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Honda歩行アシスト(以下歩行アシストと表記)という、文字通り「歩行を・アシスト」する製品もまた当連載で展開してきたパワープロダクツの仲間だ。「歩く」という移動の原点をサポートしたいと思うのはモビリティを追求するホンダからしてみれば究極の挑戦なのかもしれない。アシモへと至ったロボティクス研究の技術の一部が、このように結実した。
文●ノア セレン  写真●依田 麗 ●取材協力:Honda http://www.honda.co.jp/power/

アシモなら知ってるが

「歩行アシスト」って、一体なんだろうか? が一般的なスタートラインだろう。2008年のプレスリリースには「ASIMOと同様、人の歩行研究の蓄積をべースに開発した〜」という一文がある。「二足歩行するホンダのアシモ」を知らない人は少ないだろうし、筆者は♫ シャララーンラン! ララララーンラン! と大好きなバンドが歌う曲にのってアシモが登場するCMが印象深く、もはや友達感覚というか、アシモには何とも言えない親近感すら抱いていた。色んなメーカーがロボットを作ってはいるものの、アシモほど身近に感じたモデルは思い当たらない。アシモはどんどん進化してダンスを踊りサッカーボールを蹴り、階段の上り下りはもちろん、駆け足もできるようになり、さらにはホンダ本社ではお茶まで持ってくるようになった……ということはこの「歩行アシスト」も、ものすごいんじゃないか、なんて想像が膨らむ。歩行アシストをつければ100メートル秒とか階段3段飛ばしとか!?
 発表後あまりこの「歩行アシスト」という製品に注目する機会はなかったのだが、近未来のパワースーツ的なアクティブなイメージを膨らませて、シャララーンランっ! と口ずさみながらインタビューに臨んだところ、「違う違う(笑)、全然そういうのじゃないです。盛り上がってるのはわかりましたから、そういった色んな妄想イメージ、いったんリセットしてもらっていいですか」とたしなめられてしまった。

「移動」の原点

 ホンダは根本的には「モビリティ」の会社だ。モビリティとは「移動すること」。この連載で紹介しているパワープロダクツ群には移動しないものもあるし、「人の役に立つ」というもう一つのベクトルに比重がある製品も多いものの、ホンダの一つの基礎として「モビリティ」というキーワードがある。「移動すること」を考えると、大きいものではホンダジェットのような飛行機から、各種の四輪車はもちろん、我々が親しんでいるバイクがあって、それのコンパクトで最もスタンダードなものがスーパーカブということで間違いないだろう。パワープロダクツでは、第2回で紹介した汎用エンジンを使ったロングテールボートや、第4回で取材した船外機などもモビリティツールの大切な動力源として活躍している。
 しかし人間にとって「移動」の原点は、突き詰めれば「歩く」ということだ。立ち上がって、移動すること。すなわち歩くこと。もっともベーシックでありつつ、「移動」の究極の出発点だろう。二足歩行のアシモも、今回の歩行アシストも、多様なモビリティの追求という中にいるのだ。なんだか壮大な話であり、その中でこの歩行アシストはどのような役割を担うのか、パワースーツ的イメージを持っていた筆者はどのようにアプローチしたらよいのか見当がつかず、とりあえずは装着して試してみることになったのだった。

アシモ

P2

2000年に発表されたアシモは誰もが知るホンダのロボット。人間に近い自立歩行ロボットのひとつの完成形で、開発は1986年に始まった。1996年にアシモの前身であるP2(写真右) が公開された頃、歩行アシストのプロジェクトはスタートした。

仕組みはシンプル

 本体をウエストポーチのように腰に巻き、左右の太腿の下の方、膝に近いところにアームを固定。そのアームに電動アシスト自転車のように前後方向のアシストが加わり、腿を装着者の意図に合わせて前や後ろに動かすアシストをしてくれる、というのが簡単な仕組みだ。装着している人が今どのような姿勢をしていて、足を前に出すタイミングなのか、どの程度のアシストが必要なのか、そういった細かな制御はもちろんあり、細かく設定できるのだが、仕組みそのものはいたってシンプル、あくまで腿の前後運動の補助であり、製品名そのまま、「歩行の・アシスト」をするものだった。
 歩くことに不自由のない筆者は、装着してすぐはその効果が分からなかったが、アシストを最強にしてもらえばなるほど、自分が意図しているよりも足がスムーズにスッと前に出る。感覚としてはまさに電動アシスト自転車。まるで自分の力だけで漕いでいるような気になるものの、本当はアシストが入っているという程度の、操作する者の意図を邪魔しないまさに「アシスト」である。イメージしていたパワースーツとはずいぶん異なると言っていいだろう。
 しかしこの機能が一体どのような場面で使われるのだろうか。まだ道行く高齢者がこれをつけて歩いているのを見たことはないし、事故などの不運により歩行が困難になった人がこの「歩行アシスト」を装着することにより元気に歩き回っているという話も聞かない。2007年の福祉機器展で発表されはや12年、「歩行アシスト」の今とは?

歩行アシスト

歩行アシストはウエストポーチのように腰に巻いて装着する本体の両側に小型のモーターがあり、そこから延びるアームを膝の上で固定し、タブレットでセッティングするという、見た目にもわかりやすい構造で取りつきやすい。

医療や福祉の現場で活躍

 僕もアシモになれる! というイメージから離れられないでいる筆者に対して冷静に説明して下さったのは、新事業推進部 ロボティクス事業課の稲田豊主任と、浜谷一司課長。お二人とも車やバイクといったいかにもホンダ! の空気感は少なく、特に浜谷さんはホンダ入社後ロボット一筋の専門家。お二人によると今この歩行アシストが活躍しているのは、医療の現場やデイサービス/デイケア施設等だという。施設内では手すりやスロープが充実しているはずで、そこでこの機械による歩行アシストが必要なのだろうか。
 「製品名が歩行アシストですからそういうイメージになることも多いのですが、実際にはリハビリのための機器として使われることが多いです。歩行アシストの機能はアシストするだけでなく歩行に関する詳細なデータ取りというのもありますから、歩行状態の数値化により今後どのようなリハビリメニューを組み立てるのかや、途中経過を把握することなどができ、効果的にリハビリを進めることができています」  

浜谷一司さん
ライフクリエーション事業本部 新事業推進部 ロボティクス事業課 課長 浜谷一司さん
畑違いともいえるガス器具の会社から「何か新しいことをしたくて」と転職し、1997年ホンダに入社。以後基礎技術研究所において、初期のユニカブの開発など一貫してロボットの研究開発に携わる。2012年から歩行アシストの担当に。ホンダ入社後に二輪免許を取得し、VTR250 に乗っていたが、今春からはレブル500を購入して通勤している。

稲田 豊さん
ライフクリエーション事業本部 新事業推進部 ロボティクス事業課 主任 稲田 豊さん
18歳でホンダに入社して今年28年目という、叩き上げのホンダマン。入社後は製作所で5年、その後営業へ異動し大阪で9年勤務。アシモが登場した2000年頃「これを売りたい!」と思い、以後5年間その思いを持ち続けたところ、基礎技術研究 所から「いっしょに売ろう」と声がかかり現在の部署で歩行アシストの営業部門を担当。バイクには今は乗っていないが、かつてはフォルツァに乗っていたそうだ。

 パワースーツなどではまったくなかったのだ。アシモの技術は医療機器として花開いたのか!
「正確には日本では『医療機器』の認証は取っていないのですが、医療と福祉の現場が今のメインの活躍の場です」
 歩行の詳細なデータ取り。歩くという単純な行為にそんな複雑なデータが潜んでいるのか、とも思ったが、効率的に結果につなげたいリハビリの現場では非常に重要なことだろう。装着した際に実際にデータ取りをしてもらうと、例えばその場で足踏みをしただけでどの程度足が上がっているのか、左右のバラツキはあるのか、などといったことが即座にグラフ化されて驚いた。さらには5メートルまたは10メートルを歩くことにより、その距離を何歩で歩いているのか、歩幅はどれくらいなのか、腿はどれだけ持ち上がっているのかなどが詳細に、しかも即座にわかってしまったのだ。
 「リハビリを始めるにあたり、まずは現状の把握が必要になります。スタート時点でまずはこういったデータを取っておけば、リハビリメニューの組み立ても容易になりますし、リハビリが進む過程でまた計測すればそのメニューによって効果が得られているのかの把握もしやすいでしょう。歩行を数値化するこういった計測機器は他にも存在しますが、これほどコンパクトで簡単に使えるものはありません。大抵は体にマーカーをつけたりする大掛かりなものでコストも大きい。病院はまだしも、デイサービスなどで導入するのは難しいでしょう。計測したデータをもとにプランを組み立て、場合によっては歩行アシスト機能も使ったリハビリメニューへと展開していくわけです」
 歩行のアシストだけでなく、歩行の計測・データ取りというのが「歩行アシスト」の大切な機能として活躍していたのだった。

医療現場

医療現場

医療現場

医療現場

病院だけではなく、高齢者施設やデイサービスなどリハビリを行う現場などですでに 300台以上が稼働している。自分では分かり難い部分を数値やグラフで簡単に確認できることは、効率のアップだけではなく本人のやる気の向上にも大きく影響するという。

データ収集の重要性

 データ収集と聞くとなんだか地味なイメージもあるかもしれない。しかし何事もデータは大切であり、歩行アシストの装着と短時間の計測だけで即座に割り出した筆者の歩行パターンやクセには驚かされ、リハビリの現場で重宝されることは容易に想像できる。同時に連想したのは「セッティング」だった。

 モトGPのような究極のレースではもちろん、草レースや、もしくは個人でサーキットのスポーツ走行を楽しんでいるだけの人でさえ今は詳細なデータ取りができるようになっている。GPSを搭載し、タイムだけでなくどのようなラインを通っているのか、それぞれの区間でのタイムやクセ、加速や減速のタイミング、最高速などが可視化されていることをご存知の読者も多いだろう。加えてさら に突き詰めるとサスペンションのストロークやアクセル開度など、ありとあらゆる操作や動きをモニタリングし、そういった膨大な情報量からより速く走ることを追求していく。情報量が多ければ多いほど突き詰めていけるし、走行するたびにデータを収集すれば過去のものと照らし合わせていくこともできる。
タブレット
タブレットはアシスト具合を細かく設定できるだけではなく、各種データを記録することが出来る。写真のように動画と連動して左右の足の動きをデータ化することも出来る。

 サーキット走行は(一部の人を除いて)遊びでしかないが、リハビリの現場はなるべく早く・効率的に結果へと結び付けていくことが大切だ。よって(特に筆者のようにパワースーツ的なアクティブな想像をしていた人にとっては) すこし地味に感じるかもしれないが、「歩行アシスト」は、モビリティの基本を実行できるように縁の下の力持ち的に、確実に活躍しているのだ。

ここまでとここから

 歩行アシスト、という製品がある事はぼんやりとわかっていても、実物を見ると、「あれ? 最初 からこんな感じじゃなかった? 何が進化しているんだろう」と感じるかと思う。
プロジェクトが立ち上がった1999年頃は、膝にもモーターがあり今のものよりもかなり大型だった。当初は例えば工場内の作業員の足腰をサポートするような使い方も一部で想定されていたため、目指す完成形が見えていなかったという。この技術がどの方向へと 花開いていくのか様子を見ていた 時代だったといえる。その証拠にバッテリーなどを含まない、我々が言うところの「乾燥重量」で16kg、装備重量ではなんと32kgもあったという。小学生をおんぶしているようなもので、とても現在の主な活躍の場であるリハビリに使えるものではなかった。
その後少しずつ色々なところが見直されると並行して、アシモがそうであったように機器類の小型軽量化が進み、重量物を持ち上げるなどといったパワースーツ的な要素は切り離し、歩行のアシストへと絞った。
 2005年には今の形のベース が完成。現在の重量はバッテリーを含んだ装備重量で2.7kg 、稼働時間はフルに使い続けて60分ほどとなっているのだから技術の進歩には驚かされる。このコンパクトさ、軽さならば、装着する負担とアシスト力・能力を天秤にかけた時に納得できるだろう。電動アシスト自転車は普通の自転車よりもかなり重いが、メリットの方が大きいのと同じで、実際の使用で 納得できるものになったと言える。
2015年以降はハード面には手を加えずアプリのアップデートなどをメインに進化。アシスト機能だけでなく計測機能をますます 充実させ現在活躍するフィール ドの細かなニーズに対応している。

2006年頃のモデル

2012年頃のモデル

基本的な形が出来た2006年頃のモデル(写真左)と改良された2012年頃のモデル。最新モデルでは装具が大きく進化していることが解る。一般的には目にすることは少ないが、確実に進化を続けている。

活躍の場

 リハビリの現場や病院などで使われ、今現在おおよそ300機が稼働しているというから見たことがある人もいるかもしれない。 
 歩行アシストは現在、一般向けに販売しているわけではなく、医療や福祉の現場にリースする形態をとっている。歩行アシストの装着や操作自体は難しくないが、リハビリの現場での使用を想定した場合は、対象者の状態に対する知識も必要なうえ、歩行アシストの多彩な機能を習得する研修も必要だ。このためホンダではリース契約すると様々な専門性を習得する2日間の研修を実施しているという。

 

 
 この研修には医師や理学療法士(リハビリ専門職)の他にも、デイサービス職員などが参加。歩行アシストは医療器機ではなく使用する際に特別な資格が必要ないため、リハビリに関連する幅広い方々が参加しているのだ。リハビリの現場をよりスムーズに、効率的に進めていくための機器ではあるが、操作する人を限定しないことも魅力のひとつだろう。
 ちなみにリース料は月額4万5000円、リース期間は3年でありその間のメンテナンスなどはホンダで受け持つ。高価な医療機器に対してリーズナブルな感覚は確かにある。
国際安全規格
歩行アシストは2015年、生活支援ロボットの国際安全規格であるISO13482の認証を取得。2018年には欧州と米国で医療器機の承認を取得するなど着実に活躍するフィールドが広がっている。

「ちょうど今、最初のリース契約の更新時期にきているところですが、皆さん更新して下さっています。現場によって使われ方は多様ですが悪く言われることはないので、お役に立てているようですね。歩行アシストを装着してリハビリをする人にとっては、スタッフに付き添ってもらわなくてもメニューを進められるわけですから、自主練を促してくれるようなところもあります。これはモチベーションの維持にも繋がっているとフィードバックを頂いています」
 このように現在はリハビリの現場で活躍がメインとなる歩行アシストだが、いずれは一般向けにも対応したいという。
「福祉機器展などで展示していると、実際に付けてみたいという高齢の方もいらっしゃいます。装着して歩き始めた途端にそれまで持っていた杖を家族に渡して、笑顔でスタスタと歩き出す、なんていうこともありました。一般向けにも十分に活躍する場面はあると実感していますが、まだこちら側の体制としてそこまで整っていないというか……。リースという形態で今後の展開を探りつつ、製品を更に熟成させているところです」

インタビュー

ホンダの神通力

 アシモになれるだとか、パワースーツ的な機能をもたせて遊園地でヒーローになるだとか、そんなアクティブで不真面目(?)なテンションで臨んでしまった取材だったが、その実は極めて真面目に人間のモビリティの原点を支える活躍をしていた「歩行アシスト」。中には「機械に頼るなんて……」という関係者や利用者もいるというが、実際に使ってみればその有効性に気づいてもらえることが多いそう。効率的でリーズナブルなこの器機を使うことで元気に歩ける状態へと早期に復帰できるのならば、こういった便利な機器は利用しない手はないだろう。
「ホンダの他の事業と比べてはもちろん、パワープロダクツの中でも独特な製品ではありますが、現場ではこうしてHONDAと書いてあるのが意外と効くんです(笑)。利用者も『ホンダ? へ〜、じゃ使ってみようか』となることがあるようで、こんなところでホンダの神通力を実感しています」
 実際に製品に触れて試着できたのも当連載で初めてのこと。ますますこの独創性あふれるパワープロダクツの世界に引き込まれた。

姿勢の維持に感動 歩行アシスト・インプレッション

インプレッション
 当連載で初めて実際に製品を装着・操作する機会となったこの取材。装着そのものは難しくなく、長身・細身という規格外体型の筆者でも装着している時の違和感はなかった。フィット感は高く、本体は腰のあたりにあるため重量も気にならない。
最初に歩き出した時にはアシストされている感覚がわからなかったため、アシスト力を最強にしてもらった。すると腿がスッと前に出やすいと感じられた。アメコミヒーローのようにいきなりシュタタタッ! と走り出せるようなそんな類のものではなく、製品名通りあくまで「アシスト」。電動アシスト自転車の歩行版というのが一番近い感じだろう。
 アシストにも腿を前に振りだすアシストと後ろに引き戻すアシストがあるわけだが、後ろに引き戻す方を強めてもらうと、自然と背筋が伸びて歩く姿勢が良くなった。背筋が伸びると猫背も解消し、途端にモデル歩きに。そんなことに気づかせてくれるのも面白かった。
 興味深かったのは計測機能。その場で足踏みすると、左足の腿が上がっていることがグラフでわかり、5メートルを歩くと左足で踏み出した場合と、右足で踏み出した場合の歩幅の違いなどもすぐにわかった。なるほどこれなら歩行能力の状態が即座に把握でき、効果的なリハビリにつながることが容易に想像できた。
 アシストは左右で強弱を変えたり、振り出し・引き戻しをバラバラに設定できたりするため、様々な症状に対応するだろう。大変興味深い試着だった。


[第7回 商品企画部 部長 松澤 聡さん ※PCサイトへ移動します|第8回|第9回 蓄電機Lib-AID E500

2019/08/14掲載