ミスター・バイク アーカイブス第8回 1976年11月号(第7号)
1976年(昭和51年)4月(月号では5月号)に創刊し、2010年(平成22年)7月号で休刊(書籍コード=ミスター・バイクの場合は08489が生きている限り廃刊とはいわないらしいので)して、現在はWEBでなんとか生き延びているミスター・バイク。長いようで短いのか、短いようで長いのか、35年間で420冊(増刊号は含まず)を発行しました。これも多いのか少ないのかさえ分かりません。創刊号から最終号まで、おもしろそうな内容をピックアップして、一部ではございますがご紹介させていただきます。あと413冊もあるので、不定期更新になりますがお気に召すまま気長にお付き合いくださればとおたのみもうします。
11月号の表紙は「リキさん」こと大久保力氏とアリエルスクエア4。なれなれしく「リキさん」なんて書いていますが、黎明期の二輪、四輪レーサーであり、モータージャーナリストの先駆け的存在であり、モーター新党を結成して参院選に出馬したり、我々に身近なところでは東京モーターサイクルショーを創出したりと、とんでもない偉人であります。BOSSとお友達だった関係で、弊社の社員旅行(なんと毎年海外に行ってました)にもよくご同行されており、私も何度かお話させていただいたことがあります。とんでもなく偉い人なのに、一切そのような素振りなどみせず、お酒を奢っていただいてニコニコと面白い昔話を聞かせていただきました。なんかとんでもない裏話とか聞いたような気もするのですが、すっかり忘れてしまいました。ああ、もったいない。
四輪業界は魑魅魍魎の恐ろしい世界(想像です)のようですが、二輪業界はいばりちらかす先生はほとんどいなかったので(いることはいた)、免疫のないぺーぺーの私は「リキさ〜ん」なんて話しかけていたのです。今思い返せば恐ろしい話です。無知ほど強いものはないし、無知ほど怖いものはなし……。
巻頭カラーはZ650とGS750。といっても広報写真1枚ずつのさらっとした内容。Z650は「750に迫る性能と味を備えているだけにぐっと国内的」と独創的な解説があります。先月号の試乗はモノクログラビアなのになんでわざわざカラーで? とも思います。邪推大好きな私の妄想では、GS750のスクープ的な速報を予定していたのに、写真が一枚しか入手できず、やむなくZ650も足してお茶を濁し……たのかどうかは永遠の謎。
モノクログラビアは全日本モトクロス、第13回日本GPを5ページに渡って特集。当たり前ですが昨今のモトクロッサーと比べようもない、シンプルなモトクロッサーが躍動的で素直に格好いいと思います(オフは特にちんぷんかんぷんのため、当たり障りのない逃げ口上)。先月号から始まった(んだっけ?)のミスター・ライダーは、誰が言い出したのかシャケさんこと河崎裕之氏(その真相はてっぺーさんが主筆のSOB 20号で解き明かされています)。「女」も継続中で、今回はイタリアのパツキン美少女(死語というか、今ではアウトでしょうか)です。
活版の第一特集は「今年発表されたニューモデルのすべてを完全再チェック」というミスター・バイクらしからぬバイク雑誌のような特集(笑)。1976年に発売されたニューモデル覚えていますか? 大排気量スポーツモデルではスズキ初の本格的4スト車GS750、ロータリーエンジンのRE5、市販レーサーRGと、スズキの躍進が際立っております。バイク史の視点で見れば、ロードパルの誕生と原付モデルの充実が後のバイクブームの発火点といえましょう。内容は今年出たニューモデルを大型車から原付まで11ページに渡って真面目に解説しており、タイトルに偽りなしです。なのですが、ミスター・バイク的なおふざけを期待した層には退屈だったかもれません。
第二特集は「見直そう!! ガンコでタフでカッコイイ バイクの中のバイク 実用車」なので、こっちでバランスを取ったようにも見えますが、こちらもオーナー談、実用車豆知識、売りたし実用車、カタログとおふざけはありませんでした。
第三特集は「バイクをトル! 第一弾」といってもバイクを盗るのではなく撮るための実践ガイド(当たり前)。表紙担当の小川勝久カメラマンが、露出、焦点距離、ASAなどカメラのイロハから構え方、ロケハンなど写真、イラストでしっかりと解説しています。今でも役立つといいたいところですが、最近のスマホのカメラはめちゃ優秀ですから、今では応用できる知識は少なそうです。
後半のモノクログラビアは、バイクを部屋に持ち込んでいる方を紹介。今も昔も日本の住宅事情ではやりたくても出来る人は、よほどの酔狂(4畳半のアパートにGB400を持ち込んでカスタムしていたフリーターもいました)か大金持ち。一般的には夢のまた夢です。
ラストを飾るのは「ボクのなんでもアタック 中型2輪免許にいきなり挑戦」というミスター・バイクっぽい企画がやっと登場。挑戦するのは現東京エディターズ代表取締役社長の中尾祥司氏。ご覧のようにエディターズイチのお洒落ボーイです。先々月号のレース3位入賞で天狗になったのか、特段の準備もなくくわえタバコのなめきった姿勢で挑戦しています。若さ故〜♪ の勢いは大して驚くことではありません。驚いたのは試験場で撮影しまくっていることです。正式に取材を申し込んだのか、いや、テレビ新聞ならともかく、当時は敵対関係になりつつあったバイク雑誌なんかが申し込んでも、まず許可は出ないでしょう。
ご多忙のところお手数おかけいたします、種明かしをと、ますますご健在でなによりの中尾氏にメールを出してみました。するとよほどヒマだったのか、あまりの多忙で現実逃避したくなったのか、すぐに電話がありました。「う〜ん、どうだったかなぁ、許可なんて取ってないと思うよ。だって、あの頃は許可取るなんて思考がなかったもん」ではどうやって撮ったのです?「う〜ん、どうだったかな。敷地の外から撮ったんじゃない」建物内は?「う〜んどうだったかな、ちゃちゃっと撮ったんじゃない。クレーム? 特に来なかったと思うよ。そうそう、許可と言えばさ、この後に面白い話があってさ〜、あのね」(以下割愛、またの時をお楽しみに)。
今は個人情報保護とかで試験場の撮影は一切禁止です。この頃の警察は今より厳しい「オイコラ警察」が当たり前、理屈よりも先に手が出るようなおまわりさんも普通にいました。これは1980年代のことですが、某氏が試験場を敷地外から撮影していたら、おまわりさんに見つかって機材を没収されたこともありました。一見なんでもないようなチャレンジ企画ですが、これぞミスター・バイクの真骨頂(死語)。肝心の試験結果ですが、世の中そんなに甘くありませんでした。
あ、肝心なことすっかり忘れてました。11月号から編集長が石井昭博氏に交代、BOSSは裏稼業(もちろんヤバい仕事ではなく、表に出ない社長業のこと)に専念することにしたようです。そういえばこのずーっと後の話ですが、BOSSを「四輪業界の闇のフィクサー」とか書いた某四輪誌(やっぱりこわい四輪業界)がありました。さぞやお怒りではと思ったら、BOSSは「オレはよ〜ぉ、闇のフィクサーだからよ〜」とまんざらでもなさそうに笑っておりました。
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