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エンタメ

第122回 「新年早々、さようならですが」

 あけましておめでとうございます。とはいえ、もう2月ですし、昨年からおめでたいと手放しで喜べるのは、よほどおめでたい人だけでしょう。そんなおめでたい人はともかく、ステイホームだ、テレワークだといわれても、医療関係、交通インフラ関連はもちろん、他にも外に出て働かなければならない方々のおかげで、なんとか日常生活は保たれております。ありがたいことです。どう考えてもこの状況で夏にオリンピックの開催は……次の選挙、みなさんぜひ行きましょう。





 現時点で(2021年2月1日)非常事態宣言が延長されましたから、吞みにも行けず(いつも寂しい一人酒なので行ってもいいと思うんですが、20時までの営業では仕事が終わってから間に合いませんし)、休みの日もどこにも行かず、テレビを見まくりました。といってもなにも映っていないテレビ本体を眺めてニヤニヤするテレビ本体マニアではありません。その筋のマニアの方もいらっしゃいますので誤解のないよう申し上げておきますと、録画しただけで見ていなかったテレビ番組を見たということです。昔のように集中して見る根気がなく、興味のなさそうな部分は早送りですっとばしながらの流し見ですが、だいぶハードディスクがすっきりしました。
 その中に、躍進が著しい立喰・ソのY太郎を特集した番組がありました。元子役(当たり前か。永遠の子役は白木みのる師匠のみ)の辛口コメントで人気の某氏が司会、コメンテーターには、一流野球選手の長男の某氏、元大臣、知事経験者の次男の某氏など何人でした。番組は、最近キワモノ路線へ驀進しているF、かつての勢いが感じられないKと対照的に勢いのあるY太郎が、いかに努力してがんばっているかを伝える内容でした。それはもちろんいいのですが、構成がいかにもでした。「立喰・ソなんか(いきなりなんかよばわり)食べたことがない」と豪語するのは、大金持ちのボンボンですからしょうがないのですが、その割に、どこかで聞いたような、ありきたりな立喰・ソがいかにダメかを語るのです。でも彼らに罪はありません。おそらく「立喰・ソはまずくて当たり前。でもY太郎は立喰・ソのレベルではなくおいしい」という台本どおりにきちんと演じていただけでしょう。立喰・ソ極右派のみなさま、いきり立って家の塀に「バカ息子」と書きにいかなようにしてください。
 番組最後お約束の実食では、絵に描いたように「これはおいしい」「町のそば屋を越えた」「行きたい」と大絶賛でちゃんちゃん。Y太郎のソがおいしいことは皆さんご存じのとおり。どうでもいい個人の感想なのですが、新メニューののり弁がかなりおいしいです。目玉が飛び出るほどとか、舌がとろけるほどではないのですが(といいますか、実際に目玉が飛び出したり、舌が溶けたりしたら、それはおいしいのではなく、とてつもなく危ない食べ物ということです)、しみじみ「うまいなあ」と思いました。
 Y太郎がうまい、他はダメというような立喰・ソ=まずい的噴飯ならぬ噴ソものの番組構成、コロナ禍でもふんばってがんばっている多くの立喰・ソのみなさま,路麺愛好家の大兄の心中を思うと、怒りを越えてあきれてしまい、両手を横に広げ、手のひらを上に向けひらひらさせながら、首を振ってしまいました(この行動の名称はなんというのでしょうか?)。

のり弁
Y太郎ののり弁はどんぶりに盛り付けてありますが、名称はのり弁です。びっくりするほどではないですが、こんなもんだろとナメてかかると、おいしくてびっくりします。しかも270円! これを食べてびっくりできる、それくらいがちょうどいいんです。私は。(2020年12月撮影)
三松
2021年立喰・ソお食い初めは泉岳寺の三松に行きましたが、なんと売り切れで仕込み中。こんなことは初めてでびっくりしましたが、翌日出直して無事に済ませました。(2021年1月撮影)

 つまらないことをつらつらと書いてしまい申し訳けございません(こればかりは年中不変ですが)。
 
 年明け早々明るい話題ではないけれど、それほどお先真っ暗な話ではない話が本題です。こういう話のことは、薄暗い話というのか、それとも薄明るい話なのでしょうか?
 予告されていた通り、泉岳寺の三松は2021年1月15日に閉店してしまいました。昭和テイストあふれる店構えと大将、そしてついつい飲み干してしまうおつゆと、なにげに絶妙なゆで麺に、油がいいのか腕がいいのか、両方いいからおっさんが食べても胃もたれしない天ぷら。これらすべてが幻になってしまうわけではないので、ほっとしています。

 三松といえば隠れた名物がチャーシューめん(らしい)。ラーメンはあまり食べないので、注文したことはなかったのですが、最後の最後で「ひょっとしたら……もう食べられない?」と思いがよぎり、会社を抜けて食べてきました。そしたらまあ、わたしの数少ないラーメン歴のなかでは間違いなく1位でした。うまかったなぁ。

 ラーメンを注文したとき、無言でうなずきながら大将はへろへろでした。手を休めることなく大将が常連さんとお話ししているのを耳ダンボで盗聴したところ「閉店するのがこんなに忙しいと思わなかったよ。麺もチャーシューも明日まで持つかどうかわかんないよ……」とぼやいていらっしゃいました。それだけ多くの人に愛されていた証ですね。

 三松は、昨年6月に台車が割れて脱線するという、某社製のNゲージのような事故があった京成の青砥駅で2月から再開の予定です。またたくさんお客さんがやってきて、大将がぼやきまくれますように。ラーメン食べたくなってきちゃいました。今度は紅生姜天を載せようかな。ところで青砥に移ったあともラーメンはあるんでしょうか? 新年早々、心配ごとがひとつ増えました。

三松
江戸時代なら間違いなく四十七士が食べたであろう泉岳寺の真ん前にあった泉岳寺の三松。5人も入れば満員の狭いお店でしたが、大将を含めて昭和立喰・ソの雰囲気を令和に伝える立喰・ソ遺産級のお店でした。探してみたら一番古い写真は2005年に撮ったやつでした。下の写真と比べてみてください。(2005年6月撮影)

ラーメン
三松のラーメンは有名らしいのですが、なんとなく食べたことありませんでした。最後かもと食べたらおいしくてびっくりしました。(2021年1月撮影)
三松
ソも食べたくなり、翌日の昼過ぎに行ったら満員御礼。ちょっと待って私が注文した後、準備中の札が出ました。大忙しだったようで大将はへろへろ。おつかれさまでした。青砥でまた食べさせてください。(2021年1月撮影)

ラーメン
「ひょっとしたらやってるんじゃないか?」 と。あらぬ妄想をしつつ、閉店翌日に行きましたが、もちろんやっているわけもなく……表はキレイに整理されていたのですが。(2021年1月撮影)
三松
行灯はそのままでした。青砥に持って行くんでしょうか?いらないなら欲しいなあ。という立喰・ソファンはたくさんいるでしょう。(2021年1月撮影)

三松
三松
追伸
早くアップすればいいのに、もたもたしてるうちに三松青砥店は無事2月1日に開店しました。豊富なお品書きも変わっていないし、狭い店内も再現(笑)。よかったよかった。心配ごとがひとつ減りました。(2021年2月撮影)


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2021/02/11掲載