―イタリアのいまの状況はどうですか? 各種の制限はだいぶ緩やかになってきていますか?
「現状は、ウイルスの蔓延が拡大する以前の状況に少しずつ戻りつつあるかなという印象ですが、もとの状態に戻るまでには、まだ少し時間がかかりそうですね」
―ロックダウン中はどんな生活をしていましたか?
「とにかく外に出られないので、ずっと家の中でした。ありがたいことに彼女がずっと料理などをしてくれていたので、寂しくはなかったです。ただ、毎年この時期はレースに行っていて家にいないことがあたりまえだったので、その点ではずっと家にいることがかえってストレスになりました」
―イタリアで一番被害が大きかったのは、ロンバルディア州(州都:ミラノ)などの北部地域だと聞きました。鈴木選手の住むエミリアロマーニャ州や近郊のマルケ州などは、ロンバルディアと比較すれば、まだそれほど被害が大きくなかった、とイタリア人の友人たちから聞いたこともあるのですが、鈴木選手の生活実感としては、そのあたりの印象はどうでしたか?
「ミラノなどの大都市と比べると感染者の数などは少なかったんですが、たとえばテレビをつけたら、まるで日本の東日本大震災のときみたいに、毎日、五分おきくらいの間隔で生活や衛生面の注意情報が流れていたので、そういうものを見るとやはり、危機感というか、いつもと違う状態なんだ、ということは感じたし、切迫感はかなりありました」
―そのような時期をイタリアで経験したことで、自分の人生観などに影響はありましたか?
「人生観というか、自分の生活をかえりみるいい機会でしたね。サーキットに行くことや飛行機の移動、友だちとご飯を食べに行くことなど、いままで普通だと思っていたことが、いきなりコロッとぜんぜん普通のことじゃなくなってしまう。それについてはだいぶ考えさせられたし、ここから先、今までみたいな状態に戻るには時間がかかるのだろうなとも感じました」
―これだけ長い時間バイクに乗らないのは、ひょっとしたらものごころついてから初めてなのでは?
「そうですね。小さい頃からほぼ毎週サーキットに通っていたので、それを考えると、自分のレース人生では初めての、いままでになかった経験ですね」
―その間はどういうトレーニングをしていましたか?
「外には出られないので、パーソナルトレーナーの人とFaceTime(ビデオ通信アプリ)を使ってマンツーマンのトレーニングをしていたんですが、ジムと違って器具がないので自重トレーニングをしていました」
―今はトレーニングを普通にできるようになってきましたか?
「少しずつ制限が解除されるようになってきました。ちょうど今も自転車で外を走ってきたところで、トレーニング環境は良くなってきました。自転車やランニングなどスポーツをしているときはマスクをしなくてもよいので、そこらへんはだいぶ自由になってきました」
―外部とのコミュニケーションが制限されてトレーニングも思ったようにできない状況で、自分ではどうやってモチベーションを維持していたのですか?
「正直なところ、ロックダウンが始まった最初の2週間はなにもやる気がおきなかったですね。毎朝起きて、『今日も家に引き籠もるのか……』というネガティブな感情に陥っていました。そんな状況のなかで、パーソナルトレーナーと連絡を取りあったりしながら少しずつモチベーションを上げて、3週間目くらいにトンネルの出口が少しずつ見えてきたあたりから、それまで以上にモチベーションを上げてトレーニングにも力が入るようになりました」
―チームとのコミュニケーションは?
「WhatsApp(Lineと同種の無料メッセージアプリ)で連絡を取りあったりしていました。チームのテレメトリ担当の女性が誕生日だったときには、チーム全員がZoomで集まってお祝いをしましたね」
―鈴木選手のチームは、ほとんどのスタッフが近所に住んでいるそうですが、いまは皆と会えるようになりました?
「そうですね。会えるようになりました。つい最近も、僕のメカニックと釣りに行きましたし」
―ああ、SNSに写真をアップロードしていたやつですね。
「そうそう(笑)。ビーチが閉鎖されているので、最近は太陽の光を浴びたいなと思ったときは、釣りに行ってますね」
―チームのワークショップもすでに開いているのですか?
「まだ閉めてます。法律的には大丈夫になったので開けてもいいのかもしれないけど、パオロ(・シモンチェッリ)としては開けるメリットもないので、まだ閉めているんだと思います。特にやることもないし、できることがあるわけでもないですからね。チームのトレーラーも、(プレシーズンテストを実施した)ヘレスに置いたままだし」
―シモンチェッリ氏とのコミュニケーションは?
「週に一回は必ず」
―どんなことを話しているのですか?
「現状報告を自分から伝えたり、彼から伝えられたり、ですね。パオロもそろそろ高齢なので、危機感がかなりあったようですね」
―日本の家族とも連絡は取れていましたか?
「週に3回くらい、父や母と話して日本の状況を聞いていました。ちょうどこっちがロックダウン中に祖母が亡くなったので、日本へ帰りたかったんですが、飛行機が飛んでいなかったのでどうしようもなく……。やり場のない気持ちはありましたが、こればかりはしようがないですね」
―そのように理不尽で辛い思いをした人は、今回のような事態だと鈴木選手に限らず、きっとたくさんいたのでしょうね。シーズンの今後に話題を変えますが、現在はレースカレンダーの調整がおそらく12戦程度で進んでいて、ひとつの会場で2週連続して2戦行うことも想定されているようです(※このインタビューが行われた6月上旬段階では、新スケジュールがまだ発表されていない)。このカレンダーは、ライダーとしての戦い方やチームのシーズン戦略などにも影響がありそうでしょうか?
「いちライダーの意見としては、ひと会場で2戦やるならSBKみたいに1週のうちに2回決勝をやってもらった方がいいですね。会場を閉め切って無観客でやるのであれば、水曜くらいから前もってFPをやって土曜にレース1、日曜にレース2、とやったほうがライダーとしてはラクですよね。だって、スペインでレースをやる場合だと、1週目のレースをやって、また翌週やるわけじゃないですか。レースが終わって次のレースまでの3~4日はおそらくどこにも行けないから、きっとホテルにずっと引き籠もることになると思うんですよ。イタリアに帰るわけにもいかないだろうから。それなら1週間のうちに2レースやっちゃったほうがいいのかな、とも思います」
―今シーズンは、ホスピタリティのような施設もおそらくパドックに設営しないでしょうから、選手やスタッフはピットボックスとホテルを往復する毎日になるのでしょうね。レースを戦っていくうえで、チームの士気やライダーのモチベーションにも影響しそうですか?
「レース運営や皆の健康チェックなど、DORNAがとても難しい舵取りをしてくれていることは理解していますし、こればかりはしようがないといってしまえばそれまでなんですが、会場を締め切ってライダーとチームだけでやる、スポンサーは中に入れない、ということになると、たとえば個人スポンサーなどが選手やチームに出資する意欲が薄れてくるかもしれない。ライダーのパーソナルスポンサーやチームのスポンサーは、レースが好きでレースを観に行きたい。できるだけ近くでライブで観たいからこそ、スポンサーをしてくださっているのだと思うんですよ。もちろん今年が特別であることは誰しも百も承知だと思うんですが、MotoGPクラスはともかくとしても、Moto2やMoto3のチームやライダーにとっては、この状態はすごく厳しいのかなとも思いますね」
―いまは感染リスクを減らすことが最優先で、DORNAはそこに配慮しているのだと思うのですが、その対策の一環として、レース現場に入ることができるチームスタッフの数を減らす、という話もあるようです。人数が減ると、ライダーの走りへの影響はありますか?
「チームに関しては、レースに必要な人数はサーキットへ行くことができるのでそんなに影響はないと思います。ただ、たとえば僕が身の回りのお世話をお願いするアシスタントを連れて行くことがたぶんできないので、そうなるとアシスタントの人にいままでやってもらっていたことを全部自分ひとりでしなきゃいけなくなるだろうから、ライダーがやることは増えるでしょうね」
―無観客開催に違和感はありそうですか?
「あると思いますね。いままでそういう環境でレースをしたことがないし、プレシーズンテストでもちらほらとお客さんがいるので、完全無観客でチームとライダーのみ、というのは、慣れるまではちょっとヘンなかんじだと思います」
―先だっては日本GPのキャンセルも発表になりました。それを聞いたときは、どう思いましたか?
「そうなる可能性があるのかなあ、とはなんとなく思っていましたけど、できればやってほしかったですよね。1シーズン中に2レースや4レース開催する国でひとつ減る、というのならまだしも、年に1回の日本GPがなくなるのは、やはり寂しいし残念ですね」
―この調子でいけば、レースはおそらく7月末から始まるのでしょうが、この変則的なカレンダーは、鈴木選手がもともと考えていたレースキャリアや来シーズン以降の将来設計にも影響を及ぼしそうでしょうか?
「シーズンが始まる前の自分の計画では、2020年シーズンにMoto3でしっかりと結果を出して2021年にMoto2に上がる、というものを考えていました。でもいまは、今シーズンのレース自体がどんなふうになっていくのか不透明なので、2021年のことはまったくわからないですね。
それこそ、Moto2の選手たちが2021年はチームを動くのかどうかもわからない状況ですからね。『今シーズンはこういう状態でしかたないから、来年もしっかりやりましょう』ということになるのか。それとも、今年の契約が終わったらいつものように新たに(来季に向けた交渉が)動き出すのか。そこがホントにわからないんですよ」
それこそ、Moto2の選手たちが2021年はチームを動くのかどうかもわからない状況ですからね。『今シーズンはこういう状態でしかたないから、来年もしっかりやりましょう』ということになるのか。それとも、今年の契約が終わったらいつものように新たに(来季に向けた交渉が)動き出すのか。そこがホントにわからないんですよ」
―いつものシーズンなら、今ごろからすでに交渉が水面下で動いていてもおかしくないのでしょうけど、今年に限ってはその遙か以前の段階ですからね。
「そもそも、自分がどんなポテンシャルを持っていてどれくらい力を発揮できるのか、ということを示す機会がないわけだから、難しいですよね」
―開幕戦は表彰台こそ逃しましたが、ポールポジションを獲得して、決勝でもいつものようにずっとトップ争いをしていました。ここ数ヶ月は空白期間がありましたが、自分に対する自信は揺らいでいませんか?
「自信や自分の能力への信頼に関しては全然失うことなく、レースがまたスタートすればいつものようにトップ争いをできる自信はあります。ただ、今年の不安要素としては、レース数が少なくなったために、そのぶん、1回のミスが大きく響いてくることになります。ちょっとしたミスで転倒ノーポイントとなったら、例年以上に自分にもチームにもキツくなるので、そういう失敗をしないようにしなければいけないと思います」
―5月末にGPコミッションが発表したリリースでは、プライベートテストを禁止するという項目がありました。チームの財政状態で準備に差をつけず条件を揃えるための対策ということで、おそらく最初にレースを行うヘレスのレース前に公式テストを実施する方向のようです。
「本音を言えば、走れるのなら2回でも3回でも走りたいですよ。だって、ウィンターブレイクですら今の期間ほど長くはないと思うんですよ(笑)」
―とにかく、一刻も早くバイクに乗ってテストをしたい、というその一点に尽きますね。
「そうですね。ホント、いまはそれのみです。簡単じゃないことをDORNAがやろうとしてくれていることは皆が充分に理解していると思うので、うまくコントロールして早くレースを再開してほしいですね」
【西村 章】
web Sportivaやmotorsport.com日本版、さらにはSLICK、motomatters.comなど海外誌にもMotoGP関連記事を寄稿する他、書籍やDVD字幕などの訳も手掛けるジャーナリスト。「第17回 小学館ノンフィクション大賞優秀賞」「2011年ミズノスポーツライター賞」受賞。書き下ろしノンフィクション「再起せよースズキMotoGPの一七五二日」は絶賛発売中。