今季初となるMotoGPクラスの公式テストが、2026年2月3日から5日までの3日間、マレーシアのセパンで行われました。近年、イコールコンディションを目指してシーズン中のエンジン開発が禁止されるなど、車両規定は厳格化されています。そのため、例年2月上旬に行われるこのテストは、シーズンの行方を占う極めて重要な機会として注目されるようになりました。そこで今回は、マレーシア・セパンで見た、注目の選手、マシンについて書いていこうと思います。
- ■文・写真:遠藤 智
今年もマルケス兄弟がすごいぞ
今回のテストで「いい走りをしているなあ」と思ったのは、マルケス兄弟の弟アレックスでした。どこで見ても、その走りはスムース。パドックで「どうですか? 誰が速いですか?」と関係者に聞かれたときに「アレックスがいちばんいい走りしているね」と答えていたのですが、最終日のリザルトを見ると、その印象は間違いではなかったなぁと思いました。
ベストタイムだけでなく、レースシミュレーションでも素晴らしいペースで周回。同じようなペースでフランチェスコ・バニャイア、兄マルク・マルケスも走っていたし、ライバル勢からは、ドゥカティ勢の速さに「なんじゃありゃ」と驚きの声があがっていました。
今季初テストを終えたアレックスの表情も明るいものでした。
「すごくいいテストができたし、ハッピー以上という気持ち。いろいろな項目も試せたし、レースシミュレーションも良かったと思う。ただバイクに慣れていないのでミスも多かった。それは数戦戦っていくうちに良くなっていくと思う」
今年はドゥカティのサテライトチーム『グレッシーニ・レーシング』に移籍して4年目のシーズン。昨年はMotoGPクラス初優勝を含む3勝を挙げて、兄マルクに続いて総合2位という素晴らしい結果を残しました。今年はドゥカティワークスと同じ最新型デスモセディチGP26でワークスサポートを受けることになり、モチベーションを上げていました。
マルケス兄弟は、これまで多くの記録を残してきました。昨年は最高峰クラスで初の兄弟ワンツー、シーズンワンツーを達成しました。最大のライバルであり目標となる兄マルク・マルケスのことを弟アレックスは、「別次元の存在」「グリッド上で最強のライダー」と評し、心底リスペクトしています。今回のテストでも、ケガから4か月ぶりの復帰となる兄マルクを気遣い、「マルクは大丈夫というけれど、体調は完全ではないし、無理をしないように」と、ブレーキをかけていたのだそうですよ。
弟アレックスに無理をするなと言われた兄マルクは、昨年10月のインドネシアGPの決勝レースで、マルコ・ベゼッキと接触して右鎖骨を骨折。このケガの影響でシーズン終盤の4戦を欠場し、今回のテストはケガから4か月ぶりの走行となりました。
久しぶりに乗るデスモセディチ。初日は自分の感覚を取り戻すために半日を費やし、午後からテストを開始すると、セッション終盤に1分57秒018のトップタイムをマーク。「さすがはマルク」というシーズンのスタートでした。
初日のテストを終えたマルクは、「2日目以降は疲れが出ると思うので、明日からはテストに集中したい」とコメント。タイムを狙うこともなく、黙々とテストメニューに取り組んでいました。いちばん重要なテストメニューは、走行に大きな影響を与えるエアロパーツで、何種類かのカウリングをとっかえひっかえテスト。猛暑の中、黙々と走っていました。
マルクは、3日間で全体4番目となる147ラップを消化。ベストタイムは1秒差の中に11台という接戦の中で、弟アレックス、マルコ・ベゼッキ、ファビオ・ディ・ジャンアントニオに続き4番手。この結果についてマルクは冷静に語ってくれました。
「フィジカル面ではいい気分で終えられたし、いいテストができた。4番手タイムで終えたことはまったく気にしていないし、彼らの方が速かっただけのこと。いろんな人に、昨年のようなシーズンになるだろう、昨年はあんなに差をつけて勝ったのだから、と言われるけれど、そんなことは期待していない。毎年ゼロからのスタートになるのだから」
そのゼロからのスタートで圧倒的な存在感を発揮したマルク。今年もタイトル獲得の大本命はマルク・マルケスだなぁと感じたし、マルケス兄弟がMotoGPクラスを席巻するかもしれないなぁと感じたのでした。
V4エンジン搭載のニューYZR-M1はどうだったのか
今回のテストで、いちばん話題になったのは、ヤマハのニューマシンでした。ひとことで言えば「どうなってるの? 大丈夫?」というものでした。とにかく、いろんなことが次々に起きたヤマハ陣営でした。
初日の午前中にファビオ・クアルタラロが左高速の5コーナーで転倒して右手中指と左腕を負傷しました。左腕に巻かれた包帯が痛々しく、午後は走れるのか? と心配しましたが、その後コースインして8番手タイムをマーク。その直後、1コーナーで白煙を出してスローダウン。2コーナーアウトにバイクを止めて、この日のテストは終了しました。
初日のテストを終えたクアルタラロは、ケガの回復につとめるため、2日目以降のテストをキャンセルすることになり、午後に起きたトラブルについては「エンジンではない。電気系統」とコメントしていました。そのときに、トラブルはエンジンではなく電気系……となれば、あの白い煙はなに? バッテリーが爆発したのではないか? と思ったのですね。
このときは、それほど重大な出来事だとは思わなかったのですが、翌日、サーキットに来てみれば、ヤマハ陣営からテスト中止のお知らせ。その理由は「初日に発生したトラブルの原因追及」となっていましたが、「なんだなんだ、なにが起きたんだ」とパドックではいろんな噂が飛び交うことになりました。
トラブルの原因については、エンジン説が飛び交いましたが、厳しい箝口令が敷かれていて、なかなか情報は出てきません。それにしても、全車走行を中止するというのは、なかなかないことであり、まさに異常事態でした。
ヤマハが走行していない2日目は、コース上はなんだか寂しい感じがしましたが、3日目は走行を再開。原因を追及していたというトラブルは、一体なんだったのか? そこに質問は集中することになるのですが、最終日の走行を終えたアレックス・リンスが答えてくれました。
「エンジニアから問題は特定できたと聞いている。今日は念のために周回数を減らしてテストをすることになったが、エンジンの回転数やパワーの制限はなかった。実際、今日のタイムは、3日間の自己ベストだったからね」
エンジンでなかったとするならば、何が問題だったのだろうか? いずれにしても、V4エンジンを搭載したニューYZR-M1の今季初テストは、いろんなことが起きた3日間でした。
強いホンダ復活。RC213Vが好調な走りを魅せる
今回のテストで、日本人にとってもっとも明るいニュースは、ホンダの躍進でした。テスト2日目に、ホンダに移籍して4年目のシーズンを迎えるジョアン・ミルがトップタイムをマーク。テストや公式レースのセッションでホンダが首位に立つのは、2022年2月のインドネシアテストでポル・エスパルガロがトップタイムをマークして以来、実に1452日ぶりのことでした。
トップタイムをマークするだけではなく、この日は、最高速でもドゥカティと同じ341.7km/hを記録。チームメートのルカ・マリーニも快調にラップを重ね、今季のホンダの躍進を予感させました。
低迷していたこの数年、ホンダの最大の弱点は、コーナーからの脱出スピードでした。アクセルを開けるとリアタイヤが空転を始め、それを止めるために制御が働き、結果、加速につながらなかったというものです。それを改善するためにホンダは数年を費やしてきましたが、今年は「速いホンダ」が復活しました。
昨シーズン、1勝を含む2回の表彰台を獲得し、ホンダ勢トップの総合12位でシーズンを終えたLCRのヨハン・ザルコも、2026年型の進化に驚きのコメント。
「新しいエンジンは信じられないほどポテンシャルが高い。ストレートで他のメーカーに抜かれることはないし、むしろ僕たちがオーバーテイクできる側になった。ブレーキングもいいし、コーナーの進入もいい。課題は、コーナーの立ち上がりのパワーとグリップのバランスだけ」
このように100点満点ではないが、26年型RC213Vの進化を絶賛しました。
初テストに訪れていた石川譲HRC二輪レース部長が、パフォーマンス向上の要因を語ってくれました。
「エンジンについては、この数年、ピークパワー追求を狙う方向ではなく、コントロールのしやすさを目指した。それがけっこううまくいったので、今度はその部分を残しつつ、どんどんピークパワーを狙うという作業を去年から続けている。エンジン特性の方向性を変えたことで、(エアロパーツなど)車体側のアイテムも、それまでは変えてもあまり変化がなかったのですが、パッケージングとしてどんどん効果が出てくるようになってきた」
コーナーの立ち上がりのスピニングは、まだ完全に解決していませんが、最高速でドゥカティに肩を並べるまでになりました。これは大きな進歩であり、2020年以降タイトル争いから遠ざかっているホンダの今年の躍進に注目です。
日本のエース、小椋藍の今年の活躍は
今季初テストの最大の注目は、日本のエース小椋 藍の走りでした。初日は2025年型と2026年型RS-GP26の比較テストから始まり、2日目、3日目とバイクのセッティングを進めました。
3日間の総合タイムでは11番手。トップタイムをマークしたアレックス・マルケスとの差は0.924秒。「今回のテストの目標はトップと0.5秒差以内」と語っていましたが、目標達成は果たせませんでした。
その要因はいくつかありますが、2日目に体調を崩し、3日目は走行できるかどうかという最悪の体調だったこと。それでもしっかりテストメニューをこなし、3日間で最多周回数となる168ラップを刻みました。小椋は、昨年のテストも最多周回数を刻んでいますが、2年連続で最多周回数をこなしたことになります。
3日間のテストを終えた小椋に話を聞きました。
「セパンの自己ベストは出せたし、タイム自体はそれほど悪くはなかったと思う。でも、周りも上がっているので、順位を見たら良かったとは言えない。今回のテストでは、ユーズドタイヤでのペースは悪くなかったけれど、新品タイヤを入れたときの一発のタイムの出し方が甘いというか、まだまだだった。いまのMotoGPは予選で前にいないと厳しいので、そこを改善しないといけない」
エアロが大きく変わった2026年型RS-GP26については、全体的に好印象を持っているようです。
「ブレーキングの安定性が増し、加速時のウイリーも減ったので、その分パワーも使えるようになった。その反面、バイクの切り返しが重くなったけれど、これはセッティングの範疇。全体的には良くなったと思うし、次のタイテストで今回の課題に取り組んで開幕戦を迎えたいですね」
テスト最終日は、1分56秒台を目指し5回のアタックに挑みましたが、体調が悪かったこともあるのか、完璧なアタックは一度もありませんでした。それでも、最悪の体調の中で最多周回数を刻む闘志には脱帽です。2年目の飛躍とMotoGP初表彰台獲得を期待させる今季初テストでした。
(文・写真:遠藤 智)
