2020年。南米大陸から開催地を中東に移したダカールラリー。ホンダにとってダカールラリー挑戦はフェーズ2に入っていたのと同時に2001年から連覇を続けるダカールキング、KTMファクトリーとの戦いは8年目になっていた。
1990年から2012年までワークス参戦を休止していたホンダにとって、復帰した2013年からの道のりは長距離、長期間ラリーの難しさに翻弄されるものだった。
復帰した2013年にエルダー・ロドリゲスが7位、2014年は同選手が5位、2015年にはパウロ・ゴンサルヴェスが総合2位と優勝まであと一歩に迫るが、2016年はケビン・ベナビデスの5位、2017年はジョアン・バレダの5位、2018年はケビン・ベナビデスの2位、2019年は同選手が5位(各参加年時におけるチームの総合最上位)。速いが強さに欠けた復帰当初から、速く強くなった3年目以降、しかしダカールの女神は長い期間参戦しなかったことを妬んでか、微笑むことはなかった。むしろ肝心な時にライバルに心変わりするような素振りが続く。
また、戦略などでもホンダが先手を打つと、後手のKTMはほらおいでなさった、とばかりに必ずキャッチアップされてしまうため、あと一つの決まり手がなかなか出なかった。しかし、開催の場所を南米大陸から中東へと移した2020年、リッキー・ブラベックがついにダカールラリー総合優勝を果たす。復帰8年目にして掴んだ快挙だった。
その年、ルールが変更され、サウジアラビアのダカールでは、それまでステージを終えビバークに戻ったタイミングで配布された翌日のロードブックが、日々のスタート直前、20分前にならないと配布されなくなった。
ホンダやKTMのような大規模チームでは「マップマン」というストラテジスト(戦略家)が存在し、ビバークからロードブックをもとに衛星画像(グーグルアースなどでもお馴染みの)から解析し、道路、地形、分岐など、ステージのポイントをライダーに伝え有利にレースを進めることができた。それが事実上、出来ない状況になったのだ。
また、今年はラリーを通じてリアタイヤの使用本数が1台6本に制限されている。つまり、サービスを受けられないマラソンステージを除けば、毎日新品タイヤでスタートしていたトップライダー達は、必ずユーズドタイヤを履く日がやってくる。ステージが12あるのでつまりは2日に一度しか新品を履けない、とも言えるのだ。
これはリアタイヤを2ステージ持たせるため、速度抑制も兼ねた施策にも思えるが、物量で優位なワークスチームとアマチュアライダーのタイム差を縮めるための方策の一つでもあるようだ。
日々長い距離を走り不確定要素が多いラリーにおいて、さらにゲーム性を深める要素とも言えるだろう。そんな中、Monster Energy Honda Team2021のケビン・ベナビデスはホンダに2連覇をプレゼントすることになり、昨年の勝者、リッキー・ブラベックは、最終日のステージで総合3位からタイムを挽回。総合2位でフィニッシュすることになった。これにより1987年のパリ~ダカールラリー以来、ホンダが総合で1-2フィニッシュを飾ることになった。
ついにホンダはダカールでの勝ち方を掴んだのか。2連覇への道を日々見ながらそう感じていただけに今回、HRCでオフロードブロックのマネージャーであり、Monster Energy Honda Team2021代表でありエンジニアでもある本田太一さんにインタビューするのが楽しみだった。
体制はシンプルに。
「今年はチーム・クオリティーを高めるため、ライダーラインナップを5名から4名へ。サポートチームの参戦もなくしています。しかし、ライダーを強化することでそれらをカバーすることにしました。ライダーが自らビバークでバイクをメンテナンスしなければならないマラソンステージで、自分の車両は自分がメンテナンスする。パーツのやりとりもチーム内とはいえ行えない、というルールが適用されるとのことでした。結果的にこのルール運用は無かったのですが、それならば、ウォーターキャリー(勝つために上位ライダーをチーム内でサポートするためにエントリーするライダーの中でも自車からパーツを取り外すクイックアシスタンスも兼ねる)の存在は意味が無い、という考え方からでした。
なにより、速いトップライダーをサポート出来るのは、速いチームメイトだけですから。
2020年に体制を変えています。その体制が上手く機能して総合優勝できたこともあり、その部分は引き続き同じ体制で挑みました。
ライダーは4名。アルゼンチン人ライダーのケビン・ベナビデスは、スピード、ナビゲーションなどラリーライダーとして優れたバランスを持ち、トレーニングでフィジカルも仕上がっています。
アメリカ人のリッキー・ブラベックは2020年にラリーを制したライダーで、成長した一人です。スピードがあり、現在のダカールではトップクラスの速さを持っています。ナビゲーションの安定感、フィジカルも強い。今年は前半に作ったタイム差で優勝出来なかったことを悔しがっています。
スペイン人のジョアン・バレダは2013年中期からチームに合流したライダーで、ナビゲーションがとても上手く、ステージ優勝回数では現役ダカールライダーの中では1番。26回の勝利数はダントツです。
チリ人のホセ・イグナシオ・コルネホは、26歳、チームで4年目のライダーです。ラリーに向けた練習、バイク作りにもとても真面目に取り組むライダーです。今年は後半トップを走りながらステージ10でクラッシュ。ステージゴールでバイクを見たらかなりの損傷でした。しかし彼は諦めずフィニッシュまで走りましたが、ドクターストップで残念ながらラリーをリタイアしています。
ライダーへのチームオーダーはありません。全員が勝てる可能性をもったライダーです。リザルトでも常に上位にランクされていました。次回のライダーラインナップはこれからとなります」
マシンは熟成型。
サウジアラビア向けの特性に。
「南米でのダカールはステージによってはアクセルの全開時間が長いものでした。それだけにトップスピードのアドバンテージも必要でしたが、サウジアラビアでは南米ほど全開時間が長くありません。つまり、トップ6速で全開というコースレイアウトが減っています。逆にコースではガレ場などが多く、車体特性もそうしたアベレージが低く、テクニカルなセクションでの安定性とスピードに向けた最適化をしています。パワー特性は南米時代と比較すれば低中速型といえるでしょう。サスペンション特性も同様です。特にサスペンションはビギニング部分、初期作動性の良さを重視して開発しています。
バイクの仕様は大きく変えず熟成を続けています。トッププライオリティーは壊れないこと。サウジアラビアにあるルートでの乗りやすさ、扱いやすさを重視してセットアップしています。2021年の車両はサウジアラビアから戻ったら細かくチェックしますが、大きなトラブルなく終えることができました。
また、マシンに搭載を義務づけられていた遭難やコース上でビバークをする時に必要となる飲料水の搭載が2021年からなくなりました。理由は多くのライダーがキャメルバッグなど携帯型のハイドレーションバッグを所持して走ること、マシン重量増加を避けより安全に走るためです」
2021年のダカールを振り返る。
「今年のダカールは、事前からナビゲーションが難しいとの情報がありました。ラリーが始まるとその通りの展開でした。前日のスペシャルステージの順位でスタートが決まるラリーでは、今日のステージでトップをとれば翌日のステージは1番手スタート。誰も走っていない砂漠に向け走ることになります。それだけにトップグループは目印となる轍や埃もなく、後続スタートのライダーよりもミスをしやすいのも事実です。ライダーは大変だったと思います。前半、総合順位のアップダウンが多かったのはそのためです。その中からスピードとナビゲーションの正確な実力あるライダーが次第にトップグループを形成するようになりました。
印象に残るのはステージ5、ステージ6、ステージ11です。長く、砂が多く、ナビゲーションがトリッキーでした。終わってみればステージウインの数もMonster Energy Honda Team2021のライダーが多く稼ぎ出した今年のラリーでしたが、ステージウインは意識していませんでした。あくまで総合優勝を採る。そのことに集中していました。
最終日、ゴールを迎えるまでタイム差も短く勝利を予想出来ませんでした。ラリー中盤、リザルトを見ながら、1987年以来の1、2フィニッシュもあるのでは、と尋ねられることが多くなりましたが、実は全く意識していなかったのです」
<※注──最終日となるステージ12はこれまでのラリーではビクトリーラン的なお祝いムードが強かったが、サウジアラビアでのダカールでは最終ステージも勝負のステージとして活用されている。2021年は、レッドブルKTMファクトリーチームのサム・サンダーランドが、逆転優勝をかけ、前日のステージ11でタイムを削りステージ優勝。これにより総合では1位Monster Energy Honda Team2021のケビン・ベナビデス、2位5分7秒差でサム・サンダーランド、3位にトップから7分13秒差でMonster Energy Honda Team2021のリッキー・ブラベックが並ぶ。コースがシンプルでかつサンダーランドがトップで逃げをうち、5分7秒の差を持っているとはいえ、ベナビデスがミスコースでもしたら……。ダカールでは5分をワンステージで挽回するのは難しいが、なにかあれば1時間のタイム差があっても順位は入れ替わる。まさに最後まで見えない展開になっていた。結果はサンダーランドがミスコースでタイムを失い、総合2位のポジションも失うことに。前半同様、トップスタートがタイムを落とすステージ最終ステージとなった。>
「我々にとって次回2022年のラリーはすでに始まっています。ファンの皆様、スポンサーやサプライヤーの皆様に感謝をして次回も連覇できるようチーム一丸となって進んでいきます」
Monster Energy Honda Team2021の代表、本田太一さんは今年のラリーを淡々と振り返ってくれた。復帰時からダカールに関わってきた一人で、その難しさ、悔しさを知る一人。そして昨年はラリー中に元チームメイト、パウロ・ゴンサルヴェス選手がクラッシュして亡くなるという悲しみも経験した。
実はダカール専用マシンを開発した2014年からライバルKTMに激震が走るほどマシンは速さを持っていた。が、ウユニ塩湖に前日に降った雨により、マシンが塩水を浴び、電気系にトラブルが出たり、ラリー終盤にメカトラブルでリタイヤを喫したり、ルール解釈の違いでペナルティーを科せられたりと「そんなことがあるの?」という出来事が続いていた。
そして今回の2連覇に楽勝ムードはなく、KTMファクトリーのライダーがマシントラブル、クラッシュの怪我によるリタイヤなど誰にでも起こりうるトラブルで沈んでいったに過ぎない。だからこそ、準備を怠れば必ずそこにトラブルが起こる。それを含めラリーの、そして砂漠の摂理を掴んだ本田さん以下チームは、これからも黙々と次回に向けた準備を始めるはずだ。ライダー達が戦うように、チームのダカールはすでに始まっていて、勝利への道に安息日はなさそうだ。
(取材・文:松井 勉)
| 『ダカールラリー2019 直前インタビュー』のページへ(旧PCサイトに移動) |
| 『40年目を迎える2018年に向け、始動を宣言!』のページへ(旧PCサイトに移動) |
| 『24年振りにホンダが帰ってきた! ダカール復帰1年目を振り返る』のページへ(旧PCサイトに移動) |
| 『2013ダカールラリー ホンダの挑戦──チームメンバー達のダカール・前編』のページへ(旧PCサイトに移動) |
| 『2013ダカールラリー ホンダの挑戦──チームメンバー達のダカール・後編』のページへ(旧PCサイトに移動) |