ヨーロッパツーリングしない?
始まりは去年の春のことだった。バイク仲間の新田正直さんはカーボンコンポジット製品を作り出すTrasの代表にして製品造りのスペシャリスト。その新田さんはスズキのMotoGPマシンに向けてカーボン製品を納めているサプライヤーでありチームのパートナーの一人でもあるというスゴイ人なのだ。スズキのMotoGPマシンのシートカウルの裏にTrasのロゴが並んでいるのを見たことがあるファンも少なくないはず。
そして毎シーズン、MotoGPのヨーロッパラウンドに視察に出かける新田さん。2022年は9月にスペインのアラゴンにMotoGP見に行くんだけど、ついでにツーリングしない? そう誘われたのである。
9月に別件の取材でアルバニアに行っているので、それ終わりで合流すれば良きタイミング。「行きましょう」となったのが5月のころ。フォトグラファーの大谷耕一さんも一緒に行くというので、これは刺激的で面白い。
MotoGPの週末の前に計画されたそのツーリングは3泊4日。ルートは北上してフランスへ。ツールドフランスでもルートに使われるピレネー山脈を抜ける道を走り、フランスの美しい村ミネルヴを眺めに行き、そのままアンドラを通りスペインに戻るというもの。
そして9月半ばを過ぎた頃、僕はスペインのバルセロナにいた。空港からさほど離れていないホテルで待ち合わせだ。みんなよりも数日早く着いた僕は2週間近くいたアルバニア取材での疲れを癒やすべくのんびり過ごした。
バルセロナではもう一人、旅の仲間が加わった。グレゴリー・グランツマン。通称グレック。彼は日本語が堪能で、若い頃BMWジャパンでインターンをしていた経験を持つスイス人。新田さんとも仕事で接点があり、大谷さんとも顔馴染み、つまり3人とも共通の知人だ。この4人が揃ったところでホテルのロビーでカンパイ。翌日、数日間のツーリングに不要なスーツケースや荷物をホテルに預かってもらうことに。ツーリング後、もう一度同じホテルに戻るのでそんなコトもお願いできた。一旦、チェックアウトして今回の発着となるBarcelona Premium(https://www.barcelonapremium.es/gama-bmw-motorrad/)というディーラーへと向かうためタクシーに飛び乗った。
10分ほどの距離にあるそのディーラーは四輪も扱っていて店舗が巨大。我が家の近所にあるサミットストア(スーパーマーケットです)よりぜんぜんデカイ! なんだったら倉庫そのまま店舗な感じのコストコ級にも見える。店舗内の階段を上がったスペースに二輪はあって、レンタルバイクもその一角に並んでいた。新しいモデルを中心に取り揃えたレンタルバイクのラインナップがBMWのRENT A RIDEの大きな魅力なのだ。
まずは今回のRENT A RIDEを説明しておこう。BMWモトラッドがディーラー発着でバイクレンタルできるRENT A RIDE(レントアライドhttps://www.rentaride.com/ja/ )。そのエントリーはWEBからで、希望する日程、希望するバイク、そして希望する発着地のディーラーを選択。
日程や先約、あるいは店舗に希望に合う機種が在籍していないない場合でも、セカンドオピニオンを表示してくれるのが嬉しい。もちろん、それじゃなきゃダメ、という場合は仕方ないのだが……。
ひとまずそれで基礎的な情報を選択、記入して当て嵌まれば、追加で必要になるサービス、バイク歴など自分の情報を打ち込み、予約&確認画面へ。もうWEB馴れした今なら電話で問い合わせなどより断然分かりやすい。
今回は自分が所有して乗り慣れているR1250GSアドベンチャーを選択。1日、200㎞まで走行距離が付帯する。それを越えると1㎞あたり0.45ユーロがチャージされる。4日間借りる予定だから800㎞まではレンタル料に含まれている。それ以降は加算されるので、今回は100kmのエクストラを付けられるキロメートルパッケージをオプションで選択。これが25ユーロのオプションだ。今回はそれも越えたけど……。
他にも純正ナビを選択。こちらは1日あたり16ユーロとなる。ガーミン製の純正ナビを僕自身のバイクでも使っていて、ヨーロッパの地図データを納めたチップを入れたらそのまま可動するのだけど、その値段も案外高い。そこで借りてしまえ、となった。
他にもスーツケース(パニアケース)の用意もあって、R1250GSアドベチャーの場合は無料で借りられた。機種によっては有料となるのでチェックをして欲しい。
オプションとして、ヘルメット1日35ユーロ、グローブも35ユーロとあった。
とにかくRENT A RIDEのサイトは予約をするまでは全部日本語で行けるので、今回のように海外で使うことを想定しても入口のハードルが低い。他のオプションとして近くの空港で引き取りも可能で、その場合60ユーロを支払えばアレンジしてくれる。スーツケースなどバイクに積めない荷物を持たず、飛行機で到着後すぐに走れる状態ならばタクシーで移動する時間、費用を考えたらそれもアリかもしれない。もちろん、言葉や空港周辺の道からいきなりスタートできる対応力がある方へのオススメになる。
ディーラーにて。
ディーラーで手続きをしてくれたスタッフのカルロスはとても親切な人だった。現場では基本的にパスポート、国際免許などの確認、そして契約の説明など、いわゆるレンタカーを借りる時と同様の手続きを行い、あとは借りるバイクの機能説明となる。コレに関しては普段乗っているバイクなので、メーターなどの言語選択をスペイン語から日本語に表記を変えたりする程度で取り扱いは同じだし、乗り味も日本で走らせるバイクと同様。慣れ親しんだバイクなだけに余裕が生まれた。
バルセロナのディーラーではどんな人が借りに来るのか聞いてみた。
「バルセロナはフランスの国境に近く、ピレネー山脈へのアクセスがいい。そこでは有名なロードレース、ツールドフランスが行われていて、沢山の自転車乗りがやってくるんだ。あのレースでは1日でいくつもの峠を越えるけど、アマチュアの中には日程の関係で峠は見たいけど、自転車では回りきれないというファンもいる。そんなファンが、プレス用のバイクやチームのクイックアシスタンスとして走っているBMWのバイクを見て、R1250GSやR1250RTなどを指名してバルセロナを起点にピレネーに行くんだ。実はRENT A RIDEを始めたころ、レンタルバイクはどんな人が借りに来るのか、イメージし難かったんだけど、そうしたカタチで楽しむ人が意外に多いのがバルセロナの特徴でもあるんだ」
いやいや、僕らもそこに行くつもりだったから不思議なご縁を自転車ファンと結んだことになる。自転車乗りがBMWを選ぶ理由も、ロードレースの映像に出てくるから、というのが面白い。スポーツは人力でこそ、という議論もあるが、ロードバイクやマウンテンバイクは多くのモータースポーツアスリートもトレーニングをしているし、ツールのような長距離、長期間ロードレースはファンも多い。サッカーもモータースポーツも自転車も同じテンションを、ラテンの国に行くと感じるが、まさにそんな思いだった。
セテ経由、ピレネー、アンドラへ。
バルセロナ市街の渋滞を抜け、北に向かうオートルートを順調に進む。途中、何度かパーキングエリアで休憩をしながら一路港町セテへ。かつてパリ〜ダカールラリーがフランスからアフリカ大陸へと渡るフェリーの起点に好んで使っていた港町で、セテからアルジェリアのアルジェ、リビアのトリポリにも渡った場所だ。静かな港町はそれでもアフリカへと渡る車の列が出航を待っていた。
セテでの夜、レストランが開店する8時に会わせて夕暮れまでホテル前の広場にあるカフェでビールを呑み、ゆったりとした時間を過ごした。8時の開店を待つようにレストランに移動すると、すでに席は次々と埋まり始めている。おすすめの前菜を頼み、ワインを呑んだ。ペースト状のレバーをパンに付けて食べる。ンマ!
生牡蠣を一皿。粒の大きさも見事。ああ、バイクで走って夜はこうして更ける幸せ。今回のツーリングの主役の一つ、それは食だった。4階の部屋まで階段で上がるホテルでぐっすり眠り、翌朝はどんぶりサイズのボールになみなみと入ったカフェオレ、バケットとクロワッサンにバターとジャムというこれまたフランス流の朝食を取り走り出す。
ミネルヴという“フランスの美しい村”にも選ばれる古い川の中州の岩礁の上にある古い村を目差して走った。そこに続く道も、風景はのどかなれど、走りごたえのあるカーブやアップダウン、そして日本とは異なる速度があり、右側通行となるため、頭はラインを考えそれを指示することで充実した時間が過ぎていった。
その夜はピレネー山脈に近い町にある川沿いに立つホテルへ。ホテルのレストラン以外歩いて行けそうな店がなかったので、Googleマップで見つけた数㎞先にあるカルフールへ。そこでパン、チーズ、サラミ、ワイン等を買い込みホテルの部屋の前にあるテーブルと椅子で食べることに。曇っていた空からは雨も落ちてきたが、贅沢な時間が過ぎる。
翌朝、雨は上がったが曇り空のもと走り出す。ピレネーの峠を目指すとその途中から道は雲の中へ。道の脇にある看板には自転車のイラストと峠への道が案内されている。峠へと上り、そして下る。昔むかし、チャリダーだった自分の記憶にある富士山五合目へと上るスバルライン、箱根湯本から早雲山、佐渡の両津港から外海府まで海沿いのアップダウン、そして男鹿半島や牡鹿半島、恐山といった東北の山道、それらのしんどさを思い出しても、ここには敵わない。なんて場所でレースしているんだ!
それでもバイクなら1日でいくつもの峠を攻略できる。神々しいまでに厳しい道ばかりだ。カメラバイクが下っていくレーサー達を追いかけるのにエンジン音が高まるのが解る。
そんな思いに浸りつつ麓に降りて町にある教会前にあるカフェで一息入れた。RENT A RIDEでの旅はこうして贅沢で充実した時間が続いた。こんなバイクの旅も良いかも。
RENT A RIDEを使ってみて。
ピレネーで一つのハイライトを迎え、アンドラという小さい国を通過しこのツーリングは終盤を迎えつつあった。この国で泊まったホテルはビンテージバイクとクルマが飾られたホテルで、モータリストにも人気がある、とオランダ人の凄腕ライダーに教えてもらい、ここにやってきた。MotoGPライダー達が多く暮らすことでもお馴染みの国で(って、このあと行ったアラゴンGPでアンドラナンバーのモーターホームが多いことから、聞いてみたらアンドラに移住したライダーがいた、というのを知ったのだけど)、アンドラ国内の道は制限速度60km/hが多く、他国と比較してゆったりとした移動速度が印象的だった。
いろいろと走った思い出は大谷さんが撮影してくれた写真を見ていただくとして、RENT A RIDEがもたらしてくれたものを紹介したい。過去、スイス、オーストリア、リヒテンシュタイン、ドイツ、フランス、イタリアと国境が密に重なり合うヨーロッパアルプスのルートをレンタルバイクでツーリングしたことがある。あの時はBMWの本社があるミュンヘンでバイクを借り出し、スイスでサイドカーコンストラクターを営むご夫婦にガイドしていただきつつ回った。それ以降、何度か訪ねたが、そのルートは珠玉。冒険ラリーしか知らなかった海外で走る体験を根底から覆す魅力を持っていた。
EUの時代になっていたが、いわゆる貨幣のユーロが流通する30年程前のことだ。まさにだれかにガイドされないと見られない(当時)と思っていた。今はWEBで予約、飛行機も自宅でチェックイン、現地ではスマホでなんでも見つけられるようになった。言葉の壁も低くなったように思う。つまり僕たちのバイクの活動範囲はグンと広がっている。それが一番の印象だ。お昼どうする? もスマホで検索。着いた場所は広場の木陰にテーブルを出し、通りの向こうのレストランで料理を造り、そして持ってきてくれるようなカフェテリアだった。その時間、瞬間でしか見られない木漏れ日も料理の味のうち。そして再び走り出しその夜のホテルまで行けば、そこでもスマホが役立つ。日本で旅慣れた感性のライダーなら間違いなく楽しめるはずだ。それと、ヨーロッパの一般道での速度域で走る体験も新鮮なはず。
ヨーロッパのライダーは自国の自宅から国境を越え、北上したり南下したり、東進、西進をしていると思っていたが、今はレンタルバイク活用派が多くなり、飛行機で飛んで借りるパターンも増えているそうだ。キラっとした美味しい体験。国内外で展開するRENT A RIDE。国内ではこれから充実してゆくプランながら、行ってみたい衝動があれば、自宅の机からブッキングが可能だ。今や冒険の入り口はすぐそこにある。スマホ、パソコンがあれば世界のトビラは手の中でそっと出番を待ち構えているのである。
(文・松井 勉、写真:大谷耕一)