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レース・イベント

2020年シーズンのMotoGPは、Covid-19(新型コロナウィルス感染症)の影響により、いろんな面で例年とは異なるレース環境になっている。最高峰クラスの緒戦となった第2戦スペインGPは、無観客開催と関係者への徹底した衛生管理等、厳格な感染予防対策のもとで行われる初めての大会になったが、その決勝レースを中上貴晶(LCR Honda IDEMITSU)は10位で終えた。

決勝直後には、自らのリザルトを「非常に不本意な結果」と話していた中上だが、レースからひと晩明けた月曜の午後に、あらためてZoom取材でじっくりと話を聞かせてもらった。訊いてみたい話題はあれこれ様々な方面に及ぶ。今回のレース結果の振り返りや、長いようで短いシーズンに向けた展望、そして厳しい感染対策のもとで過ごすパドック生活等々……。というわけで、さっそく日本人MotoGPライダー、タカ・ナカガミとの質疑応答をお届けすることにいたしましょう。
■インタビュー・文・写真:西村 章 ■写真:Honda/LCR Honda IDEMITSU

―まずは日曜の決勝レースについて、あらためてお訊ねします。結果は10位で、レース後には「午前のウォームアップまで問題のなかったフロントのフィーリングが、レースになって突然、信頼感がなくなってしまった」と話していましたが、その原因は究明できましたか?

「今日(月曜)の午前中に、チームと少し長いミーティングをして、そこで様々なデータを含めていろいろと検証をしました。スタート直後から序盤6~7周目あたりはフロントタイヤの内圧がかなり上がってしまっていて、それが一番の原因でした。いい状態のレンジをはるかに越えていたので、フロントが切れ込み、ブレーキを握り込めない症状に陥っていたんです。問題はそのあとで、少し内圧が下がってきても、序盤の内圧が上がっていたときとフィーリングがあまり変わらなかったので、いまはその原因を細かく相談して究明している最中です」

―昨日のレース直後は「Moto2のラバーがのっていたことも原因のように思う」と話していましたが、やはりそこも、グリップ感を得られなかったことにかなり影響したのですか?

「そうですね。リアもそうなんですが、特にフロントが思っていた以上でした。ミシュランによると、レース後に何人もの選手からフロントに対するコンプレインがあったみたいで、フロントに問題を抱えていた選手は多かったようですね」

中上貴晶

―ウォームアップまで問題のなかったフロントが、決勝になっていきなり信頼感がなくなる、ということは今までにもあったのですか?

「去年も何度か、少し似たようなことはありましたけど、今回は路面温度がいつものヘレスよりも高かったので、ちょっと特別かもしれません。Moto2のラバーも影響しましたけれども、ここまでヘレスで路面温度が高いことはなかったので、それがさらに問題を深刻にした印象はありますね」

―日曜のレースを終えて、すぐにまた今週末に連戦です。今回の反省を活かし、強い気持ちですぐに次の週末へ臨めるという意味では、連戦であることはいい方向に作用しそうですか?

「自分自身では、この連戦はすごく前向きに捉えています。昨日の成績がよくなかっただけに、早くリベンジしたい気持ちが強いし、それだけに次のレースをほぼ同じコンディションで走れるのは、とくに今回はポジティブだと考えています」

中上貴晶

―同じ会場での連戦だけに、次戦は皆が前戦のデータを活用してくるでしょうから、今週末の2連戦目ではさらにタイム差が接近した争いになると予想されます。そんな状況下で他の選手たちと戦うにあたり、どんな戦略を練っていますか?

「他の選手がどう出てくるのかは正直なところよくわかりませんが、自分自身については改善の余地がたくさんあります。決勝レースはMoto2のあとだから、セッション初日や土曜と比べるとグリップはもちろん落ちる傾向になるはずです。レースペースに関しては、トップ集団は昨日とあまり変わらないのではないかと思います。昨日のレースでも、トップのクアルタラロ選手は1分38秒台中盤から後半でずっと周回し、独走で優勝しました。6位あたりのライダーは、だいたい39秒前半で走行していたと思います。自分もそこに持っていく予定だったのですが、終盤に39秒後半から中盤くらいまで盛り返していくことができたとはいえ、そこを改善して今週末は38秒台で周回することができるようになれば、必然的に上位の争いも見えてくるようになると思います。コンディション的にはこの週末も非常に厳しくなるのは明らかで、しかも25周という長丁場なので、37秒台のレースは現実的に不可能だと思っています。だから、トップは今回と同じように38秒前半から中盤の連続周回になるだろうし、そこで自分も38秒台で安定して走れるようになれば、かなりいい線で争えるはずです。今回は自分のレースペースが非常に遅かったので、トップとは21秒差になってしまいましたが、この差を可能な限り縮めて、最低でも10秒以上は早く走れるようにならないといけないと思っています」

―昨日のレースを走ったことで、中上選手が戦う今年のパッケージ、2019年のチャンピオンマシンのポテンシャルに対してはどういう印象でしたか?

「今回のヘレスは真夏のコンディションで気候的にもちょっと特殊なので、その要素には惑わされないようにしながらしっかりと照準を合わせていかないといけないのですが、正直なところ、まだちょっと苦戦気味です。マシンにポテンシャルがあるのはわかっているけど、たくさん走り込めていないのがまだ物足りなくて、少しずつ理解は進んでいるものの、すんなりとアジャストするところまでは完全にできていない、というのが現在の状態です」

長島哲太 × 西村 章

―昨シーズンに、18年型から19年型に変わった際にマルケス選手やクラッチロー選手は、フロントのフィーリングがかなり違うと言っていました。中上選手もそこに関しては同様のインプレッションですか?

「そうですね。フロントももちろんそうなんですが、エンジンも速くなっているし回転数も上がっているので、いまはその細かいバランスを模索しているところです」

―昨日のレースではヤマハの速さが印象的でした。また、KTMがずいぶん良くなっているようにも見えました。じっさいにレースを走った中上選手の実感として、ライバル陣営の勢力関係はどう見ていますか?

「ミシュランの今年用の新しいタイヤは、とくにリアが変わっていて、これがけっこう違うんですよ。マルクもコメントをしていましたが、その特徴がたぶん、ヤマハやスズキにピタッと合っているのかな、という印象はありますね」

―どちらかというとリアで走る特性のバイクに合っている?

「そうですね。昨年のタイヤよりも今年のリアタイヤとのマッチングがよく、うまく合っているのだろうなあ、という印象を受けましたね」

―日曜午前のウォームアップでクラッチロー選手が転倒して舟状骨骨折、決勝レースではマルケス選手が右上腕を骨折。ホンダ勢は、今後しばらく中上選手が陣営を引っ張っていく役割になるようにも見えますが……。

「いい状況ではないですね(苦笑)。昨日はマルクがあれだけのすごいレースをしたにもかかわらず、残念ながら大きな転倒で骨折をしてしまい、カルも朝の走行で転倒してケガ……。一方の自分はというと、さっきも言ったように、19年型をまだ完璧にモノにしているわけではない現状で、もっとバイクを理解して速さを発揮していかなければならない過程でもあります。マルクとカルが負傷し、自分がホンダ陣営を引っ張っていかなければならないであろう今の状況は、(コンストラクター争いの面でも)あまり良いことではない、と正直思います」

中上

―プレッシャーなどは感じますか?

「周囲からのプレッシャーというよりも、自分のバイクを一刻も早くモノにしたい、パフォーマンスを上げていい成績を出したい、という気持ちの方が強いですね」

―この週末は、スズキのリンス選手も土曜に転倒して負傷しました。今年のような特別なカレンダーだと、そのようなケガがシーズン全体の命取りにもなりかねませんね。

「これだけ過密なスケジュールで、しかもほぼ休みがない状態なので、転倒には本当に気をつけなければいけない、ということを今回改めて強く感じました。あれだけ実力のある選手たちが転倒してケガをしたのを目の当たりにすると、限界を超えちゃいけないな、とあらためて感じますね。ちょっとした転倒でも大きな影響になってしまう場合もあるので、それを常に頭の隅に置いておかないといけないですね」

―今年はそれだけ特殊なシーズン、というわけですが、レース再開に向けて久しぶりに渡欧してきたときの印象はどうでしたか? 少しずつ渡航制限が緩和されているとはいえ、まだけっして普通の状態ではないことを、いろいろなところで目の当たりにしたと思います。

「そうですね。スペインに入ったのは7月上旬で、自分が住んでいる街でもできるだけ外には出ず、身近な場所での行動に抑えて生活しているんですが、意外に皆がちゃんとマスクをしているのは印象的でした。外を出歩いている人たちもあまりいないし、たとえば犬の散歩に出る程度でも、皆がすごく気をつけています。もうちょっとラフなのかなとも想像していたんですが、日本と同じくらい皆がしっかりとマスクを着用していますね。空港ではフライトの本数がすごく少なくて、ふだんならたくさんの人が行き来している場所なのにまったくといっていいほど誰もいなくて店も閉まっていて、とても奇妙なかんじでした。ホントに『ウイルスは怖いな……』と痛感しましたね」

中上

―パドックの出入りでも、厳格な衛生管理や行動規制などが定められているようですが、やはり多少の不自由さのようなものは感じますか?

「もともと、レースウィーク中にはパドックの外へ出ることがないので、自分自身に関してはあまり大きな影響は受けていないと思います」

―セッション中のチームスタッフとのコミュニケーションや、日々のパドックの生活でも、例年とは違うさまざまな新しい決まりごとがあると思いますが、じっさいにウィークを過ごしてみてどうでしたか?

「ごく若干ですけれども、やりづらい感じはありますね。必ずマスクをしなきゃいけない、とか。特にこの暑いなかだと、よけいに……(苦笑)。でも、不自由さは一応その程度で収まっている印象ですね。いまはまだ細かいことを気にしながらミーティングをしなきゃいけない状態ですが、それも少しずつ慣れていくのだろうと思います」

中上

―日本で言う、いわゆる〈3密〉を避けるような行動規範ですね。

「そうですね。僕自身はパドックのGPルームで生活をしていますが、チームスタッフも可能な限りリスクを避けるために、街なかのレストランに行ったりはせず、サーキットとホテルを単純往復するだけですね」

―朝昼晩の食事はどうしているのですか? 例年と同じように、チームのホスピタリティはあるんですか。 

「普通ならうちのチームはLCRのホスピがあって、レプソルの人たちはHRCのホスピですけど、今年に限っては全員がHRCのホスピタリティひとつで食事をするので、入れ替わりで工夫して時間をずらしています。食事も、いつものようなブッフェスタイルではなくて、テイクアウトのようなランチボックスがあって、その中に3~4品入っている、というかんじです。やっぱりいつもとは違う、ちょっとヘンなかんじはありますね」

―いつもと違うといえば、このようなZoom取材はどうですか? いつものレースウィークなら対面取材しているところを、今年の場合はこういうリモート取材になっています。我々としては、正直なところ、少しもどかしさや隔靴掻痒感をおぼえる部分もあるのですが、ライダーとしては、そのあたりはどう感じているんでしょう。

「まったく同じですね。まだこの形式の取材を数日しかやっていないこともあるけど、そんなに慣れてないというか、ヘンな感じはちょっとありますね。いつもなら走行後すぐにガレージの外で話をしていましたが、いまは走行が終わってツナギを脱いで着替えてから、場所を変えてPCのあるところまでやってきて、その前に座って話をする。で、このZoom取材が終わったら今度はDORNAのテレビインタビュー、という段取りなので、なんか、けっこう大変ですよ(笑)」

―2020年のカレンダーは、いまのところ決まっているのが11月15日の第14戦バレンシアGPまでで、その後のタイとセパンは今月末までに発表する、ということです。レース数が決まっていない状態でのシーズンスタートですが、ある種の不安定さのようなものは感じますか?

「年間何戦になるかまだ決まっていないのは、ちょっとポジティブではないですね。シーズン全体の戦いかたを組み立てていくにあたって、タイとセパンがあるかもしれない、というのはけっこう大きい要素なんですよ。ないならないで、2戦プラスされないことを考えて短いシーズンとして組み立てなければならないし、あるならあるで、2戦分のポイントを稼ぐチャンスが出てくるわけだから、状況が変わってきます」

―2戦あるとないとでは、50ポイント違うわけですからね。

「そうなんですよ。だから、早く決定してくれればありがたいですね」

中上

―では最後に、今週末のアンダルシアGPに向けた展望と、これから先長いようで例年よりも確実に短い2020シーズンを戦っていく目標について、聞かせてください。

「さっきも言ったように、今年は連戦続きだから転倒して負傷をするとその影響がかなり大きくなってしまいます。だから、限界の101パーセントを超さないことを常に頭の隅に置いて、限りなく100パーセントに近い99パーセントで安定して走り続けていくこと。同じサーキットでの連戦も多いので、そこをしっかり考えながら高い結果を求め、通常より少ないレースの一戦一戦で、確実にポイントを積み重ねていくことがとくに今年は重要だと思います。例年以上に精神をしっかり集中して、限界を超えないようにコントロールしながら、すべてのセッションをできるだけ高い水準で戦うことがキーポイントですね。今週末のレースもその心構えで、全力で臨みます」

中上

中上

【西村 章】
web Sportivaやmotorsport.com日本版、さらにはSLICK、motomatters.comなど海外誌にもMotoGP関連記事を寄稿する他、書籍やDVD字幕などの訳も手掛けるジャーナリスト。「第17回 小学館ノンフィクション大賞優秀賞」「2011年ミズノスポーツライター賞」受賞。書き下ろしノンフィクション「再起せよースズキMotoGPの一七五二日」は絶賛発売中。


[開幕戦覇者・長島哲太に、ジャーナリスト・西村章がZoomでいろいろ訊いた!]

2020/07/22掲載