2024年全日本ロードレース選手権は、最高峰JSB1000クラスで岡本裕生(YAMAHA FACTORY RACING TEAM 2)が新チャンピオンとなった。13度目の王座を目指した“絶対王者”中須賀克行(YAMAHA FACTORY RACING TEAM)を破ってのチャンピンだ。
■文:佐藤洋美 ■写真:赤松 孝
#1中須賀克行は13度目の王座を目指した。チームメイトの#2岡本裕生は、チーム入りして3年目を迎えた。“絶対王者”の元で鍛えられた後輩ライダーは、その力を蓄え続けた。
前半は中須賀が開幕4連勝で大きくリードするも、中盤戦では岡本が勝ち、#3水野 涼(DUCATI Team KAGAYAMA)が勝利し、この3人のトップ争いが繰り広げられることになる。オートポリスでダブルウィンを飾った岡本は、岡山国際で勝ち3連勝し、その勢いを最終戦鈴鹿へと持ち込んだ。
鈴鹿8時間耐久に参戦した水野は「ここでデータがしっかり取れていますし、耐久仕様からスプリント仕様へと変わるので、当然、速くなる」と勝利への自信と僅かな可能性ではあるが、タイトルへの望みをつないだ。
ランキングトップは中須賀、2位の岡本との差は4ポイント(P)、水野はノーポイントレースが一戦あり、中須賀から29P差だった。だが最終戦はボーナスポイントとして、それぞれのレースに3Pが加算される。昨年は、中須賀と岡本の接触転倒があり、そのレースを制したのは水野だった。鈴鹿サーキットで行われる最終戦は勝利を願うライダーたちの熱気でいつも荒れる。
事前テストがないことから木曜日から走行が行われ水野が2分6秒279とトップタイムを記録、6秒台に入れたのは中須賀、岡本、#32野左根航汰(Astemo HondaDream SI Racing)。金曜日には水野が2分4秒856と4秒台に入れる。
鈴鹿のレコードは2019年最終戦鈴鹿で高橋 巧が記録した2分3秒592だ。鈴鹿8耐でチームメイトになった長島哲太が「考えられないタイム、どうやったら出るのかと思う」と語っていたタイムだ。この時は、当時高橋 巧はホンダワークスチームのライダーでワークスマシンではあったが、脅威のタイムには違いなく、長年破られてはいない。そのレコードブレークを感じさせるタイムに誰も目を見張った。
予選では岡本が2分3秒856と3秒台に入れた。レコードには届かなかったが、唯一の3秒台は、岡本の躍進を示すものだった。2番手に水野、3番手野左根、4番手#10岩田悟(Team ATJ)、5番手中須賀までが4秒台へと入れた。路面温度が下がる最終戦はタイムが出るとはいえ、好タイム連発にこのクラスのレベルアップを感じさせた。レース2のグリッドはセカンドタイムで決まり、岡本、中須賀、水野がフロントローに並ぶ。
レース1は、水野、岡本、中須賀のトップ争いとなり、水野が僅差で勝ち、2位に岡本、3位中須賀となった。中須賀はレース中に2分4秒998のファーステストラップを記録しており「岡本のライディングを学んで、自分の走りを変えている」と言い、これまでの走行時間を使い、自身を変化させることに使っていた。進化する王者の挑戦を垣間見せた。
この結果を受け、中須賀と岡本は共に4勝、2位3回、3位3回と、同成績・同ポイントで並び、次のレース2を前でゴールした方がチャンピオンとなる。
レース2は、岡本、中須賀、水野、野左根の熾烈なトップ争いとなる。息詰まる接近戦が繰り広げられるが、転倒車の影響で残り5周でセーフティーカーが入る事態となる。セーフティーカーが入るまでの2周近い時間は黄旗(追い越し禁止)となり、セーフティーカーが入ってからは隊列走行が続き、タイヤの温度が下がってしまうことを嫌って蛇行運転するライダーもいる中で、いつ解除となるのか緊迫した時間が流れる。
残り3周で解除され、怒号のようなエンジン音が響き再開された。上位4台の息詰まるバトルが再開された。中須賀は解除直後に勝負を賭け、野左根に襲いかかるが1コーナーで転倒してしまう。観客席からは大きなため息と悲鳴が上がった。
野左根は首位に立ちレースを引っ張るが、水野、岡本が前に出てトップ争いとなる。その間に野左根も入り、3台の争いが続いた。岡本は「勝ってチャンピオンを」と闘志を見せ、水野は「ダブルウィン」を願い、野左根は「チャンス」と挑んだ。
行き詰まるテールトゥノーズの戦いは、水野が勝ち、2位に野左根、3位に岡本でチェッカーとなった。岡本は初の栄冠を得てシリーズチャンピオンを獲得した。スタッフは歓喜の涙で岡本を迎えた。
岡本は「中須賀選手がいたから、今、ここにいて、タイトルが取れた」と語った。
水野は初走行となるオートポリス、岡山国際ではデータがないことがネックとなったが、目覚ましい活躍を示し、3勝を挙げヤマハ王国の全日本に風穴を開けた。
野左根は「セーフティーカーは、自分にとっては千載一遇のチャンスでした。残り3周に全てを賭けました」と言った。今季ヤマハからホンダへとマシンを乗り換え、ヤマハファクトリー、ドゥカティファクトリーマシンに市販マシンを駆り果敢に挑み、最終戦で念願の表彰台を獲得した。
表彰台の下では水野と野左根が抱き合って、飛び跳ねて喜んでいた。水野は「だって、ヤマハファクトリーにプライベートチームの僕たちが勝てたんですよ」と語った。高い壁を共に超えたふたりが笑顔を見せた。
中須賀は「また、強い自分になって帰って来る」とレース後のトークショーで約束してサーキットを後にした。進化する中須賀の挑戦は終わらない。
水野の登場でJSB1000クラスは、ラップタイムもアベレージタイムもグンと向上した。このレベルアップを、戦うライダーたちが誰よりも実感していた。岡本は「この厳しいシーズンでチャンピオンとなった誇りを忘れない」と語った。来季はどんなラインナップで熾烈な戦いが繰り広げられることになるのか楽しみでならない。
追記:記者会見で「最後の質問です」と司会からの声にダブルウィンを飾った水野のチーム監督である加賀山就臣氏が「メディアではないけど、マイクジャックさせてもらう。日本のメーカー、ホンダもスズキもカワサキも、イタリア車に負けていていいのかと言いたい。俺がドゥカティで戦っているのは、日本のメーカーに出て来てほしいからだ。この声をメディアの人は届けてほしい」と語った。
岡本は、来季、スーパーバイク世界選手権(WSB)併催のスーパースポーツ世界選手権(WSS)にフル参戦することが発表された。チームは「パタヤマハ・テンケートレーシング」、マシンはヤマハがWSS用に開発してきたYZF-R9。岡本は「WSSを最終の目的地とは思っていない」とステップアップを狙う。WSBではないが、初の海外参戦にヤマハは「育成活動の一環、世界で通用するライダーとなって岡本選手にはロールモデルになってもらいたい。次のステージに進めるように全力でサポートを続ける」と語った。
(文:佐藤洋美、写真:赤松 孝)