Hondaの二輪製品には、取扱説明書(オーナーズマニュアル)が備えられています。そして、二輪販売店の必須資料としてパーツリストとサービスマニュアルがあります。これらの資料は、通称サービス資料と呼ばれています。本田技研工業では、埼玉県和光市白子に所在するHonda白子(しらこ)ビルのサービス部が、サービス資料の企画から制作までを担当しています。このサービス部のメンバーによって、お客様の喜びのための新たなものづくりの一環として制作されている商品が、「サービスアーカイブス」なのです。豊富に保管されている歴代モデルのサービス資料を復刻させて、往時を懐かしみ趣味として楽しむための書籍としてよみがえらせる活動です。
■取材・文:高山正之 ■協力:本田技研工業、ホンダモーターサイクルジャパン
サービスアーカイブスとは
事の発端は、2018年に遡ります。本田技研工業(以下Honda)白子ビルのサービス部スタッフが企画した案に共感したメンバー数人が加わり、模索が始まりました。小さなプロジェクトがスローガンに掲げたのは「サービスで保有している財産を使ってお客様に喜んでもらえるものを作る」というものでした。
2018年は、初代スーパーカブC100が誕生してから60年を迎える大きな節目でした。そして、初代スーパーカブC100の開発が、白子で行われたというのも大きな決め手となり、サービス資料復刻の第一弾に全員一致で選んだのはスーパーカブC100になりました。
メンバー自らが全体のデザインやマーケティングを行い、さらに正式な活動として承認してもらう提案資料の作成など活動は多岐に及びました。こうして2019年5月に第一弾が誕生したのです。その後は、一年に一作品のペースで、第二弾 CB750 FOUR(2019年10月)、第三弾 CB750F(2020年6月)、第四弾 CBX400F(2021年11月)、第五弾 CB400 FOUR(2022年10月)と歴代名車の作品が発売されました。
そして、最新作の第六弾としてHAWKシリーズが2024年6月発売になり、この度HAWKシリーズを手掛けたチームメンバーに、ものづくりへの挑戦と楽しさについてお話を伺うことが出来ました。Hondaのなかでもユニークな取り組みが、どのようなメンバーでどのような環境で行われているのかをご紹介させていただきたいと思います。
サービスアーカイブスの制作チームについて
サービスアーカイブスの制作チームメンバーはどのように決まるのですか。
角田:「基本的には、自ら手を挙げることです。(デザインソフトを使った画像編集など)自分の得意技が生かせると思い面白そうなのでCBX400Fからメンバーになりました」
岡本:「私は経験が浅いのですが、先輩から『面白い活動があるよ』と聞いて、話を聞きに行ったのがきっかけです」
金子:「私は入社後に社内のミーティングがあって、そこで面白そうな活動だと思い手を挙げました」
角田:「この活動は、原点がボトムアップなので、自発的な活動が大事にされています」
制作チームの人数と、チーム名称を教えてください。
角田:「制作期間中に異動してしまうことがありますが、3名から多い時で4名です。社内では、アーカイブスチームと呼んでいて、特別カッコいい名前はないです」
岡本:「我々の本業はショップマニュアル(サービスマニュアル)の企画と制作です。そのため、サービスアーカイブスのチームは最小限で構成しています。ホンダモーターサイクルジャパン(以下HMJ)の青柳さんには、販売とPRで全面的に協力をもらっています」
制作において守り通してきたものは。
角田:「やはり、この活動の根源とも言える『Hondaの大切な資産を使って、お客様に喜んでいただけるもの』を創るという事ですね。車種が変わっても、ここはブレません」
岡本:「第二弾のCB750 FOURからデザインが変わり、書籍のイメージを強くして本棚においても見栄えがするようにしました。シリーズの作品として見てくださるお客様もいますから。見た目で商品力が伝わるようにカバーデザインも大事だと考えています」
青柳:「販売面では、シリーズ化しているので、なるべく価格が大きく変わらない様に心掛けました」
金子:「自分は、表紙周りや帯を担当しましたが、これまでのイメージを崩さないことに気を付けました」
販売面について教えてください。
青柳:「販売は全国のHonda二輪車正規取扱店様に加えて、2022年3月より、HondaGO BIKE GEAR(ECサイト)での販売もはじまっております。ECサイトでの販売よりも販売店様から注文をいただく方が多く、お客様と販売店様をつなぐアイテムにもなっているようです。CB750FOURの他、CBX400F、CB400 FOURは大変好評で、何回か増刷対応しました」
お客様や販売店から寄せられた要望は。
青柳:「お客様から寄せられる感想としましては、メーカーだから出来る安心感、内容もとても良いものなので、これからも継続して欲しい。ですとか、NSR250RやCBR250RRを希望される声がありました。年齢層で見ますと、40歳代、50歳代の方が多いですね」
ものづくりの難しさとこれから目指したいこと
制作にあたって難しさの順番とは。
角田:「一番目は車種選定、二番目は付録、三番目は表紙のデザインです」
岡本:「車種選定については、現在保有されている台数予測も考慮しています。やはり、今でも大切にしているユーザーの方々は、実車と共に楽しんでくださる可能性が高いですから。でも、新しい年代だとアーカイブスとしての回顧感が低くなるかもしれません。沢山ある車種から選ぶのは、楽しい時間でもありますが、苦労する時間でもあります」
角田:「付録は、車種ごとに変わるので、これが意外と時間がかかるのです。キーホルダーを付録にする案もあったのですが、購入してくださった方が、本当にキーホルダーを喜んでくれるのだろうかと。実際にユーザーの気持ちになって考えて、キーホルダーは採用されなかった。メーカーと言えど、各種版権をクリアしなければならないので、簡単には決まりません。HAWKについては、たまたま当時のデザインスケッチを見たのがきっかけでした。デザイン部門から快諾を得ましたので、特別感のある付録になったと思います」
岡本「表紙は、簡単なようで実は沢山苦労しているのです。CB400 FOURについては、当時のユーザーが最も記憶に残しているアングルなどを想像して、カタログやポスターなども参考にしましました。CB400 FOURは、さまざまな課題がありましたので、最後は実車に自分がモデルとして関わり撮影しました。表紙のシルエットでは分からないエピソードです」
角田:「以前の部署の業務で使っていたCADと、趣味で使っていた画像編集・デザインソフトなどを組み合わせれば、ロゴなどの版下データを素早く高精度で作成できることがわかりました。表紙に使っている車名ロゴは、版下もデータも残されていないので、とてもそのまま版下には使えないような手描き図面を元にして、デザインチームの協力を得ながら作りました。当時のロゴを再現するためには、一定だと思い込んでいた平行線の一つ一つの間隔を場所によって増減させるなど、デザイン部門から受けた知見や文法を取り入れないと成り立たない難しさに直面しました」
近年のHondaは、自らの歴史資産に対しての理解が低くなっているように思えます。古い資料を復元する活動に対して組織の理解は得られているのでしょうか。
角田:「組織としては、理解がありとても協力的です。会社には、価値のある資料が沢山眠っています。それを眠らせておくのはもったいないですよ。入社したばかりの若い人たちが、先輩たちが遺してくれた財産に触れる良い機会にもなっていますし、本業であるショップマニュアルの業務にも役立っていると思います」
これから取り上げたい車種は何でしょう。
角田:「いろいろあるのですが、VFR750R(RC30)とCB1100Rですね。RC30は限定販売なので、保有台数は少ないのですが、名車としての存在感は大きいです。CB1100Rは、輸出専用車ですが、理屈じゃなくカッコいいです」
岡本:「私もRC30派です。海外のユーザーも多いし、熊本製作所内にはRC30のリフレッシュセンターもありますから。これまでフルカウルスポーツはなかったので、サービスアーカイブのラインアップに加えるのに魅力的な一台だと思っています。とにかく面白くて皆さんが喜んでくれる事をやりたいですね」
金子:「私は、社内のレーシングチームに所属しているレース好きなので、レーサーとかレーサーレプリカを手掛けてみたいと思っています」
青柳:「HMJとしても、販売店様やお客様の声を参考にして提案していきたいですね」
制作チームの本業でもあるサービスマニュアルについて、過去と現在の違いなどを教えてください。
角田:「社内では、ショップマニュアルと呼んでいます。まさしく販売店様に供給する資料です。サービスアーカイブスの制作を通じて過去のマニュアルを見る機会が多いのですが、今より部品点数が圧倒的に少なく機能も限られていますので、マニュアルに記載するボリュームも少なめだと感じます。それに対して今日の機種は電子制御システムや機能が大幅に増え、診断方法も全く異なりますから、今のマニュアルは複雑になっています。いかに見やすくて理解しやすい内容にしていくかが、腕の見せ所です」
岡本:「販売店様から『マニュアルを見ても取り外し方が分からない』といった連絡もたまにあります。我々もマニュアル用の写真撮影に立ち会って、新機構の仕組みを理解することも重要です。普段は目にする機会が少ない資料ですが、サービスアーカイブスを通じて、知名度を高めていきたいですね」
【取材を終えて】
制作チームはベテランで構成されていると思っていましたが、20歳代の若手とベテランがチームワーク良く活動していることに驚きました。昔を知らない若い人たちがアーカイブスに触れることで、良い意味での化学反応が起こっていると感じました。
Hondaの基本理念に「買う喜び」「売る喜び」「創る喜び」という三つの喜びがあります。社員のなかで、この喜びを揃って体験できる人は、年々少なくなっていると思います。サービス資料の制作部門では、創る喜びはあっても、今までは買う、売る喜びは経験できなかったと思います。ところが、このサービスアーカイブスは、三つの喜びが実現できる活動につながりました。
Honda白子ビルは、Honda最古の工場跡地を利用したサービス拠点ですが、社員の人たちにあまり知られていない拠点だと思います。制作チームには、サービスアーカイブスを通じて、白子の認知を全国区に高めていきたいという思いが感じられました。これからも、多くの人たちに感動を与えてくれる作品を生み出してくれることでしょう。
HondaGO BIKE LABでは、サービスアーカイブスの魅力を紹介しています。(2024年9月2日現在) ぜひご覧ください。
Honda白子ビルの主な変遷
- 1952年3月 埼玉工場(白子工場)用地取得
- 5月 ドリームE型のエンジン生産開始 白い作業着が採用される
- 9月 ドリームE型完成車組立開始 汎用エンジンH型生産開始
- 1953年5月 大和工場(後の和光工場)に順次生産を移管
- 7月 埼玉製作所 白子工場、大和工場となる
- 1957年 白子工場内に、本田技研工業の設計部門として「技術研究所」発足
- スーパーカブC100などの開発拠点として稼働
- 1961年11月 本田技術研究所 和光研究所の設立に伴い、開発業務を移管
- 1964年12月 ホンダSF(サービスファクトリー)の拠点として白子SF稼働
- 1984年 ホンダSFとサービスパーツ機能を集約した(株)ホンダサービス設立
- 白子は、サービス活動の重要拠点として現在に至る
- (参照 ホンダ社報、50年史、75年史)