22年、走り続けた「アルティメットスポーツ」
初代ハヤブサが登場したのは1999年。世の中は最高速競争に沸いており、メガスポーツなる言葉も登場。長らく世界最速とされたカワサキZZR1100にホンダのブラックバードが挑み、そしてその競争に終止符を打つ形でハヤブサが登場し両車を凌駕した。パフォーマンス的に初代から確かにアルティメット・究極であったハヤブサだったが、それだけでなくなまめかしい空力フォルムが非常に特徴的で、当初は(そして今も)賛否両論はあるもののその独創的なスタイリングがファンを集め続けた。結果、初代ハヤブサは11万5000台以上の販売を記録したヒット商品に。世界中でそのスタイル、パフォーマンス、ネーミングが知れ渡り、速さだけではない「究極」を尺度としたバイクを語る上で外せないメンバーとなった。
2代目へとモデルチェンジしたのは2008年。パフォーマンスアップはもちろんのこと、同時にハヤブサらしさを追求しなければいけないという難題に取り組み、大幅なパフォーマンスアップと共に見事アップデート成功。最高速競争は既に終焉していたが、このカテゴリーではそれとは違う意味で新たなライバルも出現しており、その中でハヤブサは確かな進化を果たし安定したセールスを維持。2代目までで19万台近くを売るという、スズキ不動のフラッグシップとなっていた。
そして新型。噂はかねがねあったが、ユーロ5対応というタイミングでやっぱり出てきたのである。スタイリングは確かなアップデートをしながら、どこから見てもハヤブサというアイデンティティは揺らがず。そしてモデルチェンジの肝はモアパワー・モアパフォーマンスではなく、現実的領域での使いやすさや耐久性、そして各種電子制御の充実という方向へと舵を切ったのだった。
スズキらしい難しい決断
スズキはハヤブサやGSX-Rといった超ハイエンドモデルを投入して大成功を収めることがある一方で、どのモデルでも突飛なことはせずに実用性・汎用性などを確実に確保する社風があるように思う。スペックやタイムといった限られた場所での華やかさよりも、(たとえスポーツバイクでも)実用領域での使い勝手などを重視し、実をとるような所があるメーカーだろう。
今回のモデルチェンジ、ライバルはスーパーチャージャーを備えるなど話題に事欠かないが、ハヤブサはむしろこの実直さへとモデルチェンジの方向性を持ってきたのだった。スペック上の最高出力はわずかながら減少、加速能力も先代から劇的に進化しているわけではない。一方で実用領域でのトルクの厚みを増し、エンジンの耐久性を高め、各種電子制御でライダーをサポートし、ライディングポジションも優しい方向へと改め、全体的にユーザーフレンドリーな設定へと熟成させている。
数値を見ただけではインパクトは薄いかもしれない。しかしこのレベルのバイクになると本当のトップエンドパフォーマンスを使うのはドラッグレースを楽しむ層ぐらいのものだろう。そういった層よりも、公道で楽しくこの究極のバイクを味わおうというユーザーの方向に、スズキは向いたのである。
アップデートされたスタイリング
初代から2代目になった時にも、あの独特のハヤブサらしさをしっかりと残したままシェイプアップできたことに驚いたが、この3代目もまた、どこから見ても確かに「ハヤブサ」だ。デザインコンセプトは「リファインド・ビースト」。デザイナーは「理性の中に狂気が潜んでる様」を意識したそうで、ハヤブサの持つパワーや究極の性能を変わらず表現すると同時に、今回新搭載された各種電子制御により知能化された部分もデザインで表現したという。
デザイン的に特に力を入れたのはマフラー形状。エキパイ部から直線的に跳ね上がってくるデザインとし、また先代よりもスリムとすることで軽快感を演出し、さらには新しくなったテールのデザインとのマッチングも追及している。車体全体においてはシャープで直線的なラインを増やし、モダンさやラグジュアリーさを表現。空力特性との兼ね合いも重要項目である中、ミラーのデザインにまでこのコンセプトを貫いている。
ヘッドライトはハヤブサ伝統の縦2眼で、新たにLEDを採用。上部がロービームで、下部のプロジェクターがハイビーム、そしてエアインテークに沿うデザインのポジションランプはウインカーも兼ねている。ワイドな2灯となったテールもLEDとなり、こちらもウインカーを内蔵。ハヤブサらしい大きなテールセクションは健在で、特にシングルシートカバーが装着されている状態ではエアフローが目に見えるようでいかにもハヤブサらしい。
カラーは日本の漆器をイメージしたブラックにゴールドの差し色、知能的なイメージのシルバーに隠されたパワーを表現した赤の差し色、そしてハヤブサらしいホワイトにはスズキらしさを表現したブルーの差し色という組み合わせで合計3色を展開する。併せて「隼」「Hayabusa」それぞれのロゴもリニューアルし各所にあしらっている。
全体像を見ると軽快感が増しているイメージもあるだろう。跳ね上がったマフラーによるところもあるだろうが、それだけでは表現できないデザインの妙がそこにはあるはずだ。変わらず確かに「ハヤブサ」であることにまずはホッとする。
変わらないのにすべて変わっている心臓部
新型のハヤブサとあれば、ターボチャージャーや多気筒化、劇的な出力向上など、あっと言わせる革新的な進化を期待した人もいるだろう。スズキでもエンジンの仕様は様々なものを試し、より大排気量のもの、6気筒、そしてターボ仕様までも実際に作ってテストしたという。しかしそれら仕様を吟味した結果、結局はこれまで培ってきたハヤブサの4気筒ユニットの熟成が一番良いという結論に至ったそうだ。そもそも素性の良かった最初のハヤブサのエンジンがベースになっているのだが、その素性を20年後の技術でさらに熟成させるという、スズキが得意とする手法である。もちろん、裏にはユーロ5に適合させなければいけない都合や、コストの問題もあったことだろう。しかし数々の電子制御の投入もあり、新型は先代に「負けている所が一つもない」仕上がりになっているという。
エンジン内ハード部における変更は本当に多岐にわたる。ヘッド周りでは、バルブのオーバーラップを減らすべくカムが変更され、排気バルブのリフト量が変わったことによりバルブスプリングも変更、ピストンとコンロッドも軽量化と耐久性を向上、腰下でもアシストスリッパークラッチ搭載に係る各部の変更やオイル経路を見直したクランクシャフト、カウンターシャフトを保持する左右のニードルベアリングを長くして耐久性を向上させるなど、その内容はあくまで熟成路線ながら様々な箇所に多くのチューニングを施しているのだ。なお耐久性向上のためにはパーツの見直しだけでなく、クランクケース締結ボルトの組み立て時の締め方まで見直しているのである。
吸排気では小径化されたスロットルボディが注目ポイントだろう。低中回転域のトルク増強のために、先代の44mmから43mmへと径を絞り、吸気ファンネル内、セカンダリーインジェクターからの噴射が当たるところには反射板を設置。これによりインジェクターから噴き出た燃料はさらに霧化が促進され、トルク増強に寄与するという。
排気系でも低中回転域でのトルク確保のため、これまではなかった1番と4番シリンダーを繋ぐバイパスパイプを新設。ユーロ5対応のためにエキパイ集合部に1つ、そして各サイレンサー内にも1つずつ計3つのキャタライザーを設置するにもかかわらず、排気系だけで2kg以上の軽量化も果たしている。
ソフトの大幅充実で、ハヤブサは手の内に
機械としての進化の他に、大きなトピックは電子制御の充実である。羅列すると
・モーショントラックトラクションコントロールシステム
・パワーモードセレクタ―
・双方向クイックシフター
・アンチリフトコントロールシステム
・エンジンブレーキコントロールシステム
といったシステムをコントロールする「スズキドライブモードセレクターα (S-DMSα)」の他、任意に設定できるスピードリミッターシステム、ローンチコントロール、エマージェンシーストップシグナル、スズキイージースタートシステム、ローRPMアシスト、クルーズコントロールシステム、コンビブレーキシステム、モーショントラックブレーキシステム、スロープディペンデントコントロールシステム、ヒルホールドコントロールシステムといった充実の装備を満載している。
多くの機能は既に既存のモデルにて知られているものであるし、モーショントラックブレーキシステムやスロープディペンデントブレーキシステムなどはVストローム1050に先行投入されているが、新しいものとしてはスピードリミッターシステムが興味深い。こういった非常に速いバイクでは知らず知らずのうちにスピードが出てしまうということもあるため、あらかじめ自らスピードリミットを設定できるというわけだ。なおリミッターを設定している時でも瞬時にアクセルをひねれば一時的に設定したリミットを超過することもできるため、追い越し加速時などにストレスになることもない。
そのほかの機能は名前の通りであり、いずれも超ハイパフォーマンスな乗り物を現代において安全に楽しく走らせるための装備として欠かせなくなっているもの。なおそれぞれの機能において、中には10段階から設定を選べるなどかなり細分化されているものもあるが、これはハヤブサオーナーが例えば5年、10年とこのバイクを所有した時、走行環境やバイクの楽しみ方、ライダーのスキルが変化した場合など幅広いシチュエーションに対応するためだという。
大きくパワフルで、決して軽くもないハヤブサだが、こういった装備によりより多くの人が安全に乗れるだけでなく、長い期間を通じてこのバイクを多角的に楽しめるよう作り込んであるわけである。
車体に大きな変更はなし
エンジンが変わらず4気筒に落ち着いたこともあって、車体の方も少なくともメインフレームやスイングアーム周りにおいてはほぼ変更なしとなった。新しくなったテール周りのデザインと連動してシートレールはより軽量な新作となり、マフラーの軽量化と合わせて前後輪の重量配分が理想的な50:50となったのは歓迎すべきポイントだろう。これら変更に合わせて前後のサスセッティングは変更され、またホイールは7本スポークの新作を投入。タイヤは専用設計のブリヂストンS22を採用した。
大きなアップデートはフロントブレーキであり、これまでのφ310mmディスクからφ320mmディスクへと大径化すると同時に、キャリパーはブレンボのスタイルマを採用。重量級の車体をしっかりと減速させるコンポーネントを手に入れ、前後連動のブレーキシステムやモーショントラックブレーキシステムと組み合わせて、減速させる能力、止まる能力はかなり高まっていると予想させてくれる。
ポジションはステップ位置、着座位置は先代と変わらないものの、ハンドルの位置が先代よりも12mm手前に引かれたことでよりコンパクトな乗車姿勢を実現。自由度が高まり、取り回し時だけでなくスポーツライディング時にもより自信が持てそうなうえ、小柄なライダーにとってもありがたい変更といえるだろう。
「確実に良くする」スズキのお家芸
エンジンの項で触れたが、スズキは最初から良いものを作り、技術が進歩すると同時にその新技術を活用して元々良いものをさらに良いものへと進化させるのが得意なメーカー。話題のKATANAももとは2005年のGSX-Rエンジン、Vストローム1050はTL1000S/R、Vストローム650はSV650、いずれも熟成に熟成を重ねた機種である。最近ではGSR250から進化したGSX250RとVストローム250もあり、新しく登場したジクサー250の油冷シングルもきっと長いこと熟成を続けることだろう。重ねて言うがスズキはこれが得意なのだ。
新型ハヤブサもこの路線を採った。フラッグシップなのだからもっと話題性のあるチェンジを勝手に期待したのは筆者だけではないだろう。ライバルを置き去りにするようなショッキングで挑戦的な見出しを楽しみにしていた人もいるはずだ。だがその内容を見れば、時代に沿った、現実的で、そして話題性や注目度よりも実を取るという、なんともスズキらしいモデルチェンジであり、「乗ったら絶対イイな」と感じさせてくれるものなのだ。
発売は2月末ごろからという。ライバルに引っ張られない、スズキならではのフラッグシップの突き詰め方を味わうのが、心から楽しみである。
(解説:ノア セレン)
■エンジン種類:水冷4ストローク直列4気筒DOHC4バルブ ■総排気量:1,340cm3■最高出力:140kw(190PS)/9,700rpm ■最大トルク:150N・m/7,000 rpm■全長× 全幅× 全高:2,180 × 735 × 1,165mm ■軸距離:1,480mm ■車両重量:264kg
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