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試乗・解説

例えば、林道ツーリング、キャンプツーリング、ロングツーリングを愛するライダーならば、ひょっとすると今の時代のトレールバイクこそこのテネレ700かもしれない。都市圏から高速道路を何時間でも快適に移動でき、荷物を運ぶ拡張性があり、ワインディングを楽しめ、ダートをファンライディング出来る性能を持つ。今回、その魅力を再確認できた。
■試乗・文:松井 勉 ■撮影:赤松 孝 ■協力:YAMAHA ■ウエア協力:アライヘルメット https://www.arai.co.jp/jpn/top.html、56design https://www.56-design.com/






 今は昔。高校時代に中型限定免許(今の普通二輪免許と同様400㏄までのバイクを運転できる免許区分)を取り、クラスメイトから破格値で400のロードバイクを売却してもらう。有頂天で乗り回した蜜月もつかの間、エンジンが突然の不動に。「電気系だね、(お金が)掛かるよ」とバイク屋さん。いたいけな高校生はオトナの言うがまま、250のバイクに乗り換える。下手くそが250をキュンキュン乗れる腕はない。トルクもパワーも400より少ないしエンジンは単気筒。正直、遅かった(オレが)。

 やっぱり400だ、と中古の不人気車に乗り換え再びトルクの追い風で簡単に加速できる世界へ。数年後、大型免許をゲット。400とは比較にならないパワーとトルクに酔いしれた。そんな体験をした後、オフロードバイクに乗り換えた。400から250への落差以上に大型からオフ車の断崖の落差は大きく(舗装路では)、何所へ行くのもしんどい。でも林道に入るとキッチリ、コテンパンにされたけど。

 相変わらず250のバイクは、アクセル(だけ)で加速するコトに慣れた体には難しかった。回さないと前に出ないし、ダートでパワーバンドを使う腕はない。走る曲がる止まる、それがみっちり出来ないから林道でリズムは崩れまくり。ハァーと深いため息。
 

 
 林道までの高速道路はしんどいし、ワインディングは軽くて楽しかったけど、林道でパワーを扱えないと意外にでかくて重たいと感じる250。みんなが言うセオリーとは逆に250って難しい。そう我が身を顧みず思ったものです、はい。
 で、結局、免許もあるし大きいのに乗ろう。600ccのビッグシングルとビッグタンク搭載のオフ車が出たタイミングで乗り換えた。高速道路、楽ちん。峠道、上りでもガンガン走る! そしてダート。おっかなビックリに変わりはないが、低い回転ででもズタズタ走ってくれるから250と同じペースで走るのは難しくない。むしろ、ギャップでフロントタイヤの荷重を抜くのだって、アクセル一つで超簡単。あれ、250より楽だし、巧く乗れている感じがする。いいじゃん。250とは違う楽しさがダートでも味わえるビッグオフ。モトクロスコースに遊びに行かなければこれでいいね、となった。個人的なコトを長々とスイマセン。テネレ700に乗ってあの頃を思い出した。凄く乗りやすいからだ。

 テネレ700は、跨がるとしっかりオフ車感がある。盛り上がった燃料タンクは、ビッグタンクという幅での威圧感はなく、ライディングポジションから見るそれは、セローのタンクと相似形にも見える。ライザーで上がったハンドルクランプに取り付けられたテーパードハンドルの左右のグリップはやや高い位置にあるが、ステップ、シートで作るライディングポジションの三角形はまさにオフ車のそれ。

 液晶モニターの四角いメーターは見やすい位置にあり、その先にあるカウルボディを兼ねたウインドスクリーンは、透明なパーツなのでライダー目線から直近の地面への視界を保ってくれている。セロー並みにフロントフェンダーの先端まで見える、とはならないが、アドベンチャーバイクの多くでは望めない直近ビューがある。
 

 
 市街地では875mmというシート高は低くない。250クラスのように跨がっただけでライダーの体重でグンと沈むことはないだけに、よけいにそう感じるのかもしれない。ただ、シートの形状がしっかり細身に仕立ててあること、べたっと片足を着くための腰をずらすモーションもしやすく、片足で支える車重として205㎏の車重は充分に許容出来ると思う。前後に200mmオーバーのストロークを持つサスペンション、21インチ+18インチというオフロードバイクの王道的ホイールサイズを持ち、240mmのグランドクリアランスを持つテネレ700だが、慣れると意外と扱いやすいのだ。

 なにより、この車体のメリットは、高いシート位置から眺める前方視界の良好さだ。SUV、ミニバンなど背の高い車が当たり前の路上でも見通しが悪くない。また、その足周りの設定が舗装の荒れ、マンホールなど路面のギャップが少なくない道でもふわっと良い感じでいなしてくれる。これは以前乗った時より乗り心地が良くなった印象だ。

 市街地での走りは慣れると意外に軽快。左右へと軽快に切り返す動きもなるほどオフ車系だ。ブレーキは軽量優先で選ばれたブレンボ製小型のキャリパー。握る力によって制動力を調整するタイプ。オフロードでの扱いやすさも重視した噛みつき度の強くないパッドとみえ、初期タッチもソフトめ。ファーストタッチにカツンとくる反応がない分、しっとりとフロントのサスを縮めて90/90-21という細身のタイヤに荷重を乗せてブレーキングができるイメージだ。
 

 
 LEDライトが光るマスクはきっと他車のミラーにも印象的に映っているのではないか。テネレ700の個性は街も刺激するに違いない。

 直列2気筒、270度クランクがもたらす刺激成分のあるエンジンのリズム。これはXSR700やMT07と同系のもの。このエンジンの美点はスムーズなパワーデリバリーによる安心してアクセルを開けられること。特にスロットルを開ける瞬間、閉じる瞬間の部分もマイルドにしつけられドンツキが少ない。少ない、としたのは、テネレ700のファイナルレシオが低く、その分微少開度のオンオフで細やかなドンツキがロード系モデルよりは出る印象だ。
 が、もちろんそれが気になるのではなく、ファイナルが低い分2速、3速の低速域での守備範囲が広く、ギア選択でその部分を散らすこともできる。ここまでローギアードにしなくても──初めて乗った時はそう思ったが、オフでのアジリティーを知った後ではこれが大正解だと判る。なので、テネレ700との付き合い方として高いギアを選び走るのが吉だ。
 

 
 高速道路では6速でもやや高めのエンジン回転数となる。追い越し加速などはその分意のままに増速するからこれもマル。以前に乗った印象よりもエンジンに起因する振動が減ったように思う。海外の試乗会では120km/hを超すとグリップ、シート、タンク周りにビリビリする細かな振動が出て、エンジン回転数が高い分、割り切ったのか、と思った。今日はそれが気にならなかったのだ(テネレ700の海外試乗インプレッション記事はコチラhttp://www.mr-bike.jp/?p=160818 )。
 
 小ぶりなスクリーンに見えてライダーの胸あたりまで風圧をキャンセルしてくれるテネレ700。その防御幅は広くないが、バイザー付のヘルメットでもしんどさは少ない。冒頭のストーリーに照らせば、250クラスのオフ車とは比較にならない余裕だ。世界でアドベンチャーバイクが人気なのは、市街地が30km/h~50km/h、市街地を出て郊外路が90km/h~100km/h、高速道路が120km/h~130km/h制限が多いヨーロッパでは、一般道で100km/hの移動が多く、このあたりのバイクの走りとレスポンスがとても重要だ。ハンドリングの軽さや存在感を含めてテネレ700はなるほど世界の道にチューニングを合わせた仕様だ。だから基本、日本の道でも余裕がある。
 

 

 ワインディングではテネレ700はオフ車らしくもあり、持ち前の車重、2人乗り、ラゲッジ用ケースを搭載して走ることを前提に作った剛性感ある車体が好ましい走りをしてくれる。見知らぬ道も市街地同様見通しが良い視点、リラックスしたライディングポジションなので走りやすい。ハンドリングも前後に履いたピレリのスコーピオンラリーSTRというブロックパターンのタイヤなのに、ゴロゴロ感がなく、寝かせた時のグリップ感に不安がない。ロードバイクとツーリングしてもテネレ700の存在をアピール出来るだろう。
 

 
 そしてオフロードも足を踏み入れてみた。舗装路同様、加減速時に適度なピッチングの姿勢変化速度をもたらすテネレ700。減速時はゆったりと前輪に荷重を乗せ、タイヤのグリップを引き出しやすい。そこから寝かせて引き出せる旋回性も実に穏やかかつしっかりと前輪の向きが変わり、立ち上がりでの加速へとスムーズに移行ができる。そこに市街地でも感じたスムーズなパワー特性だ。ドンツキのないパワー特性のため開けることにためらいが要らない。車体の大きなセローと言うより、WR250Rのように一体感ある走りを道幅の限られた林道でも楽しめる。片方の轍の上を正確にトレースするのが楽しい。スイスイ走れるテネレ700。間違い無くオフ車だ。

 オフロードで感じたグリップを乱さないエンジン特性。欲しければライダーが主導権を握ってテールスライドに持ち込む操作をしてハンドリングを調整できる車体との組合せは、電子制御に頼らない、オフ車にトラコンは要らない、という造り手の思いもこもっている。
 

 
 様々な場面でアジリティーの高いテネレ700。セローやトリッカーが生産中止となり国内ヤマハでは唯一孤高の一般道用オフ車となった。教習所で大型二輪免許が取れるようになってはや四半世紀近く。いまや初めてのオフ車がアドベンチャーバイクという人は珍しくない。と考えると、このテネレ700はそんな人達に向けた入門用として、また大型アドベンチャーから軽快さを求めてやってきた経験組にも応える逸材とも言える。以前テネレ700でツーリングしたとき、30km/lも珍しくない燃費性能も持っていた。もちろん、乗り方でガラチェンする燃費だから一つの参考までにとなるが、総合性能高し、と言えるバイクだ。そう、これ、オフ車なのだ。
(試乗・文:松井 勉)
 

ライダーの身長は183cm。写真の上でクリックすると両足着き時の状態が見られます。

 

φ41mm径のインナーチューブを持つ倒立フォークは210mmのストロークを持つ。フロントブレーキはφ282mm径のウエーブディスクとブレンボ製2ピストンキャリパーを組み合わせる。フロントフェンダーは取り付け位置を変更でき、オフロード向けのブロック高のあるタイヤを履いた際、ドロや石が詰まることを防止できる。

 

クロスプレーンコンセプトで磨かれた直列2気筒エンジン。90度V型と同等の不等間隔爆発のファイアリングオーダーを持つ。爆発、回転にガツガツ感はなくR1のエンジンのような滑らかさを持つ。エンジン下部にはアルミ製スキッドプレートを装備。

 

リンク式モノショックのリアサスペンション。電子制御系はABSを装備するのみ。トラクションコントロールは装備していない。グリップ感のよいパワー特性とバランスしその必要は感じ無いのが大きな特徴。リアブレーキはφ245mm径のウエーブディスクにブレンボ製シングルピストンキャリパーを組み合わせる。各部の造りにも軽量化を徹底したという。

 
 

鉄製のしっかりしたリアブレーキペダル。踏面は転倒時に折れ曲がることで衝撃を受け流すフォールディングタイプ。ステップにはオフロードで滑りにくいエッジを立てた歯が設けられているほか、ラバーも装着されている。このラバーは取り外しが可能。オフロード走行ならば取り外すことでブーツのソールと確実なグリップが得られる。サイドスタンドは鍛造アルミ製として、強さと軽さにこだわる。

 

ステンレス製のエンドキャップを持つオーバル型サイレンサー。
シートエンドからショートテールの先にLEDのブレーキランプを装備。その先にナンバープレートホルダーを延ばし、リアフェンダーの役割も持たせる。ウインカーは白熱球を使用。

 

シートは前後分割式でありながらその上面は一体式のオフ車のシートのような形状をとなっている。シート下にはETC車載器が入る程度のスペースがある。

 

液晶モニターを採用したメーター。速度、回転計、ギアポジション、燃料計、時計が主要なパートをしめ、トリップ、オド、燃費計などはスクロール選択で表示を選べるタイプ。メーター奥にあるタワーは樹脂製ステーで構成されている。ナビ、スマホホルダーなども取り付け可能なバーも備える。また、メーター下側、ヤマハマークの右にある四角いスイッチはABSのキャンセルボタン。リアホイールのみABSが解除されオフロードでブレーキターンなどが簡単にできるようになる。
ハンドルクランプの位置はやや高め。スタンディング時の乗り味を重視したもの。

 

ウインカー、ハザード、ホーン、ディマースイッチ、パッシングスイッチを備える左スイッチボックス。右にはエンジンオン、オフスイッチ、スタータースイッチ、セレクトスイッチが備わる。メーター表示を切り替えるスイッチだ。

 

LED4灯のヘッドライト。上二つがロービーム、下二つがハイビーム。ハイビーム時は4つが点灯する。スクリーンはヘッドライトカバーも兼ねる。
燃料タンクは16リッターの容量を持つ。指定燃料は無鉛レギュラー。

 

●YAMAHA Tenere700 主要諸元
■型式:2BL-DM09J ■エンジン種類:水冷4ストローク直列2気筒DOHC4バルブ ■総排気量:688cm3 ■ボア×ストローク:80.0×68.5mm ■圧縮比:11.5 ■最高出力:53kw(72PS)/9,000rpm ■最大トルク:67N・m(6.8kgf・m)/6,500 rpm ■全長× 全幅× 全高:2,370 × 905 × 1,455mm ■ホイールベース:1,595mm ■シート髙:875mm ■車両重量:205kg ■燃料タンク容量:16L ■変速機形式:常時噛合式6段リターン ■タイヤサイズ前・後:90/90-21M/C54V・ 150/70 R18M/C ■ブレーキ(前/後):油圧式ダブルディスク/油圧式シングルディスク■車体色:マットダークグレーメタリック6(マットダークグレー)、ブルーイッシュホワイトパール1(ホワイト)、マットブラック2(マットブラック) ■メーカー希望小売価格(消費税込み):1,265,000円

 



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2021/06/25掲載