“インターナショナルGSトロフィー2020 ニュージーランド“が始まる。
前夜の喧噪が消えてから7時間も経っただろうか。オカタイナ湖畔のキャンプ場に目覚ましの音が響きだす。午前5時前。まだ真っ暗だ。気温は10度あるだろうか。夏だというのにニュージーランドの朝は寒い。一日に四季がある──、これはニュージーランドの気温変化を例える言葉らしい。ブリーフィングで聞いた通りだ。
あちこちからテントのなかでガサゴソ動く音と、ヘッドランプの明かりが緑色のテントの生地を透かして見える。朝だ。テントをたたみ、パッキングしてトラックに自ら運び込む。そして5時半からの朝食へ。
まだ多くの参加者は時差と戦っている。ニュージーランドは世界でもっとも東よりに位置する国だ。サマータイムの2月は日本時間より4時間時計が進んでいる。午前1時に目覚ましで起こされる感じだ。体内時計が前日の夕方なんて参加者もいるだろうから、朝食会場で表情を眺めても多くがぼんやりとしている。準備のために2週間前に現地入りしたスタッフ達がこぼれるような笑顔で挨拶をくれてもそれに気が付くのが精一杯、という感じなのだ。
それでも7時からのグランドスタートが近づけば、誰もがテンションが上がる。GSトロフィーの旅はこうして始まった。
今回、新型コロナウイルス感染症の拡大防止のため、参加を予定していた中国チームは直前で参加を見合わせた。残念だがその後、世界がどうなったかを考えると、最善の策だったとも言える。1チームが減り22チームとなった。スタートは2チームが一つのグループとなり、マーシャルに先導されながら走り出す。5分間隔で1グループごとに走り出す。日本チームは7時20分。この日はイタリアチームとともに走り出した。この日の行程は350㎞。そのうち半分の距離がダートだという。
スペシャルステージという洗礼。
スペシャルステージと呼ばれるゲームが行われる場所に到着したのは、スタートから2時間ほど走ってからだった。綺麗な川が流れる河原にそのコースは造られていた。
ステージのマーシャルから走行を控えたチームごと直前にルールが伝達される。
スタートからゴールまでパイロンや矢印マーカーで造られたコースを通り、ゴールまでたどり着くこと。その間、川を二回渡る。パイロンの間を通りながら進むこと。ミスコースや転倒はペナルティーポイントになる。1人目のライダーがゴールに着いたら、2人目がスタート、ゴールしたら3人目がスタート、というチーム戦。1チームは最大4分以内にゴールすること。
コースの下見はナシ。ほかのチームが走行しているのを見て、だいたいイメージできるが、ぶっつけ本番は難しい。タイムレースだからライダー心理としてはアクセルをガンガン開けたくなる。が、そこは丸石の河原。少しでも開けすぎると滑ってバランスを崩すリスクも。また、歩いていると見えるオレンジのパイロンやスプレーされた矢印を見落としてしまう可能性が出る。コースがS字状になっていると、一つ先のパイロンゲートを目指してしまう可能性もある。しっかりと罠を仕掛けてくるのだ。
先行してスタートしたチームの中には盛大に水しぶきを上げ、果敢に攻めるライダー、慎重に進んだのに、ゴール直前の上り坂でスタック、バイクを倒してしまうライダー、パイロンの間を抜けずに次の目標めがけて走るライダー、川渡りで転倒するライダー……。
どれが正解でどれが間違いなのか。もう解らなくなった。あの場所は滑るのか? あそこは問題なさそうだと思ったら、そうでもないみたい……。
プレッシャーだけがスタートを目前に高まってゆく。勝負の意識を捨て、リラックスして行けばきっと問題はない。しかし、GSトロフィーの代表になったライダー達に攻めないとうい選択肢はない。主催者はそこを突いてくる。バイクを壊すなよ、怪我をするなよ、という信号を、初日の一発目のスペシャルステージに用意したのだ。
前日のスタート前ブリーフィングでは「レースではないがコンペティションだ。でも忘れないで欲しい。ここにいるキミたち参加者はすでに勝者なんだから!」と伝えられている。全力で楽しんで欲しい。でもムキになるなよ、ということ。このイッパツ勝負を攻めるのか守るのか。見極めが難しいが、それもGSトロフィーの面白さだ。慎重に行きすぎて失速、攻めすぎて失敗、まさに平常心な走りが求められるのだ。
この日、2つ目のスペシャルステージは大胆さより冷静で正確なコミュニケーションを求めるものだった。“セナチャレンジ”と銘打たれたそのステージでは、ライダーは墨塗されたゴーグルを手渡され走行時に装着(つまり視界がゼロ)、チームのもう一人のライダーが指定された場所からスポッターとなってヘッドセットを通じてライダーに指示を出す。その“音声ガイド”だけでライダーはゴールを目指す、というもの。
距離的には30メートルもないだろう。しかし広場に造られたパイロン2本のゲート間を抜けながら目指すゴールは遠く感じたにちがいない。ライダーは視界ゼロ、バタ足でバイクを動かす。スポッター役以外、声出しは厳禁だ。
ヘッドセットからどんな声が流れたのかを想像してみた。「そこから右に曲がって、戻して、しばらく直進、そこから左へ、ああ、ちょっと戻して、そのまま真っ直ぐ、ゆっくり、そこから左、ああ、まだだった、一度ハンドル戻して直進、真っ直ぐ、真っ直ぐ、そこから左!」という具合ではないだろうか。
ここでも転倒、パイロンタッチは減点となる。トライアルライダーでもあるイタリアチームのライダーは、全行程スタンディングで走破したのは見事だったが、それは例外的で、どのチームも歩くような速度でトライしたに違いない。
これもまた難しいトライだった。こうしたステージの成績はキャンプ地に到着したあと、夕食後に発表される。これがまた盛り上がるのだ。そう、やっぱり成績が気になるし、順位が上がれば嬉しいし、下がれば悔しい。
絶景だが、時に絶叫ロードに……。
これは8日間を通して、というのではなくニュージーランドの北島のルートで多かったのだが、ダートロードは難題の一つだった。道は平らでギャップも少なく、いわゆる砂利舗装された道なのだが、道路の断面形状が見事なかまぼこ型。日本の道だってそうだろ? だとしたら、こちらの道はロールケーキのよう。と、いうと大袈裟だが、サイドに行くほど撫で肩度がきつくなり、日本と同じ左側通行なので、右カーブの場合、少しでもアウト側からアプローチすると、フロントが切れ込むようになり、曲がれずどんどん外にバイクが流れてしまう。
ブラインドカーブの手前になると、先導のマーシャルがヘッドセットを通じて「キープレフト、キープレフト」とワーニングを発する。実際、北島ではものすごい勢いで通過する対向車も経験した。本当は、撫で肩だけに、右カーブを道幅のインベタで行けばバンクに乗ってぐいぐい曲がれるが、キープレフトは逆バンク側。しかも道のど真ん中エリア以外は厚く堆積した砂利もあり、油断するとびっくりするぐらい曲がらないのだ。
そこは要注意だが、景色は素晴らしい。もうその連続なのだ。正直、ニュージーランドがこれほどだとは思わなかった。ルート設定の妙もあるだろうが、舗装路を走っていても、ダートを走っていても特上のツーリング気分になる。それは、GSライダーなら体感したくなるようなアドベンチャーツーリング要素がみっちり詰まったものだ。
初日の350㎞に続き、2日目の移動距離は360㎞。今日も半分がダート路だ。ネイピアという場所からスタートしたこの日、最初のスペシャルステージはキャンプ地から市街地を抜けた先にある海岸に用意されていた。砂利浜のそこでは、F850GSをスタート地点からゴールまで人力で押して運ぶ、というもの。
スタート地点に1速に入れた状態でバイクを停め、スタートの合図とともにギアをニュートラルに戻し、3名でバイクを動かす。渡されたタイダウンベルトを使い、日本代表は2名が牽引し、一人がハンドルを保持し押す作戦を選んだ。踏ん張りすぎると砂利でバランスを崩しそうな中、見事6位のタイムでこのパワーゲームを完了。朝から汗をかいた。
この日、砂浜を走るルートも含まれた。海岸線の入り口からほどなくあった滑りやすい岩盤エリアをそろりと抜け、砂浜へ。潮が適度に引いていて、引き締まった走りやすい砂の上に長いGSの隊列ができた。数キロの出来事だったが印象深いものだった。
その後、牧場が広がる山々の間を抜けるダート路を走った。幅が広く見通しやすい。絶景だらけだ。絶景の上書きが凄すぎて、今この感動を忘れてしまいそうで恐い。それほど景色が素晴らしいのだ。
二つ目のスペシャルステージも海岸にあった。今度は砂浜に設けられたコースをチームから選出した代表1人が走るビーチスプリントだ。スタート地点からフラッグ2本を回りゴール地点に設けたバイク一台分程度の四角の枠中にGSを停め、エンジン停止、手を上げる、というもの。引き締まった砂浜、スタートの緊張感、開けすぎると進まず、フラッグ2本を左、また左に曲がり、スタート地点から数メートル横に設けられたゴールに戻る。コースを俯瞰すると縦長のコの字型だ。
他のチームが走るのを見ていると自ずとアドレナリンがあふれ出す。でも慎重に。攻めすぎて転べばタイムロスだ。30秒と掛からない勝負だけに、それを読み取り、慎重な中にベストを尽くす難しさがある。毎度、走行系コンテンツは短時間の勝負。奥が深い。
その後、再び移動しながらカスルポイントという町のキャンプ場がその日のゴールだった。海岸にあるその場所はテントを張り、湯が落ちると気温が下がり始める。この日も四季を味わったのだ。
GSトロフィーでは毎日温かいシャワーを浴びることができた。行程の半分がダートという日々、ライダーは埃まみれになる。支給されたグレーのウエアが真っ白に見えるほどだ。それだけにシャワーは必須。イベントでは移動型のシャワーをチャーターしていた。大型トラック(トレーラー)のパネルバンの中がシャワー室になっていて、いちどに10人(ボクが見た男用だけで)がシャワーを浴びることができる施設が移動しながらやってくる。
もちろん、キャンプ場にあるシャワーも併用できたが、このトラックの存在は大きなものだった。
そして、食事。基本的に朝食、夕食はビュッフェスタイル。昼食は簡単なサンドイッチや果物、エナジーバー、ドリンクが提供される簡単なもの。それでも特上の景色の中で摂ると、素敵な思い出になる。じつはハイシーズンのニュージーランドで、日々南下をする200名からの団体が一日だけ貸し切りで施設利用をするための予約確保には苦労した、とスタッフの1人が語っていた。ピンポイントの日程、移動行程だからなおさらだろう。
GSトロフィーの3日目はキャスルポイントのキャンプ地からスタートした。10分と掛からずその日のスペシャルステージが行われる砂浜に到着。今度は何だ!と興味津々そのルールを聞くと、チームから代表で1人を選び、砂浜に作られたスラロームコースを回り、ゴールへと走る、というもの。ただし、昨日のライダーとは異なるライダーが走るコト。
砂浜に作られたコースだけに、先行するチームが走るほど砂が掘れてくる。掘れていない場所を通るか、掘れているが最短距離を行くか。転倒はペナルティーにはならないが短距離決戦だけにそれはNGだ。毎度ながら短時間に様々読み取り、選択した行動を想定通りに行う……。そんな力を試されているようだ。もちろん、他のチームが走るところを見て研究したいが、その日の行程があるので、先導のマーシャルも「次は俺たちのグループが走る」とねじ込みぶっつけ本番、即対応。これがGSトロフィーだ。
ニュージーランドのもう一つの顔。
砂浜を出て再び走り出す。程なく牧場の中へ。そこは私有地で特別な許可を得て通過しているという。途中、羊の群れに会うなど、ニュージーランドらしい体験もできた。見た感じ、牧場というよりは山岳地のような風景だ。聞けばそれだけに牧草の育成は時間がかかる。日本のなだらかな丘というイメージとはことなる。だからこちらでは、羊を移動させながら牧草のあるエリアを遊牧させるのだという。牧場経営には広い土地がいる。タフな仕事だよ、とは地元ニュージーランドのマーシャルの言葉だ。30分ほどは牧場の中を走ったが、その間、羊の群れがいたのはごく一部のエリアだけ。そんな理由があったのだ。
また、ヘッドセットからマーシャルが「左に見える海岸はつい最近あった津波の影響で砂浜のカタチがかわってしまったんだ」と言った。
その津波は巨大なものではなかったそうだが、彼らがイベント前の下見で走った2週間前は美しいビーチだった、というから彼も驚いていた。
3.11、東日本大震災の17日前。ニュージーランドのクライストチャーチ周辺を襲ったカンタベリー地震を思い出した。スタート前ブリーフィングでも、強い揺れを感じた時、海沿いにいたらすぐに高台に避難しろ、と言われた。日本と同様、それ以上に地震の多い国にいるのだ。
この日、マーティンボローの町を通った。この町でコーヒーブレイク。毎日、どこかの町のカフェで30分ほどゆったり過ごすのがルーティンだ。各グループが適当にカフェに入る。町のあちこちにGSが並ぶのだ。
時差を抱えた参加者達にとってありがたい時間だ。このマーティンボローを出てダートの道を小一時間。再び海岸にやってきた。スペシャルステージ2である。砂浜に置かれたネックブレース。そこに丸めたグローブを投げ入れる、というもの。投げる場所から近い、中間、遠い、と異なる3箇所に置かれたネックブレース。遠いほうがポイントは高い。
GSトロフィーにはこうした年齢性別全く関係無いゲームがちゃんと用意されている。声高には言わないが、多用性が当たり前なイベントなのだ。埃を浴びながら一時間のダート走行でたどり着いた美しい海岸。しかも誰もいない場所で、このスローインゲームは大いに盛り上がるのだった。
この日はウエリントン郊外にキャンプを設営した。到着したらもう一つゲームがあるという。早く何をするのか知りたいが、一チームごとスタート地点に移動し、そこでゲーム説明を受けた。
ゲームはバイクスキル、トライアルのようだ。過去2回あったビーチのステージに参加していないライダーが走ること。細いトレールを行くゲームで、途中、川渡りもある。足着き、転倒は減点。途中にあるコーステープに接触しても減点。難易度が高そうだ。ゴール地点でバイクを停め、その先にあるサークルの中にライダーが移動した時点でタイムアップとなる。他のメンバーはライダーをサポートできる……。
スタート直後、大きな溝を越える。転倒必至なそれを巧く越えることがカギになりそうだ。その溝を越えると下り坂が続き、細い川を渡る。その先は森にジグザグルートが設定されている。下見できないから、曲がった先がどうなっているか解らない。参加者の多くは足着き減点となっていた。
3つ目のステージを終え、興奮しながらその話題で盛り上がり、そしてテントを設営、ディナーの時間までシャワーをしてすごす。カクテルタイムも待ち遠しい。そんな生活スタイルが3日目にしてすっかりなじんできたトロフィーライダー達だった。(パート3に続く)