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●文:西村 章 ●写真:MotoGP.com/Gresini Racing/Pramac Racing/Ducati/VR46/Pirelli

 第17戦オーストラリアGPは、同国ほぼ南端のフィリップアイランド。コアラやペンギンの観光地としても名高い場所だけれども、そこらじゅうにカモメがいて南極側から吹いてくる風がとにかく冷たい。天候も不安定になりがちで、いろんな要素が相俟ってレース結果を左右する。ともあれ、MotoGPがフィリップアイランドに上陸すると、シーズンもいよいよ終盤戦という印象が強く、毎年のこととはいえ、日本GPから先は一気にバタバタと進んでいく感がありますね。

 そうそう、日本GPといえば、もてぎのMoto2クラスで優勝したマヌエル・ゴンザレスがグリッドではちまきを締めていた行為をGresini Racing Moto2のタイトルスポンサーの中国二輪企業が問題視し、世界中がその唐突な反応にえらくビックリした件は一週間ほどグランプリ界をわさわささせましたが、水面下や水面上であれこれあった末に、ひとまず当事者間ではオーストラリアGPの週で落着点を見いだしたようであります。

 この一件、けっして看過してよい問題ではなく、日本GPで発生した出来事という以上に、日本文化とレースビジネスの双方を知悉した人にしかおそらく冷静な解題をできないと思うのですが、日本のレースメディアは不要な炎上を危惧するゆえか、あまり踏み込もうとはしたがらない様子だったので、わたくしの個人的な論考としてこの問題についてnoteに少し長めの文章を掲載しています(題して『QJMotorがGresini Racing Moto2に対して行った「はちまきへの〈抗議〉」は、いったい何が問題だったのか』)。真っ正面から筋道立てた議論をできたという多少の自負もあるので、未読の方はよろしければご一読ください。考察をまとめるに際してそれなりの手間と時間もかかったため、申し訳ないですが途中からは有料(300円)にさせてもらいました。投げ銭する価値があるとお考えの方は、喜捨のうえお読みいただければ幸甚です。

 閑話休題。

 さて、風光明媚なフィリップアイランドの話題に戻りましょう。

 土曜のスプリントはホルヘ・マルティン(Prima Pramac Racing:Ducati)が1等賞。2等賞が、ここを大得意とするマルク・マルケス(Gresini Racing MotoGP:Ducati)。3等賞がエネア・バスティアニーニ(Ducati Lenovo Team)で、ディフェンディングチャンピオンのペコ・バニャイアは4等賞。これでマルティン(12点獲得)とバニャイア(6点獲得)のポイント差は前戦終了時より広がって16に。

#Australia GP
※以下、写真をクリックすると大きく、または違う写真を見ることができます。

 で、迎えた日曜の決勝レースは、マルティンが序盤から優位に進め、土日連勝を達成するかのようにも見えていたが、ぐいぐい追い上げてきたマルケスが終盤でトップに立って優勝。往年の強さを完全に甦らせた勝ちっぷりで今季3勝目。

 レースをご覧になった方はご存じのとおり、マルケスはスターティンググリッドでヘルメットの捨てシールドを剥がした際にそれがバイクの下に回り込んでしまい、スタートで飛び出す際にリアタイヤがこれを踏んでスモークを上げ、大きく順位を下げてしまうというちょっとしたアクシデントがあった。

 マルケスによると、グリッドで捨てシールドをはがしたのは、どうやら蚊か何かが貼りついてしまったためだとか。

「ルールで決まっているわけではないけれども、グリッドではティアオフ(捨てシールド)を剥がさないほうがいい、というのはいつもライダー間で話している。しかし今回のオーストラリアでは大きな虫がいるので、(スタート用の)フロントデバイスを入れようとしたとき、大きな虫がついていて視界がクリアではなかった。なので、剥がしたら風でピットウォール方向へ飛んでいくと思ったらバイクの下に落ちた。それで大きなスモークがあがって、1周目はリアがスピンしてロックして大変だった。でも、その後は温度が正常に戻って調子良く走れるようになった」

#Australia GP

 虫もさることながら、このフィリップアイランドサーキットは海っきわということもあって、カモメがやたらとそこらじゅうに飛んでいる。決勝レース中にアンドレア・イアンノーネのバイクにぶつかって、その屍体を挟んだまま最後まで走行を続けた件はご記憶の方も多いだろう。そのもっと前には、某日本人選手が250ccクラスの決勝レース中に大きく順位を落としたことがあり、あとで事情を尋ねてみると「このサーキットってハトがいっぱいいるじゃないですか。それがぶつかってきたんすよ……」と言っていたこともあった。ハトではないと思うけれども。

 あと、これはレースではないけれども、かつてこのサーキットでプレシーズンテストを行っていた時代に、コースサイドでライダーたちの走りを観察しようと思ってコースサイドのサービスロードを車で走り出すと、ものすごい羊の群れがいてすごく驚いたことがありました。後でサーキットの人に聞いてみたら、どうやらオフシーズンはここで羊を放牧していたりもしたそうです。20数年以上も前の話ですけれども。

 閑話休題アゲイン。

 レース終盤にマルティンとのバトルを制して勝ちきった展開に関しては、マルケスは以下のように振り返っている。

「ホルヘの後ろにつけ、ラスト4~5周で勝負しようと思っていた。で、彼がちょっとミスをしたときに仕掛けた。すぐ後ろにホルヘがいると思ったので、よし、ここからレースを引っ張ろう、と考えた。ところが直線でスリップストリームを使って追い抜かれたので、今度はきっちりと仕掛けようと思った。4コーナーで狙って、最後の2周はタイヤが終わってきた。そこでさらにもう少し攻めて、1分38秒台の速いタイムで走ることができた」

#Australia GP
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 この言葉を見ると、勝負の緩急はすべてマルケスの思いのままに運んだことがよく窺える。もともとフィリップアイランドが得意コースとはいえ、また、ドゥカティのGP23が前年型でもそれなりによくまとまったパッケージでGP24を相手に遜色なく戦えるバイクだとはいえ、今回のレース内容と結果からは、マルケスがいかに抽んでた天才ライダーかということをあらためてよく示すレースだった、といってさしつかえないだろう。

 一方、2位に終わったマルティンは、終盤のマルケスとの攻防についてこのように話している。

「そのときは『いやいや、攻めるなあ』と。自分も非常にうまく乗れていると思ったけれども、4コーナーでやられてしまった。自分はフロントの右側が厳しくて、5~6周目くらいからそれに苦労していた。なかなか難しかったけれども、マルクは自分よりもさらに行けるだけのものを持っていた。スピードということじゃなくて、自分よりもリスクを取れるということだったのだと思う。今日のところは2位でOKで、この週末は非常によい内容になった」

 マルケスに優勝を奪われたという点で大満足というふうには思えないかもしれないが、土日ともにチャンピオンシップのライバルであるバニャイアよりも前でゴールしてポイント差を広げることになったので、そういう意味では「今日のところはこれくらいにしといたるわ」(by池乃めだか)とでもいった心境だろうか。

#Australia GP
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 で、バニャイアは3位でチェッカーフラッグを受けたため、マルティンとのポイント差は土曜からさらに4点加算されて20になった。参考までに、バニャイアの週末とレースの振り返りは以下のとおり。

「金曜はフィーリングも良かったけれども、土曜は風が強くなって変更を施したのがあまりうまく機能しなかった。(スプリントで)スタートして1周目に、前でゴールするのは大変そうだとわかった。それでもできるかぎりの全力で走って4位で終えた。今朝のウォームアップでは別のセットアップを試して、それがとても良かったけれども、遅きに失した。レースではフィーリングよく走れたものの、旋回では今までと同じように苦労した。昨日よりは良くなったけれども、さほど大きな進歩でもなく、フロントへかなりの負荷をかけることになって、15周目以降は完璧に終わっていた。同じペースで走るためにリアを使って走っていくようにしたけれども、残り5周でリアも終わってかなり難しかった」

#Australia GP
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 で、この結果によりドゥカティは同社自己ベストの14連勝を達成。これ以前の連勝記録はというと、1997年開幕戦のマレーシア(シャーラム)から翌98年のダッチTT(アッセン)まで続くホンダの22連勝。参考までにその優勝ライダーを列強すると……、

ドゥーハン―ドゥーハン―クリビーレ―ドゥーハン―ドゥーハン―ドゥーハン―ドゥーハン―ドゥーハン―ドゥーハン―ドゥーハン―ドゥーハン―ドゥーハン―ドゥーハン―岡田―クリビーレ―ビアッジ―ドゥーハン―クリビーレ―ドゥーハン―クリビーレ―チェカ―ドゥーハン

 ……ということになっている。当時のレースをよく知る方には言うまでもないでしょうが、ホントにこの当時のレースは圧倒的なワンサイドゲームで、こういってよければ退屈なくらいドゥーハンが圧倒的に強かったんですよ。

 で、このドゥーハン、というかホンダの圧倒的な連勝記録を止めたのが、現在の国際中継でピットレポートやインタビューを担当しているサイモン・クラファー氏。ダンロップタイヤを装着するヤマハサテライトチームで、チームマネージャーはピーター・クリフォード。レッドブルのツナギ(クシタニでしたよね)でドゥーハンに11秒差を開いて独走優勝を達成した走りは、じつに鮮烈でありました。

 で、記録ついでにもうひとつ。

 今回のレースはいつものようにドゥカティが表彰台を独占したわけだけれども、4位がファビオ・ディ・ジャンアントニオ(Pertamina Enduro VR46 Racing Team:Dcuati)、5位がバスティアニーニ、6位にフランコ・モルビデッリ(Prima Pramac Racing:Ducati)が入り、上位6位までを占拠した。単一メーカーがトップシックスを独占するのは1998年のフランスGP(ポールリカール)でホンダが、ドゥーハン―チェカ―岡田―クリビーレ―青木拓磨―バロス、で占拠して以来なのだとか。ことほど左様に当時のホンダは強かった。そしてことほど左様に現在のドゥカティはどうしようもないくらい強い、というわけだ。

#Australia GP
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 Moto3クラスは、前戦もてぎでチャンピオンを確定させたダビド・アロンソ(CFMOTO Gaviota Aspar Team)が優勝し、シーズン11勝目を挙げた。この勝利でバレンティーノ・ロッシの年間最多記録に並んだわけだが、残り3戦はこの記録を更新するかどうかにも注目が集まる。コロンビア出身のアスリートといえばおそらく最も有名な人物はカルロス・バルデラマだったかもしれないが、今後はアロンソが人々の記憶を上書きしていくのかもしれない。

#Australia GP
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 そして日本中が大注目のMoto2。今回は小椋藍(MT Helmets-MSI)にとって年間総合優勝のマッチポイントで、ランキング2位の選手に76ポイント差を開けばチャンピオン、という状況だったが、小椋自身は4位でゴールし、フェルミン・アルデゲル(Beta Tools SpeedUp)が優勝、アロン・カネット(Fantic Racing)が2位という結果で終わったために、ランキングは小椋とカネットが65ポイント差、そこから1点差でアルデゲルと小椋のチームメイト、セルジオ・ガデアが並ぶ、という状況になっている。次戦終了段階で51点差を開いていれば、小椋の王座が確定する。

 というわけで、今週末はタイGPブリラムのチャーン・インターナショナル・サーキット。じゃあみんなたち、準備はいいかな。
 
(●文:西村 章 ●写真:MotoGP.com/Gresini Racing/Pramac Racing/Ducati/VR46/Pirelli)

#Australia GP


#MotoGPでメシを喰う
【西村 章】
web Sportivaやmotorsport.com日本版、さらにはSLICK、motomatters.comなど海外誌にもMotoGP関連記事を寄稿する他、書籍やDVD字幕などの訳も手掛けるジャーナリスト。「第17回 小学館ノンフィクション大賞優秀賞」「2011年ミズノスポーツライター賞」優秀賞受賞。書き下ろしノンフィクション「再起せよースズキMotoGPの一七五二日」と「MotoGP 最速ライダーの肖像」、レーサーズ ノンフィクション第3巻となるインタビュー集「MotoGPでメシを喰う」、そして最新刊「スポーツウォッシング なぜ<勇気と感動>は利用されるのか」(集英社)は絶賛発売中!


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2024/10/21掲載