■文:時野 実 ■撮影:富樫秀明
■取材協力:本田技研工業・ホンダモーターサイクルジャパン・Honda ウエルカムプラザ青山
スーパーカブ50の生産終了に合わせ、最後のスーパーカブ50として「スーパーカブ50・Final Edition」の発売が発表された。最後のスーパーカブ50はどんな人達がどのような思いを込めて開発したのだろうか。
2024年11月ホンダから、スーパーカブ50の生産終了が発表された。スーパーカブというブランド自体は110や125(さらに近い将来は電動モデルが加わるかもしれない)モデルによりもちろん続くのだが、生活に近いところで走り続けたスーパーカブ50の終焉は、スーパーカブ史の大きな出来事であり、ファイナルエディションが発売された。
スーパーカブ50に限った話ではないが、昨今原付一種(50ccクラス)市場は減少傾向が続き、ヘタをすると自転車よりも遅い法定速度30km/h規制や二段階右折、二人乗り禁止などに縛られない51~125ccの原付二種のシェアが拡大している。さらに2025年11月以降に生産される原付一種に義務付けられる新排出ガス規制対応のコストが市場規模に見合わないということで、来年をもって50ccの生産は終了する。代わりに原付二種の出力を落として原付免許で運転が可能な新基準モデルが設定されるようで、原付一種クラス自体が消滅するわけではないが、50ccという排気量区分は事実上消滅するのだ。
スーパーカブ50の生産終了に合わせ、最後のスーパーカブ50として「スーパーカブ50・Final Edition」の発売も発表された。今回開発に携わった開発責任者(LPL=ラージ・プロジェクト・リーダー)、デザイン担当、営業企画からお話を伺うことができた。スーパーカブ50のラストを飾る、歴史に残る一台のLPLとデザインを担当されたのは、スーパーカブに関わるのは今回が初めてという女性(今時女性だからというのは時代遅れではあるが)という、頭の固い昭和世代にはちょっとした驚きを覚えるスタッフにより製作された。まずは開発に至る経緯からお話をしていただいた。
スーパーカブ50・Final Edition
竹中(以下敬称略 以下同):「最初はHMJ(ホンダモーターサイクルジャパン=ホンダ車の販売を担当する会社)から、『スーパーカブ50・Final Edition (以下ファイナルエディションと表記)として、特別なカブを」と若干漠然とした提案をいただきました。その中に50ccがなくなるということで、昔のカブの復刻イメージも視野に入れて検討してくださいということがありました。それを最初にいただいて、デザインを検討して、それを基にHMJさんと何度かやりとりしながら開発しました」
金子「ファイナルエディションにふさわしい特別感が必要になると思いました。検討の段階では本当に様々な案がありましたが、復刻のイメージでは、何をどのように復刻すべきか、アイディアを出しました。スーパーカブのデザインの資料はたくさんあったので、幅広く検討し議論した中で、最後はHMJから66年型のスーパーカブC50(以下C50と表記)のイメージで意見があり、案外すっと決まりました」
スーパーカブを少しでもかじった事がある人ならば、恐らく多くの人が複刻というキーワードから連想するのは、初代のC100だと思う。1966年にフルモデルチェンジを受けて、OHVからOHCの新エンジンになり、スーパーカブC50と名称も一新した二代目に白羽の矢が立った理由とは。
竹中:「お客様のわかりやすさでいうと、やっぱりC100ですね。でもそうすると、スーパーカブが終わってしまう話になってしまうのです。ファイナルエディションは50ccというところにこだわりました。もちろん各年代をモチーフにして6〜7パターンくらいのデザイン案がありました」
角張:「たくさんのデザイン案をいただいた中で、今回はスーパーカブの50が最後だということで、C50がいいのではということになりました。スーパーカブシリーズで初めてスーパーカブC50というネーミングが付いたのでこだわったところはありました」
金子:「デザイン案としてはC50というモチーフに決まるまでかなり考えました。でも正直なところ66年のカブと言われても思い浮かばなくて……どの年代のカブがどんなものかを改めて調べました。歴史から紐解き、もてぎのコレクションホールに行っていろいろな年代のカブを実際に見たなかで、C50は思っていたより『モダン』という印象が強かったです。レトロなイメージはあったのですが、実際に見てみるとレトロ感だけではなく、その当時の最先端のデザインだったのだなと感じました。写真だけではなく実車を見て、この年代の空気感を感じ取ることができました」
角張:「デザインの話にもなってしまうのですが、カブが好きな方が見ても満足していただける、かつそうでない方が見ても納得していただけて手に取っていただけるものになったと思います。そこのバランスを取るには、デザイン担当もかなり苦労されたのではないかとも思います」
ファイナルエディションの写真を見て、カブ好きならすぐに66年式を思い浮かべる事は間違いない。ただ、ディープなカブファンは「色がちょっと違うんじゃない?」という話も聞いた。
金子「C50のカラーを忠実に再現する案も考えたのですが、現行の色の方がお客様にも受け入れられやすいのではないかと考えました。過去のカブと今のカブではカタチもサイズ感も違うので、現在のカブの形にマッチする色を選びました。ボニーブルーは過去にカブに使われたことのある色ですが、この組み合わせ、このバランスで使うのは初めてです。過去のボニーブルーのカブとは全く異なるキャラクターに出来たと思います」
竹中:「技術的な面で目新しいことはしていませんが、今まで主体色では塗っていないリアキャリア、チェーンケース、スイングアームなどの部品まで塗っているので、かなり熊本製作所側のご協力をいただきました」
C50の特徴の一つである縦長のエンブレム。実はこの部分にもかなりのこだわりがあった。
金子:「縦長のエンブレムを実現したくて。サイズなどスタンダードなカブよりかなり大きくしました。C50はエンブレムのみですが、現在はそこにホーンの穴があるので機能も満たしながらカタチを造るという工夫を結構しています。エンブレムのグラフィックも、当時の色を再現するため、メッキのエンブレムにヘアライン調のシールを貼っています。手法はいろいろあるのですが、イメージを再現するため、また当時を知るお客様にも満足していただきたくて、この手法を選びました。このマークのおかげで、「復刻」を感じていただけるエンブレムになったと思います」
竹中:「エンブレムにシールを貼るというのは、実は初めての試みです。かなりこだわった部分で、ここを実現するために熊本製作所と議論を重ねました。製作所は安定して生産することが仕事なので、普段と違う工程を入れてもらうことは簡単ではありません。「本当にそれが必要なの?」というところから始まり、この部分がいかに必要なのかについて説明させていただいたりして、協力していただくことができました」
C50をモチーフとして口うるさいファンが見ても間違いなくC50と判るスタイルだが、まるまる複刻したわけではなく、現代のエッセンスも取り込み、カブファンでない人が見ても、どことなく懐かしいと感じさせるバランス感はお見事! お世辞ではなく、一度実物を見てファイナルが醸し出す空気感も感じてほしい。
角張:「すでに受注期間は終了していますが、おかげさまで予想以上の反響をいただきました」
金子:「デザインを検討しているとき壁にスケッチを貼りだしていましが、いろいろなカブ好きのひとが見に来てくれて、こういうシンプルなのいいねなど、ポジティブなコメントをいただけたので、手応えを感じたました。HMJに行った時もカブが好きな方からも意見をいただきながら、みんなで一緒に作り上げたイメージなので、プレッシャーは感じませんでした。」
角張:「HMJにもカブ好きは多いのですが、たくさんある案の中でもけしてネガティブな感想はなく、最終的にこれがいいとまとまりました」
金子:「デザインを決める打ち合わせをしたときもネガティブな意見は一切なく、これはこういう観点でいいですねとそれぞれにコメントがいただけました。このデザインに決まるまでは本当に早くて3〜4パターン検討したあとで、これで! という風に決まっていきました。最後にキーのデザインも何パターンか持ってきましたが、そこでも「モデル名が入っていると嬉しい」など具体的な意見をくださって、今のデザインに決まった感じです。ご意見をいただいたみなさまのおかげで、納得のいくモデルを作ることができました」
竹中:「私はイメージしたものをちゃんと量産に落とし込めるように調整しました。一時はコストが爆発的に上がってしまって……意外とお金かかることをしていて、最初の目標を大幅に超えてしまった時期もありましたが、HMJからもファイナルだからやりきって欲しいという声もいただきました。出来ることを最大限やらせていただきました。ファイナルに携われたことは名誉なことです」
スーパーカブ50/110・HELLO KITTY
ファイナルエディションと同時に発表されたのが、スーパーカブ50と110・HELLO KITTY。サンリオの人気キャラクター、ハローキティの50周年を記念した特別仕様のスーパーカブ。スーパーカブ史上初のキャラクターとのコラボモデルということで、大きな話題になっている。
©2024 SANRIO CO., LTD. APPROVAL NO. L652232
保守的なビジネスモデルというイメージが強かったスーパーカブ。昭和高度経済成長期に欠かせない日本の「モーレツ社員」の一員であったことは間違いない。
今まで歴代スーパーカブ開発に携わった多くの方からお話を伺う機会があった。思い起こせば,スーパーカブのアイディンティティともいえる基本的なデザインや思想はしっかりとキープしつつも、時代のエッセンスを敏感に取り入れたブラッシュアップに心を砕いていた。そんなエンジニア、デザイナー、企画に営業といった作り手の不断の努力により、スーパーカブは時代の変化に合わせつつ、誰もが知る親しみやすいブランドへと昇華していった。
今回スーパーカブを初めて手がけながら、多くの人が振り返るスーパーカブを作り上げた開発陣にお話を伺って、改めて強くそう感じた。