2023年はV-STOROMイヤー?
クロスオーバーモデルとして誕生したスズキのV-STROMは、2002年の登場以来ヨーロッパを中心に高い人気を誇っている。2004年には1000㏄モデルに加え650㏄を追加。その人気は決定的になった。ネイキッドモデルより少し長いサスペンションストローク、アップライトなライディングポジション、フロント19インチ・リア17インチを履く車体。総合的にどこでも走りやすいから、市街地からスポーツツアラーとして広い範囲をカバーするロードモデルとして安定の人気を保っている。
2014年には、アドベンチャーバイク界でスズキが先鞭をつけたノーズ付きのスタイルをV-STROMにも取り入れ、2017年にはさらにヘッドライト周りをDR-BIG、DR-ZのDNAを色濃くしたフェイスへと進化。XTモデルの追加もあり、一気にアドベンチャーらしさと、時代に応じたブランドレガシーを手に入れている。
2023年。フロントに21インチタイヤやストロークを伸ばしたサスペンションを装着した1050DEをリリース。アドベンチャーバイクの潮流である悪路走破性という付加価値をさらに盛り込んだ。V-STROMのマルチツール性、道を問わない旅バイク、というポジションはここに極めるのと同時に、時間差で650DEも出すことでV-STROMシリーズの屋台骨をさらに太くするに違いないと思っていた。が、それよりもさらにスゴイソースをスズキは放り込んできたのだ。
そして800DEである。昨秋EICMAでネイキッドスポーツのGSX-8Sと同時に発表されたこのモデルは、エンジン、メインフレームを共用する兄弟車でもある。現段階では650や1050がオフ系の匂いがするXT、DEとフロント19インチ・リア17インチのキャストホイールを履いたモデルが用意されるが、現状まで800DEに同様のモデルが用意されるかは、アナウンスされていない。他社がそうであるように、例えばクロスオーバー系モデルやレトロモダンなスクランブラーなど、スズキも新造したエンジンを活用するために、アンダー1000㏄に当て込んでくる可能性も考えられる。まずはV-STROMという売れ線に800DEを投入してきたことを見ても、同シリーズの重要性やスズキの戦略を感じないわけにはいかない。800DEの立ち位置は、このクラスで必須となりつつあるダート路性能を含めた付加価値向上にあると思う。そんな見立てのもと、会場となるイタリア領サルディーニャ島にむかったのだ。
昨秋行われたV-STROMミィーティングではインド生産のジクサーと同じエンジンを搭載する単気筒のV-STROM 250SXを国内導入の可能性も示唆しているから、2023年はまさにスズキV-STROMイヤーとなりそうだ。
アドベンチャーバイクの王道を極める造り。
開発者自らプレゼンテーションをしてくれたプロダクトの詳報を聞いてみると、オフロード性能や過去のブランドレガシーに傾倒したキャラを濃くしたバイクが多いなか、ことさらその部分を強調するものでないことが解った。もちろん、スタイルアイコンはDR-ZやDR-BIG。「クチバシスタイルの元祖って実はウチです……」的な思いは本家としてしっかりとスタイルに込めている。それでいて、1050系のようなレガシー寄せではなく、あくまでも伝統寄せだけではなく、新しいスタイルにも挑戦していると感じた。走りなどは大枠で言えばこれまで築いてきたV-STROMらしい熟成された乗り味を根底にしたオン・オフツアラーとして800DEは作り込まれている。
例えば前後タイヤサイズ。800DEはフロント21インチ、リア17インチを選択している。これは舗装路性能とダート性能をバランス点を考えた結果だという。最近、このクラスのトレンドは、テネレ700やKTM890アドベンチャーシリーズ、ドゥカティのデザートX、アプリリアのトアレグ、ハスクバーナのノーデン901等々、多くがフロント21インチ+リア18インチを履き、オフロードなフレーバーを出し、悪路走破性アピールに力を入れている。
その点、800DEのPVを見るとパニアケースを装着し、タンデムでツーリングに出るアドベンチャーバイクの王道をゆくようなスタイルを打ち出し、先日発表された1050DEのそれに近い内容になっていた。ではV-STORMらしい万能ツールとしての800DEはどのように造られたのかを紹介しよう。
前後長を詰めた直列2気筒エンジン。
まず新作のエンジンだ。水冷4ストロークDOHC・4バルブヘッドの直列2気筒と不等間隔爆発をもたらす270度クランクを採用したアウトラインは、昨今のトレンドを汲んだもの。Vツインとの対比でみるとエンジン前後長の短縮化、厳しくなる環境規制に対し、同方向から2本のエキゾーストパイプをレイアウトできる直列2気筒は、触媒配置の面でも優位性もある、と開発陣は語る。
求める特性の良さは、熟成された650、1050シリーズで築き上げたものと同等以上を目指した。ボア×ストロークは84mm×70mm。2本あるバランサーシャフトを270度クランクでないと配置できなかった、というクランク前とクランク下におくことで、エンジン前後長を詰めることができるようにするなど、シャーシ造りにも大いに貢献している。
このエンジンの仕様はGSX-8Sと同じとのことで、800DEでは吸気ボックス内のファンネル長や諸元の異なるマフラーなど排気系で特性を作り出しているという。800DEのスペックは62kW/8500rpm、78N.m/6300rpmとなる。
スチールフレームの妙
骨格はエンジンを吊り下げるダイヤモンドタイプのメインフレームを採用する。このメインフレームもGSX-8Sと共通だという。シートフレームはタンデムやラゲッジケースの装着を前提に800DE専用のものを設計している。素材はスチール製で、その理由として必要な強度、剛性バランスを造った上で小型化できること。これによりフレームやシートフレームを細身にすることができる。そして、足着き性などライダーがコンタクトするエリアのススリム化することを目指した。その分、フレーム内はタイトになり、各部品のレイアウトには苦労が絶えなかったはず。跨がってみると、20ℓ入る燃料タンクも細身であったり足着き感がよかったり、その効果は充分に実感できる。
縦剛性はしっかり、横剛性は許容を持たせた剛性バランスで、舗装路、ダートでのバランスを取ったという。舗装路での高速巡航性能や積載時の安定性は相当高いレベルまで煮つめるためにテストをしたという。
前後にも短いエンジンによりスイングアームピボットをよりステアリングヘッド側に寄せた結果、640mmという長いスイングアーム長を得られたのもポイントだ。これも走行安定性、挙動変化を穏やかにする大切な役割をはたしている。Vツイン搭載の1050DEがホイールベース1595mm、スイングアーム長616mmであることを考えたら新エンジンのコンパクトさが生み出すメリットが解りやすい。
前後のサスペンションが持つホイールトラベルは220mm。最低地上高も220mmとなっている。同じホイールサイズの1050DEが190mm、フロント19インチ+リア17インチの650が170mmであることを考えると、ここでも800DEがオフロード性能を狙ったキャラであることが解る。アドベンチャーバイクの良さは、高い舗装路性能を持った上で、ダートをどのように楽しめるのか、という双方の走りの質に掛かっている。800DEの開発ストーリーを聞いてますます走るのが楽しみになってきた。
乗りやすさはV-STROMの十八番
跨がった第一印象は意外にスリム、というもの。20ℓ入るタンクや、シート先端部をそれにあわせて絞り込み、足着き性にも貢献しているのがわかる。ここにもスチールフレームの恩恵が出ているのだろう。サイドスタンドから起こすのは少々重みを感じるが、重心高を感じるわけではなかった。
広めのハンドルバーと適性な位置にあるステップ、そして着座位置を含めたライディングポジションは、アフリカツインやアプリリアのトアレグに近く、ツアラーとしてのゆったりしたものに思える。
排気音はいわゆる270度クランクを持つ直列2気筒エンジンのそれ。重厚感もありそれでいてアクセルを少し開けると776㏄なりの軽快さも持っている。
1速からの発進はすこぶる簡単。アイドリング時のトルクでスッとリアは蹴り出し、一人乗りではなんの不安もない。650などでも装備されていたローRPMアシストが800DEにも装備されているが、その作動は実際にアイドリングをホワンと上げるものではなく、下がった分を補うアシストが入るので、乗り手は効果が自然過ぎて解らないほど。なので、低速トルクが逞しい! と感じることになる。
アシスト機能付きスリッパークラッチを装備しているわりにはクラッチレバーの操作力がやや重く感じる800DE。発進以外はクイックシフターを備えるのでその点ではラクだが、渋滞時やオフロードで低速操作をするような場合、ちょっと左手が疲れそうだ。でも、ツッコミどころはそれぐらいか。
試乗ルートはサルディーニャ島南部を回るもの。まず、気が付くのが舗装路でとても乗り心地が良いことだ。試乗車は走行距離100㎞程度しか走っていない状態だが、サスペンションの初期作動にフリクションが少なくタイヤの設定も含め足周り全体の吸収性が高い。快適だ。
海岸線を巡るワインディングを走ってもその足周りがしっかりと車体の重量やライダーの質量を受け止め、タイヤの接地点に伝えているような上質さがある。前後とも220mmという長いストロークを持つため、減速時には前下がりの姿勢になるのだが、その姿勢が変化する時、弛みのような部分がなく、フワフワ感がない。ブレーキのキャリパーは前後とも特別なスペックではない。それでも制動力と操作力のバランスも適度で、前後ともコントロールしやすい。
アップ・ダウンとも作動するクイックシフターとスロットルバイワイヤー(TBW)の協調制御も良い感じで、シフトダウン時のオートブリッピング、スリッパークラッチの作動などの恩恵で後輪から悲鳴が上がる場面はなかった。
OEM装着されるダンロップのトレールマックス・ミックスツアーは、内部構造、トレッドパターンを800DE用に専用化したもの。アフターマーケット用よりもシーラインド比を変更するなど、舗装路、ダートでのグリップバランスを考えたという。実際、サルディーニャの道を走り、舗装路でフルバンク領域までハンドリングやグリップに不安を感じる場面はなかった。
舗装路での楽しさ、操る楽しみは充分に確認できた。
ダートも舗装路と同一線上の乗りやすさ。
試乗は2日間に渡って行われた。初日、二日目とも距離的には舗装路2〜3、ダート1という割合だったが、走行時間でいえばダート滞在時間が長く、そこにも800DEをしっかり味見して欲しい、という開発陣の思いが透けて見えた。
サルディーニャ島で走ったダートは、基本的にフラットダートで、山間部へと入るアップダウン、その途中には深く砂利が敷かれた道もあった。日本でいうところの林道だが、道は乾いていて、ホコリ強め。湿った赤土、黒土はないが、逆に硬い地面とタイヤの接地面との間に砂利が入り滑りやすい場面も少なくない。
そこをノーマルタイヤで走ることになるのだが、接地感が薄れる瞬間が極めて少なく安定している。印象としてはサスペンションのビギニング領域での吸収性がとてもよく、タイヤの接地点をじんわり、的確に押さえている印象。そのシャーシ性能の良さ、そしてエンジン特性が上手に丸められた扱いやすさによって総合的に高いコントロール性と安心感をもたらしているのが解る。
モトクロッサーRM-Zのテストライダーも開発に積極的に関わった、というだけにサスの良さ、乗りやすさを生み出すアクセルの開け口の部分の特性造りなど、走りを楽しむレベルまで上手に高めているのだ。むしろ、試乗コースを先導するライダーに「遠慮無くもっと飛ばして欲しい!」と何度思ったことか。
たとえば、ブレーキング時のタッチ、接地感。アクセルを開けた時の滑る感じなど、800DEはとにかく一体感を掴みやすい。新しいエンジン、フレーム、そして後述する電子制御の部分も含め、評価者とハードとソフトの合わせ込みがキッチリと成されている。とにかく、パワースライドさせながら駆動力が逃げない感じが最高で、それをミドルレンジのトルクで引き出せる特性と、速度と慣性をつかってその姿勢に持ち込みやすいシャーシのバランス。走りながら何度唸ったことか!
同時に、ライダーが的確な位置でスタンディングやシッティングでコントロールしやすいゾーンが意外に広く取られているので、コントロールにピーキーさを感じ無い。これも大いに〇。
シンプルかつ的確な電子制御。
V-STROM 800DEの電子制御は1050と比較するとシンプルに抑えられている。これはコストの面や、モデルヒエラルキー的な部分もあるのだろう。その中でトラクションコントロールの制御は魅力の一つだ。
舗装路用に3つ、ダート用にグラベルを意味するGモード、そして完全にオフにすることもできる。このパラメータはライダーの好みで選択が可能で、3→2→1→OFF→Gという順番で選択ができる。OFFの先にあるG(グラベル)。そこにも意味があるのだ。
舗装路用と比較してGモードは点火タイミングを調整してパワーを絞るように設定されている。実際に介入は早い段階から始まるのだが、マップには前後タイヤに生じる空転による回転差をある程度許容するようにしてあり、かつライダー感覚からいくとパワーを絞られてしまう感じが少ない。もちろん、バイクが直立状態でアクセルをガバ開けすればバフンとパワーは絞られるが、ある程度の速度でコーナリングをしている場面「ここまで流してくれるのか!」と嬉しくなるほどライダーの意図を汲みとるかのようにテールスライドを楽しませてくれる。
これも、ドリフト状態で加速が抜けるような滑り方ではなく、バイクの推進力とスライドをバランスさせながら走らせる、という難しい作業をしてくれるのだ。これには基本的にエンジン特性やシャーシ性能をまとめ上げた上で、塩胡椒的な乗り味の整えかたとも言える。この味を800DEでは6軸IMUなどを使わずにこれを引き出している。今回試乗中、一度もトラクションコントロールを切っていないから、ダート走行時の写真でテールが流れているのはGモードの制御を信頼してテールスライドを維持できるよう、コントロールしているだけなのだ。
例えば、トラコンやIMUをだますのに、撮影時に荷重をフロント寄りにしてリアを流すこともある。ただ、これは写真にフロントとリアの回転差が大きく出て正直カッコ良くない。加速よりも駆動が逃げているので、フロントフォークが延びている感じもないからなおさら。800DEは加速しながらパワースライドし、次第に収束するような滑らかな挙動となる。
このとき、車体剛性バランスが硬過ぎるとバイクの動きがビクビクして恐いのだが、800DEでは曲がる→アクセルを開ける→テールスライドが始まる→スライド維持しながら加速→ライダーは最高に気持ち良い瞬間を味わう……!となる。
蛇足ながら、今回の路面コンディションだと舗装路用の1も使いでがあった。テールスライドこそ出来ないが、4000rpm〜5000rpmあたりのトルクを使えば、1速高いギアでグイグイ路面を掴んで(無駄に滑らせないので)加速をしてくれる。これで前を行くライダーにまったく遅れず走れるのだからたいしたもの。
エンジンレスポンスは3段階。アクティブ、ベイシック、コンフォートを表すA、B、Cから選択が可能だ。アクセルの開け口からリニアかつしっかりと加速が始まるA、なるほどベイシックは見知らぬワインディングでもエンジンを常に扱いやすく使える程度にマイルドにしている。コンフォートはさらにマイルドなアクセルレスポンスにより、雨、滑りやすい路面、あるいはタンデム時などに便利。特にクイックシフターも合わせ技で使えば変速時の駆動の途切れが短時間で、後方からヘルメット頭突きを低減でき、ライダーともども快適になるはず。
そしてABS。こちらは3→2→1→OFFとなる。オフはリアのみキャンセルされるもの。
これらの中から、舗装路ではエンジンモードはBかC、ABSは2、トラコンは2。ダートではエンジンモードをA、トラコンはG、ABSは1を選択して走行した。
V-STROM 800DEへの期待。
例えば電子制御の関連を割愛したとしても機能は充分なことが解った。しかし、スマホと連動するコネクティビティー、クルーズコントロールなど800DEに搭載をして欲しい機能はある。ETC2.0の車載器やグリップヒーターも標準装備化しても良いのでは、と思う。アドベンチャーバイクに排気量や価格のクラス分けは必要なのはわかるが、多くのユーザーが選択する、あるいは欲しいアイテムを搭載した上で価格が安ければきっとそれがオトクという評判を生むのだろう。どんな走りをするかは人それぞれだが、初夏、2000メートル級の高原を抜ける道を走り、麓との気温さにグリップヒーターを使うこともある。夏の北海道だって、やませがきた釧路では震え上がることも珍しくない。テストコース内で極めたこの走り。市販を開始したらライダー達はどんどん遠距離を走り、冒険ツーリングをして欲しい。こうしたバイクの真価は家を出て3日目あたりからの疲れなさ、快適性などを体感してこそ。出来映えがスバラシイだけに期待が広がるのだ。
王道のアドベンチャーバイクを探している。遠出をして林道を楽しみたい。舗装路の峠も楽しみたい。距離にも行程にも冒険風味を取り入れたいユーザーにとって、刺激的なバイクが登場したことをお知らせしてリポートを締めくくりたい。
(試乗・文:松井 勉、写真:SUZUKI)
■エンジン種類:水冷4ストローク直列2気筒DOHC4バルブ ■総排気量:776㎤ ■ボア×ストローク:84.0mm×70.0mm ■最高出力:62kW/8500rpm ■最大トルク:78N.m/6800rpm ■変速機:6段リターン(クイックシフター標準装備) ■全長×全幅×全高:2345×975×1310mm ■軸間距離:1570mm ■最低地上高:220mm ■シート高:855mm ■キャスター/トレール:28°/114mm ■タイヤ(前・後):90/90-21・150/70R17 ■燃料タンク容量:20ℓ ■車両重量:230㎏ ■国内導入予定車