ひかえめだけど伝統の音が聞こえてくる。
東京湾アクアラインの神奈川県川崎側から、海のさらに下を通る長いシールドトンネルを走っていると、黒色酸化皮膜処理されたメーターリングと、クロームメッキされたヘッドライトリングなどがトンネル内のライトを反射してクルクル回るように光って美しい。ベースとなったW800シリーズ譲りの部分が多いが、メーターデザインやハンドルなど組み合わせを、K3専用に少し変えている。でも最もわかりやすいのは、スピードメーター内にカタカナで赤く“メグロ”と入った文字。自分が何に乗っているかを意識させてくれる。
まだ朝の7時前なのに平日のアクアラインの下り線は混んでいた。房総半島へ仕事に出かける人たちなのか、それともゴルフかな。流れの中で変速比が1以下のオーバードライブになるトップ5速に入れたまま時速60キロから80キロくらいで走った。3千回転以下なら、固定シールドを取り付けたお気に入りのアライヘルメットCLASSICジェットヘルをかぶった耳には、遠雷のように、いや猫がゴロゴロとのどを鳴らしているようにバーチカルツインの排気音が聞こえてくるだけ。
古いメグロスタミナが発売された60年代に生まれた私は、残念ながらそれに乗ったことはない。これまで仕事としてその後継であるW1各種と通称W3こと650RSには何度か乗らせてもらったことがある。エンジンは空冷バーチカルツインであるところだけが共通で、関連性はまったくないのに、古いWシリーズに似た音色になっているところにニヤリとしてしまう。道が登り始めるとトンネルの出口が近づいている。出てすぐにパーキングエリアとなっている人工島“海ほたる”へと入った。まだ春になりきれない感じで寒い朝だから、標準装備されたグリップヒーターの存在が心底ありがたい。
回転数を上げなくても気持ちいいゾーンがある。
すぐに走り出し、千葉県木更津側のアクアブリッジに向かった。力強い加速がしたければ3千回転以上に回すこと。しっかりとしたフラットなトルクが続いてレブリミットである7千500回転付近までスムーズ。上り坂の合流となるが、流れているクルマの速度まで加速するのはなんてことない。吹きっさらしのアクアブリッジではW800 STREETのものと似た、いやほぼ同じだと思う黒くて幅の広いハンドルバーにつかまる腕は、直径1メートルくらいの木に抱きついているようになる。シリンダーと一緒に直立している上半身にあたる風に向かい両手を開いて歓迎しているようになるけれど、過度にフラフラしない良好なスタビリティ。前から、ときおり横からもくる風が手強い敵にはならなかった。
房総半島に乗り入れたすぐのアウトレットパークがあることで知られている木更津金田のインターチェンジでいったん高速をおりた。太陽は出ているはずなのに、どんよりした鉛色の雲に隠れ、起き抜けの海は、輪郭がまだぼんやりとしていた。一般道を走るなら断然3千回転以下がおすすめ。というか、3千回転以上にしなくていい。低回転域のトルクがあって、トップ5速に入れたままアイドルの回転数でも息切れをおこさず走れてしまい、そこからスロットルを開けてもゆるやかながらちゃんと加速もできる。
レスポンスや速さを求めるなら高回転域の方がいいけれど、そうやって走るより、スムーズにたおやかに流して走るほうが心地よい。3千回転以上になるとハンドル、ステップに伝わる振動が確実に大きくなる。それが不快と感じるまでじゃないけれど、少なければ少ないほど流れるように進めて安らぐ。その低回転域のトルクがあるから、4速、5速の許容範囲が広くて、一般道ならノロノロ渋滞がないかぎりこの2つのギアで足りてしまう。だから発進すると、スロットルを大きく開けずすぐにシフトアップ。普段は急くように走りがちな私でも、自然とそう走りたくなくなるオートバイだ。その分、周りの景色が目に飛び込んできて楽しませてくれるじゃないか。
味のあるクラシックスタイルながら走りまでクラシックではない。
また高速道路に入って館山自動車道で、風を抱きしめて半島の先の方を目指した。最初からETC2.0機器が付いているってのもミソ。私は普段から、何が何でも下道とか、チープに行こうとか、こだわりがまったくない、気のむくまま高速に入ったり出たりしたい派。スピードメーター内にある長細い液晶画面にはひとつの情報しか出せないので時計にした。急ぎ旅じゃなけれど、慌ただしい日常の悪い癖か。南下している途中、8時前になって、ようやく雲の合間からおひさまが顔を出した。目の前が明るくなり体感温度が気持ち上がった。下を向くとMEGURO K3のいちばんのポイントである銀鏡塗装された燃料タンクに、ハンドルとそれを掴んだ自分が見事に写っていた。見惚れると危ない危ない。
鋸南保田インターでおりて一般道を少し走って保田海水浴場に出た。浮島が見える海の上を見上げたら雲がほとんどない青空が広がっていた。海水浴場に沿って伸びている幅がクルマ1台分ちょっとの道は、ところどころ風に飛ばされた砂が吹き溜まっていた。アップライトなポジションと幅の広いハンドル、そしてしなやかなサスペンションがあいまって砂の上でもコントロールしやすく、虎の尾を踏むような気持ちにならず、そのまま速度を落とさず通過してもなんてことない。前後輪が少々滑っても気にならない。車両重量は227kgあるから軽いという印象にはならないけれど、重心位置が低すぎず、高すぎずで、動かしていると数字なりの重さを感じさせない。若者からしてみると高いとは言えない身長170cmの私でも足着きもばっちりだから、しっかり支えられて押し引きもやりやすかった。
もっとワインディングが走りたくなって、そこから内陸にちょっと入ったところにある“もみじロード”に向かった。紅葉の時期は、紅葉狩ドライブに訪れた人で賑わうけれど、3月の今は、山あいの自然は静かにたたずんでいる。燃料タンクはサイドが丸いカタチだけれど、太ももを開かずに内側に向けると、前に向かって広がっている黒いラバーのニーパッドが自然に当たり、強く意識しなくても減速時などで体が前にいく動きをとめやすい。白いパイピングが施されたシートは古い英国車風に見えるけれど、前席と後席に段差があり、運転者の領域が分かる。だから自分がどこに座っているのかをすぐ知れて、快適なポジションや操りやすいポジションを決めやすい。私の好みと体型では、段差にお尻が当たって少しだけ前に出た位置が、コーナーリングしやすく、ハンドルを目一杯切るのもさしつかえがないからUターンもバッチリなスポット。その時の膝は90°より少し角度がついたくらい。
動きは、重心が低くて立ちが強いということもなく、かといって倒れ込む挙動が急でもない素直なフィーリング。低速でもハンドルの切れ込みは強くなく速度に見合ったセルフステアが入る。こんなにクラシックの見た目ながら、前後のサスペンションはしっかり機能して、高性能ではないながら、走りの本質は確実にモダンなものになっている。クセがなく曲がることを制御しやすい。フロントタイヤの仕事と、リアタイヤの仕事のバランスがいい感じだ。純正で履いているK300GPはこのオートバイが持っている世界の中できっちりグリップして、それほど深くないバンク角をフルに使わなくても程よくスポーティーで楽しい走りができた。スロットルを開けながら縮んだリアサスペンションからタイヤの情報をもらいながら速度をのせて立ち上がるのが実に気持ちいい。決してスタイル重視で終わっていのである。
スペックだけで語れない楽しい時間を味わう。
お昼ごはんを食べて、まったりした後に帰路へ。特別でもなんでもない、気が向いたらふらっと行ける小さい旅だけど、MEGURO K3は私を退屈させることなく、一緒の時間を過ごせた。贅沢を言えば50年以上ぶりに復活したメグロブランドなんだから、もっとW800とは違う部分が欲しいところだけれど、車両価格に大きく影響するコストを考えると、いい落とし所だと思う。朝から付き合っていると、バッジエンジニアリングと簡単に片付けてしまいたくない愛着がめばえた。海に近いギリギリのところにとめて立っていると、知らないおじさんから「いいね、昔私が乗っていたバイクと似ている。かっこいいね」と声をかけられた。私は少し自慢げに「いいでしょ」と笑って答えた。古いメグロについて知らなくても、存在について多くを語りたくなる1台。
(試乗・文:濱矢文夫)
■型式:2BL-EJ800B ■エンジン種類:空冷4ストローク並列2気筒SOHC4バルブ ■総排気量:773cm3 ■ボア×ストローク:77.0×83.0mm ■圧縮比:8.1 ■最高出力:38kw(52PS)/6,500rpm ■最大トルク:62N・m(6.3kgf・m)/4,800rpm ■全長×全幅×全高:2,190×925×1,130mm ■ホイールベース:1,465mm ■最低地上高:125mm ■シート高:790mm ■車両重量:227kg ■燃料タンク容量:15L ■変速機形式:常時噛合式5段リターン■タイヤ(前・後):100/90-19M/C 57H・130/80-18M/C 66H ■ブレーキ(前/後):油圧式シングルディスク/油圧式シングルディスク ■懸架方式(前・後):テレスコピック式・スイングアーム式 ■車体色:ミラーコートブラック×エボニー ■メーカー希望小売価格(消費税10%込み):1,160,000円
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