ミスター・バイク アーカイブス第4回 1976年7月号(第3号)
1976年(昭和51年)4月(月号では5月号)に創刊し、2010年(平成22年)7月号で休刊(書籍コード=ミスター・バイクの場合は08489が生きている限り廃刊とはいわないらしいので)して、現在はWEBでなんとか生き延びているミスター・バイク。長いようで短いのか、短いようで長いのか、35年間で420冊(増刊号は含まず)を発行しました。これも多いのか少ないのかさえ分かりません。創刊号から最終号まで、おもしろそうな内容をピックアップして、一部ではございますがご紹介させていただきます。改めて420冊となると量が多いので、不定期更新になりますが、お気に召すまま気長にお付き合いくださればとおたのみもうします。
3号目にして明るみに出た真実(……)
「オレのハーレー、シートおっぱずして馬のクラつけたよ」という乗り心地を心配してしまう解説が付いた7月号の表紙。モデルは日産、トヨタ、いすゞでワークスレーサーを務めた自動車評論家の津々見友彦氏。馬とおねーさんは、たまたま練習に来ていたので出演していただいたとか。どこで撮ったのかと思えば馬事公苑。絵作り凝っていますね。
巻頭カラーは「がんばれタカズミ!」です。ヤマハのGP撤退によりプライベーターとして世界GPにチャレンジを始めた若き片山敬済氏を、これまた若き頃のレース写真大家の木引繁雄先生が撮っています。この頃のレース写真って、ピントが合っていなかったり、ブレていたりするものが平気で使われていたりするのですが、いい絵をガッチリ押さえています。さすが木引先生。70〜80年代の海外レース写真が今も見られるのは、木引先生のおかげなのです。BGも山ほどお世話になりました。
モノクログラビアは「夫婦でMVなんてね」です。このタイトルはTVCFのパロディですが、おぼえていますか? それはさておき、創刊号「女」、第2号「男」に続いて夫婦。熟慮の上の構成なのかたまたまか。おそらくは……しかし夫婦でしかもMVアグスタの750と350に乗る夫婦なんて、いまでもかなりレアです。あっ、好評連載中の「女」はこのあとに続きます。今回はTVドラマで活躍中の女優さんがバリバリとCR125Mで走り回っております。これもレアかも。
その次はロードパル満タンでどこまで行けるかというチャレンジ企画。原付で遠くまで走るという、ミスター・バイクの名物企画の記念すべき第一回です。5時間かけて2リッターで100km走っています。 一時停止違反でキップ切られたりしながら平均時速20km/hですから、ロードパルにしては速いですよね?
活版ページの特集はサイドカー。歴史、メカニズム、試乗、レース、将来など真面目に深掘りしています。担当は誰でしょう? 第2特集は「ここだけには行くナ!!」という、オフ車で山などを走破するという後のファイヤーロードの元祖的なものか(なんてこと言うと「オレは実走してんだからいっしょにすんな!」とシンヤさんに怒られそうですが)。
流行していたツーリングクラブ調査記事のタイトルは「正統派ライダーなのだ……ボクたちは!」です。正統派ライダー? 今では対義語の暴走族と共に完全に死語です。
「この小さな1枚のはがきから……男の友情がはじまる」の読者コーナー。男の友情どころかミス・バイクと命名された女性からの投稿が急増してます。平成キッズがこのコーナーをみたら腰を抜かさんばかりに驚くことでしょう。女性投稿急増なんて今じゃ当たり前ですから驚き処ではないのです。投稿者が年齢入の実名までは同じなのですが、住所が番地までしっかりと掲載されているのです。昭和生まれのベテランのみなさまなら「そんなの昭和は当たり前だろ」と思われるでしょう。注目ポイントはそこではないのです。2号目までは住所の途中までだったのになぜに突然? 陰謀論的に推察すると、2号目までの投稿者の住所は実在しない、つまり投稿が少なくて……あ、あ、あくまで根拠のない妄想です。本当の理由は、さあみんなで考えよう。
冗談にならない冗談はさておき、住所を表記しているのは、タイトルが示すとおり興味のある投稿には、直接お手紙を出せるようにとの配慮(にちがいない)。個人売買コーナーで住所が載っていなくちゃ困るし電話番号も当たり前。秘密にする個人情報ではなかったのです。そして当時のバイク男子は「女? 関係ねーよ。バイクが命、バイクが恋人」が標準仕様(表向きは。実は単にモテなかったり、シャイだったりするんです)ですから、いきなりミス・バイクの家に押しかけたりすることはなかったのです。それにどんな人かわからないのに、訪問するのはかなり勇気が必要です。そうそう口の悪い某氏がよく歌っていました。「ミス・バイクは〜♪ ブ……」以下永久に封印。
真ん中のモノクログラビアは「俺たちゃプロのミスター・バイク」。働くバイクを勝手に撮っています。昭和暴走族仕様の代名詞となった社旗棒、布垂れ風防はプレスライダーが元祖。社旗をなびかせて颯爽と走るプレスライダーは憧れの職業で、大手新聞社やテレビ局の社旗を出していると、白バイなら多少の違反は見逃したという話や、追い回されて新聞社の駐車場に逃げ込んだとか、県境まで逃げて助かったとかいう噂も聞いたことあります。あ、白バイで思い出しました。編集部に出入りしていたS君(励ましありがとうございました)、一時停止違反かなにかで白バイに追いかけられました。非力なCB250RS-Zで見事にぶっちぎりましたが、後日、白バイが編集部に来て……その先は覚えていないことにしておきます。覚えているのは、白バイ隊員が話込んでいる間、白バイに跨がって遊んでいたら戻ってきた隊員にこっぴどく怒られたことくらいです。
活版ページのチャレンジ教室はパンク修理。近藤さんがチャレンジしています。ちゃんとオチまでつけて。さすがエンターテナー。後半のモノクログラビアはバイオリン製作者の無量塔蔵六さん。愛車はふるーいBMW1929年。そんなBMWあるのか? と思われるでしょうが、いろいろなBMWを合体させた無量塔オリジナルだそうです。お名前の読み方も難しいし、バイオリンも古いBMWも興味がないと読み飛ばしてしまいそうですが、実はこの「むらたぞうろく」さんは凄腕のバイオリン製作者です。ウィキに出ているほどですが、バイクについての記述はなし。ということは、これ貴重な記事だったりするんじゃないでしょうか。貴重といえば平野製作所が作ったトランクになるバルモビルPSBポータブルスクーターの試乗。これもすごいですね、写真残ってないかと探しましたが、残念ながら発見に至りませんでした。試乗しているのは若き日の石井昭博さんです。若い頃はカッコよかった……じゃなくてずーっとカッコ良かったです。
この連載も4回目ともなると、だんだん図々しくなってきました。そのうち怒られそうです。今回は濫用しすぎた「ミスター・バイク的」を封印した悪影響なのか、キレがないのに辛口風味ですみません。
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