これまでの連載で、みなさんはパワープロダクツの製品にどんなイメージをお持ちになっただろう。
「高い耐久性と信頼性を持ち、効率よく黙々と仕事をこなす専門的な機械」だろうか。新展国をイメージすれば、汎用エンジンを取り付けた剥き出しの機械やポンプ、ボートなどが思い浮かぶかもしれない。
ゆえに、機能が最優先で、デザインは二の次三の次と思われて当然かもしれない。機能や効率の優先度が高いことは間違いないが、剥き出しの汎用エンジン後付け機械はともかく、ホンダが送り出すパワープロダクツの製品がデザインを考慮していないというのは大きな誤解だ。第3回で紹介したロボット芝刈機のミーモ(2017年・国内発売年 以下同)は、親しみの持てるやさしいデザインをしている。第4回で紹介した船外機のBF35/45(1990年)はストライプのない曲線デザインを採用し、直線が主流であった他社の船外機デザインにも大きな影響を与えた。第5回で紹介したF90 (1966年) に至っては、耕うん機とは思えない先進的なデザインが誕生50年以上経てから注目されプラモデルにまでなった。ただ、これらもデザイン優先で開発されたというわけではない。
2017年に発売されたLiB–AID(リベイド)E500(以下E500と表記)。蓄電機という聞き慣れない製品だが、簡単にいえば大きな乾電池のようなもの。乾電池との最大の違いは一般家庭のコンセントから供給される100VのAC(Alternating Current・交流)をDC(Direct Current・直流)に変換してリチウムイオン電池に貯める。そして、ACもDCも出力できるということだ。ACをそのまま貯めることはできないし、鉛電池(おなじみのバッテリーなど)は大きく重く、外で使うACは発電機の分野であった。
軽量小型のリチウムイオン電池の登場や、貯めたDCをACに変換する技術の進化などもあって誕生した蓄電機は、パワープロダクツの製品としては初めてのジャンル。そして、デザインアプローチで商品化までつながったパワープロダクツとして初めてのケースであった。
きっかけは東日本大震災のニュース映像だった。避難している方が携帯電話充電のために繋いでいたのは自衛隊が持ち込んだ大型の発電機。この映像を見てデザイナーの東さんは思った。
「こんな大きな発電機ではなく、例えば家族5人が1週間ほど携帯の充電ができるような小さな電源が家庭や学校にあったらいい。とりあえず1週間程度あれば救援も来るだろうから」と。 東さんは、そんな発想からコンパクトで持ち運びができる蓄電機をデザインした。
「私の在籍するデザイン室には『こんなのあったらいいよね』というデザイナー個人による新製品の提案ができる機会が年に一度あります。これは市販モデルのデザインとは別におこなっています。その際提案したのがE500(最初はE300)のコンセプトモデルです。ここから製品になったのは初めてのことなんです」
失礼ながら、先に記したように 機能ありきと思われがちなパワープロダクツの世界で、製品化を前提としないデザイン主体の提案の機会が行われているとは思いもしなかった。この話を聞いてかつて行われていた「オールホンダ・アイデアコンテスト」(通称アイコン)を思い出した。ホンダの社員が、実用化や製品化前提ではなく、遊び心あふれる自由な発想でいろいろなものを製作し実演する発表会だ。本田宗一郎氏も大いに楽しみにしていたそうで「『大手自動車メーカーにできなかったCVCC技術をどうしてホンダはできたのか』と質問されるたび返事に困ったが、これからは『アイコンへ来ていただきたい。われわれのCVCCがどうして生まれたか、ご理解いただけるでしょう』と答えたい」と語ったのは有名なお話。ホンダファンとしてはこういう話がたまらない。現代のアイコンのようなこの社内イベントで、どのようなものが提案されているのか、大いに興味が湧く。
「具体的にはお話できませんが、例えば同じような機能でもデザインのしかたでずいぶん変わります。性能や使い勝手といった視点が必要で『機能美』と呼んでいますが、これは見た目のスタイリングとともにパワープロダクツのデザインにはとても重要です」
いかにもホンダらしい伝統は、われわれの知らないところでしっかりと根付いていたのだ。
最初に蓄電機を提案した時は、どんな反応だったのだろう。
「コンセプト自体も面白そうということでしたが、それよりも見た目の評判がよかったです。どんなデザインにしたら気に入ってもらえるかいろいろ考えました。当時、ミニとかフィアットとかビートルとか、いわゆる名車といわれる製品のデザインをモダナイズ化したものが出てきた頃でした。個人的にもモダナイズ化デザインにチャレンジしてみたかったというのもあります」
モダナイズ化とは、古いものを現在風にアレンジすること。ホンダの二輪四輪では、C125や、N-ONEがそうだ。誰が見ても「あのデザインだ」と解るのだが、単なるモノマネではなく実は別物という、言うは易しの難題である。
「その時頭の中にピンときたのはE300です。ちょうど発電機販売50周年も近づいていましたし、50周年を語るのであれば最初に発売したE300が最適です。さらにデザインをコピーした製品がたくさん出て問題になっていた頃でした。そこで、どういうデザインにしたらコピーされないのかということも考えました。歴史や伝統も踏まえ『ホンダのデザインをリメイクしました』という付加価値を付ければ、形に意味も出てくるし、単にコピーしても意味がないんじゃないかということも含めてデザインしました」
E300を知っている人が見ればピンとくるし、知らない人でも懐かしいイメージを持つE500のデザイン。その根底となったE300とは、1965年にホンダが初めて発売した発電機。当時の発電機といえば、大型で重く、取り扱いも難しいプロ仕様しか存在しなかったが、E300は持ち運び可能なコンパクトなサイズ、直感的に扱えるシンプルな操作性、メカメカしさを排除した親しみやすいデザインと安定した性能で、誰でも簡単に扱える携帯型発電機という新たなジャンルを開拓した。一般家庭用としてよりも、業務用として重宝された。今もお祭りや縁日の光景といえば発電機の音がセットで思い出される。
「デザイナーの視点からですが、もし今もあのデザインでずーっと売り続けていたら、スーパーカブのような存在になったかもしれないなとも思います」
E300が発売されると、レジャーブームの波に乗って一般家庭でもアウトドアで電気を使うということが浸透していった。デザインだけではなく、軽量小型で持ち運びができる電気というコンセプトもE500に通じていた。だがE500の場合、すんなりと製品化へ向かったわけではない。
「このようなコンセプトの製品が他にあるのか調べてみました。バックアップ用の床置きタイプはあったのですが、我々が作りたいものは外に持っていけるもの。技術自体はないものではないし、活躍するフィールドを広げたら、蓄電機はもっと変わるんじゃないかという思いもありました。しかし当時は発電機が当たり前だったこともあってか『アイデアはおもしろいけれど……』というレベル。しばくそのままでした。その後、スマホなどがどんどん出てきて大きな電池が必要になったりと、世の中の流れがこういったニーズが感じられるなという方向に向かい、製品化へ動きはじめたのです」
製品化に向けて製作された新たなコンセプトモデルが「E500 Battery Inverrt Power Source」として、2015年の東京モーターショーで発表された。親しみのあるかわいいデザインと、色のカラフルなバリエーションモデルが展示されたこともあってか、女性からの注目も高かった。もっとも蓄電機というものをイメージできなかったのか、給油口をイメージしたキャップからか、新型の超小型発電機と勘違いした人も少なくなかったようだ。
LPL(ラージ・プロジェクト・ リーダー)を任されたのは電装一筋の技術者、中田さんだった。
「製品化へ検討が始まり、LPLをやってくれないかと話がありました。その前に担当していた機種も新規事業でしたし、新ジャンルでも違和感なくすっと入れました。もともと一家に一台ある家電のようなものを開発したいと思っていました。用途としては発電機に近いのですが、家の中で使えるというコンセプトで、若い女性などがキッチン家電用で使うことも想定したいということでしたので、家電に近いイメージで面白いなあと。ただ、正直最初は『最後まで大丈夫かな、量産まで行けるかな』とも思いました。既存の発電機であれば、どのターゲットに、これくらいの出力で、これくらいの性能と決まってくるのですが、新ジャンルの製品は、どんなお客様に、どのように使っていただけるかわかりませんから」
冒頭で記したように、開発はデザインやサイズ感が優先された。
「東京モーターショーなどに展示して好評だったのがこのサイズ感と見た目の感じ、そして重さです。難しかったのは、出力、容量、時間、冷却性など機能面を損なうことなくこのデザイン、サイズを維持しながらまとめていくことです。出力を大きくしようと思えば重たくなり、サイズも大きくなります。このサイズ、デザインを守った上で性能に影響がないようにしなければならなかったのです」
デザイン優先とはいっても、デザインよりも、優先させなければならないことがある。例えば、モーターショーでも話題となった給油口をイメージしたキャップだ。キャップの中に充電用コンセントを設置しようと考えていた。給油口から充電とは、遊び心もあるし面白いアイデアだったのだが……。
「上から差し込む場合、水や埃が溜まる可能性があります。いろいろな使われ方を検討するのですが、注意して使ってくださいとしても注意しきれない場合もありますし、不意に雨が降ったりもします。アウトドアといっても防水型ではありませんから、雨中での使用は禁止です。発電機も基本的には雨中での使用は禁止です」
「デザイナーの遊び心でやりたかったのですが、機能が伴わないものはプロダクトデザインとしては残すことはできません」
普段の研究所では見ないような、フットマッサージ機やハンドミキサーなどいろいろな家電を繋いでテストをしたそうだ。
「最大500W、定格300Wという出力は、キッチン家電など家の中で使っているものをそのままキャンプに持ち込んで、アウトドアで使える容量というところで決めました。本体サイズはコンセプトよりやや大きくなりましたが、これは電池の容量が必要だったためです。しかし重量は最初6kgだったものが5・3kgまで軽量化できました。電気を送り出すという単一機能に絞り込んでいますが、初期のコンセプト段階にはなかった並列運転や、アシスト機能を付けたりと、デザインとともに性能側も妥協はしていません」
E500は2017年9月1日から発売された。家庭のソケット (アクセサリーソケット同梱モデルは自動車からも充電可能)から約6時間の充電で、100Wの電球なら約3時間、1リットルの電 気ポット(430W)なら約3回の湯沸かし、液晶テレビ(69W) は約5時間見られる。スマホなら約20回も充電できる。ACとDCの同時出力も可能なので、容量の範囲内ならば電気を点灯しつつスマホの充電もできる。
発電機とは異なり排出ガスも騒音もないので室内で使えるし、正弦波インバーターの採用で、質の高い電気が出力できるのでパソコンなどの精密器機も使える。
さらにE500を2台つなぐ並列運転機能を使えば、2倍の出力や容量を得ることもできるし、EU9iなど指定の発電機と繋げば、発電機の出力をアシストすることもできるのだ。小さいながら多機能なE500は、実際にどんな使われ方をしているのだろうか。
「家の中で使うというよりは、アウトドアで使われる方が多いようです。発電機に比べ出力や容量は 小さいですが、『思ったよりも使える』という声をいただいています。限られた電力だと、逆にお客さん側が繋ぐ機器を選択するという楽しみ方をされる方もいらっしゃいます。発電機を使われていたお客様からは、特にキャンプ場で排出ガスや音が出ないことが喜ばれています。今時だなと思うのは、テントのなかにゲーム機を持ち込むという方もいらっしゃいました。使い方にもよりますが、ゲーム機の電源としては充分です」
限られた容量を工夫して使うのはE500ならではの楽しみ方だ。
「業務用としては、電気工事の漏電をチェックする機械の電源として使われている方もいらっしゃいます。今までは発電機からコードリールを80mくらい伸ばして接続していたのですが、これだけでかなりの重さになりますからすごく楽になったそうです。いろいろな使い方をしてもらおうという思いで開発しましたが、製品化してみると、具体的に想定していなかったような使われ方もあるのです。 例えば、プロユースは想定していましたが、電気工事の人がこんな使い方をすると特定していたわけではありません」
想定外の使われ方も好評とは E300が屋台用として爆発的に広まったような展開ではないか。 一世を風簿したE300のDNAは、デザインのみではなく確実に受け継がれているのだ。
「釣りが趣味なので、夜釣りの照明とか充電に使っています。家では、かき氷機用に子供に使わせています。ダイニングテーブルにかき氷機を置いて、いざ使おうとするとコードが壁のコンセントまで届かない。そんなときに使っています」
プライベートで白色のE500を購入して使っている中田さん。言われてみればそんな使い方も便利だ。持ち運びの出来るコンセントをどう使うか、どう楽しむか、使う側の知恵や工夫が試されているような気さえしてくる。
「とにかく物置に眠らせないでリビングに置いて、日ごろから使ってほしいですね。我が家のかき氷機で使っているように」
「バイク、車の6輪生活にプラスパワープロダクツの製品という展開も考えています。すべて揃うのはホンダならではですから」
E500も登場するテレビコマーシャルが放映されているらしい。今年は東京モーターショーもあるし、大きな可能性を秘めた小さなE500の今後の展開から目が離せない。
さて、あなたならどう使いますか?