KTMのストリートモデルの中で、スポーツ性、パワー、トルクどれをとっても最高の性能を持つ一台、1390スーパーデュークR EVO。今回のモデルチェンジで、最新世代のセミアクティブサスや1290から排気量をアップしたエンジンを搭載。吸気経路も刷新した。電子制御の進化を背景にサスペンションエンジニアとして楽しめるほど多用なセットアップメニューも与えられた。今回、スペイン南部で行われたKTM デュークの30周年を記念したメディアローンチで、990、390と軒並みフルモデルチェンジを果たしたバイク達とともに、この新型ビーストをアルメリアサーキットで体験したのである。
1994年、KTMがリリースした400/620デュークに端を発したストリートファイター的ロードモデル。単気筒モデルから始まり、2005年には水冷Vツインを搭載した990スーパーデュークが登場。このモデルこそここに紹介する1390スーパーデュークR EVOの直系の系譜だと言えるだろう。
前作1290スーパーデュークR EVOから新作1390スーパーデュークR EVOは次のような進化が与えられた。KTM曰く60%を刷新したとの言葉通り、元々戦闘力の高い1290から各部コンポーネントにより磨きをかけ、電子制御を使った装備の充実がなされているのだ。
まずエンジン。KTMの伝統、75度の挟み角を持つ水冷Vツインは、シリンダーボアを2mm拡大。排気量は1301㏄から1350㏄へ。また可変バルブタイミングを搭載し、全域でトルクフルかつパワフルな特性を実現。同時に吸気吸入経路はシート下にあった吸入口を車両前方に移設。これにより走行風圧でラム圧過給効果を狙う仕様に変更された。エアクリーナーボックスの形状変更に合わせてメインフレームの連結パイプの位置を変更。燃料タンク容量を1.5リッター増量し航続距離も伸ばしている。それでいてライダーが触れる部分は充分に絞り込み、足着き感も悪くない。もちろん深くバンクさせたときに膝などがピタリとホールドできるような形状を併せ持っている。
その外観意匠で特徴的なのがヘッドライトだ。LED二灯のヘッドライトと、それをクワガタムシの挟みのようにエッジの効いたデイタイムランニングライトで囲む新しいデュークの顔を採用している。また、テールランプ周りはウインカー内にブレーキランプが共存するタイプとなり、シンプルなリアエンドを構成する。サブフレームはさらに小型化されたことも外観意匠に貢献している。その他、シングルサイドのスイングアームやエンジン下部にコレクターを持つ排気系などはそのまま継続採用されている。
また、1390スーパーデュークR EVOの見所は最新世代のWPセミアクティブサスペンションを搭載したことだ。細身でスペースがない車体内部にサスペンション用のECUも搭載し、先代よりもセットアップの幅を大きく伸張させているのが大きな特徴だ。
2023年モデルの1290スーパーデュークR EVOよりも750グラム軽量化されたフロントフォークと、リアショックユニットはWP製であり10タイプのダンピング設定を選択することができる。オート/レイン/コンフォート/ストリート、トラック1/トラック2/トラック3、さらにプロ1/プロ2/プロ3というもので、トラック1からプロ3まではユーザーが好みでセッティングパラメータを選択できるアディショナルなモードだ。あらかじめ設定をしておけばスイッチ操作で好みの設定へと瞬時にシフトすることができるのだ。
サスペンションモードプロをオプション装備すれば、フロントフォークでは圧側、伸び側それぞれ20段階に減衰圧が調整可能になり、リアでは圧側のストロークスピードを低速、高速でそれぞれ20段階、伸び側で20段階とより路面状況にあわせた調整が可能になる。また、コーナリング時、加速時、ブレーキ時、それぞれで8段階の設定が可能になるなど、細分化したセットアップが可能なのだ。
もちろんそれ以外の電子制御メニューも充実している。ライディングモードはストリート/レイン/スポーツ/トラック/パフォーマンスの5つから選択が可能。これはトラクションコントロールの設定やアクセルレスポンスなど場面にあったセットアップとなる。また、アンチウイリー制御では加速時のウイリーをどこまで許容するのかを設定可能だ。ベリーロー/ロー/ミドル/ハイ/ベリーハイときめ細やかに設定可能だし、ウイリー抑制装置として存在するわけではない、というのがKTMらしい。スリップアジャスターではコーナリング時のパワースライド量をどこまで可能にするかも設定できる。
つまりこの野獣をどんな野獣として扱うのか。その決定権は常にライダーが握り、心地よいスリルを味わえるよう全力でサポートするというもの。ローンチコントロールに加え、ファクトリースタートと呼ばれるMotoGPマシンのようにレーシングスタート時のみ車高が下がる制御も利用可能になるのだ。
開発スタッフの説明を聞いているだけで脳味噌がオーバーヒートしてくる。凄そうだ、と思っていた想定は簡単にスゴイへと変わり、アルメリアサーキットのパドックに居並ぶ1390スーパーデュークR EVOが神々しく見えてくる。さ、早く乗って頭を冷やしたい。
今回のテストライドはこのサーキットでのみ行われ、ストリートでの走行は行っていない。なので市街地や峠道でビーストがどんな乗り味なのかは未知ながら、その持てる性能を味わうにはこれ以上適した場所もない。
190馬力、145N・mを生み出す屈強なエンジン。クロームモリブデン鋼を使ったトレリスフレーム、そして片持ちのスイングアーム。このコンボは長年KTMの看板でもある。
新しいヘッドライトを得たスタイルがよりSF映画に出てくるエイリアンのようなムードだ。フロントは120/70ZR17、リアは200/55ZR17というストリートファイター、というよりガチのスーパーバイク系同等の足周りを持つ。テスト車のタイヤは標準装備されるミシュランのパワーGPだ。
跨がるとそのポジションはストリートファイターのそれで、バーハンドルで比較的アップライトだがハード目なサスペンションやワイドでハイトのあるタイヤにもよって数値以上にシート高を感じるもの。いや、シート高基準でいうよりスポーツバイク基準をしっかりと満たしたもの、という印象だ。ステップの位置はそれでいて高すぎず、フレームが細身であることもたすけになりしっかりと下半身でバイクをホールドしやすいものに仕上がっている。
5インチのカラーTFTはコンパクトに必要な要素を映し出す。ハンドルバーのネイキッドなら見えてもおかしくないヘッドライトなどの存在がないため、そのメーターの存在がなければ、ストリート用には思えない印象だ。
アルメリアサーキットは自分にとって未知のトラック、未知のバイクとのマッチングを探るのがまずは最初のミッションだ。設定変更を学習するよりコースやバイクに慣れるのが先決。トラックモードになっているから、すでに本気モードに入れられている。最初のセッションではこのバイクの開発テストも行ったレジェンドライダー、ジェレミー・マクウイリアムズが4ラップほど先導してくれるという。
アルメリアサーキットは4㎞ほどのトラックながらこの地にある丘陵をそのまま活かしたように敷設したらしく、カーブの途中からその先が丘の向こうに消えるような場面がいくつかある。しかも速度が乗っているカーブで、クリッピングポイントやブレーキングポイントを見極める必要がある。そうした縦ブラインド以外にも複合でロングなカーブが多く、攻めるのにリズムを見つけないとコースの上にとどまり続けるのが難しそうなサーキットに最初は思えた。
コースインから1コーナーへ。すると早速丘の洗礼が待ち構える。そして丘を下りながらその先が延々に左へと曲がっているのが見えた。ギアは4速、5000rpmあたりのトルク感は力強いが穏やかでアクセルレスポンスも過敏すぎることがない。軽めのブレーキングで旋回に入るが、フロントのブレーキの効き味が素晴らしく良い。ソレを受け止めるフロントフォークのセットアップもいい。じんわり動きながらタイヤを確実に路面へと抑えつける。所作のどこにも角ばった操作感がない。
1290時代、エンジンはもっと軽くシュンと回るような印象もあったが、1390では可変バルタイで得たミッドレンジトルクの厚みがあるためかシフトアップを進めることができ、回さなくてもしっかり走る印象だ。
空からみたコースレイアウトだと直線+カーブという解りやすいレイアウトに見えて、実際に走るとカーブとカーブの間も常に次のカーブに備えて緩く旋回、あるいは続けて旋回しているイメージだ。ジェレミー先生の慣熟が終わった後は自分でリズムを作りつつ次第にペースを上げる。ひと言でいえば乗りやすい。走りやすい。それが1390スーパーデュークR EVOの第一印象だ。
試乗セッションは20分区切りで、走行と小休止を挟み続く。電子制御サス付きのEVOとコンベンショナルなサスを装備するRとの乗り比べも出来た。国内にはEVOのみの展開だそうだが、EVOの特性を知るにために乗り比べながら走るコトにした。
走りにおいてEVOはことさら電子制御な感触をあからさまに伝えてこない。とてもナチュラルだ。いや、そこまでしっかりと作り込まれている。クセのようなものを全く感じない。ノーマルのサスだって相当なもの。サーキットランで馬脚を現すはずもない。しかし乗り込むとEVOの足は、フロント125mm、リア140mmというRと同じストローク量の中で異なる動きをしているのが解る。例えばバックストレートからのブレーキングで260km/h弱から100km/h以下、3速まで一気に減速する場面でも猛烈なフロント荷重を支えるだけではなく、フルストローク領域まで沈んでいるのに(ストロークセンサーで見て取れた)、前のめり感が少ない。まだストロークに余裕があると思ったが、パドックに戻って見てみると、ほぼ残ストロークがなくフルボトム領域に達した形跡が解る。
2回目にEVOを走らせる頃にはコースにも慣れ、いよいよこのバイクを全開で楽しめるようになってきた。ブレーキングポイントでけっこうな下りであり、その先の右の1コーナーに向けてピットアウト導線へと一瞬越境して切り込むようなラインを通る時も、減速中ながら旋回プロセスに入るための自由度が残っている。そしてコーナリング中から脱出へ。その加速の剛力さはなんだ。大排気量ツインの底力がリアタイヤをグリグリと押し出すように加速する。その後はこのサーキットならではの複合が待ち構え、寝かせながらアウトで我慢し、インに切り込むタイミングを探る。そんな繰り返しが続く。信頼に足る旋回性を持ち、サーキットを最大限楽しめる要素をライダーに示して、不思議な安心感に包まれながらこのサーキットを攻めることに夢中になれる。
1390スーパーデュークR EVOとの時間はバイクと乗り手の感覚が一体になりながら過ぎていった。4500rpmから1万回転まで綺麗につながる加速。500のGPマシンのような加速だ、と表現したマクウイリアムズの言葉はこれのことか! と思うほど3速から6速まで全開で加速するバックストレートでは5速に入れるまでフロントが浮いているような加速力だ。
その剛力さを一歩上回るストッピングパワー。ここでも軽快さよりも安定感があるように思わせて自在な走りを引き出せるシャーシが味方する。不安がないのだ。これこそKTMらしさの真髄だ。
気が付けばその素の良さにあえてナニか設定を触って変化を感じる必要性すら感じないままサーキット試乗を終えることになる。逆にいえばこれが1390スーパーデュークR EVOのスゴイところだと感じた。自分にとっては難解に思えたアルメリアサーキットが思い出のトラックになった。これが走りなれたサーキットならばツッコミではこうありたい、旋回中はこうしたい、ブレーキング時の姿勢はここまでにしたい、というような思惑を合わせ込むのが楽しいだろう。そんな変化を楽しめる逸材、ストリートは想像するしかないが、このキャラなら峠道も市街地も楽しいだろう。となれば遊び場としてサーキットも選べる1390スーパーデュークR EVOは、走る場所をバイクのキャラで限定されたくない人にうってつけのKTMということになる。
(試乗・文:松井 勉、写真:KTM)
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