・ジ・アメリカズ)で初優勝を挙げて以降、いつもアメリカズGPでは圧倒的な無敵っぷりを見せつけてきたが、今年のレースもやはり彼の典型的な勝ちパターンで推移した。木曜の事前プレスカンファレンスの際には優勝を目指すと明言し、日曜の決勝レースでそれをみごとに有言実行。

「まさにプランどおりのレースになった。スタートを決めて1コーナーにトップで入り、序盤3周はやや抑えてから、タイヤが少し摩耗してくるころにプッシュする、という流れを狙っていた」

 と優勝直後にパルクフェルメで振り返ったとおりの展開で、〈King of COTA〉の威光を満天下に見せつけて今季2勝目。第8戦ドイツGPのザクセンリンクに続き、左周りのコースではやはり誰も彼には近寄れない独走優勝劇だった。

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 6月の第8戦は、右腕負傷から復帰して初めての勝利で、勝てる条件さえ整えば以前と同じ速さを発揮できるようになりつつあることを証明したレースだった。今回はそこからさらにもうひとつステージを上げて、「〈無敵スイッチ〉が入ってしまうと、もはや誰にも追いつけません」という圧倒的な王者の貫禄が甦ってきたことを見せつけるような、そんな勝ちっぷりだった。

「終始、2分04秒台で安定して気持ちよく走れた。最後は疲れて集中力の維持が難しかったけれども、ファビオは少し離れていて、チャンピオンシップを考えると(無理に追い上げず)ペースを落とすだろうと思った。今日は表彰台に立った全員がハッピーだと思う。自分は勝ったし、ファビオは2位だし、ペコはまあちょっとイマイチかもしれないけど、でも次のミザノはきっとまた強いだろうし」

 と、2位に入ったファビオ・クアルタラロ(Monster Energy Yamaha MotoGP)と3位のペコことフランチェスコ・バニャイア(Ducati Lenovo Team)の健闘を称える口調にも、なにやら余裕めいたものが感じられる。

 とはいえ、マルケス自身の体調はまだ完璧ではなく、充分に満足できるほどの圧倒的な強さを取り戻すまでには至っていない、とも述べている。

「今年はいつもと違うかんじで、わけもわからず転倒することが何度もあり、速く走れても遅いときでも、いったいそれがなぜなのか自分でわからなかったりした。でも、少しずつうまく走れるようになり、コントロールできるようにもなってきた。とはいえ、いまの状態は、まだまだ。〈スペシャルな感覚〉を取り戻せているわけではないので、これからもしっかりと取り組んでいきたい」

 この〈スペシャルな感覚〉を取り戻せていないことについては、リアタイヤの性能をまだ自分が目指しているような形で存分に引き出せていないからだ、と述べた。

「新品状態では性能を存分に使えていない。摩耗してくると、それまでと同じようにコンスタントに走れる。だからレースペースが安定しているのだけれども、やりたいのはそういうことじゃない。自分がやりたいのは初期にグリップを引き出して、それを最後までひっぱって走りきること。バイクは上手く走っていて、コースによっては多少問題も出るものの、悪くはない。まだ自然に乗れていないとはいえ、速く走ることはできている」

 右腕の状態の戻り具合と、その影響については、以下のように説明している。

「左周りのコースはもともと得意だけど、ケガから復帰して以降は、左と右のフィーリングがさらに大きく違っている。左コーナーではうまく旋回できる反面、右コーナーはアンダーステア気味になってしまう。肘で支えることができないために、フロントから何回も転倒している。次のミザノ(第16戦エミリアロマーニャGP)は、前回のレース(第14戦サンマリノGP)と事後テストで皆が速かったから、自分は苦戦すると思う。その後の2戦は、とくにポルティマオ(第17戦アルガルベGP)の右コーナーなどで、自分がどれくらい走れるようになっているかが見えてくると思う」

「いま、自分の体がどこまで戻っているのか正確にはわからないけど、ブレーキポイントで少しずつ体の位置を維持できるようにはなってきた。でも、ブレーキングから旋回にかけての区間は、まだ気持ちよく走れていない。滑らせながらコーナーに入っていくのが自分の強みだけど、そこがまだ思いどおりにできなくて、他の選手たちと同じような進入になっている。だから理想的な状態にはまだほど遠いけど、それでもまあ、それなりには乗れている。今回はスピードを発揮できたとはいえ、コースによってはペコやファビオからはかなり離れてしまう」

 まだ完調とはいえない現状の肉体では、その弱点を突かれてしまうコースだとかつてのような無類の強さを発揮するにはまだ至っていない、ということなのかもしれない。それでも、今回のレース内容を見るかぎり、あの圧倒的な王者の貫禄をふたたび放ちはじめている、といってもよさそうだ。

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 そして今回の勝利により、マルケスはテキサススタイルのステットソン帽を7つ集めたことになる。唯一とりこぼしたのは、前回のCOTA、2019年のレースだ。あのときはいつもの独走状態を築いているところから、いきなり9周目の12コーナーでフロントが切れ込んで転倒し、まさに〈弘法も筆の誤り〉を絵に描いたようなできごとになった。

「序盤4ラップほどは、攻めて深く突っ込んでいくと19年のことが脳裏をよぎったので、ブレーキをリリースして少しワイド気味にはらんでしまう傾向があった。とくに11コーナーと12コーナーはフロントが切れやすいので、注意しながら安定して走るようにした」

 と振り返っている。転倒といえば、COTAは毎年といっていいほど路面状態の悪さが話題になる会場で、今年も路面のバンプ(凹凸)が金曜の走行開始直後から大きく取り沙汰された。

 選手たちの走行映像でも、見ていてはっきりとわかるくらいにコースのそこらじゅうでバイクが大きく振られる場面が何度も見受けられた。とはいえ、バックストレートや最終区間などは大幅に改善されたようだが、その一方で前半区間や10コーナーなどはかなり劣悪な状況だ、と皆が口を揃えて指摘した。金曜夕刻にMotoGPクラスの選手たちとDORNA関係者たちが集まって協議するセーフティコミッションでもこの問題が指摘され、選手たちは「最低でも2コーナーから10コーナーまでの路面を再舗装してバンプを改修しなければ、来年ふたたびここでレースをすることはあり得ない」という強い意見で合意を見た。

 このコースは全長が5513mで、カレンダー全体でも屈指の長いサーキットだ。しかもメインストレートは後半で急激に上ってその頂点にある1コーナーを小さく曲がり、一気に下ってから左右の切り返しが連続する、という構成で、右9左11の計20コーナーは体力的にもかなり厳しいレイアウトになっている。

 そこに悪名高い路面のバンプが加わるのだから、選手たちの消耗具合も通常以上の疲労度だったようだ。

 マルケスは2位以降に圧倒的な差を開いて優勝しただけあって、

「ここは体にキツいコースだけど、右回りのコースだともっと疲れるので、今日はしっかりマネージできた」

 と上手に対応できたようだが、その要諦はウィーク全体で体力消耗をうまくコントロールできたところにあったと振り返った。

「土曜はフィーリングがいまひとつだったけれども、速く走ることはできた。フィーリングが良くないのにプッシュしすぎると体力を消耗してしまうので、(予選の)一発タイムでがんばった程度で、あまりプッシュをしなかった。そこで落ち着いて体力を温存していたことで、今日は朝のウォームアップからフィーリングが良く、決勝でさらに攻めることができた」

 2位のクアルタラロと3位のバニャイアも同様に、体力的に苛酷なレースをなんとか凌ぎきった、と話した。

「今朝のウォームアップで10ラップ連続周回したときは、『これで決勝の全20ラップ走るのは相当キツいな……』と思った。レースではアドレナリンの効果もあって、思ったとおりかなり厳しいレースだったけれども、なんとか走りきることができた」(クアルタラロ)

「想像していたとおり厳しかったけど、集中力が助けになった。残り周回数を気にしすぎないよう、サインボードもあまり見ないようにしていたけど、いちどチラッと見たときは残り13周で『え……』と思ったけど、そのあとは走りに集中した。今日はマレーシアよりもキツかった。暑さは同じくらいだったけど、コースはセパンよりも厳しかった」(バニャイア)

2位のクアルタラロと3位のバニャイア

2位のクアルタラロと3位のバニャイア
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 クアルタラロとバニャイアはランキング首位と2番手で、今季の王座獲得を争うライバル同士だが、クアルタラロが2位で20ポイント、バニャイアは3位で16ポイントをそれぞれ獲得したことにより、ふたりの差はさらに4点広がって、終盤3戦を残して52ポイントになった。

「いままで2位を取ってきたなかでも、ベストの2位になった」

 とクアルタラロが述べるのも当然で、フランス人初の最高峰クラスチャンピオン獲得へ向けて、さらに地歩を固める結果になった。

「レースが始まる前は正直なところ少しプレッシャーを感じたけど、レースが始まって1コーナーを過ぎたらすぐに忘れることができた。ペコはこの数戦とても強く、ポイント差を着実に削いできていたので、今日は彼の前で終われて良かった。レースリザルトはとても満足」

 このポイント差を築いたことにより、次のエミリアロマーニャGPを終えて50ポイント差を維持していれば、フランス悲願の王座を手中に収めることになる。とはいえ、クアルタラロ自身は冷静に捉えているようだ。

「そこはあまり意識しすぎないようにしたい。ポイント的に大きなアドバンテージがあるし、ミザノであえて決めようと考える必要はない。ミザノでは前回、ペコが速かったので、自分は全力を尽くした結果そこで決まればうれしいし、そうじゃなくても次のレースがある」

 対するバニャイアは、レース序盤で前方から引き離されて一時は6番手まで沈んだが、

「マルクとファビオが速かったので落ち着いて走った。ほかの選手はかなりムリをして攻めているようにも見えたので、序盤は様子を見ながら抑えて走るように心がけた。周りが苦しそうになってきても、自分は2分05秒台前半を維持していて、少しずつペースをあげてゆき、表彰台が見えてきた」

 そう話して落ち着いたレース運びを振り返り、今回は狙える最大限の結果を掴んだと述べた。また、クアルタラロとのタイトル争いについては、以下のように話している。

「もちろん諦めないけれども、ファビオは今年すごくいい走りをしている。スタートもいいし、レースペースもいつも安定している。次でタイトルが決まる可能性はあるけど、ここ3~4戦で自分もどんどんいい戦いをできるようになってきた。とはいえ、今シーズンのファビオは本当にいい走りをしている」

「少しでも差を詰めるためにがんばるだけで、気持ちはリラックスしている。ファビオはチャンピオンがかかっている一方で、自分はできるかぎりがんばるだけなので、チャンスがあればもちろん攻めてゆく。でも、7~8ポイントの僅差で争っている状況ではなく、50ポイントあるので、そこまで無理をするようなこともしない」

 クアルタラロが2戦連続ノーポイントというようなことにでもなれば話はまた変わってくるのだろうが、今季の彼のパフォーマンスを見るとおそらくそのようなことは考えにくい。したがって、バニャイアとしては少しでもポイント差を詰めることができれば重畳、というリアリスティックな見方をしているのだろう。

表彰台

 今回のレースでは、最終ラップの16コーナーでジャック・ミラー(Ducati Lenovo Team)の後方からオーバーテイクを狙ってインを突いたジョアン・ミル(Team SUZUKI ECSTAR)が接触し、ミラーがオーバーラン。ミルもラインを外し、ふたりの直後に僅差でつけてチャンスを虎視眈々と狙っていたエネア・バスティアニーニ(Avintia Esponsorama)が、思いがけない漁夫の利を得た格好でポジションを上げる、というできごとがあった。

 クールダウンラップではミラーがミルに詰め寄って

「おいこら、われ、おのれの頭、沸いとるんか。なにさらしてくれとるんじゃ。次どうなるか憶えとけよコラ」

 と河内弁で字幕をつけたくなるようなやりとりをかわすひと幕もあった。

 ミラーにしてみれば、フロントがもはや限界に達していた最終ラップに、ディフェンシブなラインで走行しているところを無理やり突っ込んでこられた……ということになり、

「今回に限った話じゃない、前回のミザノもそうだったし、アッセンでもそうだった。おいらは全員の中でもクリーンな走りをするほうだと思うけど、あの野郎は走るたびに何かあったらいつも当ててくる……」

 と、怒髪天を衝きすぎて憤懣やるかたなさすぎる憮然とした表情でそう語るのも、むべなるかな、である。

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 一方のミルはというと、バスティアニーニのひとつ後ろでミラーのひとつ前、7番手でチェッカーフラッグを受けたものの、ミラーへの接触行為に対してペナルティが科され、順位をひとつ降格されてリザルトは8位になった。

「けっして当てるつもりで接触したわけではないので、本当に申し訳ない」

 とミラーに対しては平身低頭するいっぽうで、

「すべてのレースでああいう捉え方(裁定)をされるのであれば、オーバーテイクできないし、レースの醍醐味もなくなってしまう」とも述べている。

 とはいえ、ふたりの直後からこのできごとを目前で見ていたバスティアニーニは、

「ジョアンはかなりアグレッシブだったので、ああいうことが起こるかもしれないと思っていた」

 と第三者的な立場から冷静な観察を述べている。

 そのバスティアニーニだが、今回のレースでは前戦のように表彰台こそ獲得していないものの、走りの内容そのものはそのときに劣らずじつにみごとだった。

 6列目16番グリッドからスタートし、2分05秒台を安定して刻みながらポジションをじわじわとあげ、最後は6位でゴール。ラップタイムの推移を見ると、レース周回を通じて最後まで2分06秒台へ落とさなかったのは、表彰台のトップスリーを除けばバスティアニーニだけである。ミラーもミルも、レース後半の15周目や16周目には2分06秒台に落としている。また、5位で終えたホルヘ・マルティン(Pramac Racing/ Ducati)も、17周目以降は05秒台を維持できなくなっていた。

 2021年のルーキー勢では、このマルティンが開幕直後からポールポジションや表彰台を獲得し、第10戦では優勝も飾っているため、どうしても彼が抽んでているような印象があるが、どうしてどうして、ここにきて6位(アラゴン)、3位(ミザノ)、6位(COTA)という結果を残してきたバスティアニーニの成長曲線は、おおいに注目に値する。ルーキー・オブ・ザ・イヤーでも、マルティンの82ポイントに対して11点差の71ポイントで急速に追い上げている。次回のレースは前回のレースで初表彰台を獲得した文字どおり地元のミザノなので、またしても要注目、となることはおそらく間違いないだろう。

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 一方、バスティアニーニと対照的な結果になったのが中上貴晶(LCR Honda IDEMITSU)。決勝のレースペースを見極める土曜午後のフリープラクティス4回目では、トップクラスの安定感を見せ、その後に行われた予選でも、フロントローこそ逃したものの2列目5番グリッドを獲得。そして日曜朝のウォームアップではトップタイム、と来ていたのだから、決勝レースでも好結果を期待するなという方が無理な相談だ。

 しかし、好事魔多し、である。

 レーススタート後のオープニングラップ、12コーナーでバンプを拾ってフロントが切れ込み、転倒。マシンを引き起こして戦列に復帰したものの、ポジションは最後尾になってしまった。そこからの20周は、表彰台勢と遜色ない2分04秒台から05秒台を最後まで一貫して刻みつづけただけに、なおさら序盤の転倒が悔やまれる。

「スタートが決まって、序盤から調子良く走ることができました。ブレーキングもよかったし、バニャイアの後ろでうまく走れていたのですが、12コーナーでフルバンクのときにバンプを拾ってフロントが切れ込み、転んでしまいました。以後のレースはずっと単独で最後尾から追い上げましたが、とても良いペースで走れていたので、小さなミスが高くついてしまいました。マルクは卓越していましたが、ファビオやバニャイアはそこまですごくはなかったので、今日は表彰台を狙えていたかもしれず、またしてもチャンスを逃してしまったのは本当に残念です」

アメリカズGP

アメリカズGP
アメリカズGP

 今回の決勝日は、Moto3クラスのレースであわや大惨事、という事態が発生した。

 大集団のなかでライダーたちが超緊密な接近戦を繰り広げるところがこのクラスの大きな魅力だが、それは、ほんの少しのボタンの掛け違いで重大な事故に発展しかねない危険と常に背中合わせであることをも意味している。

 今回のできごとは、決勝レース8周目に転倒車が発生し、赤旗中断になったことが契機になった。2レース目は7周終了時の順位でグリッドにつき、5周の超スプリントレースで再開した。その第2レースの3周目、6速全開のバックストレートでデニス・オンジュが突然ラインを振った際に後輪がジェレミー・アルコバの前輪と接触してアルコバが転倒。アルコバのマシンに乗り上げたアンドレア・ミニョも転倒し、滑走するバイクはペドロ・アコスタをなぎ払ってアコスタも転倒、というマルチクラッシュになった。転倒した3名は幸いにも大きなケガがなく即座に立ち上がって退避したものの、Moto3クラスでは230km/hに達する高速区間で路面を滑走するバイクがこれ以上他のライダーを巻き込んだり、転倒した3名が大怪我に至らなかったのは本当に幸運だったというほかない。

 レースは二度目の赤旗中断。しばらくの協議のちにレースは三度目の再開をすることなく終了が決定した。これは賢明な判断だったといえるだろう。リザルトは、第1レース中断時の順位が最終結果として採用された。

Moto3
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 今回のできごとを受け、Moto3に参戦する鈴木竜生はレース直後に「今日のMoto3で誰も大事に至らなかったのは本当に幸運というほかない。早急に何らかの対策を講じるべき」とツイート。一方、表彰台を獲得した3選手はいずれも、自分自身はアクシデントそのものをレース中には見ていなかったため特定のコメントは避けたい、としながらも、3位に入ったジョン・マクフィーは「現状ではライダーたちのリスクがあまりに大きいので、何をどう変えるのかはともかく、何らかの変更は施したほうがいいと思う」と述べた。

 Moto3クラスのレースでは、大事故と背中合わせのようなクラッシュが過去に何度も繰り返されてきた。たとえば、2016年のフィリップアイランドや2017年ル・マンでは、10台以上が絡むような転倒が発生している。さらに今年は、Moto3の予選だけではなく、ヨーロピアンタレントカップとWSSP300で、いずれも10代の選手たちが死亡する深刻な事態が発生した。

 ちなみに、今回のアクシデントを受けて即座に声を上げた鈴木やマクフィーは、2016年フィリップアイランドと2017年ル・マンで発生したマルチクラッシュに巻き込まれた当事者でもある。過去にこれらの出来事に遭遇し、今回のレースにも参戦していた彼らが対策を要求していることの意味は重い。

 また、昨年までこのクラスに参戦していた小椋藍は、Moto2クラスの決勝前にリアルタイムで一部始終をモニター越しに見ていたという。

「(アクシデントを目の当たりにするのは)もちろんいい気分じゃないです。今年は何回も大きな事例が発生したなかで、またしてもこういうことがあると、その次にレースをする立場としては、正直言って自分が走ることに対しても恐くなるし、精神的にもあまりよくはないです。(ヘルメットを被ったら気持ちが即座に切り替わるようなことはないので)ただ、これから自分がやることに集中するように、いつもと同じように気持ちを持っていく、というだけです」

 ちなみに、今回のクラッシュの引き金になったデニス・オンジュには、バックストレートでいきなりラインを変えた行為がライダーとしての責任を欠くとして、MotoGPスチュワードパネルは第16戦エミリアロマーニャGPと第17戦アルガルベGPの出場停止処分を言い渡した。

 MotoGPクラスの選手たちも、今回の出来事に対して以下のようなコメントを述べている。

「ひとりの軽はずみな挙動が、深刻な事態を招くこともある。重いペナルティで、彼が意図的にやったことではないとはいえ、直線でいきなりラインを変えるとこのような事態も発生することになるので、このような行為は慎むようにしてほしい。特に小排気量カテゴリーでは、こういう行為は危ない」(M・マルケス)

「過去3回の深刻な事態はいずれも小排気量のカテゴリーで発生した。小排気量だとスリップストリームが大切なことはわかるけれども、ストレートでラインを急に変えるのは考え直してほしい。戦略も、もっとしっかりと練ってほしい。デニスが意図的にやっていないことはわかるが、無理な挙動、とくに直線での行為に対してペナルティが大きいのはやむを得ない」(クアルタラロ)

「Moto3でのあやうい挙動はこれまでに何度もあった。バルセロナでも、ロドリゴが似たような挙動を起こしたけれども、さいわい大ごとにはならなかった。今回はストレートが広かったし、ウォールも離れていたために幸運にも大事故にならなかった。今回ペナルティを受けることになったのは、むしろ彼にとっていいことだったかもしれない。何かを変えてゆくにはこれが唯一の方法だろうし、今回の一件を受けて危険性について真剣に考えるようになってほしい」(バニャイア)

「ライダーとして、あのような行為を見るのはけっして気持ちのいいことではない。デニスが意図的ではなかったことはわかるし、あのような行為も彼に限ったことではない。だから、ペナルティには一罰百戒の意味があるのだと思う。ああいう挙動はもうあってはならない。小排気量はどうしても大きなグループになるし、タイトル争いで誰かが抜け出しているわけではない。だから、大集団の大きな争いになる。今年は不運な出来事が何度もあったので、良い裁定だったと思う。
 ルール上では、(あのような場合には)5ラップでスプリントレースをやることになるけれども、安全性という見地からはよい取り決めだとは思わない。走る方にしてみれば、アドレナリンが出て思いきり攻めるだろうし、5ラップで争うとなるとあのような事態だって起こりえるのだから」(ミル)

 ミルの言葉にもあるとおり、今回のデニス・オンジュへの厳しい裁定には一罰百戒の意味も込められているのだろう。その意味で、今回の2レース出場停止という処分は、他の選手たちに対して軽挙妄動を戒める一定の抑止効果もあると思われる。

 とはいえ、オンジュひとりに厳しい処罰をくだすことにより、Moto3クラスなど小排気量カテゴリーの大集団バトルで発生しがちな危険を、根本的に排除できるわけではない。競技として抜本的な安全性の改善を図るのであれば、改心による競技マナー向上や行動抑制等、属人的な性善説にのみ頼るのは、やや非合理的で前近代的な手法であるようにも思われる。

 むしろ、スポーティングレギュレーションとテクニカルレギュレーションの両面から、ルールによる統治として安全性を高める枠組みを見直し、競技者自身の内的良心に頼る必要のない規制や規約を設けていくのが、近代スポーツとしてもっとも平等で普遍的かつ合理的に機能する方法だろう。DORNA、FIM、MSMAをはじめとする、二輪ロードレースの運営や主宰に関わる関係諸団体による真剣な対応策の検討を期待したい。

 最後に、3週間ほど前に集英社〈新書プラス〉に寄稿した拙稿の一部を、今回の原稿の締めくくりとして引用し、再掲しておきたい。


 モータースポーツ、とくに二輪ロードレースでは危険な事象が発生することがある。ときにはそれらの偶然が最悪の形で積み重なって、命に関わる事態に発展してしまう場合もある。
 一般的にはそのようなイメージが抜きがたくつきまとうせいか、この競技に対しては「危険を顧みない」「命知らず」といったことばで形容されることも少なくない。だが、当然の話だが、身を捨ててまで最速を競おうとしている選手はだれもいない。彼らはけっして、蛮勇の持ち主でもなければ無謀な向こう見ずさを競っているわけでもない。MotoGPをはじめとする二輪ロードレースは近代スポーツである以上、生命に関わる可能性のある危険は、競技環境の整備とルールの拡充で可能な限り最大限に排除する取り組みが続いている。しかし、それでも競技の特性上、深刻なアクシデントが発生する可能性を完全に払拭しきることまではできない。
 だからこそ、安全に競技を行うことは選手や競技各関係者の間で至上命題として最重要視されている。逆説的だが、本来的に危険を拭いきれない側面がある競技だからこそ、二輪ロードレースに関わるすべての人々は生命の大切さを強く認識している、ともいえるだろう。
 そして、ときに避けようのない不測の事態が発生したときに、その辛く耐えがたい試練をくぐり抜けた選手や関係者たちの姿は、見る人たちの心を強く動かす。

アメリカズGP

【西村 章】
web Sportivaやmotorsport.com日本版、さらにはSLICK、motomatters.comなど海外誌にもMotoGP関連記事を寄稿する他、書籍やDVD字幕などの訳も手掛けるジャーナリスト。「第17回 小学館ノンフィクション大賞優秀賞」「2011年ミズノスポーツライター賞」優秀賞受賞。書き下ろしノンフィクション「再起せよースズキMotoGPの一七五二日」と最新刊「MotoGP 最速ライダーの肖像」は絶賛発売中!


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2021/10/05掲載