結論を先に言ってしまったのでズバリそのへんの解説から始めさせて下さい。むしろ、新型に好印象ということは、従来型はそうでもなかったのか、とツッコまれた方へ少々補足させていただきます。まず、MT-09がデビューした当時まで遡ります。
正直に言います。インパクト抜群のMT-09は僕にとってびっくり箱のような存在でした。普通に乗れば普通に走れるのはもちろんながら、3気筒エンジンの美声を聴かせてもらおうか、と右手をいつもよりひねった瞬間、やんちゃを演じるその姿に驚いたのです。
いやいや。日本仕様のVMAXは1700㏄だって全開にすれば剛力だけど、ホメどころは、トランスミッションは駆動系のギア一つ一つの仕上げのグレードを上げ、加速の凄さと機械の質感で同時に満たす手法に舌を巻く思いでした。SRのサンバースト塗装同様、職人技的おくゆかしさ。それがヤマハの真骨頂と感じていた自分にとって、逆にMT-09の加速の所作が粗めに描かれたマップに思えたのです。
遙か昔、RZ250に350のピストンとシリンダーをぶっこみ、自宅でポートを削って「カリカリだから気を付けてね」と乗せてくれた友人のバイクを思い出しました。4500rpmまで、まるで走るコトに無関心だったRZのエンジンは、5000rpmを境に4速までフロントがフワではなく竿立ちになる勢いで加速するそれに似ていたのです。
MT-09は、アクセルだけでフロントホイールは離陸し高速道路でウイリーしちゃう感じ……。このバイクに出会った時に自分が歳を取り過ぎていたのがイケないのか、それとも仕事を通じて耳年増になったり、よいものをつまみ食いしまくってきただけに異端児に思えたのか。
でも、MT-09は既存に対する異端を目指したところもあるわけで、改めてその方向からしっかり再検証してようやく理解度が進むという展開に。ただ、理解はできたものの、やっぱり長く乗ると自分としては肉体よりも精神的に疲労するコトには変わりなく、そこはフラットなトルク特性を好む自分としては手強い相手という位置づけは不変だったのです。
前置き長いですが、新型MT-09は全体のチューニングを取り直し、MT-09らしさをしっかり残したまま初代が歩んだ手強さをマイルドに、しかし「らしさ」を殺さずに、という絶妙な進化の歩みをさらに極めたような乗り味だった(と、ですます調もここまで)。乗る前、MT-09にサーキットだけで試乗したら、うま味よりも強烈さだけが印象に強くなるのでは、と思ったのはまったくの杞憂だった。なのでこちらでは新環境規制に適合し、良い意味でさらにマイルドに開けやすくなったスポーツマシン、MT-09という立ち位置から新型を見ていきたい。
デザイン、製法で軽量化された新型。
シルエットクイズをして新型か従来型か、と問題が出たら多くの人がお手つきするかも知れないが、このバイクはナンでしょう? と訊いたら多くの人がMT-09!と即答するはずだ。スタイルは見事に継承されている。エンジンと燃料タンクを中心にシートを短く、テール周りもきゅっとボリュームゾーンに近づけることで塊感があるネイキッドスタイルが何よりも特徴的。初代ではスイングアームから生えていたサブフェンダーを兼ねたライセンスプレートホルダーはリアサブフレーム側に移された。「あれ、好きだったのに」というファンもいるだろう。しかしこのオーバーハングにある物体はバネ下にあるだけに振動対策としてステーはガッチリさせる必要があり必然的に重かった。その軽量化に躊躇は無かったという。得られた1㎏減量という効果はハンドリングにも成果が大きいはずだ。
アルミダイキャスト製のフレームは、先代同様左右を結合して一体化する手法に変わりはない。その表面にあり、ボディで隠されていた電装パーツなどは新作ではしっかり別の位置に収められたようで、これはMT-09と基本コンポーネントを共有するであろう、新型XSR900に向けた取り組みなのでは、と想像した。リアサブレームも外観意匠に効果的MT-09らしさをさらに上げている。
また、フロント周りをコンパクトに見せる新型のヘッドライト周りのデザインにもこだわりがあり、フレッシュエアをライト脇のパーツで左右に切り分け、タンクから伸びるウイングへとトス。ウイングも導風板として機能を果たす。機能美だけとひと言で表現するのは、もったいない思慮深さがスタイルに潜んでいるのだ。
前後のホイールは、従来通りのダイキャスト製としながら、スピンフォージドと呼ばれる製法を用いて、リム部分を鋳造の成型しやすさとローラーで圧し延ばすことで鋳造アルミを圧縮、高密度化することでまるで鍛造アルミのように強く軽くなる製法で作られた。特にリムというアクスルからもっとも離れた場所を軽量化したことでハンドリングなどに大きなプラスになったのは言うまでもない。
エンジンは音響パーツ!?
新型のエンジンは従来型より43cc排気量をアップし、最高出力で3kW、最大トルクで6N.mへと性能が上書きされている。また、その発生回転数も最高出力は1000rpm、最大トルクは1500rpmも先代より低い回転数で稼ぎ出している。その出力特性はピークに向けて上り詰めるような特性から、比較的広い回転数域でワイドかつフラットな特性としているのが出力特性を示したグラフから見て取れる。
新作のエンジンは排気音、吸気音の魅力もさらに伸ばしている。2000~5000rpmのエリアではトルク感を補強するカタチで排気音をチューニング。そこから先、10000rpmまでは排気音をライダーの耳に届けることで、しっかりとパワー感を楽しめるようになっているという。現実的にMT-09ほどの排気量だと高回転を常用することは稀。その点、右手のひねり方と吸気音で走りを演出するとは。
ギアレシオについては、1速、2速を最適化。一次減速比、二次減速比が不変なので、ともにロング方向に振っているのが解る。また、アップ、ダウンともに機能するクイックシフターが搭載されたのもニュース。これまでSPモデルのみに搭載だったが、これで途切れ感の極めて少ない加減速が楽しめる。
さらに、電子制御系の進化も新しいMT-09の魅力を向上させている。YZF-R1用の6軸加速度センサーと同等の性能を持つセンサーを採用しつつ、そのサイズを小型軽量化。トラクションコントロール、スライドコントロール、リフトコントロール、コーナリングブレーキにも対応するブレーキコントロールなど最新の制御を一挙搭載。エンジンの制御とともに、シャーシ周りが持つ性能と安全性の密着度を上げるパッケージだといえるだろう。
新作エンジンは排気量、パワー、トルクを増強しながらも燃費も改善している。WMTCサブカテゴリー3-2(最高速度140km/h以上のバイク)が属する疑似走行モードテストにおける燃費値は、排気量とスペックが上がっても19.7km/l→20.4km/lへと伸張した。余談ながら、WMTC値はサブカテゴリーが1、2-1、2-2、3-1、3-2に分かれている。これは排気量や車両の最高速度によってそれが分かれていて、市街地、郊外、高速道路とある3つのモードのどれを使うのか、あるいはテスト時の上限速度も異なる。また、クラス3のみ高速走行モードテストがあり、3-1と3-2でもテスト時の上限速度が異なるため、実は同一のサブカテゴリー同士でないと燃費比較は意味がないのでご留意を。
走りで解った新型の深み。
新型MT-09、MT-09 SPのテストライドは袖ケ浦フォレストレースウエイというクローズドコースで行われた。走行会が多く開催される都心からも1時間ほどでアクセス可能なトラックで、低速、中速、高速のコーナーと、複合コーナー、ヘアピン、ブラインドなどなど様々な場面が点在するコースだ。ここに市街地をイメージした一時停止、アジリティーを試すためのスラローム的シケインを数カ所設け、新型の性能を感じ取ってもらおうという趣向なのだ。
新型の深みはすぐに解った。エンジンの特性がより想像しやすくトルクフル、パワフルなのにライダーの気持ちにはマイルドに接してくれる。クラッチを繋ぎ、発進加速をし始める。ピットレーンの先にある1コーナーは右90度コーナーだ。そのインベタを回るためスロットルを戻すと、パワーの途切れ感がまずマイルド。そこから立ち上がりで開けてもドンツキが極めて少ない。スロットル操作力が軽いのも嬉しい。
やんちゃ仕立てだった先代の3気筒も魅力だが、この低速時の所作は新型とのコミュニケーションを素早く成立させてくれた。そして登りワイドな2コーナー手前に一時停止が。そこから開け目に発進。その先に作られたシケインにツッコむ感じで加速する。速い。等間隔爆発の3気筒らしい「ギュオーン」という吸気音、排気音とメカ音がない交ぜになったサウンド。なるほど刺激的。シフトアップして2500rpmほどの低めの回転からワイドオープンしたとき、それらの和音が陶酔感となって包み込んでくれる。
加速に酔っていると、みるみるパイロンで作ったシケインが迫る。力強くブレーキを握り、そして踏む。やや大袈裟に姿勢変化があった先代よりも、リアを起点にじんわりフロントが沈むような素振りで前のめり感が緩和された印象だ。そこからシケインを左右に切り返すのも意外とラク。もちろん、その時の動き感に不安はなくそれでいて遅れもない。良いあんばいだ。
そこから矢継ぎ早にシフトアップをしてアクセル開度で加速を引き出す。確かにパワー曲線通りの印象で自分の感覚に対して常に一歩前をワープするように加速する印象が弱まった。まるでシートの下、バイクの重心位置あたりを核として加速しているような印象だ。だから加速中も一体感が途切れない。その先にある複合カーブへのアプローチも姿勢変化がわかりやすく良い感じなのだ。サーキットなので自ずとペースが上がり、旋回性云々を言いたくなるところだが、スポーツネイキッドとしての走りは充分。先代よりもアプローチの時点でピッチングの度合いやエンジンのどの回転、どのギア、どんな開け方で立ち上がるかというあらかじめイメージしてそれに向けた下準備を行うような一手間が省けたような気がした。
なにより感心したのは、以前のモデルはパワーバンドに入ると何所までもフロントが浮き上がりそうで思わずスロットルを絞ったが、新型のリフトコントロールが秀逸なのだ。イメージとして前輪は路面から10cm程度の高さを滑空し続けるのだが、その制御にパワーの途切れがないので、自分自身がそうした加速を引き出しているのかと思えて嬉しくなった。
この加速、本当にクセになる。やみつきになる悦び成分を持っている。
MT-09 SPはさらにオトナ。
前後のサスペンション、装備面でもアップグレードしたSPにも乗ってみた。より姿勢変化を抑えつつ、路面追従性をしっかり感じさせる前後の足周りの恩恵で、MT-09にも増してフラットな姿勢でサーキットを楽しめた。その分、と言ってはアレだが、フル加速時にフロントタイヤが地上10㎝を滑空し続けるようなフワッと感は少なく、前後タイヤの重量バランスで言えば、少々フロントの分担荷重が増えたかのごとき走りをしてくれる。
攻めた走りに転じると、確かにスタンダードモデルよりもさらにワンテンポアクセルを開けるタイミングが早くなるため、スーポースポーツ的なイメージが脳内を巡る。それだけに旋回性を強めるスポーツラジアルや初期制動でもう少しカツンとした効き味を持ったディスクプレートやブレーキパッドが恋しくなったもの事実。充分走るからそれは贅沢という物なのだが、性能が高いだけに悩ましい。そんなゾーンにいるのがSPモデルだ。
ただ、今回はサーキットオンリーだったので、そっちの引力に引き込まれているのはお許し頂きたい。むしろ、ガレージに停まっているSPを眺め、磨き、という愛情表現を含め、MT-09の走りにスポーツマシン的動きを加えているのがSPだと感じた。
いやいや、出来映えは充分にスポーツバイク。こうなると、思わずYZF-R7に続き、R9なんてモデルが出たら世界が狂喜乱舞するのでは、とも思う。トライアンフと3気筒スーパースポーツモデルに関する不可侵条約をヤマハが結んでいたらそれは叶わぬ夢だけど……。
全体として、僕にとっては落ち着いた印象、乗りやすさ、だから安心して楽しめるバイクという評価になる。結論を言えば、ガッツリ加速するMT-09の力強さはそのままに、車体の特性がこうだったら自分はいいよな、という方向になってくれたことが個人的に嬉しかった。この日、それに気を良くして全開を楽しみまくった。同時にそれは日常のMT-09の本質からは離れた使い方だったとも言えるワケで、今後、またチャンスを見つけて街でマスター・オブ・トルクを味わってみたい。
新しいトビラ
新型のMT-09に乗って思ったのは、これはMT-09としての新たなトビラがしっかりと開いたというコトだ。独特のサウンド、パワー感、トルク感はそのまま。独自のスタイルも見事にキャリーオーバーしつつ、フェイスやテールのスタイルを今にアジャストしてきたデザインも見事。そして走りのパッケージもしっかりと磨いてきたコトを考えたら、その一歩はしっかりと確かなものだったと実感したことに間違いはなさそうだ。
(試乗・文:松井 勉)
■エンジン種類:水冷4ストローク直列3気筒DOHC4バルブ ■総排気量(ボア×ストローク):888cm3(78.0×62.0mm)■最出力:88kW(120PS)/10,000rpm ■最大トルク:93N・m(9.5kgf・m)/7,000 rpm ■全長×全幅×全高:2,090×795×1,190mm ■軸距離:1,430mm ■シート髙:825mm ■車両重量:189kg[190kg] ■燃料タンク容量:14L ■変速機形式:常時噛合式6段リターン ■タイヤサイズ前・後:120/70ZR 17M/C・180/55ZR 17M/C ■ブレーキ(前/後):油圧式ダブルディスク/油圧式シングルディスク ■メーカー希望小売価格(消費税込み):1,100,000円[1,265,000円] ※[ ]内はMT-09 SP
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