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エンタメ

第114回 「さぬきそば」

 開業前は喧々諤々だった高輪ゲートウェイ駅(モバイルsuica定期券購入時に文字数制限にひっかかって買えないと噂になるほど長いので以下は高ゲと表記)が、2020年3月14日に営業を開始しました。もしも1960年代末だったら駅名反対派の学生が「開業断固阻止314決戦!」とかぶち上げて一騒動やらかしたかもしれません。昨今の日本で普通の感覚で、?と思うようなことでも大した問題にならず、いつの間にか忘れられ……という風潮ですから新駅の開業ごときで騒動が起こることはありません。まあ、昔もあったかどうかは知りませんけど。それはともかく、やっかいな新型コロナの影響で開業イベントは中止となり、粛々と開業かと思えば、これまたある意味過激派の大きなお友達が営業開始前から集結、一番電車が到着すると「ハッピーゲートうぇ〜い!」と迎えたようです。おつかれさまでした。

高輪ゲートウエイ駅
高輪ゲートウエイ駅
東京の新名所? の高輪ゲートウエイ駅。東○渋谷駅のようにわけのわからない芸術的な駅(埋まっていてわかりませんけど)かと思いましたが、改札階からホーム階まで吹き抜け構造で、控えめなインテリアで陽の光が入る落ち着いた駅でした。現在周囲はなーんにもありませんが、そのうちビルに囲まれるんでしょう。それよりもここに田町電車区、品川客車区という名門車両基地があったと思うと、感慨深いです。

 同時に東海道線の御厨駅(静岡県磐田市)と予讃線の南伊予(愛媛県伊予市)も開業しました。が、地元以外ではそれほど知られていないかも。御厨駅はヤマハ本社の最寄り駅ということで、北口広場はヤマハ発動機Revsサークル(レヴズ サークル)と名付けられました。せっかくなので若桜鉄道の隼駅のようにヤマハファンの聖地になるよう、ブロンコ広場とか名付ければよかったのにと思った方、いらっしゃいますか?(余談ですが週刊モーニングでシュールな大人のお小遣いマンガ「こづかい万歳」を執筆中の吉本浩二先生は、なんとブロンコオーナーだそうです。月2万1千円のおこづかいで、旧車を維持しているのですから頭が下がります)。

高輪ゲートウエイ駅
高輪ゲートウエイ駅
音叉をイメージした高さ12mのモニュメントを設置した御厨駅北口のヤマハ発動機レヴズサークル。正式開業に先立って3月7日に磐田市の渡部市長、ヤマハの日髙社長、長屋デザイン本部長がテープカットしてお披露目しました。上空からの写真を見ても立喰・ソは見当たりません。(写真提供 ヤマハ発動機)

 南伊予駅は……すいません、なにがあるのかよく分かりません。高ゲは田町電車区と品川客車区を整理したど真ん中に出来たのに対し、南伊予駅は松山駅から移転して新設された松山運転所の隣だそうです。「輪廻転生を感じるねぇ」とうなずくのは、大きなお友達(温厚派)だけでしょう。当然といいますか、悲しいかなこの3駅に駅ソはありません。高ゲには無人売店(といっても田舎の道端にあるようなおおらかな無人野菜販売所を思い浮かべてはいけません)やスタバはありますが、御厨と南伊予には駅ソどころか売店もないようです。そういえばどこかに無人駅そばならぬロボットが茹でる駅ソが出来たとかいうニュースを見たような気がしますが、まだ未食です。
 南伊予は四国ですからひょっとしたら近所に立喰・ウがあるかもしれませんが、御厨はないと思います。高ゲは駅を出て北西へ向かえば、「四十七士の墓どころ〜♪」と鉄道唱歌にも謳われる泉岳寺の前にしぶ〜い立喰・ソがあります。ゲートウェイなオシャレさんは絶対に入れない(入らないともいう)、高品 格がよれよれのコートを着てかけをすすっていそうなシブ〜イ立喰・ソです。大将も寡黙で恐そうですが、余計なことをしなければ怒られることはないと思います(たぶん)。佐貫のように(ここ覚えておいてください)。それより今時は「なにこれ〜かわゆす〜映える〜ぅ」とかティックトック女子が踊りださないか心配です。

田町電車区
現在の高ゲはたぶんこのあたり。高ゲが作られた田町-品川間はたくさんの線路が並び、東京機関区、品川機関区、品川客車区、田町電車区、東京第一運転所(新幹線)と車両基地が密集している濃厚鉄地帯。とはいえ、鉄にゆるゆるだった当時でもなかなか入れてくれませんでした。(1977年2月撮影)
松山
松山駅に隣接していた松山運転所と貨物駅。松山駅は車両基地と貨物駅がセットになった旧国鉄の幹線主要駅スタイルを維持するステキな駅でしたが、高架化事業開始により運転所、貨物駅は移転。ちなみに松山駅には駅ウがありますが、高架駅になってもぜひ残ってほしいものです。(2007年6月撮影)

 新たに出来る駅があれば、消えていく駅もあります。駅どころかほとんどの路線存続が問題となっているJR北海道の南弟子屈駅(釧網本線)と古瀬駅(根室本線)、夏期のみの臨時駅で2018年以降は事実上営業していなかったJR東海の池の浦シーサイド駅(参宮線)が廃止されてしまいました。南弟子屈駅は一日ほぼ1人(2018年)というスーパーマイステーション状態、古瀬駅に至っては更に先鋭的な平均乗降人員ゼロ(2018年)。当然駅ソはありません。

 名称が変わった駅もあります。福島第一原発の事故による最後の不通区間(富岡〜浪江)が、3月14日にやっと開通した常磐線。その常磐線の佐貫駅(茨城県)が龍ケ崎駅に改名しました。今回開業、廃止、改名された7駅中唯一立喰・ソがある駅です。讃岐ではなく佐貫ですが、なんとなくウ店連想しますが、現在改札を出たところで頑張っている立喰・ソは四季蕎麦 佐貫駅前店。店名からNREっぽいですが、違うようです(すみません、未だ未訪問のままで未確認)。四季蕎麦の前は、同じ場所に「さぬきや」という立喰・ソだったようですが、短期間で幻立喰・ソになってしまったようです(もちろん未訪問です)。

佐貫駅
関東鉄道の佐貫駅
開業は1900年(明治33年)という由緒も歴史もある佐貫駅(現龍ヶ崎 写真左)。東京から特急で約30分、普通でも約1時間。すぐ隣には関東鉄道の佐貫駅(写真右)があります。(2009年5月撮影)

 龍ケ崎駅のとなりには関東鉄道の佐貫駅があります。JR佐貫駅が龍ケ崎駅に改名したのなら、こちらも龍ケ崎に改名すればと思うのは当然ですが、改名するとえらいことになります。「あいかわらず大げさ……」と思うでしょうがさにあらず。関東鉄道竜ヶ崎線はわずか4.5kmのミニ路線。佐貫駅の次は入地駅、次は早くも終点の竜ケ崎駅。そうなんです、字は違っても終点は竜ケ崎駅。改名すると龍ヶ崎発竜ケ崎行きというややこしい、どっちに行っても「りゅうがさき」になってしまうのです。これはこれで話題になりそうなので、改名もおもしろそうですが、ほろ酔いのおっちゃんが寝過ごして、ぱっと目を覚ますと……いつまでたってもりゅうがさき、というゆゆしき事態になりかねません。 

 竜ケ崎にも立喰・ソがありました。店舗写真は撮っているのですが、食べた記憶がありません。立喰・ソ帖にも記述がありません。わざわざ行ったのにどうして食べなかったのか永遠の謎がまたひとつ。うすうす(0.3mm)理由はわかっていますが。

竜ケ崎駅
シャトルフーズサービス
関東鉄道竜ケ崎線の終点の竜ケ崎駅。駅の隣にはシャトルフーズサービス。写真を見る限りでは、この当時はまだ幻立喰・ソではないようです。 (2009年5月撮影)

 話を戻して龍ヶ崎駅になる前の佐貫駅時代のこと、さぬきやになる前にも同じ場所に立喰・ソがありました。コロッケそばが一押しの立喰・ソでした。その理由を大将にたずねたらなんだかものすごくむしのいどころわるわる、状態だったのか、それとも聞いてはいけないことを聞いてしまって、おかんむりになったのか、顔を上げることもなく、何も言わず外を指さしました。小心者の私はあたふたどぎまぎ、早く立ち去りたい一心で、出されたソを一心不乱にすすりまくって、ほうほうほうほうほうほうのていで店を出ました。そこで見たのがコロッケフラッグでした。10年以上放置してしまいましたが、先ほど調べたら龍ヶ崎はコロッケで町おこしをしているそうです。
 
 竜ケ崎の立喰・ソに入らなかったのは、佐貫と同じ店名だったので間違いなくビビりまくっていたんでしょう。あれからもう10年以上も経っているんです……つい昨日のことのようです(というのはうそで、すっかり忘れていました)。しかし、あの大将、なんでごきげんななめだったんでしょう?

シャトルフーズサービス
シャトルフーズサービス
佐貫駅にあった関東鉄道系立喰・ソのシャトルフーズサービス。いただいたのはコロッケそばではなくかき揚げそばだったようです。大将ににらまれた後だったからか、こんな腰の引けた1枚しか撮っていませんでした。おかげでかわいいエビちゃんが見られます。(2006年2月撮影)

龍ヶ崎コロッケ
2003年から売り出し中の龍ヶ崎コロッケ。2014年のご当地メシ決定戦で見事優勝しているそうです。揚げ物好きとしては見逃せませんが、これも未食のままです。(2009年5月撮影)
竜ヶ崎線
どうでもいいことですが、竜ヶ崎線のホームは3駅共に、佐貫から竜ケ崎に向かって右側にしかないので、左側のドアは永遠に開きません。だから通常は左側にある運転台も竜ケ崎側は右側にあります。ほんとにどうでもいいことですが。(2009年5月撮影)


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2020/04/23掲載