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試乗・解説

そろそろほしかった 「普通のバイク」YAMAHA テネレ700
ウソでしょう? ヤマハの公道走行可能なオフ車って、このテネレ700だけになっていた!
WR250Rが絶版となって久しく、さらにセローやトリッカーも役目を終えてしまった今、オフロードイメージも強いと思っていたヤマハのラインナップにおいてオフ車はコレだけ。これはいったいどういうこと?
■試乗・文:ノア セレン ■撮影:赤松 孝 ■協力:YAMAHA https://www.yamaha-motor.co.jp/mc/ ■ウエア協力:アライヘルメット https://www.arai.co.jp/jpn/top.html、アルパインスターズhttp://www.okada-corp.com/




デカくて高くてオフ車で……これはいったい?

 MT-07というパラツインのオンロードモデルは、大変人気で今も安定したセールスを続けているモデル。手の内にある扱いやすい大排気量車(約700cc)であることに加え、とてもリーズナブルであることも特徴だった。

 テネレ700が出てきたとき、このMT-07と共通のエンジンを使っているのに「なんで120万円以上するのよ!」が反射的なリアクションだった。しかもライバル勢のような万能なアドベンチャーモデルとしてではなく、フロント21インチ、シート高が高くてさらにクッションも少なく、各部から「オフ車」感を強く発している大排気量車。誰に向けた商品なのかピンとこなかった、という人は僕以外にもけっこういたんじゃないか、と勝手に想像している。このエンジンを楽しみたいという人はMT-07があるし、この価格帯のツアラーが欲しいという人なら他にも選択肢はある。大排気量で車高の高いオフ車が欲しいというニーズははたして……?

 ラリーレイドのイメージを強く押し出したスリムで背の高い立ち姿、及び特徴的な4灯ヘッドライト、そして伝統の「テネレ」というネーミングから、心の中の何かをザワつかせてはくれるのだが、それが何なのかがもうひとつわからないでいたのだ。
 

 

実はほぼ専用設計

 そんな理由から、実は試乗がちょっと怖かった。どういった尺度でこのバイクに接すればいいのかわからず、これを分析・評価(と言っては偉そうだが)する物差しが自分にあるのか不安だったのだ。
 実車を目にするとなかなか立派。カウルの造形や各部のフィニッシュ、アルミのサイドスタンドや専用の無骨なメーター、オフ車アピールが強い細くて薄いシート、MT-07にはなかった立派な倒立フォーク……。今までは無意識的に「MT-07のバリエーションモデル」として捉え、若干冷めた目で見てしまっていたのだな、と反省する作り込みに気付いた。
 実際、MT-07と共通するのはエンジンぐらいのもので、フレームも足周りも全て専用設計。なるほどこれはお金がかかっている。かつてのテネレもパラツイン、テネレ700はそういう意味でもその歴史あるネーミングに応える成り立ちなのだな、とこのバイクに対する見る目はだいぶ変わった。

 そして同時に、これはアドベンチャーモデルではなくあくまでオフ車なのだな、とも実感。アドベンチャーモデルによくある様々な電子制御ライダーアシストは皆無と言ってよいほどついておらず(解除できるABSのみ)、かつシートの快適さやあらゆる速度域での防風性、オンロードを淡々と何百キロも走り続けるための装備の類は見当たらない。背が高く、タイヤもオフロード向けで、タンクが短く、かなりオフロード向けに割り切っていると感じさせる構成である。
 

 

ロードでも快適移動

 オフ車、特に250ccクラスのガマンポイントは、肝心のオフロード路面にたどり着くまでの高速道路での絶対性能だった。これは常に課題であり、セローが225から250になった時に「高速道路の快適性が向上」と言ってはいたものの、やはり小排気量オフ車にとって高速道路は「やり過ごす」場面。よって近場の林道などを制覇してしまった後は、「じゃあ軽トラに積んで行くか」とさらに遠い所へとトランスポーターの導入をしていくオフロードファンも少なくない。

 しかしテネレはオンロードも問題ない。排気量から得られるパワーと車体の剛性感があるため、高速道路の巡航は何も不安がなく、知らない土地へとひとっ跳び。「いつか走ってみたいなー」と夢見ていたあの林道へも日帰りでアクセスさせてくれる動力性能を持っていて、テネレの持つオフロード特性も満喫したい人にとってとても魅力的だ。
 
 

 
 加えて、オンロードを楽しむのもまた良い。特に細かなワインディングにおいてオフ車は侮れないペースが可能だし軽量さゆえに怖く感じることなく楽しめる部分があるが、テネレは大排気量にもかかわらずこういった接しやすさがあった。大きなフロントホイールがグイーンとコーナーを切り取っていく感じは、昔セローで走った峠道の感覚そのもの。オフ車的寛容さのおかげで多少荒れているような路面でもフロントからスリップダウンしそうな雰囲気は皆無で、車体の大きさを感じさせないスイスイとした気軽さがあった。
 ただ欲を言えば、もう少しブレーキが利いても良いかな、もしくはフロント周りがもう少しコンパクトでも良いかな、などとも考えた。オフ車ではなくツアラーとして捉えるならば、フロント19インチでもう少しオンロード向けのタイヤがついていても良いのかもしれないが、そうなるとテネレのコンセプトと違ってしまうため、あくまで妄想である。
 

 

肝心のオフロードはそれなりに気合を入れて

 これだけオフに特化した構成なのだから、大排気量オフ車の扱いにはあまり自信がないものの一応オフロード路にも踏み込んでみた。
 テネレ700はスリムで背が高く、アクセルの開け始めからレスポンス良く反応するエンジンで、こんなに大きいのに確かにオフ車的な動きをしてくれる。アクセルを開けリアを滑らせて向きを変えたり、ABSを切ってリアを半ロック状態でコーナーにアプローチしたりといった動きも自在だ。スタンディングする時のステップとハンドルの位置やタンクの細さが膝周りを邪魔しない感じなども完全にオフ車である。ただ大きさだけは慣れが必要だろう。車体の構成としては振り回せそうな気もちにさせてくれるものの、そうはいっても200kgを超える車体は250オフのようにはいかない。
 

 
 走っているとフロントが突然大きく滑って即転倒しそうな想像がぬぐえず、どうしても少し腰が引けたポジションをとってしまう。先輩ジャーナリストに「違うよ、大排気量オフは常にスタンディングで、しっかりとフロントに荷重していくことで曲げていけるんだから」と教えてもらったものの、身体にしみこんだオフロード対処法が抜けないことと、120万円を超えるバイクをフロントからグワシャ!と転ばす心配からなかなかその美味しい領域に踏み込めなかったというのが正直なところ。

 しかしそれは一定以上のペースの話であって、林道ツーリングレベルでは何ら不安はなく、フラットダートぐらいなら気持ちよく砂煙を上げながら潤沢なトルクを楽しみ、許容度の高い車体を満喫できることだろう。一般的な地図に載っているような林道を走破できないということはまずないだろうし、そういった場面で怖さを感じることもないと思う。ただ、この立ち姿やテネレという名前、そしてオフ色強いイメージから、250ccオフと同じ感覚で振り回せそうだな! となってしまいそうなものの、「そうでは、ないですよ」と、一般的なオフロード技術しか持たない筆者としては書いておきたい。大排気量オフはそれなりに専門的技術が必要なのである。
 

 

シンプルで万能

 オンロードもオフロードも楽しくこなすことができ、堂々としたルックスや他にないスタイリングが楽しめるテネレ。ラリー競技とのリンクを感じられるのも魅力の一つだろう。しかし筆者が感じるテネレの最大の魅力は「シンプルであること」だった。近年のこういった大排気量車、特にアドベンチャーモデル系は様々な最新機能が付いているおかげで、各種操作がなかなか複雑に感じることも少なくない。機能が多すぎて使いきれないのはもちろん、そもそも把握すらできないことも珍しくないし、それら機能を搭載し操作するためにスイッチボックス類も妙にボタンが多くてゴテゴテしていることもある。

 その点、テネレはスッキリと潔い。パワーモードやトラコンはないし、メーターも無骨で1色。様々なことに思いを行き届かせておく必要はなく、思い立ったらすぐに乗ってすぐに走り出せるという感覚はまさにオフ車的だろう。細かいことは気にせず、純粋に走る楽しさを満喫しようよ!と言われているかのようだ。
 これが実現できるのは素性の良いエンジンによるところも大きいと思う。MT-07の流用と言ってしまっては聞こえが悪いかもしれないが、このエンジンは名機でこれならパワーモードもトラコンも要らないな、と思わせる使いやすさがある。このエンジンをわざわざ作った専用の車体に積んだからこそ、この万能感が出ているのだろう。バイクとはこうあるべき、という基本に立ち返っている感覚に大変好感が持てた。
 

 
 とはいえ、シート高はなかなか高いし、200kgを超える車重で重心も高く感じる。さらに言えば価格もMTと比べてしまうとリーズナブルとは言えないため、万人向けのモデルという感じではない。大排気量オフ車でガンガンにオフロードを突き進みたいというマゾ的趣向のライダーにはもちろんお薦めするが、それとは別に「最近のバイクのハイテク化にちょっとついていきにくい」「もっとシンプルな構成で、走ることに気軽に接したい」と感じているライダーにもお薦めしたい一台。車高や価格、そしてラリーレプリカというこのバイクの特徴はやはりちょっと特異ではあるものの、同時に最新の大排気量車では珍しくなってきた「(複雑ではない)普通のバイク」であることも、テネレの大きな魅力のひとつだろう。
 なお、このエンジンをもっとツーリングに使いたいと思っている人は多いはず。テネレの防風効果と高速道路での性能を実感した今回、海外では売られているMT-07のカウル付版「トレーサー」(国内トレーサーはMT09ベースのみ)も国内で販売してくれたらいいのに、などとも思わせられた。
(試乗・文:ノア セレン)
 

ライダーの身長は185cm。写真の上でクリックすると両足着き時の状態が見られます。

 

●YAMAHA Tenere700 主要諸元
■型式:2BL-DM09J ■エンジン種類:水冷4ストローク直列2気筒DOHC4バルブ ■総排気量:688cm3 ■ボア×ストローク:80.0×68.5mm ■圧縮比:11.5 ■最高出力:53kw(72PS)/9,000rpm ■最大トルク:67N・m(6.8kgf・m)/6,500 rpm ■全長× 全幅× 全高:2,370 × 905 × 1,455mm ■ホイールベース:1,595mm ■シート髙:875mm ■車両重量:205kg ■燃料タンク容量:16L ■変速機形式:常時噛合式6段リターン ■タイヤサイズ前・後:90/90-21M/C54V・ 150/70 R18M/C ■ブレーキ(前/後):油圧式ダブルディスク/油圧式シングルディスク■車体色:マットダークグレーメタリック6(マットダークグレー)、ブルーイッシュホワイトパール1(ホワイト)、マットブラック2(マットブラック) ■メーカー希望小売価格(消費税込み):1,265,000円

 



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2021/08/30掲載