はいみなさんこんにちは。お暑う御座います。暑さに負けず今日も元気にマスク着用とソーシャルディスタンシングしてますか? ウレタンマスクじゃダメですよ。
さてさて、長いながい夏休み期間を経て、MotoGPの2021年後半戦が今週末にスタートする。シーズン前半戦をひとまず締めくくった第9戦オランダGPの決勝日は6月27日。そして後半戦の端緒となる第10戦スティリアGPは8月8日。8月8日といえば8・8ロックデイ(←古い)、というのはともかく、MotoGPはじつに5週間もレースを開催しなかったことになる。その間にはEWCのエストリル12時間やSBKのドニントン大会、アッセン大会などが行われていたので、ロードレースがまったくなかったわけではない。とはいえ、MotoGPとしてはじつに長期のサマーブレイクである。ちなみに、1949年から続くロードレース世界選手権の73年の歴史で、7月にいちどもレースが行われなかったのは今年が初めてのことだ。
それにしても、これだけ長期にわたって空白期間があくと、今シーズンの前半戦はいったいどんな出来事があったのか、記憶がすでにあやふやになってしまっている人もいるのではなかろうか(はい、わたくしです)。そこで、今週末の第10戦スティリアGPと後半戦各レースを愉しく観戦するためにも、「前回までのあらすじ」を振り返つつ、戦況や見どころ的なポイントをある程度整理しておこう、というわけである。
まずは全体的な戦況から。
9戦を終えて現在ランキング首位に立っているのは、ファビオ・クアルタラロ(Monster Energy Yamaha MotoGP)。4勝を挙げて156ポイントを獲得している。しかもこの9戦では1回を除いて全戦フロントロースタート、うち5回でポールポジションを獲得しており、一発タイムとレースペースの双方とも、安定した速さを発揮している。
ランキング2番手はヨハン・ザルコ(Pramac Racing/Ducati)。獲得ポイント数は122で、クアルタラロとは34点差だ。3番手はフランチェスコ・バニャイア(Ducati Lenovo Team)、4番手に前年度チャンピオンのジョアン・ミル(Team SUZUKI ECSTAR)、5番手がジャック・ミラー(Ducati Lenovo Team)。獲得ポイントそれぞれ109、101、100、となっている。
首位につける選手と2番手のポイント差が34、ランキング5番手でも56ポイント差、というこの状態は、けっして大きなリードではない。参考までに、過去のデータをいくつか参照してみよう。昨年は変則的なカレンダーで、そもそもサマーブレイクというものがなかったので単純な比較はできないものの、最終戦まで残り9戦、というところで見てみると、ちょうどオーストリアのレッドブルリンク2連戦が終わった段階になる。このときのランキング首位はクアルタラロで、2番手のアンドレア・ドヴィツィオーゾとは3ポイントの僅差。後にタイトルを獲得することになるミルは、このときまだランキング8番手にすぎない。
通常シーズンだった2019年だと、前半戦9戦を終えて首位につけていたのはマルク・マルケス。ランキング2番手のドヴィツィオーゾに58ポイント差を開いていた。さらに2018年も見てみると、この年もトップに立っていたのはマルケス。2番手のバレンティーノ・ロッシとは46ポイント差だった。
と、このように過去数年の実態と比べてみると、34ポイントという2021年前半終了時の点差はかなり小さく、ランキング争いは予断を許さない状況であることがわかる。シーズン折り返しでトップのクアルタラロから56ポイント差の5番手ミラーまでは、タイトルの射程圏内にいる、と考えても差し支えないだろう。
だが、今シーズンの場合は大きな不確定要素もあることを忘れてはならない。それは、後半戦がいったい何戦になるのか、いまのところまだ判然としていない、ということだ(8月2日現在)。
当初、シーズン後半に組み込まれていた日本GP、タイGP、オーストラリアGPはすでに中止が発表され、サーキット・オブ・ジ・アメリカズのレースが10月3日に、そして、ポルティマオではシーズン2回目のレースがアルガルベGPとして11月7日に行われることが決定している。一方、レース数の欠落を埋め合わせるためとして、COTAを2連戦にする可能性も一部では取り沙汰されたようだが、その可否を含めた具体的な可能性は公式にアナウンスされていない。また、今年唯一のアジアラウンドとなったマレーシアGPは、10月24日の開催予定だが、はたして本当に実施可能なのかどうか。この原稿を書いている7月終盤現在では、詳細がまだ発表されていない。マレーシアは、Petronas Yamaha SRTの本拠地であるだけに、チームプリンシパルのラズラン・ラザリがレースの開催可能性を懸命に模索しているのであろうことは容易に想像がつく。だが、同国の新型コロナウイルス感染症蔓延は、日本やタイと同様にけっして芳しいとはいえない状況のようだ。いつごろ収束に向かうのかさだかではないが、10月のレース実施が可能どうかの判断は、早晩決定せざるをえないだろう。
いずれにせよ、現状では不安定なままになっている、この「残りレース数」という不確定要素をどのように措定して戦っていくのか。これが、各陣営の後半戦戦略にとって重要な要素になりそうだ。
ところで、現在はランキング首位がクアルタラロで2番手がザルコなのだが、これはつまり、チャンピオンの座に最も近い場所にいる上位2名がフランス人選手、ということだ。熱心なファンの方々ならご存じのとおり、最高峰クラスでは過去にフランス人選手がチャンピオンを獲得したことがない。年間最高順位は、レイモン・ロッシュ(1984)、クリスチャン・サロン(1985/1989)の3位だ。もしも彼らが今年のタイトルを獲得するようなことになれば、これはもうフランスじゅうが大騒ぎになることは必至……とはいえ、それはまだ数ヶ月先の、しかもあくまでまだ仮定の話に過ぎないわけだけれども。
で、ここからは各陣営の状況等についてざっくりとまとめていこう。いや、いくなといわれても勝手にいってしまうんですけど。
まずはヤマハから。
今年のチャンピオンシップを牽引しているから、ということだけはなく、なにかと話題が多く注目も最も集まる陣営である。
すでに触れたように、ファクトリーライダーのクアルタラロが後半戦のカギを握るキープレイヤーのひとりであることは論を俟たない。もうひとりのファクトリー選手、マーヴェリック・ヴィニャーレスは、第9戦のレースウィークに今年末でヤマハから離れることが判明して大騒ぎになった。本来なら2022年も継続するはずだったヤマハとの契約を今年いっぱいで終了した結果の行き先については、アプリリアで事実上決定したと理解されてはいるものの、いまのところはまだ公式に発表されていない。藪から棒(ヤマハからマーヴェリック)な離脱表明と違い、こちらの発表はとくに急ぐ必要がないので、おそらく時間をかけて細部の詰めなどを行ったうえで、いずれ正式発表を行う、という段取りなのだろう。あるいは、生き馬の目を抜く世界だけに、ひょっとしてアプリリア以外のオプションがこのサマーブレイクの間に水面下で進んでいたとしても、もはや驚かない(いや、そうなったら驚くかな)。
それにしても、ヴィニャーレスは、ヤマハファクトリーを離れてどこかの新天地へ所属先を変えたとして、そこでいきなり今までとうって変わって超ハイレベルの高い安定感を見せることができるのかどうか。そのようなレベルの高さをマシン環境に求めたうえの離脱であれば、そもそもヤマハを離れることの理が立たない。つまりそのように高度な安定感や可能性を手放すことも厭わないくらい、ヤマハにいることがもはや彼にとってはイヤでイヤでしかたかなかった、ということなのだろう。
とはいえ、ヴィニャーレスの場合は、セットアップやレース戦略などで「こんなはずじゃなかった」という状況に陥ったときに、さっさとプランBに頭を切り替えて再起動することがあまりなく、むしろカッカしてさらに悪循環にハマってしまう、という傾向が以前からあるように見える。この悪癖を修正しないかぎり、彼を巡る状況はなかなか改善しないのではないか、とも思うのだがどうだろう。いや、世界屈指のトップライダーに対してそんな分かった風の指摘をするのはなんとも僭越極まりないのだけれども。だが、それだけになお、彼がもしも2017年にヤマハへ移籍せずスズキにずっととどまって、(辛いだろうけれども)じっと耐え忍びながら順位を徐々に上げていって勝つ、という方法論を身につけていたら、今ごろ彼とスズキははたしてどうなっていたのだろう、と思わないでもない。ま、なんてこともないただの〈たら・れば〉ですけどね。
ヤマハ陣営では、サテライトチームのPetronas Yamaha SRTを巡る動きもなにかとアツい注目を集めている。
サマーブレイク前のこのチームを巡る状況で、もっとも周囲の関心が高かったのは、いうまでもなくバレンティーノ・ロッシの去就だ。もともとロッシは、シーズン前半での自身のパフォーマンスを見たうえで、現役を続けるか引退するかの決断をくだしたい、と話していた。それだけに、サマーブレイクを経た現在は、いよいよその発表にむけてカウントダウンがはじまった、と考えてもさしつかえない時期にあたるのだろう。
その可能性の詳細について、いまここでは議論をしないが、いずれにせよ、その一挙手一投足が大きな注目を集めるスーパースターの華やかさと凄味は、デビューから四半世紀を経たいまも健在、ということだ。
ロッシがもしもいなくなった場合は、そのシートに誰が座るのか、ということがこのチームの来季に関する最大の関心事だった。だが、ヴィニャーレスがファクトリーチームから離脱することで、状況はふたたび混沌として流動的になってきたようだ。
ヴィニャーレスが抜けたファクトリーのシートには、古傷の膝を手術し、現在は回復に向けて欠場中のフランコ・モルビデッリが入る、という見方が支配的だ。その場合、Petronas Yamaha SRTチームには、あらたにライダーがもうひとり必要になる。ロッシが抜けると仮定した際の空きシートには、現在Moto2でランキング2番手のラウル・フェルナンデスの名前が大きく取り沙汰された。フェルナンデス自身は、第9戦でその噂を否定し、来季もMoto2クラスで戦う、と述べたものの、それはあくまでその段階での「つもり」のような話で、諸事情から噂をひとまず否定するためにそう言っておいた、という側面もありそうだ。
仮にフェルナンデスが昇格してこのチームに収まるとして、ではもう1名がどうなるのか、ということについては、いくつものオプションがありそうで、まったく見当もつかない。
チームプリンシパルのラズラン・ラザリは、若いライダーを希望している旨を以前から明らかにしている。ひとつの可能性として、チーム内Moto2勢(Petronas Sprinta Racing)からライダーを昇格させる、という方法はありえる選択肢だろう。その場合、チャビ・ビエヘもしくはジェイク・ディクソンのいずれか、ということになる。
ビエヘは24歳でディクソンは25歳。年齢に大きな差はないが、ライダーとしての経験ならビエヘが有利で、イギリス人選手を最高峰クラスに入れておきたいDORNAの意向と歩調を合わせるならディクソンが有利、ということになるだろう。イギリス人選手という意味では、ランキング上位のサム・ロウズが最高峰クラスでも高いパフォーマンスを発揮しそうだが、なにぶんロウズは、2017年のMotoGPでアプリリア在籍時に政治的な駆け引き絡みで辛い思いをしている。それだけに、当時と状況もチームも異なるとはいえ、そのような場所へ再び戻りたいと本人が考えるかどうか。しかも、ロウズの場合は年齢も30歳、と若いとはいいづらい領域にさしかかっている。
あるいは、イギリス人ではないけれどもジョー・ロバーツ、という選択肢もあり得るかもしれない。ロバーツはアメリカ人選手で、現在の最高峰クラスにはひとりも同国出身選手がいないため、DORNAにとってはマーケティング面でもイギリス人選手同様に重要だろう。ロバーツは2021年シーズンに最高峰クラスに昇格するオプションがあったものの、彼のほうからそのオファーを断っていることは、知る人ぞ知る話だ。
または、SBKのヤマハ陣営から、トプラク・ラズガッドリオグルやギャレット・ガーロフがMotoGPに移ってくれば面白いことになったかもしれないが、彼ら2名はすでに、7月上旬にSBKの契約更改を発表している。
では、いったい誰が2022年のPetronas Yamaha SRTのシートに座るのか? と改めて考えてみると、これはもうまったくのお手上げである。チームプリンシパルのラズラン・ラザリか、チームダイレクターのヨハン・スティーグフェルトにでも直接訊ねないことには類推のしようもない。訊ねても教えてはくれないだろうけど。
このチームの現状でひとつ確かな事実は、昨年限りで現役選手から退いて現在はヤマハのテストライダーを務めるカル・クラッチローが、レッドブルリンク2連戦(8/8、/15)とイギリスGP(8/29)の3戦を、モルビデッリの代役として参戦する、ということだ。はたしてどこまで現役時代に匹敵する走りを見せるのか、というあたりは、彼のファンならずとも気になるところだろう。
ドゥカティも、今年は総じて高い戦闘力を発揮している。昨年まではアンドレア・ドヴィツィオーゾ頼み、さらにその前をたどればケーシー・ストーナー頼み、といった側面の強かった陣営だが、今年の前半戦はジャック・ミラー、フランチェスコ・バニャイア、そしてヨハン・ザルコというスタイルの異なる3名が、それぞれに活躍して好成績を収めている。なかでも、昨年までなかなか勝てずにいたミラーが、第4戦と第5戦で連勝して〈勝てるライダー〉になり、焦らずに勝負の機微を見極める余裕を身につけたことは大きい。
その点では、おそらくは現代的かつオールマイティな強さを秘めているバニャイアと、ライディングといい性格といいクセの強さではおそらく千鳥のノブも一目置くことは確かであろうザルコの両選手は、2位には手が届くものの優勝はまだ経験していない。彼ら2名が優勝を経験してさらに大きな自信を持ち、レースをコントロールするほどの〈格〉を身につけることができるかどうか。このあたりが、彼らの後半戦を左右するキモになりそうだ。
ちなみに、ドゥカティ勢の表彰台獲得回数は、9レース27個のうち、ミラーによる2回の優勝を含む11。他メーカーよりも参戦台数が多い全6台の陣容という有利な面を措くとしても、さまざまに特徴の異なる上記の3名がまんべんなく高い戦闘力を発揮しているのは、彼らの強みだろう。さらにいえば、開幕2連戦で優れた資質を披露したルーキーのホルヘ・マルティンが第3戦に負傷して以後数戦の欠場を強いられたものの、後半戦に彼が復調してふたたび表彰台に絡む走りを発揮するようになれば、上位陣の争いに新たな攪乱項が加わって、面白い展開が増えてくることになりそうだ。
ドゥカティのバイクといえば、圧倒的な動力性能を誇る反面、旋回性の悪さが積年の課題とされてきた。今年はその部分の改善を図ったのか、開幕前のテストから、旋回時のダウンフォースを稼ぐ目的と見られるような空力設計のフェアリングを投入してきた。そのデザインが旋回性向上にどこまで有意に貢献しているのかについては未知の部分も多いが、選手たちがこのフェアリングに対してとくに不満をもらしている様子がないことから、体感的なフィーリング向上やじっさいのタイム短縮に、ある程度の貢献は果たしているのだろう。
ドゥカティは、この空力技術をはじめ、いまやメガトレンドとなったホールショットデバイスとシェイプシフターの導入など、新たな技術を持ち込んだ際に多少の議論を招いたとしても、結局は他陣営がその技術に追随することで結果的に彼らが先鞭をつけた格好になる、ということがいままで何度も繰り返されてきた。ドゥカティの〈頭脳〉ジジ・ダッリーニャが、はたして次にどんな手を繰り出してくるのか、意表を突くようなドゥカティの次なる一手は何なのか、ということも気になるところだ。
上記で触れたホールショットデバイスだが、この導入でややライバル勢の後塵を拝しているのが、昨年のチャンピオンチーム、スズキ陣営だ。シーズン序盤にジョアン・ミルにこの件について訊ねたところ、まだこのデバイスについて技術陣から話を聞いていない、との返事で、プロジェクトリーダーの佐原伸一氏に同様の質問をした際にも、「しっかりと開発を進めながら時期を見て投入したい。おそらくシーズン半ばか、それ以降くらいの時期になるだろう」という話だった。アレックス・リンスが、このスタートデバイスおよびシェイプシフト機能がないことは、ライバル陣営よりもコンマ数秒ほど不利になっていると思う、と述べたのが6月下旬。そのときに、「日本では精力的な開発が進んでおり、おそらく後半戦のレッドブルリンクあたりから使用可能になるのではないだろうか」と希望的観測も述べていた。
後半戦の端緒となるスティリアGPでは、このデバイスを配備しているかどうかが、スズキ陣営に対する大きな注目ポイントのひとつになるだろう。
また、後半戦の口火を切るオーストリア2連戦の舞台レッドブルリンクは、昨年のレースでミルが初表彰台を獲得したコースである。しかも、2戦目では赤旗中断さえなければ初優勝も見えていた。冒頭でも述べたとおり、ミルは現在ランキング4番手で、トップとのポイント差は55。シーズン後半に巻き返して2年連続チャンピオンを狙うのであれば、このレッドブルリンク2連戦のいずれかで勝利を飾ること、少なくとも連続表彰台を達成すること、は必要最低限の条件といえそうだ。
ホンダに関する話題は、どうしてもマルク・マルケス(Repsol Honda Team)に集中してしまいがちだ。彼の負傷からの復活と第8戦ドイツ後での優勝は、今季前半戦最大の山場といってもいいできごとだった。ただし、続く第9戦オランダGPでは7位で終えており、まだ完全復活といえるほどの状態には至っていないのであろうこともまた、明らかになった。
この5週間の夏休み期間で、彼の体調がさらにどれほど回復しているのか、ということも気になるが、マルケス自身は復帰の際に「1年をかけてじっくりと戻していきたい」という旨の発言をしている。さらにいえば、レッドブルリンクは2016年にMotoGPのレースが再開し、それ以降6回のレースが行われてきたが、マルケスはそのいずれでも優勝を飾っていない。したがって、後半戦の幕開け2連戦はオンジョブトレーニングならぬオンジョブリハビリテーションに励みつつ、チャンスがあれば最大限の結果を狙う、という戦いになっていくのではないかと思われる。
また、ホンダ陣営全体に関しては、マルケスが復活し、そのフィードバックを得たことにより、2021年型車体に対して後半戦から何らかの新たな方向性が示されていくのかどうか、というあたりにも注目をしておいたほうがいいもしれない。
ホンダ陣営は、前半戦をつうじてポル・エスパルガロ(Repsol Honda Team)、中上貴晶(LCR Honda IDEMITSU)、アレックス・マルケス(LCR Honda CASTROL)の苦戦傾向が続いた。とくに中上の場合は、ときに昨年以上の勢いを見せそうな仕上がりに見えながらも、決勝になると様々な事情から結果に繋がらない、というレースが何度かあった。殻を破って大きく飛躍しそうに見えつつもそこに及ばないレース内容と結果は、観戦しているほうはもちろん、当の本人である中上自身がもっとも歯がゆく悔しい思いをしていることだろう。レッドブルリンクの中上といえば、昨年のレースでスズキのミル同様に快調な走りを見せながら、赤旗中断でリズムが途切れ、表彰台を逃す悲運に泣いたコースだ。だが、それはチャンスの大きい会場、と考えることもできる。これは他のところにも少し前に書いたことだが、最高峰クラスでは、日本人選手は2012年の最終戦以降誰も表彰台に上がっていない。この大空白期間に終止符を打つためにも、5週間の休みを経た中上には、心機一転の活躍を是非とも期待したいところである。
そして昨年から今年にかけて飛躍が著しいのはKTM陣営である。いやホントすばらしい。
イタリアGPで新車体を入れてからというもの、明らかに一段階ステージが上がったような戦闘力で、ミゲル・オリベイラ(Red Bull KTM Factory Racing)は2位―優勝―2位、と連続表彰台を獲得。続くオランダGPは表彰台を逃したものの、それでも5位である。エンジンはドゥカティほどとはいわないまでもよく走っているし、きっちり曲がってしっかり加速もしている。挙動を見る限りでは、明らかに強豪陣営のバイクである。
オリベイラは、カタルーニャGPで勝利した際に「タイヤグリップのマネージメントやレースペースのコントロールなど、すべてが難しかった。まちがいなく、自分のベストレースのひとつ」と述べている。レースの緩急や押し引きも心得たうえでの勝利だった、と話すこのことばからもわかるとおり、現在の彼は、どうすればレースに勝てるのか、そのために何をどう組み立てていけばよいのか、をしっかりと理解しているライダーのひとりである。後半戦も、上位争いの一翼を占めるであろうことは間違いなさそうだ。一方では、チームメイトのBBことブラッド・ビンダーの調子が上がらなさそうのは見ていてやや気になるところだ。が、レッドブルリンクはチームの本拠地だけに、浮上のきっかけをつかむ絶好の機会にしてもらいたいものである。
さらにもうひとつ。今週末のスティリアGPでは、KTMの開発ライダーをつとめるダニ・ペドロサがワイルドカード枠で参戦し、2018年最終戦以来の復活を果たす。実戦開発を兼ねた参戦だけに、上位争いをするのは難しいかもしれないが、現在のKTMの飛躍はこの人の貢献によるところもも大きいだけに、2年9ヶ月ぶりのレースでどれほどのようなパフォーマンスを発揮するのか、これはおおいに注目である。
そして唯一のコンセッション適用陣営、アプリリアである。アレイシ・エスパルガロ(Aprilia Racing Team Gresini)の孤軍奮闘で、予選でもQ2ダイレクト進出、前方グリッド獲得、というシーンは珍しいものではなくなってきた。今シーズン前半戦は、第5戦フランスGPを除き、8戦で3列目以内からのスタート。第8戦ドイツ後ではフロントロー3番グリッドも獲得した。これは明らかに、パフォーマンス向上といっていいだろう。しかし、決勝レースとなると、残念ながら、まだ好結果に繋がるほどの高い信頼性と耐久性を発揮できていない。だが、確実にほぼ毎戦、シングルポジションでレースを終えるようになっている。
彼らの信頼性と戦闘力向上を数字の面から見てみよう。
今年の前半9戦でチェッカーフラッグを受けたレースは7戦。完走率は77.8パーセント。この7戦での優勝者とのタイム差は、平均すると7.587秒だ。一方、昨シーズンはどうだったかというと、チェッカーフラッグを受けたのは14戦中9戦。完走率は64.3パーセント。優勝選手との平均タイム差は17.264秒、とかなり大きいものだった。この平均タイム差の短縮だけを見ても、今年の彼らの進歩がよくわかる。実力で表彰台を勝ち取るにはまだ少し道のりがあるかもしれないが、レース後半のタイム落ち幅が小さくなって追い下がらず踏ん張れる展開になってくれば、それもおおいに現実味のあるターゲットになってくるだろう。今後が楽しみな陣営である。
中小排気量クラスについても、簡単に整理しておこう。
Moto2は、レミー・ガードナー(Red Bull KTM Ajo)がここまで9戦中3勝を含む8表彰台で、184ポイントのランキング首位。2番手には、ルーキーながらすでに3勝を挙げているラウル・フェルナンデス(Red Bull KTM Ajo)。3番手にはマルコ・ベツェッキ、4番手にサム・ロウズ、5番手にディッジャことファビオ・ディ・ジャンアントニオがつけている。だが、勢いという点ではガードナーとフェルナンデスの2名が明らかに他を圧しており、シーズン後半戦もおそらく彼らを軸に推移していくであろうと思われる。
Moto3クラスをリードするのは、〈アンファン・テリブル〉こと(すいませんいま勝手に命名しました)ペドロ・アコスタ(Red Bull KTM Ajo)17歳。優勝4回2位1回ほか、9戦すべてでポイント圏内フィニッシュを果たし(Moto3の戦況を考えるとこれもすごいことです)、前半戦の獲得ポイント数は158。2番手のセルヒオ・ガルシアが110、という点差を見ると、一般論としてはまだなんともいえないのかもしれないけれども、17歳ながらまるで32歳当時のミック・ドゥーハンのような走りをするアコスタだけに、よっぽどのことがないかぎり勝負の帰趨はほぼ見えている、といってもいいかもしれない。もちろん、レースなんて最後の最後まで何があるかわからないので断言はできませんけれどもね。
というわけで、2021年の長いながい夏休み期間明けの総復習、いかがだったでしょうか。今週末から再開するシーズン後半戦も、ひきつづき存分にお愉しみください。では。
【西村 章】
web Sportivaやmotorsport.com日本版、さらにはSLICK、motomatters.comなど海外誌にもMotoGP関連記事を寄稿する他、書籍やDVD字幕などの訳も手掛けるジャーナリスト。「第17回 小学館ノンフィクション大賞優秀賞」「2011年ミズノスポーツライター賞」優秀賞受賞。書き下ろしノンフィクション「再起せよースズキMotoGPの一七五二日」と最新刊「MotoGP 最速ライダーの肖像」は絶賛発売中!
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