2023年第7戦ドイツGP。ザクセンリンクサーキットは、毎年大勢の観客が詰めかけるシーズン屈指の人気会場である。今年も、金曜-50,527人、土曜-86,518人、日曜-96,151人で、3日間総計は233,196人、と昨年の実績(232,202人)を上回る観客数が詰めかけた。おそらく観客席裏の売店では、膨大な数の地元ビールが浴びるように次々と消費されたことでありましょう。
週末のスケジュールではときに雨模様もありながら、決勝日はカリッと晴れた好天。これまた、最高のレース観戦日和である。この晴天の下で、今シーズンの日曜スケジュールは午前中のMotoGPクラス10分間のウォームアップを経て〈ライダー・ファン・パレード〉とヒーローウォークの写真撮影タイム。で、各クラスの決勝レース、と進行していくわけで、まずは進行どおりにMoto3から。
Moto3の決勝は、金曜の走り出しから絶好調だった佐々木歩夢(Liqui Moly Husqvarna Intact GP)がポールポジションスタート。予選まではスピード・ペースともに一頭地を抜けた強さと鋭さを見せており、レースでもスタート直後に抜け出すとそのまま一気に逃げ切るかに見えた……が、ここ最近佐々木と激しい争いを見せているデニス・オンジュ(Red Bull KTM Ajo)が1.5秒近くの差をひたひたと詰めてきて、最後はテールトゥノーズのバトルに持ち込んだ。
そしてオンジュは、最終ラップの左最終コーナーで佐々木のインを差してスッと前へ出ると、0.095秒差で僅差のゴール。最後の最後に劇的な大逆転で、Moto3クラスの初優勝をもぎ取った。
「最終ラップの最終コーナーは、インを閉めたけれども充分ではなくて、さらにタイトにデニスが入ってきてオーバーテイクされてしまいました……」
とは、一瞬の虚を突かれた格好になった佐々木のレース後の弁。
年季の入った見巧者の方々なら御存知のとおり、このコースにはこれがあるんですよね。
古くは2003年のバレンティーノ・ロッシvsセテ・ジベルナウの攻防。これはまさに今回の佐々木vsオンジュの攻防にうり二つ。最終コーナーに乾坤一擲のオーバーテイクで逆転優勝をもぎ取ったジベルナウが大喜びしていた様子は、いまも鮮明に憶えている。250ccクラスでも、2006年に高橋裕紀がまったく同じ状況からアレックス・デ・アンジェリスに最終コーナーで勝負を仕掛け、逆転勝利をモノにしている。レースを終えてピットボックスへ戻ってきた高橋が、脱水症状寸前で倒れるようにフラフラと椅子へへたり込んだ姿が印象的だった。ちなみにジベルナウは0.060秒差の勝利、高橋の場合は0.058秒差。
という具合に、このサーキットは最終ラップ最終コーナーの攻防が一瞬の明暗を分けることになるわけで、今年のMoto3ではその戦いをオンジュが制して佐々木は2位に終わってしまった。とはいえ、両選手の緊迫した戦いは手に汗握るとてもいい勝負で、クリーンでスキルフルな、とても素晴らしいバトルでありました。両選手に喝采。
Moto2はペドロ・アコスタ(Red Bull KTM Ajo)とトニ・アルボリーノ(Elf Marc VDS Racing Team)の一騎打ちになるか……と思いきや、途中からアコスタが独走。アルボは2位でチェッカー。チャンピオンシップポイントでは、首位のアルボにアコスタが15点差で迫っている。今シーズンのMoto2は、このふたりの激しい戦いを軸に今後も展開していくことでありましょう。
さて、MotoGP。こちらも、じつに緊迫感に満ちたスリリングなバトルが繰り広げられた。一対一の真っ向勝負を展開したのは、ホルヘ・マルティン(Prima Pramac Racing/Ducati )とフランチェスコ・バニャイア(Ducati Lenovo Team)。最終ラップに向かってゆく29周目の最終コーナー立ち上がりでは、超接近戦のあまりマルティンのリアとバニャイアのフロントが接触する事態もありながら、最後の最後まで行き詰まる戦いが続き、マルティン-バニャイアの順でゴール。
マルティンは土曜午後のスプリントも制しており、土日ダブルウィン。ちなみに土日ダブルウィンを達成した選手は、開幕戦と前戦ムジェロのバニャイアと今回のマルティンのみ。
それにしても、マルティンは安定している。序盤戦を経て欧州ラウンドに舞台を移した緒戦の地元スペインGPヘレスでは土日ともに4位で終わったものの、それ以降の3戦6レースではすべて表彰台に登壇している。その結果、現在のランキングは首位のバニャイアに16ポイント差で迫る2番手につけている。
マルティンの速さは以前から折り紙付きで、昨シーズンもエネア・バスティアニーニ(Ducati Lenovo Team)と彼のどちらにファクトリーチームのシートを与えるか、とドゥカティ首脳陣を悩ませた話は有名だ。
わずか数年前のMoto3時代を振り返っても、彼のスピードは群を抜いていた。Moto3のタイトル獲得に向かって驀進していた2018年のたしか初夏頃だったと思うけれども、マルティンにロングインタビューをした際、「ぼくは自分のスピードに自信を持っている。速く走れなかったのは、マヒンドラのバイクが遅かったからにすぎない」と自信たっぷりに述べる口調に、少し驚いたことを記憶している。その翌年からMoto2を2年経験し、2021年にMotoGPへ昇格。そしてそこから先の活躍は、皆様御存知のとおり。
マルティン以外にも、2010年代後半にMoto3で鎬を削っていた少年たちは、いずれもMoto2を競い合うように駆け抜けてあっというまに最高峰へ昇格し、今では押しも押されもしないMotoGPのトップライダーへと成長している。バスティアニーニしかり、ジョアン・ミルしかり。そんな彼らと同時期にMoto3クラスで切磋琢磨していた日本人ライダーたちがいまだにMoto3で戦っていることを思うと、少し複雑な思いも去来するが、その日本人ライダーたちも明るい前途や活路を見いだして、さらに活躍の舞台を広げていってほしいものである。
で、今回のレースに話を戻すと、マルティン優勝、バニャイア2位に続き、3位がヨハン・ザルコ(Prima Pramac Racing/Ducati )。
「優勝争いをするにはまだ改善の余地があるけれども、連続表彰台を獲れてよかった」と話すとおり、フランスGP以降3戦連続の3位表彰台である。
そして終わってみれば、ドゥカティ勢がトップ5を占拠し、しかも陣営8台がすべて9位以内に入るという圧巻の内容。いや、じつに素晴らしい。
一方、日本メーカー勢に目を向けてみると、フランコ・モルビデッリ(Monster Energy Yamaha MotoGP)が12位。優勝からは22.949秒差。チームメイトの2021年チャンピオン、ファビオ・クアルタラロは13位。そして、ホンダ勢で唯一決勝を走行した中上貴晶(LCR Honda IDEMITSU)は14位。おぉ、全員ポイント獲得圏内、めでたしめでたし……なんて言ってる場合じゃない。
このザクセンリンクサーキットは、マルク・マルケス(Repsol Honda Team)がずーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっと得意中の得意にしてきたコースである。最高峰クラスでは全戦全勝。125cc時代から数えると11連勝を飾っており、”King of the Ring”とも呼ばれるほどの無敵ッぷりを見せつけてきた地である。
とはいえ、今年のRC213Vの戦闘力では例年のようにいかないであろうことは自分たちでも充分に予測していた模様で、前戦のムジェロを終えた日曜夕刻にもマルケスは厳しい戦いになるだろうと正直に述べていた。
しかし、今年のザクセンリンクの週末はあまりに苛酷で無惨なものになった。
金曜のプラクティスでは、開始後15分に中上が11コーナー(前半セクションを終えて左から右へ切り返しながら急坂を下る場所)で転倒。マシンは大破したが、幸いにも中上に負傷はなかった。セッション半ばには、その同じ場所でマルケスのマシンが大きく振られたのだが、ライダーを捉える車載カメラではフラストレーションのあまり中指を立てる仕草が映りこんでいた。2013年の最高峰昇格以降、というよりも小排気量を走行していた時代までずっと遡って思い起こしてみても、マルケスが人前やカメラ前等、公衆の面前でこのように感情を露わにして侮辱的かつ攻撃的なジェスチャーをするのは、今まで見たことがない。
過去には数々のいざこざや他の選手たちとの不穏な諍いなどもあったし、相手側から様々に挑発的言動で煽られたこともあったが、どんな場合であっても、マルケスはすくなくとも表面上は紳士的な態度を崩さなかった。それがこれほどあからさまに、カメラに映っていることを承知の上で、中指をつき立てるのだから、よっぽど腹に据えかねるほどのフラストレーションを抱え込んでいて、それがこのウォブルでついに爆発した、ということなのだろう。
このセッションの終盤近くには、1コーナー走行中のマルケスがコースインしてきたザルコの横っ側から張り飛ばすような当たりかたで衝突する、という出来事もあった。一瞬、ヒヤリとするほどの衝突だったが、幸いにも両者にケガはなかった。
この2回の計時セッションで総合14番手タイムとなったマルケスは、土曜午前のQ1からスタート。このQ1では残り5分となったときに最終コーナーでフロントが切れ込んで転倒。そこから急いで走ってコースへ戻ってくるのは、いかにもマルケスらしい闘志溢れる姿だ。ピットの2号車で再度コースインし、セッション2番手タイムでQ2へ進んだ。
そのQ2では15分間のセッション開始後5分あたりで、またしても13コーナーで転倒。転倒時の衝撃でやや足を引きずり気味に見えたものの、それでも急いでピットへ帰着。Q1でも転倒しているのでもはやスペアマシンはないかと思いきや、欠場中のジョアン・ミルのマシンからフロントエアロパーツを拝借し、熟練メカニックたちの手際よい修復で再び走り出すことができたのは、さすがホンダトップファクトリーチーム。で、再び走り出したのはよいのだが、終了間際の最後のタイムアタックに入る1コーナーで転倒。これで予選順位は7番手になった。
その後、午後のスプリントまでの時間に、「7位を争うために大きなリスクを取ってもしかたない……」と考えたようで、じっさいに15周のスプリントはポイント圏外の11位で終えている。
日曜日は、午前にウォームアップ走行が10分間行われるが、マルケスはここでも転倒。7コーナーでハイサイドを喫した。金曜から合計すると、この週末5回目の転倒である。
思い返せば最高峰昇格初年だった2013年もマルケスは転倒が多く、何度転んでもそのたびに限界への理解を深め、ニコニコしながらすぐにバイクに跨がって、どんどん速さを増していった。だが、今はその頃と転倒の意味が違う。2023年日曜朝のマルケスは、転倒後に立ち上がったものの、急いでサービスロードのスクーターに飛び乗りピットへ戻るのではなく、悄然とエアフェンスを背に座り込み、立ち上がってサービスロードに待避した後も打ちひしがれた様子で立ちすくんでいた。
その後の〈ライダー・ファン・パレード〉にも当然というべきか、参加はせず、メディカルでチェックを受けた結果、左手親指にごく小さな骨折が判明したとの理由で、決勝レースの走行を見合わせることになった。前日から傷めている足首やこの左手親指の負傷もさることながら、うまく走らないバイクと格闘して何をやってもうまくいかず、徹底的に打ちのめされて気持ちが折れてしまった、というのが正直なところなのではないかと推測する。
結局、上記のとおり、決勝レースを走行したホンダ陣営は、中上貴晶のみ。日本メーカー、という観点では、ファビオ・クアルタラロ(Monster Energy Yamaha MotoGP)とフランコ・モルビデッリのヤマハ2台を含む計3台。その最上位、12位のモルビデッリは、
「去年のレースでファビオが優勝したレースタイムとほぼ同じだった」
レース後にそう振り返った。
昨年のクアルタラロの優勝タイムは41分12秒816。今年のモルビデッリのゴールタイムは、41分15秒398。昨年の決勝レースなら、2位に入っている内容である。ちなみに、今回のレースで優勝したマルティンの優勝タイムは40分52秒449。
「去年のファビオと同じようなペースで走りきることができたけれども、問題は、他の全員がさらに大幅によくなっている、というところだ」
前戦のコラムで、「自分たちが3歩前進できたとしても、他が7歩進歩していれば、自分たちは4歩分後塵を拝していることになる」というアレイシ・エスパルガロのコメントを紹介したけれども、今回のモルビデッリの結果が示しているのは、要するにそういうことだ。
「チームには本当に感謝をしている。週末を通して適切な判断をしてくれて、このパッケージで最大の力を発揮してくれた」
「これは…危機といっていいと思う。いわば、 日本の危機だ。 何かを見失ってしまった。ヨーロッパ勢、特にドゥカティとKTMはとてもいい仕事をしていて、プロジェクトがうまく進んでいる。去年もその傾向はあったけれども、今年の彼らはシーズン中にさらに良くなっている」
これらふたつの言葉を合わせれば、モルビデッリの言わんとすることは明らかだろう。
また、クアルタラロは決勝レースを欠場したマルケスに対して、このような言葉を贈っている。
「マルクはいつも100%で戦っている。5回も転倒したのは、もっと良くしたい、もっと上位に行きたい、と思っていたからこそだ。精神的にも最も強いライダーのひとりであるマルクが、今朝、親指を骨折してしまった。これを見ても、どれだけ彼が全力で走っているかがよくわかる。こんなことを言うのは変だけど、本当にすばらしいくらいよくがんばっていると思う」
唯一のホンダライダーとして決勝レースを走行した中上は、午前のウォームアップでマルケスが転倒した際はその背後を走行していたという。
「マルクは無理をしていませんでした。ラインを外してしまったわけでもなく、普通に走っていました。それでもリアが滑って、大きなハイサイドになっていました。あれを見たときには、自分も同じバイクだし、似たようなフィーリングも何度かあったので、ヒヤリとしました。幸い、自分にはハイサイドが起きませんでしたが、あわやということが数回ありました。今回は、ソリューションを見つけられず、前との差もかなりあって、厳しい週末でした。フロントは切れるしリアはすべるし、バイクの挙動も大きく、攻めるのがとても難しい状態でした。だから、チェッカーフラッグを受けることが重要だと考えて走りきりました。今後の開発に活かせるデータを収集できたと思うし、ホンダはどこに問題があってどう改善すべきかわかってくれていると思います。次のアッセンは時間がないので間に合わないかもしれませんが、サマーブレイク明けにはきっと手を入れてくれると思います。とにかく今回は、非常に厳しい週末でした」
それにしても、ヤマハの厳しさもさることながら、ホンダがここまで苦しい状況に追い込まれているのは、過去にも類例がないかもしれない。これほどの苦況を巻き返すには、それなりに結構な時間もかかるだろう。一足飛びに勝つのが難しいことは、(残念だが)おそらく誰の目にも明らかだ。
だが、「自分もこのバイクに乗りたい」「このマシンで勝つんだ」「この人たちと一緒に戦いたい」と若いライダーたちに思わせるようでなければ、次世代を牽引する才能を引き寄せることも難しい。
今すぐに勝てるかどうかは、おそらく問題ではない。最も重要なのは、何があっても万難を排して勝利を目指す、という強い姿勢と揺るぎない覚悟だ。
だからこそ、20年前のバレンティーノ・ロッシは、常勝軍団のホンダを去ってずっと勝てずにいたヤマハへ移籍することを決意した。
だからこそ、1990年代にスズキのレースグループを牽引した繁野谷忠臣は、「チャンピオンを獲るのがあたりまえ。それが鉄則なんだ。何があっても、絶対にそれを獲りに行く」と宣言した。
だからこそ、かつてホンダは「我々は、世界一の負けず嫌いである」と新聞に全面広告を大きく打った。
あなたたちは、いまも世界一の負けず嫌いですか?
(●文:西村 章 ●写真:Husqvarna Intact GP/KTM Ajo/MotoGP.com/Honda/Yamaha)
web Sportivaやmotorsport.com日本版、さらにはSLICK、motomatters.comなど海外誌にもMotoGP関連記事を寄稿する他、書籍やDVD字幕などの訳も手掛けるジャーナリスト。「第17回 小学館ノンフィクション大賞優秀賞」「2011年ミズノスポーツライター賞」優秀賞受賞。書き下ろしノンフィクション「再起せよースズキMotoGPの一七五二日」と「MotoGP 最速ライダーの肖像」、そして最新刊のインタビュー集、レーサーズ ノンフィクション 第3巻「MotoGPでメシを喰う」は絶賛発売中!
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