●文:西村 章 ●写真:MotoGP.com/Pramac Racing/Gresini Racing/LCR/Yamaha/VR46 Master Camp/Pirelli
今年の日本GPも金曜から日曜日まで、そしてまたMotoGP、Moto2、Moto3の3クラスそれぞれに様々な話題があれこれと盛りだくさんの週末になりましたが、皆様におかれましてはモビリティリゾートもてぎの週末をいかがお愉しみになりましたでしょうか。
まずは当コラムの読者諸兄姉へどこまでアピールするかよくわからないのですが、世間的には超メジャー(だそうです)なところから話を始めてまいりましょう。
今回の決勝レースでチェッカーフラッグを振ったのは、Moto3クラスがソニック・ザ・ヘッジホッグ、Moto2が加藤大治郎氏のご子息一晃氏、そしてMotoGPが神宮寺勇太氏というラインナップだったのですが、この神宮寺勇太という方はとても人気のあるスーパースターだそうです。決勝日午前9時頃にこのチェッカーフラッグ担当情報をなにげなくSNSで呟いてみたら、レースが終わった夕刻にふと気づくと、軽く6000「いいね」越えでバズっておりました。これを書いている現在もなお、リツイート(リポスト)といいねがまだまだ続いております。
いやあびっくりした。世の中のことをまったく何も知らなくて申し訳ありません。
さて、その神宮寺氏がチェッカーフラッグを振ったMotoGPの決勝レースはペコ・バニャイア(Ducati Lenovo Team)が優勝、ホルヘ・マルティン(Prima Pramac Racing/Ducati)が2位、3位はマルク・マルケス(Gresini Racing MotoGP/Ducati)という結果。バニャイアは土曜のスプリントでも1等賞で、一方のマルティンは4位で終えているため、日本GP前に21ポイントあったふたりの差は、バニャイアの土日ダブルウィンにより10ポイントまで縮まった。
「もてぎでこんなに速く走れたのは初めてなので、ものすごくハッピー」
と、レースを終えて非常に満足げに語るのもむべなるかな。じっさい、過去の成績を振り返ると、昨年はスプリントが優勝者から5秒差の3位、決勝は1.4秒差の2位。2022年はレース開始早々に転倒、と相性はあまり良くなさそうだっただけに、今回もある程度の厳しい展開を覚悟していたようだ。
しかし、今年は土曜のスプリントで上記のとおり1等賞。日曜日の決勝は、スタートしてホールショットを奪うと、あとはひたすら首位の座を維持。後方のマルティンに対してあっという間に1秒の差を開き、以後もこの距離をうまくコントロールしながら24周を走りきった。
「週末最初の走り出しからうまくマネージメントできた。完璧にまとめることができたので、この週末をお手本にして今後のレースも推移させていきたい。今日のレースはスムーズで、うまく走りきることができた。チームが素晴らしい仕事をしてくれたおかげ。この調子で進んでいきたい」
「レース後半は容易ではなかった。ホルヘが迫ってこようとしていたので、ブレーキングを少し変えてみたら止めにくくなってしまい、振動が発生するようになった。追いつかれそうになると自分もペースを上げて、ふたたび差を開くことができた。今日は素晴らしいペースで走ることができた。(ドライコンディションのレースだった)2年前よりもずっと速く走ることができた。今日は上位陣と後ろの差も大きくて、5位の選手(ブラッド・ビンダー/Red Bull KTM Factory Racing)は17秒開いていた。つまり、4位までのライダーがとてもいいペースで走っていたということだ。バレンシアまで、こんなかんじで進んでいくと思う」
バニャイアに迫りきれなかったマルティンは、予選で失敗して11番グリッドという厳しいスタート位置だっただけに、今日は2位でひとまず満足、といった様子。
「もちろん、ハッピーだ。ペコの前でレースを終えることができれば、もっとよかったけど。今日の目標は表彰台だったので、それは達成できた。11番グリッドからのレースは厳しかった。スタートはうまく決めることができたけれども土曜のスプリントほどではなく、マルクやエネア(・バスティアニーニ/Ducati Lenovo Team)、ブラッドは、いずれもブレーキが非常に強いライダーたちなので、彼らを抜いて順位を上げていくのは難しかった。でも、いいペースで走ることができたし、昨日よりも少し速さを発揮できた。ペコとの差を詰めに行って0.5秒差以内になったとき、フロントにチャタが出はじめて、いやなかんじだった。諦めずにがんばって攻め続けたものの、残り4周か3周になったところで3コーナーでヒヤリとする瞬間があった。そこで、今日はこれでよしと気持ちを切り替えて、2位で満足することにした」
3位のマルケスはマルティンからも引き離されたゴールで、レース直後のパルクフェルメインタビューでは「ちょー退屈だった」と話していたのだが、その理由については後ほど以下のように説明した。
「自分はオーバーテイクが好きなのに、それがなかったから。ペコは完璧な作戦で、トップになるとうまく攻めてタイヤをマネージし、ホルヘと自分が背後にいたので差を開こうとしていった。こういうストップ&ゴータイプのサーキットでは、誰かの後ろにいるとブレーキで充分に力を発揮できず、立ち上がりでもエアロ(の性能)を存分に活用できない。そういった要因でいろいろと厳しくなってゆき、自分のほうが前よりも0.3~0.4秒速ければオーバーテイクも可能だけれども、コンマ1秒程度の差ならもうムリ」
ともあれ、これでドゥカティはシーズン13連勝を達成した。ちなみに、これだけの連勝を重ねるのは、2001年パシフィックGPから2002年ドイツGPまで連勝を重ねたホンダ以来、とのこと。たしかにあの頃のホンダは無類に強かった。2002年のドイツGPで連勝が途切れてしまったのは、たしかドイツの次戦チェコGPでバレンティーノ・ロッシにタイヤトラブルが発生したためだったと記憶している。あれがなければ、ホンダの連勝モードはさらに続いていただろう。
ひるがえって、今年のドゥカティは、この13連勝からさらに数字をどんどん伸ばしていきそうな気配である。なんといっても、表彰台独占が今季これで11回目なのだから、ここまでワンサイドゲームになるのも、そりゃ当然だろう。
さて、ホンダに軽く言及したので日本メーカー勢に振れておくと、ホンダ最上位はヨハン・ザルコ(CASTROL Honda LCR)の11位。フル参戦ライダーとして日本GPを走るのは今回が最後(とはいうものの、今後もHRCテストライダーとしてワイルドカード参戦の機会はいくらでもあるだろう)となる中上貴晶(IDEMITSU Honda LCR)は、13位でゴール。
「チェッカーフラッグの後は感無量で、クールダウンラップの際にはどのコーナーでもファンの方々の姿が見えたので、これが最後のクールダウンラップになるかもしれないと思うと、いろいろと心の中で感じることがありました。自分自身を誇らしく思えるし、全力を出し尽くしたので、本当に特別な日曜になりました」
ちなみに、今回の決勝を走った全選手の中で、中上は唯一、リアにソフトコンパウンドを選択している。
「選択はミディアムかソフトのふたつしかなく、どうせ後方スタートなのだから勝負をしてみようと思いました。結果的には、ソフトで勝負したのは正解だったと思います」
感無量だったという中上に、レースを終えてヘルメットの中で何かこみ上げてくるものがあったのかどうか、ちょこっと訊ねてみた。
「クールダウンラップの際は、特にそうでもありませんでした。ただ、ピットへ戻ってきたときに、チームのクルーやスタッフたちが迎え入れてくれるのを見ると、ちょっと泣きそうになりました(笑)」
走り終えたときに感情が溢れだすのは、おそらく、フル参戦の締めくくりになる最終戦バレンシアのゴール後だろう。それまで残りの4レースは、引き続き全力で駆け抜けていただきたい。
ルカ・マリーニ(Repsol Honda Team)は14位。一方、チームメイトのジョアン・ミルは、オープニングラップでアレックス・マルケスに後方からの追突でやっつけられてしまう恰好になり、あえなくリタイア。レース後にミルから話を聞いた際は、マルケス弟との一部始終を説明する際の様子が「笑いながら怒る人」状態で、憤懣やるかたない内心がありありと窺えた。
ところでホンダといえば、アプリリアのロマノ・アルベッシアーノが2025年からテクニカル・ディレクターに就任するという大きなニュースは週末のパドックを席捲した。HRCの長い歴史の中でも、日本人以外の人物が技術を束ねる要職に就くのはこれが初めてのことだ。
昨年、HRCはドゥカティのジジ・ダッリーニャを招聘しようとして勧誘してみたものの、丁重に拒否されてしまったことは一部でよく知られた話だ。アルベッシアーノは、ダッリーニャがアプリリアからドゥカティへ移った後に、その後任としてアプリリア陣営の技術を一身に束ねてきた。そんなアルベッシアーノの大型移籍招聘大作戦が成功するのかどうかは、HRC自身が自分たちの組織を積極的に自己変革できるかどうか、というまさにその一点にかかっている。ちなみに、本誌特別潜入取材班の理解では、現在、テクニカルマネージャーという要職で現場の技術面を束ねている河内健氏は、来季はテストチームの担当となる方向のようだ。来年のHRCテストチームは、現状のステファン・ブラドルに加え、アレイシ・エスパルガロ、中上貴晶、という3名体制になるため、こちらはこちらで多忙で重要な職務になりそうだ。
もう一方の日本メーカー、ヤマハはファビオ・クアルタラロ(Monster Energy Yamaha MotoGP)が8位、チームメイトのアレックス・リンスが16位。
クアルタラロは
「なんと言えばいいのやら。自分の気持ちを細かくあれこれ言わないけれども、今週末は本当に厳しかった。1周目からまるでユーズドタイヤで走っているようで、序盤からグリップをまったく感じられなかった」
と、困惑とも呆れ顔ともとれる表情で話した。今回、またしても最後にガス欠が発生してしまったことについては
「電子制御がうまくいっていないのだと思う。いろいろと試そうとしたことがいい方向に進んでいないので、燃費のストラテジーが機能していないということなのだろう」
と述べている。
ふむ。
Moto2クラスは、小椋藍(MT Helmets-MSI)が2年連続の2位。今年のレースは、スタート直後に雨で赤旗中断となり、その後、12周で仕切り直しになった。このとき、サーキット一帯は粒の細かい雨が降っているかのようにも見えた。大半の選手がウェットタイヤを装着してグリッドにつくなか、小椋はスリックを選択。グリッドではイチかバチかのギャンブルにも見えたものの、雨は激しくなるどころかそれ以上降ってくることがなく、あっという間に先頭へ躍り出て、しばらくはトップを独走。その後、後方からマヌエル・ゴンザレス(QJMOTOR Gresini Moto2)が猛烈な勢いで迫ってきて小椋から先頭を奪い、そのまま優勝。小椋は2位でチェッカーフラッグを受けた。
このレースではグリッドについた28名のうち20名がウェットタイヤ、小椋を含む8名がスリックを選択した。多数派のウェットでレースに臨み、21位でゴールした佐々木歩夢(Yamaha VR46 Master Camp Team)は、レース後に
「今日のレースはスリックで行くべきでした。ウェットを選択した自分たちの判断ミス。ましてや、自分たちはもてぎのコンディションをよく知っているんだから……。藍は、霧雨で路面は濡れていないことがおそらくわかっていたんでしょうね」
と悔しそうな表情で振り返った。
じっさい、小椋は
「ウォームアップラップのときに、ブーツ(の裏)を路面に擦ってみたら、ツルツルってすべるんじゃなくて、ガガガッってなったから、『あ、これは雨が止んだ瞬間に攻められるな』と思いました」
と述べている。
そのウォームアップラップでは大半の選手がウェットタイヤを装着していることがわかったため、
「『うぉーっ……』って思ったんですけど、これはもう100か0のどちらかになったなと思いました」
という。
「(タイヤ選択は)どっちも正解かもしれないし、まったく分からなかったので、チーム内で一番自信を持っていた人間を信じました。自分では、そこを強く言えるほど自信がなかったです」
その人物が、小椋と長年連れ添ってきたチーフメカニックのノーマン・ランクだ。
「ノーマンが『スリックだろ』と(当然のように)言っていましたから。で、グリッドについたときにバイザーを拭いて上空を見たら、降ってなかったので、『1周目だけ抑えて走れば、とりあえず大丈夫だな』と」
2位の小椋が20ポイントを獲得し、ランキング2番手のチームメイト、セルジオ・ガルシアは14位で2ポイント獲得にとどまったために、ふたりの差は60ポイントに広がった。次戦オーストラリアGPでは、レース終了時にふたりの差が75ポイントに広がっていれば、小椋のチャンピオンが確定することになる。
Moto3クラスは、シーズンを圧倒的に優位に進めてきたダビド・アロンソ(CFMOTO Gaviota Aspar Team)が、今季10回目の優勝でチャンピオンを確定させた。レース序盤はトップグループからやや離れる位置で、チャンピオンシップのライバル、ダニエル・ホルガドの後塵を拝していたものの、徐々にポジションを上げ、最後はトップでチェッカー。王座獲得に相応しい堂々たる優勝になった。
コロンビア人の世界チャンピオンはグランプリ史上初。また、最小排気量クラスのシーズン10勝達成は、ファウスト・グレシーニ(1987)、バレンティーノ・ロッシ(1997)、マルク・マルケス(2010)、ジョアン・ミル(2017)に並ぶ。ちなみに年間最多勝利数記録はロッシの11。今シーズンはまだ4戦を残しているため、新記録更新の可能性は充分にある。今後が楽しみな逸材である。
というわけで次回は第17戦、フィリップアイランドのオーストラリアGP。寒いぞ。風強いぞ。いきなり雨降るぞ。くれぐれも防寒具と雨具は忘れずに。そしてウォンバットとハリモグラにもよろしく。では。
(●文:西村 章 ●写真:MotoGP.com/Pramac Racing/Gresini Racing/LCR/Yamaha/VR46 Master Camp/Pirelli)
web Sportivaやmotorsport.com日本版、さらにはSLICK、motomatters.comなど海外誌にもMotoGP関連記事を寄稿する他、書籍やDVD字幕などの訳も手掛けるジャーナリスト。「第17回 小学館ノンフィクション大賞優秀賞」「2011年ミズノスポーツライター賞」優秀賞受賞。書き下ろしノンフィクション「再起せよースズキMotoGPの一七五二日」と「MotoGP 最速ライダーの肖像」、レーサーズ ノンフィクション第3巻となるインタビュー集「MotoGPでメシを喰う」、そして最新刊「スポーツウォッシング なぜ<勇気と感動>は利用されるのか」(集英社)は絶賛発売中!
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