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2024年のMonster Energy Yamaha MotoGPは2021年以来の王座奪還を目指す。ファビオ・クアルタラロ、アレックス・リンスの両ライダーが駆るYZR-M1の開発を、ヤマハ発動機MS開発部長という立場から束ねるのが、鷲見崇宏氏だ。2004年からMotoGPのレース現場で技術者として豊富な経験と知見を積み重ねてきた鷲見氏は、2021年にクアルタラロが年間総合優勝を達成したシーズンにはプロジェクトリーダーを担当していた。捲土重来を期す今年、頂点に返り咲くための展望と戦術について、プレシーズンテストを実施中のセパンサーキットでじっくりと話を聞いた。

●インタビュー・文・写真:西村 章 ●写真:Yamaha

―セパンテスト前日に行ったチームプレゼンテーションでは、昨年までレース現場でYZR-M1のプロジェクトリーダーとして技術面を束ねていた関和俊氏はテストチームの担当になり、テストチームを担当していた増田和宏氏が新たにレース現場を率いるプロジェクトリーダーに就任するという発表がありました。両氏のポジションが入れ替わったのは、テストチームとレースチームの連携をより緊密にしようという意志の表れと解釈していいのでしょうか。

「ここ数年の苦境から脱するために、開発スピードを上げて新しいパーツを積極的に投入し、一刻も早くオートバイを速くしなければならない状況です。開発のプロセスでは、まず設計者がいて次にその製作品を確認し、テストチームで試してファクトリーチームに届けるという一連の流れを、クイックに効果的かつ強固に繋ぐことを考えての体制変更、ということです」

#sumi

―欧州製が優勢であることについて伺いたいのですが、2021年にヤマハはクアルタラロ選手がチャンピオンになりました。2022年は後半戦に苦しい展開になって連覇を逃しましたが、最終戦までタイトル争いを引っ張りました。そして、2023年はライダーズランキングが10位と13位、チームランキングは11チーム中の7位、マニュファクチュアラーズランキングは全5メーカー中4位という結果でした。これは非常に失礼ないいかたになってしまうのですが、一年少々で急に失速したようにも見えます。この原因はどこにあったのでしょうか?

「レースは相対的なものなので、進歩のスピードが遅かったり足踏みしたりしていると、たちまち失速状況になってしまいます。ドゥカティだけではなくアプリリアとKTMもマシンパフォーマンスを向上させ、オートバイを速くしてきました。さらに、ドゥカティが8台体制で我々が2台体制ということも、開発パワーの差につながりました。トータルで集まるデータの量などに大きく影響しますから。さらに、これは皆に対して同一条件なので言い訳にはできないことですが、去年から大きく変わったレースフォーマットは、我々にとってレースウィーク中の新たなトライをしにくくなった、という面でネガティブ要素になりました。そういったいくつかの要素が重なって、成績に表れたのだろうと考えています」

―それは全メーカーでもドゥカティがなかんずく突出していたということなのでしょうか。あるいはよく言われるように、ドゥカティをはじめとするヨーロッパ勢の現代的な開発の進め方に日本メーカーがついていけないからなのでしょうか?

「ドゥカティに関しては、マシン開発と8台体制の戦略の両面がうまく噛み合って強固な体制を作り上げているので、打ち負かすのがより難しくなってしまったのは事実です。マシン開発の面について言えば、彼らはやはり私たちとは違うマインドを持っているのだと思います」

―それはヨーロッパ的なアプローチと日本人的なものの違い、ということですか?

「それは明確に認識しています」

―ヨーロッパ的なアプローチとは、具体的にどういうことだと鷲見さんはお考えですか? 

「例えば、新しい部品を製作してレース現場へ投入する際、我々はできるだけ事前に検証してきちんと作り込んでからレース現場に送る一方、彼らは現場でテストをしながらどんどん新しいパーツを投入していくわけですよね。

かつてのグランプリは日本企業が独占する時期が長く続いていました。我々の先輩たちが作り上げてきたシステムが機能し、会社として知見やノウハウを積み重ねて、今戦っている私たちも、それを受け継いで努力を続けてきました。日本のオートバイが世界の中でトップを走っていた歴史の中で、そういうシステムや状況ができあがっていったわけです。ところが、今はその状況が大きく変わってしまいました。ドゥカティは現在のチャンピオンメーカーで世界的にも大きな存在感のあるブランドですが、企業規模としては日本のホンダヤマハと比べると、大きく違います。異なる背景の中で、彼らが私たちのものとは異なる新たな戦略とシステムを構築しながら、したたかにゲームを変えてきた、ということを素直に認めたうえで、今度はヤマハとしての新たなシステムは何か? と考えることが必要だと思います」

#sumi

―ホンダもヤマハもグランプリにとても長く参戦を続けてきた歴史があり、ヤマハの場合だと欧州の拠点としてイタリアにYMR(Yamaha Motor Racing)もありますね。バレンティーノ・ロッシ氏の時代から現地イタリアのエンジニア人材の登用には積極的で、近年ならF1経験を持つルカ・マルモリーニ氏と協業し、2024年からはドゥカティにいたマッシモ・バルトリーニ氏が合流しました。その意味では、ヨーロッパ的な手法はかなり以前から取り入れているようにも思えるのですが、そういうことではない新たな手法がさらに求められている、ということなのでしょうか?

「YMRはグランプリの本場である欧州の窓として、本社と長くにわたって連携しながら運営や開発を行ってきていますが、その窓を通じて、日本にいてはなかなか気づけない示唆を得ることがあります。開発においても日本にこだわらず、より良い気付きが得られる場所があれば、積極的に出向いてやっていければ良いと思っています」

―それは磐田に限らず、ということですか?

「場所の違いはじつはけっこう大きい、と私は思っています。今はITが発展してどこにいてもリモートミーティングをできる環境になっていますが、たとえば日本とヨーロッパでリモートミーティングをしたときに得られる情報、あるいは交換できる情報量と、その場に行ってその空気の中で得たり交換したりする情報はだいぶ違います。だから、もしも〈そこ〉に価値ある情報や開発活動の機会があるのならば、なるべく〈そこ〉に行って、現地の様子を実際に感じて刺激を受けながら、時には外部との協業も進めながら開発をやっていけばいい、と考えています。違うカルチャーの中でお互いのエンジニア同士が刺激を受けながら開発していくことで、特に若手が活発になってきている実感がありますね」

―つまり、磐田で必ずモノを作るというわけではなく、ヨーロッパの拠点を……。

「我々が持っている拠点・人材、ネットワーク等のアセットを最大限有効に活用しながら作業を進めていく、ということです。ヤマハはじつは売上の9割が海外で、ビジネスのほとんどを海外でやっている会社なので、日本だけでなにかを解決しなければならない、という考えでは限界があります。レース車の開発に関して言えば、過去は日本で完結していた部分はあるんですけれども、これからは、世界中のパートナーと同じ空気を吸って、そのなかで感じ取りながらエンジニアがベストなパフォーマンスを発揮してくれればいい。幸い、我々にはイタリアにも拠点があるので、それを足掛かりにして開発をスピードアップさせていきたいと思います」

―その考え方や作業の進め方は、去年の結果を受けて変化したことなのですか。それとも、これからの時代に対応するために数年前から徐々に進めてきたことなのでしょうか。

「状況の変化は2年前には把握をしていて、そこから動き始めました。一気にすべてがガラリと変わるわけではなく、今もまだ途上ではあるので、我々がここから先に強くなるには何がベストかと考え続けながら、やりかたを変えている状況です」

#HONDA

―先ほども少し言及しましたが、今年からテクニカル・ディレクターとしてマッシモ・バルトリーニ氏が加わりました。具体的にはどのような役割になるのでしょうか?

「開発やテストから、レースへの連携まで、包括的に技術面をとりまとめる役割です」

―彼がドゥカティからヤマハへ来たことの意味は大きいですか?

「まだ一緒に仕事を始めたばかりなのでこれからですね。我々が期待するのは、技術面以上に、私たちと違うマインドやアプローチを持っていると思うので、その違いを理解しながら、いいカルチャーミックスでヤマハなりのやりかたを作っていきたい、ということです」

―ヤマハは日本企業で、かつてはそのヤマハ的アプローチで勝ち続けていた時代がありました。いまはそのアプローチが裏目に出ている面があるのかもしれませんが、じつは長所もあるはずですよね。それを磨きに磨いていくことでヨーロッパにはないものを武器にする、という方法もあるのではないでしょうか?

「そういう考え方もあると思います。もともとGPの現場は外国人と日本人の混成チームで、特徴や個性もそれぞれに違いがあることを尊重しながらひとつのチームとして戦ってきています。我々がなぜ多国籍でやっているのかというと、多様性から生み出される良さを我々の強みにしていきたいと思うからです。『日本が』ではなくて『ヨーロッパが』でもなくて、それがミックスされることの強みを出す、そこに我々は価値を見いだしています。

人はそれぞれの生い立ちがあるし、一緒に働けばお互いにかならず発見がある。欧州人と一緒に仕事をする日本人はその環境で感じ取っていくものはあるでしょうし、逆に日本人と一緒に仕事をする欧州人も、それは同様です。現場は常にそうなんですが、開発面でも、日本にずっと重点を置いていたところをこれからは多様な価値観を尊重しながら新しいスタイルを構築していこうと考えています」

#sumi

―これから始まる2024年シーズンは、コンセッションも大きな要素ですが、クアルタラロ選手が契約更改を迎えます。コンセッションが見直される最初の機会のサマーブレイク明けまでにいいパフォーマンスや成績を発揮しなければ、条件提示も難しくなるかもしれません。シーズン前半は、どういうプランで戦っていく計画ですか?

「〈スーパータレンテッド〉なライダーのファビオと契約更改をすることが、我々のメインターゲットのひとつであることはまちがいありません。それを達成するためにやるべきことはひとつで、彼の満足するバイクを提供し、活躍できる環境を作って結果を残してもらう。それが唯一の方法で、他のことでは契約更改は達成できません」

―彼が満足するバイクを作る方向に進めていますか?

「その手応えはあります」

―コンセッションについては、どう対応していきますか?

「コンセッションというのは、スペシャルなパーツを使っていいということではなくて、こちらに(他社よりも)プラスアルファの開発の機会を与えようというコンセプトです。なので、我々はそれを現時点で受け取ったアドバンテージとしてフル活用するのみです」

―サマーブレイク明けにコンセッションを見直す際、現在のランクから上がることも目標のひとつになりますね。

「もちろんです。最速でコンセッションを手放す状況を作ることが我々の目標です」

#sumi

―先ほどドゥカティとのデータ獲得量の違いということでも触れましたが、将来的にはまたサテライトチームを持とうという考えですよね。目標は、2025年からの獲得ですか?

「はい。そうですね」

―現在のMotoGP参戦メーカーで、インライン4のエンジンレイアウトはヤマハだけです。2024年はこれで戦うとして、2025年以降はどうなんでしょうか?

「2027年にはレギュレーションが変更される予定ですが、それも含めて将来の可能性については常にオープンに考えています」

―それはつまり、変わる可能性もあるということですか。あくまで〈たら・れば〉の話になりますが。

「オープンに考えるということは、オープンに考えるということです(笑)。

しかし、実際にヤマハやスズキさんが直4エンジンでチャンピオンになったときに、ではV4の他社さんがエンジンレイアウトを見直して直4にしますかというと、バイク作り全体への影響が大きいのでなかなかおいそれとできることではない、というのも事実です。ただ、レギュレーションが変わるタイミングというのは、各社にとって改めて何がベストなのかを考えるきっかけにはなるのではないでしょうか。過去に2ストロークから4ストロークになったときも、いろんなバリエーションがありましたよね」

#sumi

―ヤマハは昔から、アジリティと旋回性を武器に戦ってきました。一方で、今のエアロ全盛時代にはその強みを発揮してバトルをするのはなかなか難しい、とも言われるようです。ライダーは常にエンジンパワーを求めていて、ロッシ選手やロレンソ選手の時代から彼らは常にパワー向上を訴えていましたが、ヤマハは自分たちの持ち味に磨きをかけていく方向なのですよね?

「マシンにはそれぞれ強みと弱みがあって、すべての面で強みだけを出せればいいのですが、現実に相手がいる戦いのなかではなかなかそうもいきません。とはいえ、エンジンパワーはそれを扱える限り、間違いなくライダーを助ける要素なので、常に向上させていきたいと思っています。ライダーが自信をもって相手と戦える強みは、開発のひとつのテーマですね」

―エアロダイナミクスを活用する走り方は、ヤマハ本来の持ち味や特性を毀損することになるのですか?

「いや、そんなことはないですよ。持ち味や特性は時代によって異なるし、我々もレースに参戦して以来ずっと同じ走り方を目指してきたわけではありません。その時のルールや競争環境の中で、今自分たちの強みや弱みの中からレースのベストの戦略を立てる、ということです。常に相手がある中での勝つための戦略の積み重ねが、気付くと『結果として』それぞれの個性になっている、というのは面白いですよね」

―最後に、今年のMonster Energy Yamaha MotoGPの目標を聞かせてください。

「チャンピオンを獲る、です。このターゲットは変わりませんが、そのためのアプローチは変えていきます。手強いライダーたちにしっかりと打ち勝てるマシンとチームを作りあげ、ライダーがコース上で自身の力を存分に発揮することで、世界のファンの皆さんに感動を届けたい、と思っています」

#sumi

#MotoGPでメシを喰う
【西村 章】
web Sportivaやmotorsport.com日本版、さらにはSLICK、motomatters.comなど海外誌にもMotoGP関連記事を寄稿する他、書籍やDVD字幕などの訳も手掛けるジャーナリスト。「第17回 小学館ノンフィクション大賞優秀賞」「2011年ミズノスポーツライター賞」優秀賞受賞。書き下ろしノンフィクション「再起せよースズキMotoGPの一七五二日」と「MotoGP 最速ライダーの肖像」、レーサーズ ノンフィクション第3巻となるインタビュー集「MotoGPでメシを喰う」、そして最新刊「スポーツウォッシング なぜ<勇気と感動>は利用されるのか」(集英社)は絶賛発売中!


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2024/02/15掲載