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レース・イベント





■文・撮影:青山義明 ■写真提供:カワサキモータースジャパン ■協力:カワサキモータースジャパン


2024年7月20日(土)、三重県にある鈴鹿サーキットで、カワサキの水素エンジン車両の走行が一般に向け初披露となった。この日は鈴鹿8時間耐久レースのレースウィーク、トップ10トライアル日となっており、8耐観戦にやってきた1万9000人の前で世界初公開の「水素エンジンモーターサイクル」による走行初披露が行われた。この記念すべき走行の後は、グランドスタンド裏のイベントスペースのカワサキブース内に展示され、だれもが間近でその車両をチェックすることができた。

 近年の自動車業界では、“カーボンニュートラル”という言葉とともに、“マルチパスウェイ”という言葉が頻繁に聞かれるようになってきた。カーボンニュートラルは、いわゆる「地球に優しい環境に配慮した乗り物を」ということだが、それをただやみくもに電動化にカジを切るのではなく、「さまざまな方法でCO2削減を目指していく」というのがこのマルチパスウェイという言葉の意味になる。今回、カワサキモータースがお披露目した一台の実験車両もその言葉を語る一つの答えである。

#Hydrogen Motorcycle
車両リア側に水素タンクを搭載して、その水素の配管を行っていること以外H2 SXと基本的には変わっていないという「水素エンジンモーターサイクル」。

 鈴鹿に集まった8耐ファンにむけてカワサキがお披露目したのが、「Kawasaki Ninja H2 SX」をベースにした「水素エンジンモーターサイクル(Hydrogen Motorcycle)」。水素といえば、水素と空気中の酸素を化学反応させて発電して走行する電動車両である燃料電池車(FCV=Fuel Cell Vehicle)を思い浮かべる人も多いだろう。2輪でいえばスズキのバーグマンの実験車両が知られているが、4輪ではトヨタのミライやホンダのクラリティなどの市販車が登場しており、それらの車両に水素を充填するための水素ステーションも街中にあることから認知も進んでいる。

#Hydrogen Motorcycle
ガソリンタンク部分は空っぽということなので、マルチパスウェイの観点からデュアルフューエル方式なども可能か? とか想像も膨らむ。

 しかし、今回の車両はその水素を燃料として燃やして駆動力を得るエンジン(水素エンジン)で走行するのである。水素をエンジンの燃料にして走行をするという技術自体は新しいものでもなく、4輪ではトヨタがスーパー耐久シリーズに2021年から参戦をし、研究開発を進めている。

 カワサキは、水素を社会インフラとしてとらえ「運んで・貯めて・使う」という水素の利活用についての長い歴史があり水素社会の実現に向けて取り組んできている。2021年にトヨタからの呼びかけに呼応する形で、川崎重工として、スーパー耐久シリーズに参戦する水素カローラへの水素の供給を行っている。

#Hydrogen Motorcycle
多くのレースファンがピットサインボードエリアに陣取って、コースを走行する「水素エンジンモーターサイクル」を見送った。

 そして今回、2輪の水素エンジン車の一般公開となった。車両の特徴的な部分といえば、シート後方にパニアケースのような形で水素タンク2基を搭載しているところだろう。タンクはトヨタ・ミライに採用されているタンクをそのまま使用している。現在市場に投入されている4輪FCV用のタンクの中で最も小型のものをチョイスしたわけだが、それでもこの大きさ、である。使用圧力70MPaのこのタンク2基で2kg(約50L)の水素を積んでいる。
 水素タンクなんて「バイクがコケたらどうすんの!」という声が聞こえてきそうだが、このタンク、そんなにやわではない。バイク本体が潰れてもこのタンクはその形状がそのまま残る、そんな頑丈さである。もちろんタンクの重量もそれなりにあって、水素を目いっぱい充填して1本に1kgしか入らないが、タンクの質量は20㎏を超える。ちなみに現在のこの開発車両の状態で、モード燃費で100km以上の航続距離を持つという。

#Hydrogen Motorcycle
#Hydrogen Motorcycle
トヨタ・ミライで使用されている水素タンクを2本搭載。70MPaタンクのサイズは長さ684mm×直径299mm、タンク容量25.3L(1㎏)と思われる。

 H2に搭載されている998cc直列4気筒スーパーチャージドエンジンは、水素燃料用に筒内直接噴射(直噴)仕様に変更しているもので、この水素エンジン自体は2023年9月のスーパー耐久シリーズのもてぎ戦で、「モーターサイクル用水素燃料直噴エンジンを搭載した研究用オフロード四輪車」としてすでに公開されている。2024年1月のダカールラリーでは、このエンジンに3本の水素タンク、および水素燃料供給システムを搭載したバギー「HySE-X1」でダカールラリー「ミッション1000」に参戦している。この「ミッション1000」は最先端技術をダカールの実戦環境(2024年大会はサウジアラビア)で試すことができる機会で、「HySE-X1」は4位に入る活躍を見せた。

 今回の「水素エンジンモーターサイクル」の車両は、ピットウォーク開催中の時間にスタッフによる手押しでホームストレート上に持ち込まれ、まずメディア向けの撮影が行われた。その後、テストライダーがエンジンを掛け、しばらく暖気した後に実際にコースを周回した。その周回のペース自体は非常にゆっくりしたものだったが、ライダーは場内の観客に向けて手を振り、その存在をアピールしていた。走行終了後には、グランドスタンド裏のカワサキブースにて、水素エンジン単体とこの車両が展示され、鈴鹿8耐観戦来場者へもお披露目された。

#フロント
車両にも大きくロゴが描かれている「HySE(ハイス)」は、水素エンジンの基礎研究を目的とした技術研究組合である。2輪に限らず小型モビリティ(軽四輪、小型船舶、建設機械、ドローンなど)全般に向けて、水素の燃焼だけでなく、供給や搭載など実際に使用することを見据えさまざまな課題に取り組んでいる。
#マフラー
カワサキモータース水素プロジェクト担当兼川崎重工業執行役員の松田義基さん(写真左)、カワサキモータース先行開発部長の市 聡顕さん(写真右)がこのお披露目に登場。さらに社内のテストライダーの方の走行が行われた。

 走行披露後のラウンドテーブルには、カワサキモータース水素プロジェクト担当兼川崎重工業執行役員の松田義基さん、カワサキモータース先行開発部長の市 聡顕さん、川崎重工業水素戦略本部の山本 滋執行役員が登壇。
「量産メーカーとして世界初と考えていますが、無事に走行をできてほっと胸をなでおろしています。この車両はまだまだ研究段階なんですけれど、カワサキモータースとしては、2030年の初頭には皆さんのところに届けられるように研究開発を進めていきたいという思いで進めています」と松田さん。
「ガソリンでなく、水素を使い既存のエンジンを使ったモデルです。カーボンニュートラル(CN)を実現する(2輪の)世界が、静かでおとなしくてファン(楽しさ)のない世界ではなく、カワサキとしては、エンジンの鼓動感とか胸を突く加速感といったファンのところを大事にして、ひとりひとりが知らないうちにCNを実現していく、そういう世界を実現したい」とコメントし、メディアからの質疑応答に応えていた。

#Hydrogen Motorcycle
「HySE」の2輪メーカー4社(カワサキモータース、スズキ、本田技研工業、ヤマハ発動機)に加え、トヨタ自動車(研究推進特別組合員)と川崎重工業(事業管理特別組合員)が参画している。

 この車両は、まだまだ開発車両ということもあって細かなスペックなどは公開されないままで水素タンクの写真なども撮影できなかった。また、車両ができればすぐに公道に走り出せるかというとそうでもなく、各種規制がまだクリアできていないという点も多々ある。

「これで量産できるというわけでもなく、まだ研究が始まったばかりという状況。HySE(ハイス)を通じてこれから水素をうまく使いこなしていく方法を探っていき、楽しみとエコを両立させていくというバイクに取り組んでいきたい」と市さん。
 カワサキとしては2030年ごろには実用化を目指すとしているが、この後の開発途中の報告にも期待したい。
(文・撮影:青山義明)

#Hydrogen Motorcycle


2024/07/24掲載